2007年08月09日
札幌U-12、ベスト8で力尽く 【福島】福島県楢葉町のJヴィレッジで開催されている小学生年代(U-12)の全国大会「第31回全日本少年サッカー大会」は8日から決勝トーナメントに入り、グループラウンドを勝ち上がった16チームによる激戦が繰り広げられた。<札幌・試合前の円陣。札幌-Uスポーツ戦より> 決勝トーナメント1回戦で、グループDで2位となったコンサドーレ札幌U-12(以下“札幌”)はE組1位のUスポーツクラブ(山梨県)と対戦した。 午前9時半開始。しかも曇天ということで心配された猛暑下での試合は避けられたが、やはり連戦の疲労は確実に札幌イレブンから体のキレを奪っていった。いつもならつながるはずのパスがつながらず、届くはずのセカンドボールも拾えない。それでも気力を振り絞って戦う札幌は数多くの好機を作り出し、主導権を握りつつも前半を無得点で折り返す。
<札幌の守護神・GK輪島稜(6年)> 後半も初めは互いに中盤で奪い合い、潰し合う展開が続く。なかなか均衡が破れずじりじりとした時間が流れていったが、唐突に試合は動いた。9分(通算29分)に札幌が右コーナーキックを得る。MF安達が左足でニアを狙って低く速く入れたCKを相手DFがクリアミスし、ボールはゴールネットを揺らす。今大会この試合を含めて6試合での13得点中、実に8点目となるCKからの得点を記録した札幌だったが、その後はUスポーツの猛攻に晒される。足が止まりがちになり中盤で形勢を立て直せず、DFがクリアしてもセカンドボールを拾えない。いつ失点してもおかしくない危機の連続を、GK輪島を中心に必死に守り切り、タイムアップの笛を聞いた。 応援に訪れていた父兄の皆さんからは歓喜の声が上がるが、浅沼達也監督は「もうボロボロです。昨年の実績を超えたことは評価したいが、(準々決勝の)ヴェルディに勝てる可能性は1%もないでしょう」と語り、暫時休息のため足早に一旦Jヴィレッジを後にした。 昨年破れなかったベスト8への壁を破った今、残された目標は北海道勢としての過去最高記録である2000年度(第24回)大会での札幌FC(選抜チーム)の準優勝を塗り替えることだけである。
<札幌-Uスポーツ戦より> この大会は参加チームの選手たちに1つでも多くの試合や様々な経験をさせるべく、グループ敗退チーム同士でのフレンドリーマッチや、JFAアンバサダーを招いてのドリームキャンプ(今年は前園真聖氏)、さらに指導者講習会や保護者向けの栄養学セミナーなど様々なイベントが期間中に散りばめられている。従って決勝トーナメントに進めなかったチームもまだ会場に残り、見学や応援を行ったりもしている。 そんな彼らの視線をピッチサイドから受けるコンサドーレ札幌U-12史上初めての舞台となる「全国」の準々決勝。相手は東京ヴェルディ1969ジュニア(東京都)である。言わずと知れたJ2・東京ヴェルディ1969の下部組織であり、過去優勝1回、ここ3年間は続けてベスト4に食い込む強豪で、今大会の優勝候補の一角である。試合は真夏の太陽が戻ってきた15:00にキックオフとなる。
<札幌-東京V戦より> 「ヨミウリ」の流れを汲むサッカーに札幌のサッカーがどこまで通じるかが焦点だったが、意外にも東京Vは特にDFラインに小学生とは思えない大柄な選手を揃え、対格差で相手攻撃を食い止めると、ドカンドカンと札幌DFの裏をめがけてロングボールを蹴りこんでくる体力サッカーを展開してきた。 これに面食らったわけでもないだろうが4分、残念な形で札幌は先制を許す。東京VのDF畠中からのロングボールがウラに抜けてきたところを詰めてきた相手FW高木の圧力に押され、DFとの呼吸が合わずGK輪島がクリアボールを高木の足に当ててしまい、逆方向に跳ね返ったボールは札幌のゴールマウスへと転がってしまった。 まだ時間は充分にあり、札幌らしくつないで走るサッカーで東京V陣内に攻め込むが、再三のアタッキングエリアへの進入も東京Vの長身選手の長い足に阻まれ、良い形でのフィニッシュに持ち込めない。前半は0-1で終了する。 後半、流れを変えたい札幌だったが、既に体力は限界に達し、気力や集中力にも翳りが見えてきた。札幌の足が止まったのを見てボールを回し始めた東京Vに対し、札幌は付いていくのが精一杯の状況となる。そして17分(通算37分)に東京VのMF秋田に追加点を奪われると、その直後にも左サイドを破られてクロスをFW菅嶋に決められる。0-3となって残りロスタイム含めて3分間、何とか札幌のサッカーで一矢報いようと奮闘したイレブンだったがゴールは遠く、進撃はベスト8でピリオドとなった。
<札幌-東京V戦より> 自身が札幌U-18出身で「日本クラブユース選手権U-18」で全国準優勝の経験を持ち、今年からU-12を指導する相川雄介コーチは「選手たちはよくやったと思います。僕らの子供の頃に比べてみんな上手いですよ。(自分がユースだった頃に)応援していてくれた人たちの気持ちがわかりますので、自分の経験を今後も子供たちに伝えていきたい」と語り、優しく泣き崩れる選手たちの肩を叩いた。 選手たちは明9日に帰札の予定だそうであるが、家で待つ家族は勿論、応援に訪れた父兄もみな、帰りの玄関をくぐる我が子たちが成長した姿を見ると驚くかもしれない。それほど濃密な1週間を経験した小さな赤黒の勇者たちのサッカー人生は、まだまだ始まったばかりなのである。
<この涙は来年につながる。来年の6年生はいよいよ“コンサ元年生まれ”の選手たちになる>
NO1 コンサ札幌
Re:ひぐまスポーツJ村2007版(10)
2007/08/09 05:23
すごくがんばりましたね、良い記事読ませてもらいました、ありがとうございます。がんばれコンサ戦士達です