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Jリーグ初のインドネシア選手イルファン・バフディム獲得へ

2014年01月17日

J1のヴァンフォーレ甲府に、J初のインドネシア選手イルファン・バフディムが加入するとNHKが報じています。


J1に初のインドネシア選手加入へ 1月16日 23時33分
サッカーJ1のヴァンフォーレ甲府に、
Jリーグで初めてのインドネシア選手として、元インドネシア代表の選手が加入することになりました。
ヴァンフォーレに加入することになったのは、
元インドネシア代表のイルファン・バフディム選手(25)です。
fromNHK


この手の話題が出てくると、ついて回るのが、
「東南アジア初のJリーガー・レコンビン」という報道。
15日付けの日経でも、マリノスのアジア・パートナー、
甲府のインドネシア選手獲得、札幌のレコンビン獲得よる好影響が掲載された。
既に契約満了となったにも関わらず、先駆者的な例として挙げられる。
「初」「オンリーワン」というのは、メディア戦略においては重要です。
ほんと、よく昨年獲得したなあと、いまでも感慨深い。

インドネシアは、Jリーグ提携国ではないので、アジア枠になるのかな?
とはいえ、インドネシアは日本からの対外投資がかなり大きく、
人口も日本より多いことから、経済的潜在能力は高そうです。

コンサドーレ札幌もインドネシアに目をつけているようですが、
今後、どのような動きをするのか楽しみですね。


参考)
2012 年の国別投資
タイ(38億ドル、22.8%増)
インドネシア(38 億ドル,5.5%増)←★
ベトナム(26 億ドル,38.2%増)
マレーシア(13 億ドル,9.2%減)
http://www.jetro.go.jp/world/gtir/2013/pdf/2013-1_rev.pdf

■2012年にあった東南アジアの主要な大規模投資
図表Ⅰ- 52 日本の対外グリーンフィールド投資上位案件(2012年)
時期 投資企業     投資受入国   投資額      概要
10月 丸紅         インドネシア 8.5億ドル ジャワ島西部チレボン地区に660MWの石炭火力発電所を建設
7 月 スズキ       インド       7.1億ドル グジャラート州に年産25万台の四輪車新工場を建設
3 月 ブリヂストン タイ         6.1億ドル ラヨーン県に建設・鉱山車両用タイヤ工場を新設
8 月 DOWA HD      インドネシア 5.5億ドル 西ジャワ州カラワン県に熱処理加工工場を建設
3 月 住友電工     インドネシア 5.4億ドル 西ジャワ州に自動車用ワイヤーハーネスの新工場を建設
10月 トヨタ自動車 タイ         5.0億ドル チョンブリ県のディーゼルエンジン工場を増強


三上陽輔(富山)は背番号15/内田錬平(富山)は背番号29

2014年01月14日

カターレ富山2014シーズン トップチーム新体制および選手背番号について

富山第一⇒プレミアリーグ⇒カターレ富山⇒北陸新幹線⇒ライカくん
という謎の調べごとをしていたら、カターレ富山の選手一覧のリリースがあったのでご紹介。

なお、トップページのプレスリリースを右クリックで他タブ起動しようとしたら、
「右クリックは使用できません」
・・・うホっ。


ザーッと見た感想。

15番:三上陽輔(北海道出身/コンサドーレ札幌)
29番:内田錬平(北海道出身/金沢星稜大学-旭川実業-コンサドーレ旭川U15)

このチーム、スタッフ含めて、富山県出身が1人もいない。
前身のYKK APやアローズ北陸出身者はいるが。
出身県を北陸地方の4県に広げても1人もいない。

いや、むしろこれが普通で、半分が北海道出身というほうが異常な気がする。
カターレ富山は2008年に創設され、J2に加入したのは2009年から。
Jリーグで戦い始めてまだ5年(2014年で6年目)なのだ。

富山第一高校がプレミアWestに残留し、選手権を制覇した。
選手は、ほとんどが富山県出身と聞く。

コンサドーレだって数々の苦い経験を経て、創設から18年経過して今に至る。

ここ最近の新興クラブには、先人の知恵や知識を学んで進める環境があるのが大きな違いだろうか。
10年後、富山県出身の選手が増えることを祈っております。


余談。
横浜FC-カターレ富山戦を三ツ沢へ見に行った時、
ライカくんが北陸新幹線PRで三ツ沢にいたときはうれしかったなあ。
キリっとした目がカッコイイ、いい奴なのだ。

ドーレくんもたまには関東来てー。


post by sca25

23:15

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タイ・コンケーンFC社長のカソム・チャナオン氏は大物で親日家じゃねーかっ!

2014年01月14日

タイにある「College of Asian Scholars(カレッジ オブ エイシアン スコラーズ)」(略称CAS)の学長であり、
タイ・コンケーンFC社長のカソム・チャナオン氏(Kasom Chanawongse)について。


関連記事
タイ・コンケーンFCまとめ(タイ・ベトナムと提携12)
(3)・KHONKAENを調べる


タイ・コンケーンFCの社長カソム・チャナオン氏(Kasom Chanawongse)が、
2013年の最終節北九州戦の試合開始前に、挨拶していたことを覚えてるでしょうか?
日本語と英語で丁寧に挨拶されていて、私の「こいつぁ大物だ!」センサーが反応してました。

コンケーンという町やコンケーンFCについては調べていたものの、
カソム・チャナオン社長界隈を調べていなかったのですが、年明けに全く別な調査していたら、
「Kasom Chanawongse」という名前を見つけて、かなり驚いたので、氏の紹介も兼ねて、いろいろと。


1)タイ・コンケーンFC社長のカソム・チャナオン氏って誰?
コンサドーレ札幌がコンケーンFCとの提携に調印したときのリリースには「社長」とあります。
KHONKAEN FC(タイリーグDivision-1)とのクラブ間提携 調印式終了のお知らせ

コンケーンFCの社長以外に、
「カレッジ オブ エイシアン スコラーズ」(略称CAS)という大学の学長をやっています。
CAS組織図


2)どんな顔?
調印式の模様が、コンケーンFCの公式にありました。
タイ・コンケーンFCとの調印式の模様(タイ・ベトナムと提携して何するの?10)


3)どんな経歴?
親日家であるカセー博士(父親)の意志を継ぎ、
日本語の習得のため長崎ウエスレアン大学と青山日本語学校にて日本語並びに日本文化を学んだ。
その日本の文化等を経験するために自分の意志で日本で就職をし、数々の経験を積んできた。

経歴
コンケン大学工学部工業工学科 学士課程
テキサス大学(University of Texas)工学部工業学科 修士課程
コンケン大学工学部建築学科 博士課程
長崎ウエスレアン大学 外国学部(日本語専攻)
青山日本語学校(日本語専攻)

タイサッカー協会理事  U-14,U-16女子ナショナルチーム総責任者
コンケン県スポーツ評議会理事
コンケン商工会議所理事
コンケンFC(コンケンサッカーチーム)総監督
CASの学長紹介より(日本語!)

そりゃ、日本語と英語が話せるわけだ!


4)CASってどんな大学?
CASはドクター・クラセー博士により2002年に創立されました。
CASは世界標準の進んだ科学に遅れをとらないよう、現代教育、方法論、システムに挑戦しております 。 
地域そして国際的労働市場と同等の一貫した学習環境で、卒業生は特に道徳観と資質で国際的に認められた専門学校です。
大学について(日本語!)

5)日本の大学と提携しているの?
1.長崎ウエスレアン大学
2.姫路独協大学
3.セントメリー日本語学校
あと、バナーに日大や福岡大などがありますが、よくわかりません。
日本以外にも、中国、ベトナム、インドなど、たくさん提携しているようです。
CASと連携している教育機関より(日本語!)

6)コンケーンには他に大学があるの?
コンケン大学(Khon Kaen University)という国立大学があります。
22学部、学生4万人、大学院生1万人、留学生500人もある、かなり大きな大学です。
from KKU(英語)

ちなみに北海道大学の場合、
12学部29学科、学生11,632人、大学院生6,351人、留学生1,384人(これら全て研究性など含む)なので、
コンケン大学(Khon Kaen University)の方が北海道大学より大きいようです。
from 北海道大


なお私が見つけたのは、FIFAのタイ国の役員欄に名前があったことでした。
Kasom CHANAWONGSE - Futsal Committee - Special advisor 
(カソム・チャナオン - タイ・フットサル協会 - 特別顧問)
from FIFA (英語)

おまけ
日本のFIFA役員は、こちら。
Japan - Football Officials - Committee Members
from FIFA (英語)


レコンビン試合後にサポーターから胴上げされる/ドンタムロンアンは開幕戦敗れる

2014年01月13日

1月11日に開幕したベトナムVリーグの続報です。


前回記事
(1/11)レコンビン(ソンラムゲアン)復帰初戦は先発フル出場。Vリーグ開幕戦勝利に貢献
参考
Dong Tam Long An FC(ベトナムVリーグ)とのクラブ間提携 調印式終了のお知らせ(札幌公式)


ベトナムVリーグ2014年シーズンが開幕。
コンサドーレ札幌の提携先であるドンタム・ロンアンFC(昨季9位)は、
アウェーで昨季2位の強豪SHBダナンと対戦し、3-1で敗れました。
ベトナムサッカーニュース Bongdaが報じています。
Bongdaより(ベトナム語)

ドンタム・ロンアン公式でも試合レポートが掲載されています。
ドンタム・ロンアン公式より(ベトナム語)

ドンタム・ロンアンFCの公式は、選手紹介もあるし、
情報が整理されていてとても読みやすい。
どのページを見ても、最下部にスポンサーがスクロールで流れ、
日系企業もあるなど、Webサイトに力を入れているのがわかる。
ソンラム・ゲアン公式より見やすい・・・。


開幕戦を勝利で飾ったソンラム・ゲアンのキャプテン、レコンビン。
試合後に、興奮したサポーターに出口で取り囲まれ、
ファンサービスに応じるだけでは止まらず、
サポーター達に胴上げまでされています。
その様子が写真12枚も使って報じられているので、
翻訳できなくても様子が分かると思います。
zing.vnが報じています。
zing.vn(ベトナム語)
この報道の最後に試合のハイライト動画があるので、試合の様子が気になる方はそちらをご覧ください。
do
v
この盛り上がりを見ると、札幌の都合がどうあれ、
ベトナムのファンや、クラブ、レコンビン本人・家族、そして札幌にとって最良の選択だった気がします。




レコンビン(ソンラムゲアン)復帰初戦は先発フル出場。Vリーグ開幕戦勝利に貢献

2014年01月11日

ベトナムVリーグ2014年シーズンが開幕。
開幕戦はアウェーのソンラムゲアンが勝利。
Than Quảng Ninh 0-1 Sông Lam Nghệ An

ベトナムサッカーニュース Bongdaが報じています。
Bongdaより
ソンラム・ゲアンに復帰したレコンビンは、先発フル出場。
アウェーでの開幕戦勝利に貢献し、地元の英雄の帰還にソンラム・ゲアンのサポーターから拍手喝采を受けたようです。


昨年の覇者ハノイT&Tは、ホーム開幕戦を4-2で圧勝。
得点王コンビのサムソン・カヨデとゴンザロがそれぞれ1点ずつ決めて、好スタートを切りました。
ベトナムサッカーニュース Bongdaが報じています。
Bongdaより


コンサドーレ札幌と提携したドンタム・ロンアンFC(昨季9位)は、現地時間明日12日16:30から、
アウェーで昨季2位の強豪SHBダナンと対戦します。


成績の一覧は、ベトナムVリーグの公式サイトに掲載されています。
Vリーグ公式サイト(ベトナム語)


黄金世代と言われるU19ベトナムの盛り上がりとU19日本代表の優勝

2014年01月11日

ベトナムで開催されたU19の国際大会NutifoodCup2014など、
アンダー世代の国際大会が3つ立て続けに行われていて、
それぞれに札幌と札幌U18の選手がいることもあって注目されている方も多いと思う。

そこで、U19日本代表が優勝を飾った国際大会NutifoodCup2014について、
ベトナムサッカー協会(VFF)や日本サッカー協会(JFA)のリリースを中心に、
いくつか気付いた点をピックアップしていく。


★U19の国際大会なのに観客数がすごい!
JFAに掲載されている画像を見れば、よく分かると思います。
from JFA
国歌斉唱で満員のスタジアムでスタンドが全員起立
赤地で胸に星のシャツで埋め尽くされたホームスタンド
バックスタンドも満員の様子

AFC公式大会ではないU19の国際親善トーナメントで
2万人以上入ったなんて、すごい、すごすぎる。
なお、会場は収容人数25000人のトンニャット・スタジアム(from Wiki)


★U19べトナム代表が黄金世代と言われる証
ホーチミン入りしたU19代表を歓迎する人たち
from VFF


★そして、三浦選手の勢いはまだ止まりません。(fromJFA)
(以下、引用)
全チームのお披露目が終わり、再びベトナム古来の踊りが披露されている中、
三浦選手がステージ下に登場し、曲に合わせて踊り出します。
この踊りに再び会場が盛り上がると、残りの3チームからも選手が登場し三浦選手と一緒に踊り出します。
これには会場全員がステージ前に集まり、写真や動画でこの様子を撮影していました。
・・・
簡単な記者会見や試合だけで終わるのではなく、
こういったレセプションも開催され、各国の選手と交流を図る。
優勝すると派手な表彰式が行われたり、
3位のトットナムは表彰式で全員赤地に星のTシャツを着て参加したり、
大会前日に全チームの監督が揃って記者会見を開いたり、
ベトナムサッカー協会で全試合レポートが載ったり、
主催者が力を入れており、とてもよい大会に参加したと思います。
フツーのメディアは試合のスコアだけが報道されて終わりですが、
きちんと情報を探せば、試合をしにいっただけではないというのがよく分かると思います。
表彰式のベトナム現地報道
※一番上のフラッシュ画像で右から2番目と一番右。


U19ベトナム代表(黄金世代)が日本代表に勝ったトトナムに一時2-1でリード奪う

2014年01月11日

黄金世代と呼ばれるU19ベトナム代表、U19日本代表らが参加したNutifood cup 2014を調べたら、
札幌に練習参加したU19ベトナム代表の2人が活躍していたようです。

★札幌に練習参加した2人が活躍
ドゥ・ドゥイ・マン(Đỗ Duy Mạnh)【前ハノイスポーツセンター(ベトナム)、17歳】
ファム・ドゥック・フイ(Phạm Đức Huy)【前ハノイスポーツセンター(ベトナム)、18歳】
がこのU-19代表に選出され、
U19日本代表が参加したNutifood cup 2014の試合にも出場しています。

ドゥ・ドゥイ・マン(Đỗ Duy Mạnh)
トトナム戦:出場なし
日本戦:28分からMFで交代出場。
ローマ戦:31分からMFで交代出場。

ファム・ドゥック・フイ(Phạm Đức Huy)
トトナム戦:MFで先発して81分で交代。
日本戦:MFで先発して28分で交代。
ローマ戦:MFで先発して73分で交代。59分にカウンターから逆転ゴール決めてますゴール動画付きベトナム現地報道
※動画が全部で5つありますが、上から3つ目にある動画です。
 動画下部のタイトルが「Video clip bàn nâng tỉ số lên 2-1 cho U19 Việt Nam của Đức Huy」
逆転ゴールなので、盛り上がりがすごい!発炎筒まで登場。


今さらですが、2人が練習参加したことは、公式リリースありませんでした。
公式facebookには載ったようですが。


★優勝はU19日本代表(2勝1敗)
2位U19ASローマ(2勝1敗)
3位U19トットナム・ホットスパー(2勝1敗)
4位U19ベトナム代表(3敗)

大会MVPは南野 拓実(13番-C大阪)
最優秀GKは高木和 徹(1番-清水ユース)
得点王はMazzitelli Luca (U19 As Roma)
from VFF(ベトナム語)

第1節:日本1-2トットナム、ローマ2-1ベトナム試合レポート(from VFF-ベトナム語)
第2節:ローマ2-1トットナム、日本7-0ベトナム(from VFF-ベトナム語)
第3節:日本1-0ローマ、トットナム3-2ベトナム(from VFF-ベトナム語)


「日本代表7-0ベトナム代表」だけで判断するとイマイチですが、
「日本代表に勝ったトトナムに、一時2-1でリードしたU19ベトナム代表(黄金世代)」
と読み取れば、決して弱いわけではないと読み取れますね。
試合を全て見たわけではないので「強さ」については、これ以上は触れません。


西大伍(鹿島-元札幌)ポルトガル1部マリティモに移籍前提の練習参加?

2014年01月10日

おもしろいので、タイトルを煽ってみました。
元ネタは・・・コンサブログにマリティモのHPをリンクしてる方がいるので、そちらをご覧ください。

「CSマリティモ」と聞いて
「FC大阪と業務提携してて、昨年トライアルやって、日本人サッカー留学の商売してるところ」
と認識している人はどのくらいいるのだろう?
という興味はありますが・・・。

せっかくなので、過去にボツにした記事に加筆修正して掲載します。


関連記事
海外クラブのジュニアサマーキャンプin日本
札幌、バルセロナに敗れる!?


「CSマリティモ」と聞いて
「FC大阪と業務提携してて、昨年トライアルやって、日本人サッカー留学の商売してるところ」
と認識している人はどのくらいいるのだろう?

本気でプロへ目指すならポルトガルサッカー留学&プロトライヤルテストのマリティモmaritimo
トップページ(日本語)
留学プログラム概要(日本語)
留学料金(日本語)

FC大阪
CSマリティモとの業務提携のお知らせ(2013/4/01)
FC大阪 × CSマリティモ 合同セレクション開催のお知らせ(2013/4/22)
CSマリティモ×リーベル アトレチコ×CSコンスタンチーネ 合同セレクション開催のお知らせ(2013/04/22)
合同セレクション合格者がCSマリティモと契約・加入が決定お知らせ(2013/07/08)


ポルトガル1部にいながら、平均入場者数が3,827人(2012-13シーズン)という
一見札幌よりも小規模に見えるクラブが、日本の代理店を通じて、
なぜ日本人向けサッカー留学ビジネスを展開するのか?

そもそもの背景として考えられるのは・・・
日本人の海外志向が強まっている
手ごろに海外留学できるくらい平均収入が高い
プロになりたいという夢の実現に金を払って近づける可能性がある
といったところか。

北海道を出て道外の大学に行くのも、よりよい環境を求めて海外にサッカー留学するのも、
志向の根本部分は大差はないように思う。
しかし、決定的に違うのは、言語の通じない異文化に飛び込む覚悟があるか、ないかの差だろうか。
海外留学するときに、日本人がいる環境へ行くというのは、個人的にはありえない。
(手続きなどのサポートはあったほうがよいけれど)

そんな話はさておき、総合型スポーツクラブとしてなかなかしっかりした組織があるらしい(?)
ポルトガルの中堅クラブCSマリティモから見ても、日本の「サッカー留学市場」はおいしく見えるのだろう。

札幌関連でいえば、元札幌U18出身の中川選手が、ユーロプラス社を通じて
ドイツへ1年間のサッカー留学をしたことを記憶している札幌サポも多いはず。
(参考)元U18の中川雄貴選手がレギオナルリーガ(ドイツ4部相当)のクラブに加入

先に上げたCSマリティモのケースは、ポルトガルの1クラブを看板にして
FC大阪と業務提携し、(株)トラオムジャパンが代理店となって行っている事業。

ユーロプラス社は、海外サッカー留学したい人の希望を事前にヒアリングし、
提携先の中から、その人にあった国やクラブへ留学させ、サポートする事業。

個人の教育に金をかけられる国ならではのビジネスだし、
人材の育成という観点では、とてもよくできている仕組みなので、これらを参考に、
コンサドーレ札幌もしくはコンサドーレと代理店契約して推進するのは、とても面白い展開になると考える。

コンサドーレ札幌が同じような事業を行うとしたら、
どの国・地域をターゲットとして、どのようなビジネスにすればよいのか?

実際にこれらと似たケースで進めているのは、
コンサドーレ札幌+札幌国際大+コンケーンFCのケースだろう。
※その後

一見地味ではあるが、タイ・コンケーンFCとの提携に、地元の企業や学校とも連携した事業に発展させている。
一気にビジネスとして拡大はならないが、今後より一層東南アジアとの連携が重要になるので、
こういう活動は引き続き続けてほしい。


という記事をボツにしてました。

この記事の根幹にあるのは、広告料収入と入場料収入の拡大はアテにならないから、
アカデミー収入やその他収入を増やさねばならないという考えからです。

こんなことが頭にあるので、西大伍選手がマリティモのユニホーム着て代表と握手してる写真を見て、
「商売うまいなあ。日本人選手の練習参加を練習参加だけで終わらせない見事なメディア戦略」
「西大伍は今回の短期留学(練習参加)にいくら払ったんだ?」
というものでした。
煽りタイトルで始めたので、締めの言葉もそれっぽくしておきます。

マリティモ留学サイトの「14のメリット」の1つに、
「練習で認められれば、すぐにプロサッカー選手になれる!」
という言葉もありますから、認められて移籍できるとよいですね。


post by sca25

00:25

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なぜレコンビン(元コンサドーレ札幌)との交渉が破談したのか?(反省点など)

2014年01月10日

レコンビン交渉失敗の過程を未練がましく書き連ねます。

失敗の原因
プロとして結果を残せなかったフロントのいくつかの判断ミスとスピード不足と力不足と金不足
開幕まで1ヵ月を切ってなお所属元の地元スターでエースFWをブン取る姿勢を貫いた札幌の力不足


前回記事に書いた移籍交渉の背景を前提に書き連ねます。
レコンビン契約満了の背景と経緯と本人コメントまとめ


圧倒的に不利な状況でコンサドーレ札幌は、
ソンラム・ゲアンが満足できるような条件を提示できなかったのですから、
相手を納得させる財力も、交渉力も、それができる人材もまだなかったと解釈しています。
本人の意向がどうあれ、交渉はあくまでクラブ間の話であり、
交渉先を納得させられなかったコンサドーレ札幌のフロントに力が足りなかった。

ベトナムのクラブ(企業)の日本人的な感覚で言う稚拙さは今に始まったわけではなく、
ベトナムという国の社会や商慣習や気質を経験していれば、
押し切るべきタイミングはある程度までは分かったはずで、
それを迅速に対応できる人材がいないんですね。
そんな感想から、コンサドーレ札幌はフットボール・ビジネスの世界でまだまだ未熟と感じました。
同時に、この交渉の過程で得た経験は、今のところ他のクラブにはない大きな財産になりました。

札幌のミステイクを挙げると、3つあると考えています。
1)相手クラブの契約下にある選手に交渉の一部を託した
2)時間をかけすぎた。合意に達してから調印までに間を空けすぎた
3)交渉すべき相手を見誤った(社長の上に会長がいた)

交渉先の契約下にある選手の獲得に対し、
選手の意志をアテにし、交渉の一部を選手に託し、最終決断を選手に迫るという動き方。
これでは、札幌側に主導権を持ってこれない。
それどころか、主導権が選手にある状態。
ここで、現地に張り付けるクラブの責任者や代理人がいなかったのは痛かった。
報道を鵜呑みにすれば、レコンビンは札幌にもゲアンにも「残留したい」と意思表示していました。
この言葉にはウソはないでしょう。
ただ「相手側に断ってでも」という発言はありませんでした。
多くのものを背負うスターの重荷ととらえるべきか・・・。

もう1つの判断ミスがありました。
12/27の朝、最後にチャンスが生まれ、ソンラムゲアン公式でも移籍を容認する内容のコメントを発表した。
これはnikkanの報道で「札幌の仕事納めだった12月27日時点では、調印を残すだけだった」
とあるとおり、双方同じ動きをしているので間違いは無い。
しかし、「年明けに発表することで合意していた。」って、
下手売ったなあというのが正直なところ。
調印を年明けにするというのは、間を空けすぎ。遅すぎ。
夏の交渉でも「前日と言ってることが違う」という経験が活きていない印象。
相手の気が変わる前に、すぐにでも飛ぶべきだった。
合意してから飛ぶようじゃ遅いんですけどね。
やはり、現地張り付きの責任者がいないのは痛かったです。

一連の動きの中、道内メディアとベトナムメディアでは、後者の方がより情報(特にコメント)が多かった。
現地取材するわけでもない道内メディアを信頼しうる材料は、チーム関係者のコメントくらい。
まあそれは、向こうも同じか。
改めてよく分かったのは、一方のメディアだけを鵜呑みにするのは、実に危険だということ。
双方のメディアから出てくる当事者のコメントを中心に事実と真実を読み解く力が試されます。

nikkanの報道にある三上GMのコメント
「信頼関係を再び築くのは難しいし、再び獲得に動くことはない」は
裏があるように感じており、うまいこと釘を打つなあと感心してしまいました。
あの報道を真に受ければ、他のJクラブはベトナムの選手獲得に二の足を踏むでしょう。
交渉失敗の矛先を他に向ける効果もありましたから、
ああ言うしかなかったんじゃなかろうかと思いますが、腹の中は分かりません。
もし、年明けにレコンビンと契約できていたとしても、
ベトナムリーグ1週間前に、国民的スター選手をブン取った印象が残りますから、
12月中頃に決着できなかった時点で、負け戦だった印象は否めません。
行動力がある人物なら時期とタイミングを見計らって、獲得交渉に動くでしょう。

ちなみに、今回交渉相手のソンラム・ゲアンについては、
交渉過程の文書をメディアに公開するという信頼を失墜する行為があったのは事実ですので、
三上GMの(というよりメディアの)発言(「信頼関係を・・・」)は、レコンビンに対する信頼ではなく、
交渉相手のソンラム・ゲアンに対するものと解釈してます。
ここまでしてブチ壊す覚悟があったのは大したものです。


昨年の古田移籍交渉における交渉先のレターに対する受け止め方といい、
今回のレコンビン移籍交渉における相手との合意の受け止め方といい、
コンサドーレ札幌の文化なのか、社風なのか、
押しの弱さというか、畳みかける折衝力の不足を感じています。
今の財力では、そういう力を持つ人を自前で育てるしかないのでしょうか。
ヒト、カネ、チカラ。
全てが今一歩足りなかった。
そんな印象です。

ウダウダ書き連ねましたが、圧倒的に不利な交渉で、時間切れになった後で、
一度は相手から合意を引き出したことは、
素直に「難しい交渉を経て、よくやった」と高く評価したいと思います。
これを、次の東南アジア戦略へ繋げてほしいです。

つづく


レコンビン契約満了の背景と経緯と本人コメントまとめ

2014年01月08日

コンサドーレ札幌のレコンビンの移籍契約交渉について、
ベトナムのクラブとの交渉がとても難しいものであることが分かるなど、
いろいろ学ばせてもらった感がありますが、移籍交渉の背景をまとめておきます。


今回の移籍交渉の前提として、圧倒的に札幌側に不利な状況だったことがあります。

★レコンビン自身の背景
1)レコンビンは2014年シーズン終了までソンラム・ゲアンの契約下にある
 (=交渉相手はレコンビンではなくソンラムゲアン)
2)ソンラム・ゲアンのユース時代からの生え抜き選手
3)ユースから昇格し若いうちにソンラム・ゲアンでスターになった
4)2012年の所属先ハノイFC消滅後に行き場を失ったが、地元のソンラム・ゲアンに救われた
5)優勝争いと得点王争いの最中、最後の1ヶ月で移籍し、優勝も得点王も逃し、チームに負い目がある
6)中心選手として2014年の優勝と十数年ぶりのベトナム人得点王を期待されている
7)昨年1月に子供が生まれたばかりで単身赴任してた(ベトナム人は家族を大切にする)
8)晩年は、自分を育ててくれたソンラム・ゲアンに復帰したいという希望があった

★ソンラム・ゲアンの背景
1)ベトナムVリーグの開幕が1月11日からと、例年より1カ月以上早まった
2)ソンラム・ゲアンの中心選手が他クラブへ移籍してしまい、選手層が薄くなった
3)資金力ではVリーグで真ん中くらい
4)金が無いので、最後は金以外の部分でなりふり構わず残留交渉してブチ壊す覚悟アリ
5)やはり、ソンラム・ゲアンはベトナムのクラブであった

★コンサドーレ側(Jリーグ)の背景
1)出場機会が確約されたわけでも、多く出れる保証も無い
2)レコンビン加入後、ベトナム関連企業からのスポンサー収入が分かりやすい形で発生した
3)Jリーグ提供以外の試合中継による放映権収入が発生した
(収入面は、足元を見られるには十分な効果がありました。)

★コンサドーレ側が有利に運びうる材料
1)レコンビン自身の札幌でやりたいという意志
2)日本で通用したというキャリア
3)なんとか準備できた満額移籍金(24万USD)
(なんと、これだけ。)

代わりに選手を送り込むこともできましたが、
自国のスター選手と、活躍できるかどうか分からない日本人を天秤にかければ、そりゃ前者を取ります。
なので、これは大した材料にならず。

ここからは、札幌とソンラム・ゲアン双方の選手に対する条件提示合戦を経て、
ソンラム・ゲアン側が最終手段を投入して全てブチ壊すのか、
札幌側が移籍金上限を上乗せするかのチキンレースになったわけですが、
時間切れとともにソンラム・ゲアンの最終手段投入で終焉となりました。
札幌側は決してブレることなく、限界を超えなかったあたり、過去の教訓が活きている証拠です。
(10年前のコンサなら積んだような気がします)


ここからは、年末の動きだけをまとめておきます。
ソースは沢山あるのですが、翻訳が面倒なので、
ベトナムフットボールダイジェスト(全て日本語)に絞っておきます。

12/26
ソンラム・ゲアン(SLNA)のホー・バン・チエム社長は26日、
SLNA復帰かコンサドーレ札幌への移籍かで去就が注目されるレ・コン・ビンについて、
移籍を容認する内容のコメントを発表した。
vietnam-football.com(12/27)←Bongda+12/27

12/28午前
ソンラム・ゲアン(SLNA)のグエン・ホン・タイン会長は28日、
グエン・フー・タン監督およびレ・コン・ビンの両名を交えて会議を開いた。
それによると、同選手が来シーズン、SLNAに復帰することで、合意に至った。
(会談での発言や、その後のレコンビンコメントあり。一番まとまっているので必読!vietnam-football.com(12/29)←Bongda+2013/12/28

その後のレコンビンのコメントその2
12月28日午前中のセッションの後、グエン・ホン・タインCEO、
グエン・ヒュー・タン監督と同席し、私と一緒にプレーするよう求められた。
チームリーダーとして私が残留することに同意するものとします。
2014シーズンは私がSLNAのユニホームを着て戦う。...
Bongda2013/12/28

1/4
ソンラム・ゲアン(SLNA)は4日、
ホアンフック・インターナショナル社とユニフォームやトレーニングウェアなどの供給に関する協力契約を締結し、
KAPPA製の新ユニフォームを報道陣にお披露目した。
契約額は年間20億ドン(約1000万円)。
 SLNA復帰が決定的と言われているレ・コン・ビンも新ユニフォームの発表会に出席し、
背番号9番のネーム入り新ユニフォームをお披露目した。
vietnam-football.com(1/5)←Bongda2014/1/4


今回のエントリについて。
クラブは「終わったこと」としか言わなそうですが、
事実とメディアの情報から漏れる一部の真実から、
過程を分析して、今後の糧にする必要はあると思います。
これまでにない大きな経験をしておきながら、結果が伴わなかったからといって
反省も振り返りもしないなんて、もったいないですし、
「北海道から世界へ」というスローガンから読み取るに、
サポーターやパートナーにも「世界へ」を要求されているはずですから。


おまけ。
そもそもベトナム人ってそういうもんだよなと納得した文書のリンクを張っておきます。
ベトナムにおいて「家族」の絆は何よりも優先されます
想像以上に厳しいベトナム人社会

以下、引用。
仕事に遅れても「道が混んでいたから」、見積書の計算が間違っていても「暑くて集中できないから」などだけで、
そこには日本的な「すみません」「ごめんなさい」の一言がかけています。
あげくには、「どうしてちゃんとチェックしないの?」「あなたの指示が間違っている」と自分の失敗を人のせいにする始末。
多少なり申し訳なさそうな表情でも見せてくれれば、「仕方ないなあ」とも思えるのですが、
こうも平然と自信を持って「自分に間違いはありません!」という態度を見せられると、温和な日本人でもキレてしまうこと必至です。

ベトナム人は家族を大事にするといわれますが、裏返せば家族以外は信じられないということ。
他人にはいたって冷たいのがベトナム人社会です。
親戚・家族内は 病気や事故などのトラブルの発生時に始まりお金の貸し借りも含めて、互いによりかかっていますので、
あえて謝ることもしませんが、家族以外の人へは頑なに 謝ることを拒みます。

一見、傲慢で不遜に見えるベトナム人ですが、こうしてみると実は臆病で猜疑心にかられているとも言えます。
特に、自身が「攻められている」「追い詰められつつある」と感じる際には周りの目も気にせず怒鳴り散らすなど
感情をさらけ出す場面も見られます。


日本人(道民)の商慣習や常識だけで、今回の顛末を捉えると、得られるものは少ないでしょう。
「北海道とともに世界へ」というスローガンが泣いちゃいます。