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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2008年10月10日
犬飼会長の<秋春制に関するコラム>がサッカー協会のHPに掲載されたようなので、 行って読んで来ましたが。 サッカー雑誌2誌に掲載されたインタビューと基本的になんら変わらないものでした。 それゆえ、反論もこことここに書いてあることで十分と言えそうです。
しかしながら、やはり言っておかなくてはならないのは、 「雪国の冬」についてでしょう。 なぜなら、何度読み返しても、犬飼氏には、 雪国の冬がわかっていないからです。 わかろうとしていないような気すらします。 一番の問題は「雪国のクラブチームにとっての冬場の練習場の確保」「降雪期は屋内施設や屋根付きグラウンドが必要」と書いておきながら、 解決策は 「インフラの整備については、自治体の理解や協力が不可欠」 「冷房設備を完備するよりは、暖房対策の方がはるかに低コストでできるので、採算が合うという見通しを明確に示せれば、改修に動き出す自治体もあるかもしれない」 とすべて自治体任せです。 暖房がぜひとも必要な地域では、冷房は必要ありませんから、コストの比較は無意味ですし、 財政が逼迫し、必要なものにすらお金がまわせない自治体が、1競技のためにお金を使いますか? 「あるかもしれない」で、ことを進められますか? 「試合は、降雪期となる2月のホーム戦をアウェイにもっていくなどの対策が可能」 降雪期?違います。「積雪期」です。 雪は降って溶けると思っていますね? 積もるんです。溶けずにうずたかく積もるんです。 平成16年、札幌の累積降雪量は617cmでした。 同じ年、札幌では積雪が1mを越えた日が40日間ありました。 昨年度の札幌の雪対策費は144億5800万円です。 そのうち、雪を運搬する費用だけで42億9000万円を使っています。(溶けないから、道路の雪を郊外の雪捨場にトラックで運び入れるのです。) 12月の中旬から3月の上旬まで、札幌は雪の中なのです。 およそ3ヶ月の間、ホームで試合はできません。 その間、ずっとアウェイゲームをするのですか? 数年前に、ミランサポーターのイタリア人の大学生と知り合ったことがありました。 彼が雪に埋もれて放置された自転車の写真をミラノの友達にメールしたら、「嘘だろう!どんなトリックを使ったんだ!」としばらく信じてもらえなかったという話をしていました。 こんな雪の積もる街にサッカーチームがあるなんて信じられなかったとも言っていました。 ミラノは北緯45度の都市ですが、降雪量は東京程度のようです。 世界の都市との比較はこちらが詳しく書いてます 犬飼氏が「ヨーロッパでは」と言うのは、気象条件の差を無視した話でしかありません。 さらに、今回、目新しいことと言えば、 選手協会の藤田会長たちが表敬訪問に来たときに 「秋春制に賛成だと言っていた」というあたりでしょうか。 いわく、 「 先日、Jリーグ選手協会の会長を務める藤田俊哉選手(名古屋グランパス)、副会長の秋葉忠宏選手(ザスパ草津)、石川直宏選手(FC東京)、監事の高木義成選手(東京ヴェルディ)の4選手が、僕が会長に就任したということで訪ねてきてくれたんですが、彼らも秋~春制を歓迎していました。 その理由は今挙げたように、ゲームの質の維持や落雷の危険回避に加え、家庭を持つ選手の多くが、子どもとの余暇や家族旅行ができないから、夏休みの間はオフにしてもらうのがありがたい、と言うんですね。代表に招集される選手は特に、一年中休暇が取れない状況にあるんです。」 選手会のHPを見てきたが、そこには秋春制賛成のかけらもありません。 正式な議論がなされているのかもわかりません。 雪国のチームの選手は、春秋制の今だって、長いキャンプ生活を余儀なくされ、1ヶ月以上も家庭を離れています。 もし、練習場の確保もされないままに秋春制に移行すれば、雪国チームの選手たちは、3ヶ月以上も家庭を離れなくてはならなくなります。 自分たちが夏休みを子供と過ごすために、他の選手たちの家庭生活が破綻されても良いのだと選手たちは思うものでしょうか? さらに言えば、 選手会では、選手の立場として、観客をどうやって増やすかといった取り組みに熱心なようですが、 「子供との余暇を過ごすために、夏は休みたい。」サッカー選手がそう思うように、世の中の人がそう思っているのなら、 (世の中の人が)子供との余暇をサッカー観戦で過ごせる夏休みは、サッカー界にとって観客動員の意味からも重要な期間なのではないのでしょうか? そういうたくさんの情報をもとに、選手会もきちんとした話し合いして、意見をまとめるべきだと思うし、 そうではなく、たまたま選手会の役員たちが会長との雑談の中で話したことを、 「選手もそう言っている=選手会の総意」といった形でこのように文章にかくことは、違うと思うのです。 今朝のニッカンに 「犬飼会長はJリーグ将来構想委員会の検討課題に命じた10年からの秋春制への移行について、年内に結論を出す意向を示した」とあります。 Jリーグ側は反対の意向が強いとも聞きましたが、 ともかく、「無理が通る」ような結論が出ないように、 私たちはこれからも目を話さずにいなくてはならないようです。 ~~~おまけ~~ 『蹴馬鹿』さんの視点を変えた「Iリーグ発想」。 いいかも。。これ・・・ こちらからどうぞ。。
2008年10月10日
月曜日以来、満足にPCも開けない状態でおりました。 今日は、時間がとれそうです。 じっくり腰をすえなくては書けないことを、今日こそは書こうと思っています。 まずは、11月8日の浦和戦のこと。
4日、飛騨高山の宿で、夜、携帯のコンサドーレサイトを開いて、びっくりしました。 その日、試合チケットが発売だということは知っていたのですが、 まさか、すぐにビジター席が売り切れるとは。。。 「恐るべし、浦和サポ!」の感を強くしたわけですが。 札幌へ戻って、当日のドームの席割を見て、再び驚愕しました。 アウェイゴール裏はすべて、浦和サポ用ですか?! ☆いつもは、B自由のチケで、アウェイ側でゆっくり試合を楽しんでいらっしゃるコンササポさん!!☆ 否応なく席の移動が必要です!! ホーム側には・・・・と思われるなら、他の席種を改めて考えなくてはならないようです。 そして、改めてこの席割を眺めると・・・ なんだかホームゴール裏よりビジター席の方が広く見える。。。。(>_<) 数えてみたら、まったく同数の席数のようです(色の関係でビジター側が広く見えるみたい)。 コンサのホームゴール裏は、すべてが熱サポ席ではなく、 両端と上の方の方は座って応援されています。 立っているサポーターはどれくらいでしょう。 7割くらい?(根拠ない数字ですみません) で、浦和サポさんは、どうなんでしょう? ビジター席の人、全部が立って歌って叫ぶのじゃないでしょうか? もしかしたら、ビジター席に入らない、SAやSBの人も、歌います? (立って応援はしちゃいけないことになってますよね?) うーーー。 どうします? 浦和サポの声と勢いに、ジャックされる札幌ドーム。。。 いやだ!想像もしたくない!! 札幌サポーターの意地と誇りをかけて、 札幌ドームを守りたい! ホームを守りたい!! なんか、フツフツと湧き上がる怒りというか、熱というか、 そういうものが私の中にあるのです。 浦和戦は、もう、選手がどうの、試合内容がどうの、というものじゃなくて、 サポーターとしての戦いなんじゃないでしょうか? 噂では1万人の浦和サポがやって来るとか言われています。 じゃあ、私たちはどうするか? あちらが1万人なら、こちらは3万人の札幌応援団を作りましょう! とにかく、人を集めましょう。 きかっけが浦和を見たいという人でも、なんでもOKです。 とにかくドームに来てもらって。 浦和サポに好きにさせたくない。 応援で太刀打ちできないままなんて、悔しい。 そういう道産子魂に、郷土愛に、 訴えて、火をつけて。 あちらが1万人なら、こちらは3万人で。 質で勝てないのなら、量で勝つしかない!(自爆) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 人件費 28億4100万円(20年1月期)の浦和と 人件費 5億3700万円(19年12月期)の札幌が 戦います。 この差を埋めるのは、私たちの声しかない!! ホームジャックなんてされてたまるか! 札幌の意地と誇りで、札幌ドームを満たそう!!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ こんな広告を出したい気分です。
2008年10月09日
2日間のオフを終えて、練習が再開された今日は。
昨日の小春日和とはうって変わって、 冷たい雨だ。 激しい雨だ。
ドームサブグラには、 見学の人はいたのだろうか?
フィジカル中心であろう今日の練習。
降りしきる雨に濡れながら、 選手たちは何を考え走っていたのだろう。
横殴りの雨に打たれながら、 何を思って肉体を追い込んでいたのだろう。
願わくは…
「なにくそ!」と、 「負けてたまるか!」と。
顔を上げて、 胸を張って、 「このままじゃ終われない!」と。
強く、熱いものがそちこちから、 噴き出しているような、 そんな今日の練習であったことを…。
2008年10月09日
道新のおりこみ情報紙「札歩路」の一面の下の部分が目に飛び込んで来た。
「道新はConsadoleを強力サポート!」
よく見ると、 月刊コンサドーレのCMなのだが、
それでも、今、この時期に「強力サポート」の文字は、 とても嬉しく感じた。
もしかしたら、心が弱っているのかな?
そんなことはないぞ〜!www
コンサドーレに対する世間の風当たりの厳しさに、 ちょいと怒ってはいるけど。
2008年10月08日
今年の春には、磐田遠征を決めて、なら、観光は「飛騨高山」と、我がフクロウの杜旅行では計画していた。
夏の頃、 ミス飛騨高山が観光PRに来札したので、 パンフをもらいに行った。
一緒に渡されたタオルを、帰宅してよく見たら、帯に、 「これを観光案内所に持って行けば、観光施設の無料入館券を差し上げます」と書いてあった。
こんなことなら、3人で行くのだから、3人分もらっておくんだった!と思ったが、後の祭りwww
しかし、 高山の観光案内所のおじさんは太っ腹で、 ちゃんと3人分くれたのだったwww
これがいただいた「飛騨高山通行手形」と「観光施設入館無料券」
結局1枚しか使わなかったのだが、 残りが17枚もある。
また行きたい! せっかくなら、使用期限内に!と思う。
飛騨高山観光客誘致推進協議会の作戦は、大当たりかも!?
2008年10月08日
No.13 ドーレくんとお別れしてきました。
年齢や性別、経歴などを無視した形で、 故人は、私たちにとっては、ただただ「仲間」だったということを、葬儀という公の場で、 改めて、深く感じました。
斎壇には、花と葉で模したドーレ像が飾られていました。
故人がコンサの熱烈なサポであることを知っている花屋さんが、作って飾ったのだとお聞きしました。
花屋さんは、故人が「ドーレくん」というHNだったことなど知らなかったはずですが。
私たちコンサ隊隊員にとっては、 No.13ドーレくんとのお別れそのものであることが胸に迫り、 涙がこぼれました。
No.13ドーレくんのコンサを愛する心は、 これからも私たちコンサ隊とともにあります。
残った者たちは、 前を見て進むだけです。
2008年10月07日
5日の磐田戦 本当は行く予定だったんだけど とある自分の試合と重なっちゃって断念 コンサも惨敗だったけど、こっちも惨敗でした、、、(T_T) 何ていうか本当にコンサの状況ととてもよく似ていて 選手の気持ちが痛いほど分かったけれども こんな散々な結果に そんなに、というか全くへこたれてなく、全然落ち込みもせず このくらいで落ち込んでたら、コンササポなんてやってられない!! ・・・と思った私ってどんだけ、コンサに精神力鍛えられたんだ?(笑) 私の場合はしばら~~く試合はないけれども コンサはあるわけで またピッチに立たなければいけないわけで 負け続けるとそのイメージしか持てなくなるけれども 勝った時もあるんだからそのイメージを無理やりでも持とう!! 選手もサポもみんな歓喜してる、このイメージで
2008年10月07日
「去年はあんなに一枚岩で戦えたのに、 なんで今年はバラバラなんだろう」
そう思っているサポは多いのだろう。
私は去年聞いた王監督の言葉を思い出している。
「『一体感』は勝つからこそ生まれるんですよ。負けて『一体感』は生まれないものです」
去年は、コンサが勝っているときに聞いて、 なるほど…と思った言葉なのだが、 今年の方が身にしみる言葉だ。
絶大なカリスマ性を持っ王監督にして、 こうなのだと思うと、 コンサの現状は…
そうおっしゃった王監督も今年は成績不振で、 難しさを改めて実感されたことだろう。
チームスポーツの難しさを思う。 それは、楽しさと表裏なのだろうけれど。
2008年10月07日
10月からノースウェイブの朝の番組が変わった。
新MCはタックさん。
聞きなれた声を毎朝、ダンナさんを送った帰りの車の中で聞いている。
今朝は、その番組中に、これまた聞きなれた曲がかかった。 「joy to the world」
ドールズが試合1時間前ダンスのときに使っていた曲!
一昨年かな?
今年はアウェイドールズ参加を遠慮しているコンサ隊だが(コンサ隊としては、ガラガラスタンドの「賑やかし」のための参加だったので、アウェイ側B自由にもそれなりに人が入るようになった段階で撤退した)、 この曲のときは欠かさず参加していたなぁと、 懐かしく思い出した。
今年は、ドールズの勝利のラインダンスも1回だけなんだなぁと、思ったら、 すごく残念で悔しい感情が湧いてきた。
ホームゲームもあと3試合。
勝とうよ! 勝って、ニコニコしながら、 ドールズのラインダンスに、 ほい!それ!と声を合わせようよ!www
曲が終わっても、 タックさんの声を聞きながら、 そんなことを考えていた。
2008年10月06日
続けて その2です。
<10月5日>~~切れなかったもの~ 朝は5:30起床(私はもっと前から起きていたが) 早起きは「朝市」を見に行くためだ。 足の状態はシップが効いたようで、前日よりはるかに良い。良かった。 ホテルを出ると空気が冷たい。 昨日の札幌の朝より冷たいね・・・ 高山陣屋の前に着く。 近隣の農家のおばさんたちが集まって、手作りの農産物や漬物、小物などを売っている。 素朴な雰囲気。 ちょうどリンゴが収穫時期のようで、リンゴが並んでいる。 つきたてのお餅も出ていて、柔らかいからこのまま食べられると言う。 栗入りや十穀入り、豆入りなど、色々組み合わせたものがあり、 買うことにする。今日のおやつか?お昼か?www その後、朱塗りの橋を渡り、川沿いをゆっくり歩いて、もうひとつの朝市に出た。 こちらは川沿いに並んだ朝市で、こちらの方が活気がある。 見て歩くと、どれもこれも美味しそうに見える。 漬物を再び購入。荷物にして送れると思うとつい手が出るwww 途中の、リンゴの皮をむいて、切った形で袋に入れて売っているおばあちゃんを見つける。 おやつに購入。 ホテルへ戻る。 今日はもう、地図を持たずに歩いていることにみな驚く。 すっかり街の輪郭はつかんでしまったのだ。 もっと時間をかけて歩きたいね。。 良い街だよね。。。 機会があればまた来よう!! (岐阜での試合のときなら、もっと高山で時間があるはずだと話し合ったのは秘密だ・自爆) ホテルで朝食をとる。 部屋に戻り、チェックアウト。送る荷物をフロントに預ける。 軽くなったリュックを背負っていざ!ヤマスタへ。 高山駅から名古屋までの車中はトロトロと眠って過ごした。 名古屋で新幹線に乗り換え、浜松へ。 浜松から在来線で磐田へ。 さすがに階段などは足が痛む。 磐田の駅前からシャトルバスに乗って、ヤマスタへ。 バスを降りて、ぞろぞろをサックスブルーの人たちについて歩く。 駐車場の中からスタジアム方向へ歩くが、 スタジアムが近づいてくると、どうも雰囲気がAWAYの入場口に道が続いていないようだ。 前にいた赤黒人が係りの人に聞いて、引き返して来る。 やはりダメか。。 駐車場入り口まで戻る赤黒い人々。 駐車場の係りのおじさんが声をかけてくれれば良いのにね。。などとブチブチ言ってみるwww そこから広い道を歩いて、坂を下って、曲がって。。。やっとAWAY入場口だ。 バス停からはけっこうな距離で、 しかも、今は下った坂を帰りは上るのか? 足に不安のある私はちょっと絶望的な気分になる。 羽田経由で日帰り参戦のNo.4みちさんと合流。 みちさん情報では、 タクシー乗り場は坂の入り口付近にあり、早い時間だと乗れるだろうとのことだったので、 早めにスタジアムを出て、タクシーに乗ることに決定する。 ゴール裏はすごい混雑だ。 端の方に座席を確保し、昼食の買出しに行く。 掻き揚げ丼があるとの情報でそれを探すのだが、見つからず。 諦めない私たちは案内の女の子に尋ねるが、その子もわからず、 聞きに行ってくれる。 やっと聞いて来てくれた場所へ行くが、すでに売り切れ。 食料難民になっても大丈夫さ!お餅持っているもん!!と強気なコンサ隊。 結局、近場の売店で、それなりのものを買い込む。 No.4みちさんは座り席なのでそちらに移動。 席に戻ってそれを食べる。 お持ちもチラッと食べる。 さて、GKが登場。 近い!ゆうやんもぎーさんもこんなに近いのか・・ ゴール裏の感じは白恋のサテの試合より近いかもしれない。 選手たちも登場。一礼して練習開始。 ダヴィは1人残ってもう一度礼をして行った。 ダヴィコール。 試合は・・・ 今朝の道新に「清水戦もそうだが、サッカーの本場・静岡の、独特のアウェーの雰囲気に飲まれた感がある」と福田講平記者が書いていたが、 実は私も飲まれていたのかもしれないと、今になってそう思う。 なんだか、ふわふわした感じだったと言えばいいだろうか。。 座席が端の方だったためもあるのだろうか。しかも横に長い造りで。 中心部の声が聞こえないし、歌もずれるし。 どっしりした感じがないままに試合が進んで行き。 周囲でも「どうしたの。落着きなさい」の声があがり。 しっかり声は出し続けたものの、選手たちの慌てぶりが手に取るようにわかるだけに、こちらも苦しくて。 ハーフタイムに席を替えようということになる。 気分を変えよう!的発想。 ゴール裏の右側にいた私たちだったが、 今度は左端に移動。 そこは本当に端なのだが、前目の席で。 もっと選手たちの姿が迫って来る。 ヒロくんの苦しそうな表情が見える。 征也くんの足のテーピングが痛々しい。 ヒロくんの膝もすごいテーピングで、どれだけ無理しているのだろうと思う。 最後まで声を出す!歌を歌う!! でも、苦しいのだ。。 選手たちのしんどさや切なさが伝わる気がして、点を取られても、点を取られても、 怒りの感情は沸かなかった。 そして、ゲームエンド。 タクシー乗り場に向かう。 タクシーで磐田の駅へ。 色々な思いがそれぞれの胸の中に去来するも、言葉にならず。 静かに駅まで車に揺られる。 駅でNo.4みちさんと合流でき、 浜松へ向かう。 「今年の遠征は虐殺の遠征になったね」 「うん。仕方ないね。また頑張るさね」 浜松駅で、東京方面へ向かうNo.9支部長&No.4みちさんを置いて、 No.8ひろみさんと私は岡山へ向かうひかりに飛び乗る。 混雑していて立ったまま、名古屋へ。 暑くて汗だくなことに気づく。 セントレアに予定より1時間早く着いた。 駆け足でお風呂だと思っていたが、ゆっくりお風呂に入れる。 とにかく、今日のことはすっきり洗い流して、 元気になって、札幌に戻ろう! まだ試合は続く。意地を見せたい!! あがいてあがいて、最後まで戦ってやるぞ~~!! 気持ちの切れない私たちがいた。 夕食は「きしめん」。 高山のお餅まで入れて食べた。 さすがに人気が少なくなったセントレア。 搭乗口へ向かうと、選手たちを発見した。 ひっそりと息をひそめている感じ。 そうだよな。苦しいよな。。と思う。 飛行機に乗り込むと、周囲はサポさん&選手たちばかりだ。 サポさんのお隣に選手という状況もありだ。 静かに本を読んだり、新聞を読んだりしている選手たち。 マーカスは小さなDVDプレイヤーで映画を見ていた。 その中で、フライトの最初から最後までご陽気だったブラジリアン3人組。 ひとみさん的分類によると「マフィア」のクライトン。 3人は、どこから見ても「マフィアの親分と若頭と鉄砲玉」だったwww 何がどうしてあんなに楽しそうなのか、まったくわからないのだが、 3人がとても仲良しなのはわかった。 それは良いことなのだろう。 だが・・・ 他の選手たちとの温度差が垣間見られたような気もして、 ちょっと複雑だった。 無事千歳空港に帰り着き、 JRに乗っていると、 No.2隊長からメールが届いた。 No.13ドーレくんの訃報だった。 ふたりで一瞬言葉を失くした。。。 そして、思い出話をした。 たくさん話して、 最後に「元気でいつまでも試合に通えるようでいようね!」と言い合った。 札幌に着いた・・・・
よろしければご覧ください。
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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