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2024年01月26日
JRのダイヤが乱れているときに旅の話で申し訳ありませんが、旭川市内にある永山駅に頼んでおいた最長片道切符ができました。1週間ほど発行に時間がかかりました。(運賃計算等、本社に問い合わせたはず)ジパングクラブの会員なので3割引きです。来月から40日かけて約1万1千キロの旅をしてきます。 最長片道切符の旅は、2004年に関口知宏さんがやったのをTVで紹介されたので(今でもときどき再放送やっています)知っている人は多いと思いますが、知らない人のために解説しておきます。 JRの切符は600㎞を超える分は遠距離低減でキロ単価が半分になってお得です。(利用者の多い東京大阪間がギリギリ超えない600㎞というのはずるいのだが) ただ、一度通った駅や出発駅に戻ると運賃計算はそこで一旦〆になり、それ以遠は2枚目のキップとなり、遠距離低減になりません。そこで長距離旅行においてお得なキップにするには一筆書きのルートにすると良いのです。例えば、東京から仙台・盛岡・青森と旅をして、また同じルートで帰ると、往復割引の1割引きしか安くする方法はありませんが、青森から秋田・新潟と回るルートにすれば、最後の大宮東京間以外は1枚の切符にできてキロ単価が安くなるので、距離が長くなるのにかえって安くなるのです。 では、もっとも長い片道切符はどのルートだろうかという机上の遊びから始まって、実際に旅する人が出てきて、1978年に宮脇俊三さんが旅行記を出版してから知名度が上がったのです。 若い人は宿泊費を節約するために25日くらいのハードスケジュールで旅するのが普通ですが、私は40日ほどかけます。2月10日稚内スタートですが、随時、旅の様子を紹介したいと思います。 残念ながら途中でコンサの試合が見れることにはなりません。日程発表が早めれば、無理やり試合に合わせる旅程にするけど発表が遅かったし、多少遠くても寄り道したいですが、博多でやる日は青森にいるし、鳥栖でやる日は福島とか、遠すぎました。亀岡でサンガ対マリノスや、山口でレノファ対愛媛を見れないこともないですが。 最長片道切符の旅をすると言ったら、家族がどんな反応をするか心配だったけど、家内も娘二人も皆、好意的で嬉しかったです。
2023年04月07日
三ッ沢に行って来ました。 三ッ沢は初めてでした。(横浜に住んでいた時はJリーグ誕生前で、花見に良く行きましたが) 風が強くて寒かったこと、終了後にブーイングはなかったこと、アウェイ側に売店がないことなどが印象的でした。トイレが汚いと聞いたことがありますが、そうでもなかったです。改修したのでしょう。 以下のYouTubeに動画を入れています。 https://youtu.be/yruLgPFbHM8 その他の試合などは以下から見れます。 https://www.youtube.com/@momomga12 チャンネル登録していただけると収益化(CM料いただける)に繋がるのでありがたいです。
2023年03月10日
鳥栖戦の写真(おもに動画)をYouTubeに入れました。 是非、以下をご覧ください。 https://www.youtube.com/watch?v=GTxh-ANcW1M https://www.youtube.com/@momomga12
2023年03月09日
鳥栖駅。鳥栖駅はさながら鉄道写真記念館です。鳥栖駅は鹿児島本線と長崎本線の分岐駅なので、かつての岩見沢駅と同様、鉄道の要衝で、巨大な操車場がありました。操車場の跡地にスタジアムを作ったのです。スタジアム横に展示しています。売店横に電子レンジがあるのは親切ですね。他のスタジアムであるところはあるでしょうか。なかなか枠にいきませんね。試合終了。お疲れ様でした。試合後に岩崎が挨拶に来たのですが、ブーイングだったのが悲しいです。 明日にでも動画を紹介したいと思います。
2023年03月03日
今日はJR最南端路線の指宿枕崎線に乗りました。指宿まではすでに何度か乗ってますが、指宿から先は初めてでした。 指宿で9分停車している間に撮影。かつおの町、枕崎に着きました。これで鹿児島県内の鉄道は全線制覇しました。 実は枕崎には横浜時代の職場の同僚がいるのです。20年ぶりの再会でした。お土産はもちろん白い恋人。彼の診療所のスタッフさんの分も用意しました。珍しいお土産に感激したことでしょう。 ちなみに、20年ほど前に友人に会ったときは一緒に指宿の温泉宿に泊まったのですが、ちょうどそのとき、コンサドーレは近くのホテルで合宿していました。ジョアンカルロスさんのときだったかな。 時間が合えば鴨池に行くのですが、ちょっと無理です。相手はパルセイロです。
2023年03月01日
わけあって長崎に来ています。今日は島原鉄道に乗って島原温泉の宿に泊まっているのですが、雲仙市の多比良駅は国見高校の最寄り駅で、モニュメントがありました。てっきり国見高校は長崎市の方にあるのかと思ってました。 実は、福島県に国見町があるので(宮城・福島の県境に国見峠という鉄道の難所がある)、てっきり昔は国見高校は福島県の高校だと思っていたんですが・・ 火砕流で有名になった普賢岳のすぐそばに国見岳があります。ちなみに、ホテルのフロントの人と話したら、ギラヴァンツやVファーレンがよく島原で合宿するそうです。 諫早駅。
2022年12月24日
新潟は私の第二の故郷なので来年は是非行きたいと思っていたけど、3月4日の新潟の気温の平年値を調べると、札幌の4月3日と同じでした。東京の真冬よりも寒いのです。冷え性の私にはちょっと厳しいかな コンサの選手やサポーターは寒さに慣れているから新潟のホーム開幕の相手をコンサに選んだのだろうか。 昔はそれよりも寒い3月や12月に室蘭でやっていましたよね。 よくあんな寒いところでやっていたもんだと今になって思います。 開幕戦も、広島なら暖かいかと思ったら、意外にも東京と同じ気温で、札幌の4月12日と同じ気温です。 夏場は菜園の管理があるので3月のうちにどこかに行きたいけど、3月8日のルヴァンかな。昨年の3月3日の博多は寒かったけど。
2022年07月10日
盛岡での晩御飯は盛岡駅ビルの回転寿司でした。 ほんとうは盛岡名物の冷麺にしようかと思っていたんですが、回転寿司のお店の前を通りかかると、ホヤの握りがあるということで、それを食べたくなって寿司にしました。 凄く美味しかったです。水けをよく切ってあるのが良かったのかも知れません。これほど甘みのあるホヤは初めてで感動しました。ホヤ以外もとても美味しく、道外で美味しいと思った回転寿司は初めてです。もっとも、レーンはあるけど流れてなく、タッチパネルで注文しました。混雑時は流れているのかも。東北新幹線に乗ったら、わざわざ盛岡で下車してでも、またこのお店に行きたいです。 盛岡のホテルの朝食は6:30からですが、すでに6:20に開店していたので、早く朝食をとり、6:40にホテルを出て、予定より1本早い新函館北斗行き始発の6:54のに乗るべく、駅へ向かいます。北上川を歩いて渡ります。「気持ちのいい朝」と言いたいところですが、朝から暑かったです。 さすがに始発列車はがらがらです。青函トンネルが近づくと、3線軌条になります。新函館北斗駅在来線ホーム。なんでここに新幹線駅を設置したのだろう? 七飯の方が函館に近いし、なにより、藤代線(急こう配緩和のバイパス線)を活用できるメリットあるのに。 それに、七飯だったら「新函館七飯駅」にはならずに「新函館駅」になったのではないだろうか。 新函館北斗から函館へ向かうのに、普通ははこだてライナーに乗ります。でも、乗り放題のチケット持っているので4分前の特急に乗ります。この高架が藤代線です。これのおかげで七飯・大沼間は複線なんですが、特急北斗は新函館北斗駅を通るため、下り列車も上り線を走るので、上り列車とは信号所で行き違いしないといけなくなるのです。はこだてライナーにも乗ってみたいので、特急を五稜郭で下車して、あとから来るはこだてライナーに乗り換えます。やっぱりここが一番です(笑いさりび鉄道のキハ40旧国鉄色。函館市電に乗ろうとしたら、なんか変だと思ったら、函館マラソンのため、駅前から五稜郭までは運休してバスの代行が出るとか。どつくまで運行しているので市電に乗ります。昔はここに職員がいて、ポイントを切り替えていました。今はトロリーコンタクターで切り替えています。 こちらも景観に配慮して、真っ赤ではないですね。十字街からどつくまでは乗った記憶がないので乗った次第です。これで日本の路面電車で乗ったことのないのは世田谷線(いつでも乗れると思って、いつまでも先延ばしに)と阪堺線の一部と、とさでんだけになりました。 あ、富山駅の南北を連絡したので、そこの数十メートルもまだ乗ってません。 ランチタイムまで少し時間があったので、代行バスも使って駒場車庫まで行きました。
2022年07月09日
今回の旅程で、ついでにどこかで試合を見れないかと考えたら(京都は無理だったので)八戸で山雅戦と、盛岡で大宮戦が観戦可能とわかりました。どちらも見てみたいけど、アクセス等を考え、後者にしました。 グルージャもアルディージャもスペイン語ですが、どちらも「ジャ」で終わりますね。以前「じぇじぇじぇ」が流行語になりましたが、「じぇ」は三陸の方で使われ、内陸の方では「じゃ」と言うようで(じゃじゃ麺とかありますね)ニックネームをグルージャにしたのも、それと関係あるようです。 盛岡駅からシャトルバスで20分ちょっとで盛岡南競技場(いわぎんスタジアム)到着。地味なスタジアムです。バックスタンドは芝です。電光掲示板すらなく、得点表示は手動式。室蘭並みですかね。いや、室蘭は時計も手動式で最大3分くらい遅れるから、こちらの方がまだ良いか。しばらく行ってない間に室蘭も整備されたかも知れませんが。人口最小の鳥取でも、もう少し近代的なスタジアムなので、ちょっと驚きましたが、これから整備されていくでしょう。大型ビジョンが付くと良いですね。 今年から夜間照明が付いたと聞きました。隣に立派な野球場があるんですけどね。 改めて、札幌ドームのような設備の整ったスタジアムで観戦できることをありがたく思いました。 ゴール裏は狭くてキャパがありません。だからメインスタンドの半分はアウェイサポが占めています。そういえばグルージャはチームカラーが白だから、アウェイチームはホームユニフォームですね。ちなみに2891人入りました。夕景が綺麗でした。これは札幌ドームよりも良い点ですよ。風も気持ちよかったです。 ドーレくんのこんなのがあると良いですね。ゴール裏へ行ってみました。地元のサポータ(複数のグループ)と親しく会話することもできました。 声出し禁止で、比較的静かなので気軽に会話することができました。声出し禁止も、こういうメリットがありますね。 グルージャの監督は秋田さん。大宮の監督は相馬さん。私が「有名監督ダービー」と名付けたら、岩手サポータにうけました。 往路のシャトルバスでは私のそばに大宮サポのカップルがいたので「大宮の監督はどなたですか?」「相馬さん」「へぇ~、そうですか」から会話が進んで楽しかったです。全国あちこちへ遠征しているカップルで「〇〇のスタジアムはアクセスが悪い」など、会話が弾み、とても楽しく、渋滞でのろのろしたバスですが、退屈しませんでした。 試合は1-0でグルージャの勝ち。6月負けなしだったグルージャは降格圏を脱出してますが、大宮は相変わらず降格圏。大丈夫かな。
2022年07月08日
気仙沼からJRで仙台へ着いたら、山雅のサポーターがいました。ベガルタとは試合があるわけないし、どこで試合があるのかと思ったら、八戸でした。 仙台市営地下鉄東西線は、乗ってなかったので1日乗車券買って乗りました。都営大江戸線や名古屋の東山線と同様、トンネル断面を小さくして建設費を節約するため、車両幅は狭いです。車体幅は2.49メートルなので、バスと同じです。鉄輪式ですが、リニアモーター駆動なのでリアクションプレート(磁石)が線路中央にあります。57パーミルの勾配があるので、リニアかゴムタイヤでないと認可にならないんですよね。ちなみに、南平岸付近の勾配は43パーミルです。広瀬川を渡る際はいったん地上に出ます。もしも地下で川をくぐるとなると、付近の駅が地下深くなってしまうデメリットがあるからです。それだったら札幌の南北線も、豊平川を渡る部分は地上にしたら良かったのではないだろうか。幌平橋駅と中の島駅は地下深くて、階段を上がるのが大変ですからね。ついでに中島公園内も地上だったら、建設費をかなり押さえることができたし、景色が良くて良いですよね。 西の終点、八木山動物公園駅で地上に出てみました。九州の人なら「せんだい」と読みたくなるでしょうけど、もちろん「せんだい」ではありません。「せんだい」だったら「仙台」と紛らわしくてしょうがないでしょう。南北線は、ユアスタへ行くなどで何度も乗ってますが、全線乗っていたか自信がないので、仙台駅以南を乗りました。こちらは普通の車両(幅2.9メートル)です。南端の富沢駅は地上駅です。これで、まだ乗ったことのない日本の地下鉄は、大阪の数路線と、東京メトロ丸の内線方南町支線の3.2㎞だけです。 方南町支線は、いつでも乗れると思っているし、最後の楽しみにとっておいても良いかと思って、まだ乗ってません。 かき徳でランチ。焼き牡蛎、フライ、グラタンのセットです。美味しかったです。晩の営業はない表示になってますが、実際は金・土だけ晩もやってます。仙台で某講演を聞いたあとは盛岡へ移動します。仙台・盛岡間はトンネルが少なく、防音壁も高いのはあまりなくて車窓風景があります。でも時速320キロも出すから、ゆっくり景色を楽しむことができません。
2022年07月07日
一ノ関駅から大船渡線で気仙沼へ向かいます。キハ100の2両編成で、ボックス席占有できました。大船渡線は元祖我田引鉄として有名です。こんな線形してます。森の中を走るのは気持ちいものです。ポケモントレインも走っているのですが、これに乗りたいとは思いませんが、車両を見てみたかったです。週末しか運行してないので。気仙沼から南北の海沿いの路線は震災以降、鉄路での復旧は諦め、線路跡を専用道路としてBRTを走らせています。ホームだったところがバス停になっています。この日の宿の気仙沼プラザホテルの廊下からの景色。お部屋はマウンテンビューとのことでしたが、港の一部が見えます。夕食はウニづくし。左下はサンマ寿司です。ウニとアワビを煮たもの。ふかひれとウニグラタン。ウニ釜飯。良い香りでした。朝ごはん。 晩御飯にホヤがでなかったのは寂しい感じもしましたが、朝ごはんにありました。ホテル売店にありました。軽井沢と同様、景観に配慮して看板の色は赤くありません。
2022年07月06日
千歳エアポートホテルの朝食は、コロナの影響なのか、お膳におかずが盛られています。ソーセージとかハンバーグとかいらないけど、もったいないから食べました。特急北斗は千歳駅には停車しないので、南千歳まで普通列車に乗りますが、2両しかないので7:10という早い時間帯なのに座れません。でも、たったの3分なので、3分後の快速エアポートにするまでもなく、これに乗りました。それにしても、まだキハ143使っているんですね。 南千歳からは特急北斗。キハ261系です。ディーゼル排ガスが車内に流入するようで、CO2が高いですね。でも、あまり臭わなかったし、PM2.5は低いので、性能の良いフィルター付いているのでしょうか。長万部から先の噴火湾の眺めは好きです。大沼です。正確には小沼(線路の西側)になります。新函館北斗で新幹線に乗り換えます。実は北海道新幹線は初めて乗ります。新幹線はトンネルや防音壁で、ろくに景色見えないし、速過ぎてじっくり景色を目に焼き付けることができないし、他線の分岐状況などが良く見えなくて、あまり好きではないんですよね。 北海道では鹿と衝突して遅れたりしがちですが、「秋田新幹線こまちはカモシカと衝突して遅れています」の案内がありました。盛岡では秋田新幹線と併結作業があります。ギャラリー多いですね。ジャンパー線の接続は不要です。エアーをかけるブレーキ管はなく、電気信号でブレーキかけるのでしょうね。一ノ関から大船渡線に乗る予定ですが、新幹線はやぶさは一ノ関に停車しないので、盛岡でやまびこに乗り換えました。 盛岡市内を北上川が縦断するので、緑が多い町という印象を受けますね。岩手の恋人は見かけなかったけど、一ノ関駅キオスクでこれを見かけました。これもパクリだな。
2022年04月01日
高校ラグビーは、2校優勝にしたら良かったのに。ついでに言うと、ルヴァン決勝で引き分けた場合、PKやらずに2チーム優勝にしてほしかった (笑 さて、今日から(日本TVはすでに1週間ほど前から)ウクライナの地名は従来のロシア語からウクライナ語へ変更になり、キエフはキーウ、ハリコフはハルキウになりました。 でも、遅すぎだと思います。「2月からやっとくべきだった」というわけではありません。30年前からやっとくべきだったのです。 イギリスで発行されているトーマスクック時刻表は、とっくの昔から変更しているのです。 こちらは1985年発行の時刻表の地図。キーウ(キエフ)はKIEV、ハルキウ(ハリコフ)はKHARKOVと、ロシア語で表記されていますが、2014年ではKYIV、KHARKIVと、基本的にウクライナ語表記がされています。(本来はKYIVは英語にない文字の、Iの上に点が2つが使われています)もっとも、前者は英語読みすればどちらもキーフで同じですけどね。 ハルキウは、大鵬のお父さんの出身地なので大鵬記念館があるし、相撲愛好会があるなどで以前から日本では知名度があってハリコフで馴染んでいましたよね。 ただ、リビウはもともと知名度がなく、ロシア語の「リボフ」が馴染んでいなかったこともあって、今回は最初からウクライナ語のリビウが使われてますね。 ジョージアは、2008年にロシア語由来のグルジアを使わないようジョージア政府がお願いしていたのに、日本政府は動きが遅く、2015年になってようやくジョージアに変えました。なんでいつも日本は怠慢なんでしょう。 ちなみに、現地ではジョージアのことをサカルトベロ(Sakartvelos)と呼ぶそうです。JAPANとNIPPONの違いと同じですね。現在のトーマスクックではGEORGIAの表記です。以前はGRUZUYAの表記だったと思います。 以前、ウクライナ大使館から、「ウクライナ」を「ウクライーナ」に変更希望があって、変更を検討したそうですが、結局は変更されませんでした。 ある人が「ウクライナでは通じないからユークラインにすべき」と意見がありましたが、それは英語圏での話ですから、ウクライナかウクライーナで良いでしょう。それを考えると、地下鉄の車内放送の「ススキーノ」も、あながち不適切とは言えないかも知れませんね。 ちなみに、北京はPEKINから、いつの間にかBEIJINGになってますね。 1985年のトーマスクック。2014年のトーマスクック。北京語は満州語が混じっているので、中国の方言の中でも異質と言われますが、広東語圏や台湾では「北京」を何と発音しているのでしょうかね。 以前は平壌は「へいじょう」、台北は「たいほく」と読まれることが多かったですが、今ではたいていは現地語読みされるし(高雄はいまでも「カオシュン」ではなく「たかお」が使われますが)韓国人の名前は日本語読みしなくなったし、習近平は「シージンピン」と書かれることもあるようになりましたね。 スイスに旅行したとき、地元の人がチューリヒのことを英語読みのズーリックと言っていたけど、その方が通じやすいと思ったのか、ふざけて(自虐感あり?)なのかわかりません。 ドイツ人の前では札幌のことを「ザッポロ」と発音すべきなのか。(オーストリアのドイツ語のSは濁らないので、ミシャさんの前では「サッポロ」で良いんですが) 馴染んだキエフからキーフに変更するには、なんとなく抵抗感があるかも知れませんが、正しいことでしょうから早く慣れるようにしたいと思います。 (エジンバラ→エディンバラは抵抗感なかったですね) 英語ニュースでは、以前から「キーフ」と聞いて馴染んでいたので、「キーフ」の方が好きですけど。 そういえば、ACミランは英語ですよね。どうしてミラノじゃないのか。
2021年11月19日
北海道へはフェリー(新潟➝苫小牧)で帰りました。普通なら松本から千歳まで飛行機に乗るところですが、ほぼ満席で、混雑する飛行機を避けたかったし、新潟から千歳までの飛行機はがらがらでしたが直前なので早割もなく、船の方が安かったのです。JALならマイレージで乗ることもできたけど、JALは減便で午前中の便しかなく、もう1泊必要ということも理由です。 昔式に言うと特等に相当する部屋ですが、それでも飛行機より安いです。 2人用の部屋を1人で使っても、繁忙期以外は貸切料金不要です。プライベートデッキもあります。バストイレ完備です。秋田に寄港しますが、寝台特急あけぼので使用した24系客車が6年も留置されたままです。南アに輸出される予定でした。かなり傷んでいるそうで、赤く見えるのはさびでしょうか。もったいないですね。TVで船の現在位置と航路が表示されますが、飛行機のように速度も出ると良いんですけどね。姉妹船とのすれ違い。岩木山(津軽富士)でしょうか。弘前方面から見る形とは、かなり違いますね。建設中の大間原発だと思います。函館山。船内レストランのランチ。乗客はたぶん20人くらいで、あまり人を見かけません。苫小牧東港に入港。北電の厚真発電所です。3年前の地震でここが被災したのをきっかけにブラックアウトが起こりました。定刻の16:40に接岸。バスで南千歳に着いたら17:40。その日のうちに自宅まで車を運転して帰るのは辛いし、ちとせ割でほとんど実質無料でホテルに泊まれるので、千歳市内で泊まりました。 翌日は栗沢を通って帰りました。711が展示されています。立派なレストランもあります。さらに三笠・芦別を通って帰ったのですが、先日道路が陥没した場所(まさにその車線)を通りました。陥没する2週間前でした。 私が落ちなくて良かった。私の軽自動車なら命がなかったかも知れません。
2021年11月18日
兄が亡くなってちょうど5年になります。もうそんなにたつのですね。 さて、長野から越後川口まで乗ったキハ110。実は排ガスが車内に流れて3時間半、とても辛かったです。 キハ110は30年も使っているけど、なんで問題にならないのか不思議です。 北海道でもトンネルの多い石勝線や石北線などでは特急車内が結構排ガス臭くなりますが、これほどひどくはありません。もっとも、キハ100系はこれから廃車が進み、ハイブリッドなどに置き換わっていくので改善されるでしょうか。ちなみに、電気式密着連結器なので、分割併合の際はジャンパー線の接続は必要ありません。 幌を外して渡り板を跳ね上げるだけでよく、ヘルメットかぶった作業員は不要です。 その様子を戸狩野沢温泉駅で撮影したのですが、写真が消えてしまいました。 上越線に乗り換えて長岡駅を目指します。長岡駅ビルの小嶋屋という有名な蕎麦屋でランチにしました。へぎ蕎麦という、ふのりをつなぎに使った新潟名物の蕎麦です。11年ぶりに食べました。美味しかったです。長岡から新潟市まで高速バスで移動します。新幹線だと3040円、普通列車でも1170円のところ、高速バスは1000円しかしない上、さらにSUICA割引で850円しかしないのです。でも、安いからバスに乗ったのではありません。目的地の新潟市の繁華街で下車できるからです。長岡は戦災があっため、道が広いです。山本五十六の出身地なので米軍が繰り返し爆撃したと言われています。越後平野の農村風景は北海道と似ています。北海道や富山のような散村と違って集村なので、人家は奥の方にかたまってあります。古町という、狸小路とすすきのを一緒にしたような、新潟市の最も賑わう通りなのですが、いくらコロナの影響と平日とはいえ、人が少なすぎでびっくりしました。ちなみに古町は「ふるまち」と読みます。松山市の古町は「こまち」です。松山の古町は夏目漱石の坊ちゃんに登場しますね。 来年、J1目指して頑張って下さいね。有名な老舗料理店に37年ぶりに行きました。新潟名物わっぱ飯の発祥のお店ですが、わっぱ飯は1952年に魯山人がプロデュースしたのです。 香りも良く、味付けは良かったのですが、ちょっとご飯がぱさついた感じがしてたかな。こちらも新潟の名物料理の「のっぺ」。くわいがしゃりしゃりした触感で美味しいのですが、里芋ばかりで肝心のくわいがほとんど入っていません。雑なよそい方をされてしまいました。カウンター越しにいた板前さんに声をかけても無愛想で、くわいの事は言わずに店を出ました。 のれんにあぐらをかいてしまったとは思いたくないけど、いささかがっかりして店を後にしました。 でも、のれん分けした店が市内に1店あるので、これに懲りずにまたわっぱ飯とのっぺを食べたいと思います。 ちなみに、カウンター越しにいた板前さん、よほど暇だったのか私がいた間、ずっと仕事しないで腕組みしてました。確かに客はわずかしかいなかったのですが。 コロナで客がいないのか・・ 評判が落ちて客がいないというわけでないと良いのですが。 学生時代、何回か親をこの店に連れて行き、とても喜ばれたのがとても良い想い出です。 また賑わいが戻ることを願っています。
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