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2017.1.4 現在 ・男です。改名しました。元「tnfaki」今「ベル」です。 ・コンサを96年から応援してます。 ・忘れられない試合NO1は、97年厚別でロスタイムに追いつきVゴール勝ちした川崎戦。 ・NO2は11年函館での京都戦。最後まで体張って倒れ込んだ姿に泣きました ・NO3は16年フクアリでの千葉戦。内村のロスタイム逆転弾。 ・主にコンサドーレ関係。他スポーツ等を、日記として書いていきます。 ・コメントについてですが、読まれる方が不快に思われるだろうと判断したコメントは消去させていただきます。

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柴田祐里菜(UHBアナウンサー)さんのポスト 「感謝と敬意」を込めて 

2025年07月18日

柴田祐里菜さんのポストです。

「スポーツは結果だけの世界ではない」

選手の皆さん、一人ひとりが持つドラマに 私は強く心を動かされ、 その力強い言葉とピッチで闘う姿に "勇気"と"活力"をもらってきました。

「感謝と敬意」を込めて。

ナレーションを担当しました🎙️ 今夜、いま一度心を熱く燃やしましょう🔥

#consadole




   *放送された<コンサラボ"Hommage"「去りゆく選手もまた、クラブ史の一部」>のナレーション担当での思いを綴ったポストです





post by ベル

06:00

コメント(2)

この記事に対するコメント一覧

EBT

Re: 柴田祐里菜(UHBアナウンサー)さんのポスト 「感謝と敬意」を込めて 

2025/07/18 13:48

UHBの柴田祐里菜アナウンサーの父親は東京時代の日本ハムファイターズなどに在籍していた元プロ野球選手の柴田佳主也(かずや)氏です。 大阪出身の柴田佳主也氏は今は無き地元の近鉄バファローズに1991年に入団し、ほとんどの登板で救援投手を務め入団11年目の2001年には近鉄の12年ぶりにして最後のパ・リーグ優勝に貢献しましたが33歳という年齢から若返りを図る球団の構想外となり戦略外通告を受けました。 それでも長女の祐里菜アナウンサーが1999年に誕生していた佳主也氏はプロ野球選手の自分の姿を娘に見せたい思いからテストを受けて東京の日本ハムファイターズに入団しましたが怪我がちで、ほとんど登板機会が無くシーズン終了後に又も戦力外通告を受けて日本ハムを退団しました。 それでも佳主也氏は又もテストを受けて阪神タイガースに入団し少ない登板ながら救援で結果を残し阪神の18年ぶりのセ・リーグ優勝に貢献しましたが、やはり若返りを図る球団の構想外となり戦力外通告を受けて阪神を退団しました。 既に35歳というプロ野球選手としては超ベテランの佳主也氏でしたが三度テストを受けて福岡のダイエー(現・ソフトバンク)ホークスに入団しましたが、ほとんど登板機会は無く物心ついた祐里菜アナウンサーにプロ野球選手としての姿を見せられたからかシーズン終了後に戦力外通告を受けると今度は潔く引退しました。 日本のプロ野球選手としては他に例がない3年連続で戦略外通告を受けながら諦めることなく3年連続テストを受けてプロ野球選手を続けた不屈の父親と、その父親を支えた妻である母親を両親に持つ柴田祐里菜アナウンサーなら野球とサッカーと競技は違えどプロスポーツ選手への感謝と敬意を持ってナレーションするには最適のアナウンサーだと思います。

ベル

 EBT さん

2025/07/18 14:42

博学で博識で、いつもながら敬服するばかりです。 コメントありがとうございます。

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