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2017.1.4 現在 ・男です。改名しました。元「tnfaki」今「ベル」です。 ・コンサを96年から応援してます。 ・忘れられない試合NO1は、97年厚別でロスタイムに追いつきVゴール勝ちした川崎戦。 ・NO2は11年函館での京都戦。最後まで体張って倒れ込んだ姿に泣きました ・NO3は16年フクアリでの千葉戦。内村のロスタイム逆転弾。 ・主にコンサドーレ関係。他スポーツ等を、日記として書いていきます。 ・コメントについてですが、読まれる方が不快に思われるだろうと判断したコメントは消去させていただきます。
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2018年01月07日
今朝のスポ新は、亡くなられた星野仙一さんのことがメインです。 <雪かき>後、ゆっくり読みました。 星野さんは私と同学年で彼は1月生まれなので私の方が2か月早く生まれたので私の方が兄貴に当たります。 生一本で生きてこられた方であることで、私が尊敬するお一人です。 ただ、彼の詳しいことを知りませんので、ブログで云々するつもりはありませんでした。 でも、今朝の新聞報道を読んで、「がん患者」であることを知りつつ、生一本の道を変えずに生きられたことが 私と正反対だったので書き残しておきたくなりました。 私が書き残しておきたい部分だけを箇条書きで。 ●2016年7月に「膵臓がん」を告げられる ●「余命90日」との診断 ●病名を明かすことなく、仕事に打ち込んだ 治療のために全国を走り回ったそうです。 「余命90日」であるにしても、もしかしたら何年でも生きる可能性があるならとの思いからなのでしょうね。 私は、自分を振り返り、星野さんが医師から告げられた時点で、仕事を辞め(あるいは軽く)治療に専念されて おられれば、もっともっと生きることが可能であったのではないかと、思いました。 仕事に全力を打ち込みながら、生きようとした姿が目に浮かんでくる、そういう記事でした。 私と正反対です。 私は仕事を捨て生きる道を選びました。星野さんは、仕事を全うしながら生きる道を選びました。 私は大腸がんが発見され、医者から「生きるか死ぬかどちらかを選べ」と、言われました。 私は熟慮(と言っても家内との短時間の話で)の末に「仕事を捨て生きる道」を、選びました。 上司と相談の上、自分の仕事内容を負担の軽いものに、また仕事時間でもほぼ残業のない役割に。 星野さんは、亡くなられるまでご自身の仕事を全うされました。 惜しい方をなくしました。 哀悼の意味も込めて書かせてもらいました。 合掌
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