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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2008年10月31日
高校時代のクラスメイト2人に会って来た。 東京からやってきた彼女とは、20年ぶり。 札幌にいる彼女とは10年ぶりだけれど、 親しく話したのは高校卒業以来のことだ。 あの頃と同じようでいて、 あの頃より良い笑顔に出会えた。 懐かしい思い出話に花が咲いて。 あの頃、自分だけがそう感じているのだと思っていたことが、 実は3人とも同じように感じていたのだということが、 いまさらわかって、なんだかおかしかった。 思い出話から話は広がり。 ひとりがここまで過ごして来た苦しい日々のことを自然に口からこぼし、 それを聞くふたりも、それをわが身に照らしながら自然に受け止めた。 話はこれからのことに進み。 年老いていく親たちのことや、それを看取る覚悟。 それぞれに抱えることは重いけれど、 それでも、まだまだ自分がやりたいこと、出来ることを話し合った。 生きてきた道はそれぞれに違うけれど、 それぞれが懸命に生きてきた日々は、その人を形作ってきたのだと、 改めて思った。 魅力的な同級生たちだった。 そして、これから 生きていく道。 それぞれが、それぞれの道を、 ただ懸命に生きていくことで、何かがきっとつかめるのだろうと、 そう、思った。 素敵な同級生で、いつまでもありたいと思った。 また、会いましょう! それまで、元気に、前向きに暮らして行きましょう! ありがとう! 楽しい時間でした。。。
2008年10月31日
No.5ぴんちゃんにリンゴジュースをもらった。 『ハーベスト』のリンゴジュースだ。 飲んだら、懐かしい味がした。 「ああ、仲野さんちのリンゴジュースだ。」と思った。
今はもう、高校生になった姪が幼稚園に行くか行かないかの頃だから、 12~3年前だろう。 「長沼のリンゴ園が自分のところのリンゴを使って美味しいジュースを作っている」というので、 秋のある日、父と母と私が姪を連れて長沼まで出かけたのだ。 (妹のところは共働きだから、祖父母+伯母(私)が、姪の昼間の養育を担っていた) リンゴ園の場所も確かではなく、 あちこち迷って、人に訪ねまくって、やっとたどり着いたのが 仲野さんちのリンゴ園だった。 納屋のようなところで、おじさんがジュースを売ってくれた。 「リンゴのなっているところ、見たことないだろ?」と、姪に言ったオジサンは、 わざわざリンゴ園まで案内してくれたのだ。 テクテク歩いて、たどり着いたリンゴ園は、真っ赤なリンゴがたわわになった木がたくさんあって、 絵本に出てくるような光景だった。 そこでしばらく遊んで。 それから、 姪と手をつないで ♪歩こう 歩こう ♪とトトロの歌を歌いながら戻ったことを、 なぜかよく覚えている。 その後、何回か仲野さんちのリンゴ園を訪ねて、 そのうちにオジサンが 「息子がレストランを始めたから、寄って食べて行って」と言って。 それが『ハーベスト』だった。 そんな昔のことを思い出しながら、 懐かしい味のリンゴジュースを飲んだ。
2008年10月31日
コンサ隊No.22にぃにぃ、昨日1歳の誕生日を迎えました。 大きく体調を崩すことなく来られて、嬉しく思います(^^) 昨日はケーキを用意してささやかに家族で祝い、 明日からの連休は旭川のNo.5ぴんの実家で 一升餅を背負ったり、踏んだりします。 北海道は背負うのが多いらしいですが、相方・わた隊員の実家のある長崎では 踏ませるのだそうで、そのときに履かせる小さなワラジを 送ってくれました。 どちらのショットも写さねば。 もちろん、No.1代表・くーさんが作ってくれた キッズドーレ着ぐるみも着せるつもりです!!
2008年10月30日
『峠の茶屋』でほほやんさんが等々力でのことを書いています。 「みんなで一緒にやろうよ!」と呼びかけています。 その通りだな。。と思いました。 けれど、USさんの意思は固いようです。 残念ながら・・・ 今回のことを避けて通れないのなら、 私は「自分の応援についての考え方」を見つめなおし、確認する機会と捉えようと思いました。 そうして、導き出した答えに責任を持って、行動しようと思いました。 私は、いつもの席で、自分の出来うる限りの最大の力で応援したいと思っています。 11月8日の相手チームである浦和さんも、 今、応援拒否状態にあるようです。 (新潟戦では拍手とコールのみだったようです) こちらのブログを読ませていただきましたが、 こちらの情報によると(あくまでこちらの情報によるとです) 札幌戦でも応援拒否はあるかもしれないそうで。 それはリーダーの決定いかんのようで。 ただただビックリしました。 今のコンサは・・・ 応援を自粛する、応援を続けるの相反する意思があって、 実に混沌としています。 でも、この混沌具合が、実はとてもコンサドーレらしいことなのかもしれないと思ったりもします。 こんなふうな混沌の中から、またコンサドーレとしての新しい歴史が作られていくのかなと思ったりもしています。 当日がどんな状況になるのか、想像もつきませんが、 ただ、 初めてコンサドーレの試合に来たという人に、 応援するって楽しい♪と思って帰っていただけたら良いなあと、 それがどんなに難しいことかをわかっていながら、 それでもそう思っています。 自分の行動に責任を持って、当日は気持ちを込めて応援しようと思っています。
2008年10月30日
秋春制移行に関して、 サッカー協会の内部委員会の正式な議題にのぼったことから、 一気に加速か・・などと書かれている。 今日の道内版のスポ新、道新はどこも、 「コンサドーレが秋春制移行に関する対策チームを発足させる」という話を書いている。 道のサッカー協会と協力して行うそうで、 「データをきちんと整理して、理論武装して臨んでいきたい」と矢萩社長。 今後のビジョンも示さなくてはならないし、 監督人事も考えなくてはならないし、 来年度の予算のことだってあるし、 そんな精神的にも時間的にも人的にも余裕のない時期に、 さらに<余計な>でも<やらなくては存亡の危機におちいる>ような問題を与えられた社長。 本当に、お疲れ様です。 道新に 「浦和などは肯定的で、 札幌の矢萩社長は『雪国の地域エゴではない』と主張する」とある。 「雪国の地域エゴ」と言われているということなのだ。 やれることを、やりたくないからやらないと言ったのなら、それはエゴだろうが、 やれないことをやれないと言うのはエゴなんかじゃない。 やれないことを、やりたいからやれ!という方が、エゴそのものだと思う。
2008年10月29日
地下鉄の中で、前に座った男の子が2人。 見るとはなしに見ていると、 2人とも胸には銀のペンダント。 指にはリングが2個。 似合う、似合わないは別にして(微毒)、 アクセサリーを当たり前につけていた。 男の子の世界も変わったのねえ。。。(^_^;) 私には子供がいないから、日々の出来事で時代の移り変わりを実感したりすることは少ないから、 時々、こういうことに感慨深い思いをしたりする。 そういえば、コンサの選手たちだって、 私服のときは、何気にペンダントやリングを身につけていたりするものなぁ。 かつては試合中にアクセサリー禁止なんてことはなかった。 ヒデが20歳くらいの頃、 小指にいつもリングをしてプレイしていたり、 ○○の試合中にペンダントを落として、試合後探したけれど見つらなかったと彼のHPに書いていたりたことを思い出す。 そのうち、試合中は金属は危険だということになったらしく、リングやピアスをしている選手は上から絆創膏みたいなものを貼らなくてはならなくなった。 格好悪いなあと思っていたら、前面禁止になったのだ。 それだけ、選手たちのアクセサリー装着が当たり前になったということなのだろう。
昔、男の人のリングは、結婚指輪くらいで、 それだって、一般的になったのはここ30年くらいのことだろう。 大学時代、知っている男の子がリングをし始めて、 女の子たちの間で「あれはどういう意味?」と話題になったことがある。 結局、オシャレのリングだったのだが、 そのころ、リングをつけるというのは、それこそ、極めつけの格好付けだった。 (彼は格好よかったから、まあ、似合っていたけれど) 彼とたまたまそのリングの話をすることがあって、 「親父の結婚指輪なんだけど、つけてないから、内緒でもらってきてつけている」みたいなことを彼が言った。 私は自分の父親がリングを持っている(たとえ結婚指輪だとしても)なんて想像もつかなかったから、 「親父の指輪だ」ということにすごくビックリして、 洒落者のお父上はやはり洒落者なのだなあ。。と感心したりしたものだ。 最近は、ピアスの男の子にも驚かなくなったし、茶髪も普通に感じられるようになった。 さすがに鼻ピアスにはいまだに慣れないが。 自分に男の子がいたら、 そこそこにおしゃれさんでいて欲しいとも思う。 その「そこそこ」具合が難しいのだろうけれど。
2008年10月29日
PCを開いたのは何日ぶりだろう。。。(^_^;) 腰を落着けて書けるぞ!と思う日には、 決まって<秋春制>に関する問題が出てくるというのは、何の因果か? しかし、この問題に関してはしぶとくやり続けるしかないと思っている。 まずは、選手会の動き。 28日に代表者会議が行われ、<秋春制>に関しても話し合われた。こちら 事前のアンケートによると、「条件付きも含めて賛成7、反対3という感触」だったそうだが、 この話し合いでは、降雪地のクラブの選手を中心に、サポーターやクラブ経営への悪影響を指摘する意見も出たそうで、 移行で想定される利点や悪影響を明確にした上で議論を進める方針となったようだ。 確か、コンサの選手会の今季の会長は曽田選手だったはず。 生粋道産子の彼が降雪地クラブの現状をきちんと話してくれたのだろうか。 今回は代表者会議である。 降雪地クラブの選手の声を選手会の選手たち全体に知らしめて、 その上で意見の集約をして欲しいと願う。 そして、Jリーグの動き。 秋春制移行問題がJリーグ将来構想委員会の正式議題になったようだ。 こちら 「きちんと議論して、Jリーグとしての結論を出す」ということなのだろうと理解したのだが。 鬼武チェアマンは、慎重論者だと思うが、 とにかく犬飼氏がごり押ししている状態なので、 ただ「出来ません。無理です」と言ってもダメ。 なら、それなりの調査・研究をして、「無理です!」という結論を示そうということなのなら、良いのだけれど。 とにかく、議題に上がったのなら、地方の現状を、降雪地の実態を、 きちんと調べあげて欲しい。 そして、移行するために何が必要か、そのための財源はどうするのか、 具体的方法を示し、それが可能なことなのかどうかを明確にして欲しい。 最後に・・川淵氏のこと。 今朝のニッカンに 「一転、秋春制支持」とある。 「秋春制の方が順応しやすい。W杯予選にも対応しやすい」と述べたとか。 「積雪のある地方のことを考えないといけない。 画期的な解決策が見つかればいい。 各クラブがお金を出し合って練習場確保のために費用負担するとか」 と、移行へのデメリット解決策に踏み込んだそうだ。 移行で不利益になるクラブのために他のクラブがお金を出す? 降雪地域のクラブが2~3ヶ月の期間練習場を確保できるだけの金額とはいったいいくらだろう。 そして、赤字経営で悩む各クラブが、移行のためにそんなことをするのだろうか? そして、練習場が確保されたとして、それが地元ではない場所だとして(その可能性の方が大きい)、地元密着の思想はどうなってしまうのだろう? 川淵氏は軽々にこういうことを言わない方がよろしいと思うが。 とにかく、この問題から目を離さずに、行かなくてはならない。
2008年10月28日
週に1、2度、寝たきりの父と過ごす1日。
命の綱である栄養点滴を、欠かすことはできないが、その作業を何度かすることの他は、静かに時間が流れる1日だ。
たいていは、本を読んで過ごす。
かつて自分のものであった部屋は、今は、姪が使っているが、 自分の本が壁一面に並んだままなので、 そこから、何冊か取り出して読んでいる。
そこで、覚えのない時代小説を見つけた。
父が買い求めたものらしい。
私が実家にいた頃は、父はまだ現役で働いていたから、 父の読書する姿はあまり記憶にないが。
定年後のゆったりとした時間に、 父はずいぶんと本を読んでいたらしい。
実家を訪ねると、 ソファーの上に、読み掛けの本が置いてあったりしたものだ。
父の買った時代小説を何冊か読み終えたころ、 私の本棚とは別のところに、 ずらっと並んだ本を見つけた。
「鬼平犯科帳」。 それは22冊もあった。
父はこれをどんなふうに買い集めたのだろう。 1冊読んではまた1冊とだったのか。 何冊かまとめて買ったのか。
今はもう言葉を発することをしない父に、話を聞く術はない。
「鬼平犯科帳」を読み出したら、 思いがけない面白さに、 ぐいぐいとひきつけられて、 時間を見つけては、次、次と読み、今日は9冊目に入った。
父が過ごした穏やかな日々を思いながら、 父の愛読書を読み続けている。
2008年10月28日
道新の7面。 私はコンサの全面カラー広告を初めて見たような気がする。
浦和の闘莉王や阿部勇樹の写真まで配して、 なりふりかまわぬ集客作戦!
ドームを満員にしたいものだ。
2008年10月27日
降格が決まった瞬間は 「もう少し粘って欲しかった、、、」と思った この試合に負ければ降格、という試合で 何もこんな素直に負けなくてもいいんじゃないの?と 残り試合、目標がなくなって選手もどこに気持ちを持っていけば いいのやら、だろうけど 応援してくれるサポーターがいる限り プロとしてお金をもらっている限り 最後までしっかりやるように!!!(`´) そんな私も色々と考えた 苦しい時だから、こういう時だから、とかじゃなく 何回、降格したって、何回昇格したって どんな時だってコンサがそこにある限り 応援するんだっっ ・・・よ、って 一生、こんな状況じゃないんだし 「あの頃はエレベーターだ、何だって言われたね~(^o^)」 な~んてそう遠くない将来、語っているかもしれない うん、きっとそう!
2008年10月27日
寝たきりの父、その父の介護をなんとか頑張っている母、 車椅子の義母もいて、
妹も義妹も仕事を持っているとなると、
専業主婦である私の出番は、 おのずと多くなる。
日々のちよっとしたことに、手が必要なのだ。
「ユーティリティープレイヤー」と自らを呼んでみたりするがwww、 こういう「隙間」を埋める人間がいるということは、 皆に安心感を与えるようだ。
2008年10月27日
日々の暮らしは雑多なことの組み合わせで出来ているから、 あわただしさに押し流されて1日を過ごすことも多々ある。
なのに…
地下鉄の座席に腰を下ろして、ふと。
診察の順番を待ちながら、ふと。
お風呂を洗いながら、ふと。
大根を刻みながら、ふと。
コンサドーレのことを思う。
私に出来ることはなんだろうと考える。
私の脳ミソは完全に赤黒いに違いない。
2008年10月26日
リーグ戦。 次の試合は、ホーム。 相手は、浦和。
1万人の浦和サポーターがやって来るとか言われている。
私たちコンササポーターは、その多数の、しかも強力な浦和サポーターに、 どうやって立ち向かうのだろう。
チーム状況がどうであれ、と、いうより、 チーム状況がこんなであるからこそ、 なおさら、 サポーターとしての意地を見せたい!
コンサドーレに対する想いを、 熱烈な応援という形で示したい!
浦和サポーターに、ホームジャックされたくない!
ゴール裏は日本一と言われる浦和サポーターにとって、 アウェイを感じるのは、 会場全体からの応援なのだそうだ。
ドームにいる浦和サポーター以外の人々を、 なんとかして巻き込んで、札幌のホームとしての雰囲気を作り上げたい。
これは、 サポーターとしての戦いなのだと思う。
11月8日。 私はコンササポーターとして、 熱烈な応援で戦いたい!
本日、USさんから、 今度の応援をしない旨の宣言があったとか。
なら、 彼らに頼らない応援を考えていかなくてはならないということだ。
私たちはどうやって立ち向かうのか。
頭の中で、色々なことがぐるぐるしている。
2008年10月26日
そろそろ開場時間でしょうか。
赤黒な方々はたくさん集まってくださっているのでしょうか。
魂の戦いを!
川崎といえば、定番のコレ!
「川崎大師名物 せきとめ飴」
喰らっておきました。
ガツガツいってください。
2008年10月26日
J1で戦える試合は、今日の試合を入れてあと5試合+α(天皇杯)。
選手たちは、J1での戦いの中で、何を感じてここまで来たのだろうか。
すごい。 上手い。 強い。 歯が立たない。 悔しい。 情けない。
自分に足りないものを切実に感じていても、 それだけで終わって欲しくない。
何かしら「やれる!」と思う手応えを、 自分の勝負ポイントは「これだ!」と思う手応えを、 手に入れて、J1での1年を終わって欲しい。
私も、 応援の面で、他サポーターさんたちに、 目を見張らされることが多々あった。 まだまだなんだと思い知らされることも多かった。
私自身も、何かしらの手応えを手に入れて、 来季の戦いに向かいたいと、 そう思っている。
2008年10月25日
ここ数日、私がコンサのサポーターだと知っている知人から、 「降格決まっちゃったんだね」と言われることが重なった。
「残念だったね」と言われたり、
「一生懸命応援してるのにね」と言われたり、
気の毒そうに言われる。
そのたびに、
「苦しいときに支えるのがサポーターだからね。 落ち込んでないよ! こういうチームは、育て上げる楽しみがあるんだよ 」 と答えた。
負け惜しみじゃなく、 痩せ我慢じゃなく、 素直な気持ちなのだから、ちゃんと伝えたかったのだけど、 わかってもらえたかな?
2008年10月25日
秋晴れに誘われて、ドライブに出かけました。
行き先は、最近の我が家のお気に入りである「えこりん村」。
店舗内は、早くもクリスマスムードいっぱい。
クリスマスグッズの収集が趣味の私は、 ついつい、あちこち見て回ることになりました。
で、 本日のお買い上げ品は、↓。
身長40cmほどのテディベアなのですが、 暖かそうなお洋服を来て、 手にツリーを持ち、 肩に回りしたバッグにはプレゼントらしきものが入っています。
新品とは思えぬ、年季の入りぶりなのですが、 そのくたびれた感じが、なんとも言えない良い味を出していて、 惹かれてしまいました。
お値段を見ると、 え!と思うほど安く、 周りにある新品っぽいものの、1/3くらいです。
去年の売れ残りの品だろうけれど、 それで気に入ったものが安く手に入るなら、ありがたいようなものです。
レジに持って行こうとして、 ふと、 背中のバッグに何かが入っているのに気付きました。ふたを開けてみると、 白いプラスチックのケースで、 脇にスイッチらしきものがあります。
ONにしてみても、なんの変化もなし。
オルゴールなのかな? 電池が切れているのかな?
そう思って、 レジに持って行って、聞いてみました。
すると、その白いプラスチックのケースは電池入れで、線が本体と繋がっており、本来なら動いて、歌うというのです。
歌う?(@_@)
電池を交換して、動かしてみることになりました。
はたして!
テディベアは体を左右に動かしながら、歌いました! が…
歌ったのはワンフレーズ。 すぐに歌わなくなりました。
体は動くのですが、 どうも接触が悪い様子です。
お店の方が「ダメですね」と、片付けようとしましたが、それがすっかり気に入った私たちは、 「歌わなくても良いですから」と、買うことしました。
結局、クリスマス用品30%オフのところを、40%オフにしてもらい、 信じられないような安値で、 我が家にこのテディベアはやって来ました。
この冬、このテディベアは、我が家の玄関で、出入りする人々をのんびり眺めて暮らすことになりそうです。
2008年10月24日
「コンアシ」を見た。
試合後のインタビューの、大伍の顔。
変わったなぁと思った。
厳しくて、強い、そんな顔をしていた。
このJ1での1年で、大伍は顔が変わったと、そう思っていたけれど、
降格の事実に直面して、 大伍の顔は、 また変わったのだと思った。
有望な若者の顔から、 戦う男の顔へ。
無駄なことなどなにもない。
大伍の顔を見ながら、 そう思った。
2008年10月24日
「札幌、30000万赤字」の見出しに、 0が4つ?それって、3億ってことじゃないの? そんなに赤字なの???(>_<) とびっくりして、本文を読みに行ったら。。。 「結局、3000万ほどの赤字決算になる」という話だった。 0が1つ違うんだ。。ほっ。 減資して、やっと累積赤字を消すことができたチームが、 残留が果たせずに、さらに赤字を3億も出したら、 そりゃもう、このチームはダメじゃないか・・と思った。。。。<正直 3000万でも赤字はまずい。 が、それでも、まだなんとか、 関係各者さまに、謝して、お許し願えるかも・・・だけど・・・ 3億じゃお願いのしようもないわけで。。。 なんとか、最終のホーム2戦にお客を呼んで、 少しでも、赤字を減らさないと!! BIGチームはこういう心配をサポはしないんだろうなあ。。。(^_^;)
2008年10月24日
さあ、試合が迫って来ている。 明日は出発前の軽い練習だろうから、 今日は本格的に試合に向けてガツガツやるはず。 こんな風雨の中でか・・・と思ったけれど、 逆に、雨や風にさらされての練習は、目の前のボールだけに集中することができて、 案外良いかもと思えてきたwww 怪我だけは気をつけて欲しいけれど。 私のこれからの目標は 「暴れる!」 に決定! もちろん、乱闘するとか、規律を乱すとか、他人に迷惑をかけるってことじゃなくwww<当たり前!! 残りの5試合&天皇杯。 J1チームを相手に、 「思う存分、やってやろうじゃないか!!」ってことだ。 優勝争いをかき回してやろうって意味で。 捨て身でぶつかって行くって意味で。 ガッツを見せてやろうって意味で。 選手は試合で。 サポは応援で。 「大暴れしよう!」 次戦。 フロンターレとの試合。 ミッシェルさんのtoto予想で<鉄板>だなんて書かれてるぞ。 「買い要素があまりに少ない」だと。 なんだ!この元気は?どうしたんでしょ?札幌は、選手もサポも。。 と、思わせたいな。。。言わせたいな。。。www
2008年10月23日
今日の道新の夕刊の「フリーキック自由自在」というコラムで、 筆者の木村和司氏が、 W杯予選について、色々書いたあとに、 コンサドーレの降格決定に関して書いている。 この悔しさを忘れず、今後に生かしてほしいというのは、その通りだと思う。 が。 「チームとしては、J1残留ではなく、J1で上位を狙うほどのチームをJ2で作ってきて欲しい。 それぐらいの意気込みがなければ、現状からはずっと逃れられない。」 と続けて書いてあって、 なんだか、とても悲しくなった。 だれが、好き好んで、J1残留を狙うものか。 J1上位を狙えるものなら狙いたいに決まっている。 それがどう考えても無理だろう・・というチームの事情があるからこそ、 何とかして、残留だけは果たしたいと思ってここまで戦ってきたのではないか。 そして、それすら叶わなかったのではないか。 そして、狙えないのが「意気込み」の問題だと言われてしまうのが、あまりに悲しい。 そりゃあ、「意気込み」が足りなかったと言われたら、そういう部分が足りなかったかもしれないとは思う。 けれど、それだけなのか?と思うのだ。 プロビンチャのチーム事情をどれだけわかっているのだろう? 木村氏が、日の当たる場所だけを歩いて来た人だからなのかな・・と思ってしまう。 しかも、彼がこのコラムを載せているのは、<北海道新聞:プロビンチャの地元新聞>なのだ。 一昨日のえのきど氏のコラムを読めば、 「地方のチームが生きていくには育成しかない」と、 きちんと事情を知った上での言葉がある。 なのに、 サッカーの解説を仕事にしている人の言葉が「意気込み」で終わっているのが、なんとも情けない気分になる。 以前にも、二宮氏や金子氏の中央しか向いていない発言に怒りのエントリーをしたことがあったが、 もっと、もっと、日本のサッカーを支えている地方のチームのことを学んでほしいと思う。 ヤンツーさんが監督に決まる前の頃に、 木村氏が「コンサドーレの監督にやる気を見せた」などという情報が流れたことがあったのを記憶しているのだが、 彼がコンサドーレの実情をどれほどわかっていたのだろう・・とか、 実際に監督になったら驚愕の日々だっただろう・・とか、 そんなことまで考えてしまうような言葉だった。
2008年10月23日
降格という現実を受け止め、気持ちはもうすでに次へと向かっている今ではあるが、 私の心に1つの後悔がある。 それは、あの日、降格が決まった瞬間から厚別を去るまでの間に、 私は自分の気持ちを形にして残すことができなかったという後悔だ。 降格が決まった瞬間から、 ずっと私の心を占めていたのは、 「このチームが好きだ。 どんな状況になろうとこのチームをずっとサポートし続ける。」 という気持ちで。 極端な言い方をすれば、 それは選手たちがどうであろうと変わりのない気持ちで。 だから、 その気持ちを、「コンサドーレが好きだ!」と言う気持ちを、 降格が決まったそのときだからこそ、強く表したいと思ったのだった。 しかし、 静まり返ったグランドには、コールも歌声もなかった。 ・ ・ ・ 結局、何も表せないままに選手たちの姿の消えていくのを見ていた。 あのとき、 私はコールが起こるのを待っていた。 歌声が起こるのを待っていた。 そのことを後悔している。 私自身が気持ちを伝えたいと思ったのなら、 なぜ、あのとき、自身で歌い出さなかったのか。 歌い出せなかったのか。 ♪俺たち誇り 赤黒の勇者 勝利を目指し さあ行こうぜ♪ 私が歌い出せば、誰かが一緒に歌ってくれただろう。。 自ら動かずに、誰かを、何かを待っていては、何もできはしないのだ。 私は2008.10.19のこの後悔を決して忘れない。
2008年10月22日
その彼の存在に初めて気づいたのは、確か、ドームで、コンサの森の募金をしていたときだ。
心ばかりのお金を募金箱に入れ、FCブースに向かおうとしたら、
「これ、どうぞ。。」と声をかけられた。
差し出されていたのは「Mr.ピッチ」の磁石。
差し出していたのは、背のすらっと高い、笑顔の素晴らしい若者だった。
No.7事務局長と、ふたり、
「誰?今の誰??」とひそひそ・・・www
実に感じの良いイケメンさんだったからだ。
その日、試合後、ダンマクを片付けて、帰路に着こうと売店前を歩いていたときに、再びその若者に出会った。
彼はドーレ君の横に立って、ニコニコとドーレ君とサポたちの交流をサポートしていた。
ボランティアさん?
でも、ビブスを着てないから、ボランティアさんじゃないよね。。
社員さんかな?
No.7事務局長と私は再びヒソヒソ・・・www
このあと、彼には何度も出会う。
いつも、ドーレ君の横に立って、ニコニコとドーレ君をサポートしているのだ。
日曜日の試合後も、お見送りに立つドーレ君の横に、ドーレ君の自転車を持って付き添っていた。
いつも黒いジャージ姿で、首には身分証らしきものをかけている。
彼はどんな立場の人なんだろう??
No.7事務局長と私は彼のファンです(爆)
2008年10月22日
道新に連載中の「再建への提言」。
今日は「えのきどいちろう」氏。
ファイターズファンとして有名なえのきど氏だけれど、
数年前のコンサがJ2で苦戦している時期に、
スポ新に応援メッセージを載せてくださったことがあって、
好感を持っております。
今回も、愛のあるメッセージを送ってくださっています。
地方のクラブの生きる道は、やはり「育成」にあり、
若い選手が育っていく過程を見ることができるのはフレッシュな魅力だと、
有名・有力選手がいないチームにもそれだからこその魅力があると言ってくれています。
最後の道民にたいするコメントは
「勝負事なので、いい目も悪い目も出ることがある。
でも、かけがえのないもの。
苦しいときだからこそ受け止めてほしい。」
サポーターにとっては改めて言うまでもない言葉ではありますが、
当事者以外の方が一般の道民のみなさんに対して、
こう言ってくだることは、本当にありがたいと思いました。
2008年10月22日
代表・くーさんのブログにもありましたように、 わたぴん一家は柏戦で「キックイン セレモニー」に 参加させていただきました。 9月末にオフィシャルで柏戦で「後援会スペシャルデー」の告知があり、 一般会員からもキックインの募集があったので、 「当選したら、娘を抱っこしてキックインしたいです!」 と書いてはがきで応募しました。 締切からまもなくして後援会事務局からなんと当選を知らせる封書が! それからは隊員たちにメールしたり、高齢のため天気の心配がないドームしか 参戦したことのない母の初の厚別が決定したり。 そして、その時に着せてねと、くーさん手作りのキッズドーレ着ぐるみ!! こんなの作れるなんてありえない・・・ただただ感謝です。 当日は12:30に正面玄関に来てください、ということだったので、 娘・にぃにぃが泣いてキックインに参加できないときの子守として、 一緒に行きたいという相方も連れ、3人で受付へ。 リハーサルまで控え室で待たせてもらいました。 12:40過ぎにお呼びがかかり、ピッチ練習がおこなわれている中、 函館地区後援会、関東地区後援会の代表のかたと一緒に ピッチサイドに行って、段取りを確認。 ピッチからのスタンド、ゴール裏は、とても近くに感じて、 これがサッカー専用だったらサポの顔も分かるくらい近いんだろうなぁと思いました。 「選手、ドーレくんが出た後ろについて出ていくことになります」 なんて言われ、気分も盛り上がります。 リハーサル後はもう出入り口で待機。一緒にキックインするお二人は、 おのぼりさん状態のわたぴん一家に話しかけてくださったりして。 本番で出るときはドールズがそれぞれの場所までエスコートしてくれると紹介され、 いつもながらの輝きに笑顔になります。 そして、フラッグキッズの手を引いた選手たちが目の前に。 親交のある柏の選手と挨拶を交わす選手もいますが、 これから戦う男たちの集団ですから、空気もピリッとしています。 いよいよ入場。エスコートされながら立ち位置に。 しかしながら・・・担当の方の声を聞き逃さないように、とか 紹介されたら会釈して、なんて考えていたら、周りを見る余裕は全然なく。 ピッチに向き直って、にぃにぃを相方から抱きとったらすぐにグッチーさんの 「それではどうぞ!」の声がして、他のお二人が蹴ったのを見て、あわてて すぐに目の前に審判に。。。届かないくらいのへなちょこボールを(T_T) そして、またドールズにエスコートされて退場です。 歩きながら「緊張されましたか?」と聞いてくれ、 「緊張より、試合前の選手の緊張感のある顔を間近で見られて、気持ちが引き締まる感じがしました」 と答えたら「私もです!」とニッコリしてくれたので、すごく嬉しかったです。 キラキラのドールズは、本当にコンサドーレの宝物!! それから相方はゴール裏、私は座り席の母と一緒に応援。 娘は前半はほぼ寝ており、後半はうごめくゴール裏を興味深そうに見ていました。 降格が決まった試合となってしまいまいましたが、貴重な経験をさせていただきました。 お世話になった関係者の皆様に感謝いたします。
2008年10月21日
いまさらながらの話題ではありますが。
昨日の朝。 コンサの降格は一面なんだろうか、 公が2連勝だからそちらだろうか、 と、 恐る恐るニッカンを開きました。
すると、一面には、オシムさんの写真が! 札幌の文字も! な、なに?
口があんぐりwww 目が点www
我が家は一気に活気づきました!!(爆)
しかしながら、この時点では、 これは「道内版」だけだと信じて疑わずにいたわけです。
9時を過ぎて、 No.9支部長と携帯メールをやりとりするうちに、 それが「全国版」らしいと判明したときには、驚いたのなんの。
オシムさんには、全国版一面の力があるってことにも、改めてびっくりしました。
今朝のニッカンも、 オシム札幌の話は、地方版じゃなくて、 全国版のサッカーページで、けっこうな紙面を占めていました。
昨夜はTBSラジオでもこの話が取り上げられたそうで、 オシムさんって、 私が思っているより数倍も、 マスコミの注目度が高いようです。
だとしたら、
もしも、もしも、、もしも、 オシムさんが札幌を引き受けてくださることになれば、 マスコミの取材は絶対に増え、 注目され、 一般人の目にもとまるようになり、 観客が増える… なんていうような風になったりして、と、 勝手な妄想が脹らみます。
この記事が某N記者の勇み足だったにしても(多分そうに違いない)、 「降格」のネガティブ記事(N記者得意の)が一面に出るよりは、 全国に注目されるような話題だったことに、 今回ばかりは、感謝しても良いかなと思ったりもしています(爆)
2008年10月21日
先日の試合。 No.22にぃにぃが本格的サポデビューを果たしました!
な、なんと、 試合前の「キックインセレモニー」に登場したのです。
詳しくは、近々当事者であるNo.5ぴんちゃん(にぃにぃのお母さん)が、ここに書いてくれますので、 お楽しみに!
にぃにぃ本格的デビューの日が週末に近づいた頃、 私、No.1 代表 くーは、 ふと、 「これは、例のものを作ったらどうだろう」と思いました。
それは、「キッズドーレの着ぐるみ」なのですが。
実は、昨年、にぃにぃが生まれる前に、 「出産お祝い」として「キッズドーレの着ぐるみ」を作ろうと思い立ち、準備を進めていたのです。
キッズドーレの絵やリュックから完成図を描いて、 着ぐるみの型紙をみつけ、それをアレンジして。
さらに、布地を探すもちょうど良いものがなかったので、ネットから注文し。
小物類を買い求め。
ところが、 そんなことに思ったより時間がかかってしまい、製作にとりかかれないうちに、にぃにぃの誕生を迎えてしまいました。
その後、私は忙しい日々が続いて、 結局、計画は中断してしまったのです。
「作るなら、今しかない!」 そう決心した私は、金曜日1日をかけて、 製作に励みました。
ダンナさんが会議で遅いのを幸いに、 なんとか、完成させたのは、夜8時過ぎ。
究極の「泥縄式」(自爆)
そして、日曜日。 開場前の並びのときに、 にぃにぃが実際に着たら、いや、もう、可愛いったらなくて、 私はデへデへでしたwww (顔をお見せできないのが、残念!)
帰りに、お見送りをしていたドーレくんに出会って、抱っこした写真も撮らしてもらえたし。
手仕事に励んだ甲斐がありました。
ちょっと早い、にぃにぃ1歳のお誕生日プレゼントになりました。
2008年10月20日
ドームサブグラの練習試合を見に行って来ました。 最大のお目当てだった、ジュンキくん&みやざーくんは、 なんと試合に登場せず。。 試合開始前に、ピッチの脇で、堀田くんも入れた3人で、松井さんと体を動かしていたので、 別メニュー組だったようです。 その後、ハウス前で、みやざーくんがなにやら1枚の書類を見ながら、 スタッフと話しているのを見かけて、 あれって、U-19の召集の書類なのかしら?と思っていたのですが、 やはり、召集されたのですね。 代表に行っては、怪我をして戻ってくることの繰り返しなので、 今度は絶対に怪我などせずに元気に戻ってきて欲しいと願っています。 というわけで、 思いがけず、お兄さんたち満載の練習試合を見学することになりました。。。
私の見たわかものたちの印象はこんな感じでした。 あくまで、<私の>ですので、あしからず。。。www(#^.^#) センターバックの人材不足なおりから、怪我明けの柴田くんに期待してみていたのですが。 1本目、あちゃ~~(>_<)なプレイが多くて、実戦から遠ざかっているためかな。。と心配になりました。 これじゃ、リーグ戦に先発はまだ無理だなあ。。。と、がっかり。 それでも、3本目に再び出てきた後は、ずいぶん改善されていたようでしたので、やはり、もっと実戦を踏む必要ありかなぁ・・・と思いました。 完全移籍のミツも出てきてもらわねば困るの人材なはず。 声で指示をだしまくり、頑張ってました。 前に出すパスも、相手パスが減ったようだし、あぶないバックパスも見なかったし、ちょっと上昇中かな。。 ただし、相手FWにサクッとかわされるシーンが見られるのが、どうにも怖いです。。 カズゥはキレキレの様子。 DFに入ったときに、走って戻るのが早くてビックリ。 ここ2年ほどの不調から完全に脱したようです。 FKもキレイに決めたし、エジの頭にドンピシャのCKも速くて鋭いキックでした。 試合のとき、クライトンからボールを奪ってでもFKを蹴って欲しいものです。 智樹くんのボランチにはいって、本来の彼の持ち味であるボールさばきを見せていました。 彼はやはりボランチで使いたいですが問題は運動量かな。。 謙伍くんも一時の絶不調からは脱した模様。 角度のない難しいシュートを決めていました。 (真正面はふかしていたけど。。) エジは・・ 一生懸命で、良い所があるのもわかるけれど・・・・という感じ。 体が細いし、まだスタミナが足りないと思われます。 相手に脅威を感じさせるにはまだまだでしょう。 ヤスは、ちょっと悩んでいるかな・・ ボールを持って突っかけては取られるの繰り返し。 シュートも決めてはいたけれど、プレイの選択肢が少ないのが気になります。 そして、岩沼しゅんくん。 落着いたプレイと、判断の良さが光りました。 飛び出すときのタイミングも良くて、シュートも上手。 前に練習試合を見たときも思ったけれど、 彼はセンスのよさを感じさせます。 征也に先を越された大伍が、黙々と練習を重ねて、追いついたように、 ヤスに先を越されたしゅんくんも、そろそろ出番かな・・と期待しています。
2008年10月20日
こんな日は、(若い)選手たちの顔を見るに限る!
ということで、 練習試合を見るために、 ドームサブグラにやって来ました。
もしかしたら、今年、初めてかも。
2008年10月20日
降格が決まった。 選手たちが挨拶に向かう姿を見ながら、 気持ちをどう伝えたら良いのだろうと思っていた。 悔しさとか悲しさとか、そういうものももちろんあるのだけれど、 それ以上に、 「このチームは私たちのものなんだ。ずっとずっと支え続けて行くぞ~!」と、そういう思いが強かったのだ。 「私たちがついているからね」と、一言叫んだが、小さな声だったので、 選手たちに聞こえてはいなかっただろう。 色々な思いを持つ人がいて、 でも、かける言葉が見つからずに、立ち尽くしている人が多いように思った。 なら、「We are Sapporo」と、 すべての思いをこの言葉に込めて、選手たちに届けたかった。 あなたたちだけがSapporoなのではなく、 私たちもまたSapporoそのものなのだと、 そう、伝えたかった。 でも、勇気がなくて声に出すことができなかった。 選手たちの姿が消えるまで、 私は、心の中で、「We are Sapporo」と繰り返していた。
2008年10月19日
朝起きて、まず新聞を開いて、コンサドーレの記事を探す。
家事をしながら、練習が始まったかな?と思う。
急な雨ならば、選手たちは濡れていないかと心配する。
天気が良ければ練習を見に行きたいと思う。
ダンナさんとふたり、怪我人の心配をしたり、次の試合の先発を予想したり、 コンサの話題は尽きない。
オフィシャルブログを書く。
コンサ関連ブログを読む。
試合の日が来れば、 朝からワクワクする。
朝早く起きて、いそいそと出掛ける。
声を枯らして応援する。
勝っても負けても、仲間と食べて飲んでしゃべる。
アウェイの試合のときはドキドキして、 なにも手につかない。
遠征の計画を綿密にじっくりと立てる。
手帳は、コンサの試合から書き込む。
用事は試合の日以外を選ぶ。
洋服は試合に着ていくかどうかを基準に選ぶ。
私の生活はコンサとともにある。
それは、 いままでも、 これからも、 変わりがない。
2008年10月19日
残念ながら、勝利は手にはいらず。
私たちは、どこまでも、コンサドーレサポーターであり続けるわけで、 その思いは揺るぎません。
さて、本日、No.22にぃにぃはキックインに登場しました。
No.1 代表 くーがこのために、金曜日に手仕事に励み、キッズドーレの着ぐるみを作りました。
試合後、 見送りのドーレくんに抱っこされた姿をどうぞ!
2008年10月19日
USさんから今日の応援について、提案がありました。 雰囲気を変えるために、 練習中の応援はサッポロコールのみ。 試合中、90分の応援に全力を尽くしましょう!とのことです。
決して、応援拒否とかではないと何度も言っていました。
サポーターはわかったけれど、 知らない選手たちはドキッとするでしょうねぇ。
2008年10月18日
シーパスのおまけでもらった明日の試合の招待チケを知人にあげた。
「サッカー好きです!」と言ってくれて、 顔を合わせるたびに、 サッカーやコンサの話をする彼女。
しかしながら、 試合に行く機会に恵まれずにいたらしい。
チケットを2枚あげたら、「彼氏と行きます!」と、ものすごく喜んでもらえた。
昨日会ったら、 「『初厚別』なんですぅ」とニコニコしていた。
聖地厚別。 そう胸を張って言えるような応援をしたい。
「『厚別』はスゴかった」と言わせたい。
最初から最後まで、 ガッツリ集中して、 聖地厚別を勝利でかざりましょう!
>ケイコリー 明日は楽しんでね!
2008年10月18日
明日は早いので、 今日のうちに喰らっておきます。
「千葉の落花生いり柿のたね」 千葉のメーカーでした。
「やき蛤」 串差しになっています。
最後は毎度お馴染み 「鯛せんべい」 我が家のお気に入り。
さあ、 明日の荷物をまとめようっと。
明日は久しぶりに、 「コンサ隊癒しデー」を予定しています。
勝率抜群ですから! 期待してます。
2008年10月18日
今日の練習もドーム、サブグラ。
ちょっと見に行くというわけには行かない距離だなぁ。 残念!
元気くんがFWに入るらしいと聞いて、 なんだか嬉しい。
今年、ホームで勝ったジュビロ戦も、確か元気くんがFWだったんじゃなかったかなぁ。
明日、心置きなく参戦するために、 今日はあれやこれやを片付けて…。
明日は13時試合開始だから、 開場は11時。 φ(..)
ダヴィが欠場なら、 ダヴィだんまくは置いて行こう。
この前の試合のときに、 人間違えという大チョンボをやらかして、 夏祭りの賞品を渡せなかったから、 明日は再度の受け渡しもあるし。 明日は間違えないぞ!
他にも、コンサ隊としては大きなことがある! これは後日、当事者から報告があるはず。 昨日はその準備に、1日手仕事に励んだのだ! この手仕事の成果も、 明日の試合以降の発表だなぁ。
久しぶりの試合!
気合い十分!!
明日は、サポーターとしての意地をみせたい!!
厚別で勝つんだ!
2008年10月17日
すごい雷!
雷を聞くと、決まって、1人の浦和サポを思い出す。
その頃出入りしていた某チャット知り合った人なのだが。
ある日、今のようなすさまじい雷に驚いて、 チャットで話題にしたら、「埼玉はでは雷は珍しくもない!北海道って、雷が珍しいの?」と鼻で笑われたのである。 温厚な(笑)私もムカッとした。
まあ、彼女は普段からそういう物言いをする人ではあったが…
一度東京で会ったことがあるが、 その時、 私がコンササポであることを承知で、 「コンサドーレの応援って、みんな、レッズの真似だよね」と言われたときには、 ダメだ、これ以上付き合えない!と、 心底思った。
コンサドーレの始め、 応援の中心にいた方がレッズサポだったとかで、 コンサの応援はレッズの応援を基礎に始まったとは、何かで読んで知っていたから、 レッズの真似に聞こえても仕方ないとは思ったのだが、 サポーターである人に向かい、あえて、そういう物言いをする必要はないわけで。
その後、彼女とは疎遠になった。
優しくて、紳士的で、人柄の良い浦和サポの知人もいるし、 浦和サポだからといって、どうだとか言うつもりもないけれど。
思い浮かぶことが、 こんなことなので、 なんだかなぁなのだ(笑)
2008年10月17日
「コストコに元気がいて、もう一人誰か選手と一緒だった」 と弟から聞かされたからか 元気が出てくる夢を見た コンサのテレビ番組を見ている、という夢で そこでは、一緒にいた選手がヒロくんだったと判明したんだけど 実際のところは分からず・・・ 元気はパンを買っていたそうな 今年は弟がコンサの試合をよく観戦している 残念ながら勝ち試合を観ていないけど。。。(~_~;) 観ている人の方が少ないんですけどね(微毒)
2008年10月17日
ヤンツーさんは「面白いサッカーをすればお客は来る」との信念を持っていた。 だが、思うように観客数は増えなかった。 *試合平均観客数 2004 ~ 9,466人 2005 ~ 11,133人 2006 ~ 10,478人 みうみう監督は「勝利がお客を呼ぶ」との信念を持っている。 だが、昨年、勝ち続けても、思うように観客数は増えなかった。 2007 ~ 12,112人 HFC関係者は「J1になれば」と思っていた。 だが、今年、思うように観客数は増えていない。 2008 ~ 13,132人(14試合終了時点) 参考記録 2001 ~ 22,228人(J1,ドーム初年) 2002 ~ 19,140人(J1,w杯自国開催) 2003 ~ 10,766人(J2) プロリーグの誕生。 フランスW杯初出場。 日本でのW杯開催。 そういった追い風が今は止んだ。 サッカーバブルははじけた。 チケットが争奪戦だった代表戦も、 今は、空席が目立ち、どうやって人を集めるかが問題になっている。 時代は今、サッカーを嗜好していないのではないか? そんな疑問がわく。 ここに興味深いデータがある。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「最も好きなスポーツ」「よく観るスポーツ」を聞いたところ、ともに5年連続で「野球」と「サッカー」が1位と2位。 ただサッカーと答えた人は3年連続で減少しており、2005年には13.8%だったが、今回の調査では9.6%と4ポイント以上の減少となっている。(三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 地上波の放送の少なさが一般の人たちの興味関心をなくしていっているのではないか。 Jリーグのチームは、健全経営を求められるが故に、 宣伝・営業活動などにかけられる予算が縮小してしまってはいないか。 ならば、(お金持ちの)サッカー協会から、宣伝広告費用に、各チームに資金が提供されても良いのではないか。 犬飼氏は、この問題こそに早急に取り組んで欲しいものだ。 (秋春制にすればOKなどと、寝言のようなことを言い出しそうで怖いが)
~~~~~~おまけ~~~~~ 「どのチームが好きか?」との問いに、 我がコンサドーレはなんと4位!! レッズ・ガンバ・グランパスという強豪チームに次ぐ位置で、 マリノスよりも上!! インターネット上の調査だそうで、 コンササポは強みを発揮したってかな? でも、なんか嬉しいぞ!
2008年10月16日
「降格が決定すると、その後の試合の観客数が減る」と、 一般的には思われているらしい。 今日の道新の夕刊の「コンサドーレ倶楽部」も、 中身は11月8日の浦和戦のビジターチケットが完売になったということなのだが、 最後は、「浦和戦の前に降格が決まってしまえば、札幌側の観客動員に響くのは間違いない」と書かれている。 しかし、どうにも納得できずにいるのだ。 いつもいつもコンサの応援に来ているサポーターたちは、 降格が決まったからといって、次の試合からは来ないとは、考えられない。 降格が決まったとしても、コンサドーレがある限り、どこまでも応援し続けるぞ!!と思っているに違いない。 では、「たまにはコンサドーレでも見るか。。」といった感じの観客に、 「降格」がどれほどの意味を持っているのだろう? そもそも、コンサドーレがどんな成績でどんな位置にいるかに興味関心を持っている人がそれほどいるとは思えないのだ。 去年だって、結局、観客がたくさん入ったのは、良い成績で首位を突っ走っていたときではなく、 最後の最後の、優勝が決まるかもしれないという2試合だけだったではないか。 今年、J1に上がっても、思ったほどの増員はないわけで、 結局、J1であっても、優勝争いでもしているのでなければ、目に見える観客の増員は望めないのではないかと思うし、 逆に言えば、降格が決まったとしても、観客が減るとは思えないのだ。 それよりは、相手チームの知名度の方が観客動員に影響を及ぼすのではないかと、私は思っている。 そういった意味で、最後の2試合が、 「あの浦和」と「あの鹿島」であることは、大きいのではないかと思うのだ。 つまり、降格が決まろうと決まっていなかろうと、 「あの浦和」と「あの鹿島」が相手であるということを売りにして、 観客の増員を図ることは出来るのではないか。 もしも、決まってしまっても、 「来年は見られないよ。今だよ。」と誘うことは出来るということだ。 (自虐的だが背に腹は変えられない) 浦和のホームジャック阻止を図って、 招待券を6枚、配った。 彼らはコンサが今どんな状況かを知らなかったが、 「相手は浦和ですか?行きます!」と言った。 「どうもたくさんの浦和サポが来るみたいなんだよね」と言ったら、 「そりゃあ、負けられませんね。頑張って応援します!」と言った。 「降格が観客を減らす」 それは本当のことなのだろうか? 納得できない私がいる。
2008年10月16日
秋晴れだけど、 雪虫の飛ぶこの季節。
選手たちは何を感じ、何を思っているかなぁ。
去年の今ごろは、 勝てない時期をやっと脱して、辛うじて勝って、一息ついた時期です。
でもライバルチームのどこも負けなくなって来ていて、 苦しさに変わりはなく、 結局、最後の最後まで、 「昇格」を手にいれることはお預けでした。
今年は、 去年とは違った苦しさの中にいます。
でも考えてみると、 この苦しさは、 去年の苦しさを乗り越えたからこそ味わうことが「許された」苦しさなわけで。 ここで、もがいたり、苦しんだり、苦さを味わったりすることは、 きっと、また、来年の新しい苦しさの土台になるはず! そう思うと、この苦しさも愛しく思えるような… (なわけ、ないですよね・汗)
日曜日、 今年最後の「厚別」。
選手たちにプロとしての意地を求めるなら、 サポーターは、サポートする者の意地を見せたいと、そう思います。
2008年10月15日
甥から電話がありまして。 「お願いがあるんだけど。 実は、会社の後輩の結婚式があって・・・」 「<Welcome ボード>をまた作るの?」 私はカリグラフィーをちょっとだけかじっていたことがあって、 甥の結婚式には<welcome ボード>を作ってあげたのでした。 (わたぴん夫妻のボードも作らせてもらいました。こちらに) その後、友達の結婚式にプレゼントしたいからと言われて、 そのお友達のボードも作ってあげたこともあったので、 てっきりまたなんだと、思ったのですが・・・ 「いや、違うんだ。 なんか、社長が後輩に言いたい何ヶ条みたいなものがあって、 それを紙っぺら1枚で渡すわけにはいかないから、 なんとかカッコウつけて渡したいんだよね。。」 「ちょっと、ちょっと・・・ それって、無理だよ。 カリグラフィーって、アルファベットだもん。 日本文は無理!」 「いや、ローマ字にしても良いから。。。」 「ローマ字にしてって言ったって。。 すごい文字数だろうし。。。」 「とにかく、1度見てくれないかな。。」 「日本語なら、PCで作った方が良いと思うけどね」 「そうかもしれないけど、僕、そいうの不得意だし。 とにかく、1度見てくれないかな?」 「わかった。見てみるから、FAXで送って。。。」 「なんとかお願いします。。」 というやり取りが昨夜ありまして・・・
今朝、彼の会社からFAXが届きました。 内容を見て。。。どひゃ~~~~~!!(>_<) 「乗車許可証」だそうで・・・ なんというか・・・ いまどき、こんなコテコテなものを祝賀会で披露して賑わったりする会社が、 あるのか??? と思ってしまいましたよ(爆)(^_^;) これをオシャレに作ろうってのがまず無理だろ!! カリグラフィーの作品になるわけもない!! でも、なんとか形にしてあげないと甥も困るだろうなあ。。ということで、 PCで色々やってみました。 ふーーー。 一応形にしたので、これで良いかどうか甥に確認してみようっと! しかし・・・ こんなものをもらって、嬉しいのだろうか、新郎は??? 大きな疑問が私の中に渦巻いています。 ま、社会のしがらみってやつですかね。。。(^_^;)
2008年10月15日
今月末で1歳になるにぃにぃです。 12ヶ月検診も無事に終え、元気でおります。 さて、土曜日が相方・わたの出勤日だったため、 日曜からの3連休の我が家。 遠出はしなかったものの、存分に楽しみました! 評判のおうどん屋さんや、果樹園でお買い物、 ここでランチをしたり。 にぃにぃも食べられるものが増えて、外出先で分けて 食べられるものがあるので本人も楽しそうです。 さすがにサテの時、おうるずのメニューはまだムリでしたが・・・(^_^;) さて、試合の時のにぃにぃの楽しみは、ゴル裏でハタハタとはためく フラッグの数々。 試合が始まり動きが止まると不満の声を上げるお気に入りぶり。 いつか自分で振る!って言わないか、期待していたりします。
2008年10月15日
2002・3・9 高知・春野陸上競技場での 対 仙台戦。 TVで試合中継を見ていた留守部隊の隊員たちは度肝を抜かれた。 画面に映る応援する人々。 アップになる人の中に、No.5ぴんちゃんとNo.7事務局長の姿がある。 あれ?もう1人いるはずなんだが??? そこに映っていたのは、帽子を目深にかぶり、サングラスをして、タオマフで覆面をした人の姿。 そう!その「覆面マダム」こそ、CNNコンサ隊・代表の姿だったのだ!
その日、高知春野は、好天に恵まれていた。 まだ雪が溶けない北海道から行った私たちにとっては信じられないような気温だった。 春野のゴール裏は芝生で、座席は2階部分にあり、札幌からの人々は、 2階部分に陣取った。 席に着くと、太陽が真正面にある。 応援しようと立ち上がると、日差しがジリジリを照りつけて来る。 しかも、角度が低いから、顔がもろに照らされるのだ。 やるな!高知の太陽!! しかし、このままでは結果が目に見えている。 若い2人はさておき、私は取り返しがつかなくなる前になんとかしなくては。 どうする? ともかく、顔を覆わねば。 帽子を目深に被り、タオマフを首から外して目から下を覆った。 後ろで縛ろうとするが、1度しか縛れない。 仕方ないので、きつく、きつく縛る。 息苦しいが、そうも言っていられない。 その上からサングラスをかける。 うむ。これからなんとか日焼から守れるだろう。。 どこから見ても銀行強盗スタイルだ。。 No.5ぴんちゃんとNo.7事務局長がその姿を見て大笑いして、 「覆面マダムだ~~!!」と言う。 しかし・・・ この姿が全道にTVでさらされるとは思わなかった。 まあ、誰もその正体が私であるとは気づかなかったようだが・・・ 留守部隊の隊員たちは、両脇のNo.5ぴんちゃんとNo.7事務局長を見て、もしかして・・・これは・・・とは思っていたらしいが(爆) ダンナさんは気づいていなかったぞ!www 月曜日のサテライトの試合。 おうるずのスペシャルシートは、想像以上に直射日光にさらされていた。 そこで、久々の「覆面マダム」の登場となった。 タオマフがなかったので、Kappaのグレーのトラックジャケットを使用した。 両手の部分を後ろで縛ると、タオマフよりも勝手が良かったwww 「覆面マダム」姿は一緒に見ていたNo.5ぴんちゃんに大受けだった。
2008年10月14日
ファンクラブの会報と一緒に入っていた「意識調査」の解答用紙。 「コア層」の意識を調べたいと目的が書かれていて、 あえて「コア層」いう言葉が使われている点が、目新しいかな・・と思いつつ、記入していました。 中でも、裏面の09には、今回の重点項目かなと思われるような項目が並んでいて、 しかも、13項目それぞれが、なかなか考えているなぁ。。と思わされる項目になっていて、感心しました。 (以前、Jリーグの意識調査に協力したことがありましたが、こちらはとても表面的な表現が多かったと記憶しています) 「コンサの勝利や活躍は、達成感を得ることができる」もちろん! などと、さくさくペンを走らせていたのですが。 ある項目で、ペンが止まり、 ここだけは後回し。。。になりました。 それは・・・ 「コンサドーレの試合は、エンタテイメント(娯楽)として、単純に楽しむことができる」 <エンタテイメント(娯楽)>として楽しめるか? 改めてそう問われると・・・ コンサの試合は私にとって<エンタテイメント>なのだろうか?という疑問がわきます。 楽しいのには違いないのだけれど。 ただ、「面白い=ニコニコ」とはいかないものがそこにはあるわけで。 面白くないから行かないというものでは、もう、決してなく。 そこは、自分自身が戦う場であり、辛くとも一緒に耐える場であったり、 悔しさに打ち震えつつも、決して諦めない場所でもあるわけで。 これは単純に<エンタテイメント>とは言えないのではないかと、思ったりもするわけです。 設問にもだから、「単純に」と書いてあるのでしょうねぇ・・・ 笹姐さんが 「チームを応援するということは 常に毎年違う人と恋をしてるような感じがする。」 とここに書いていらして、 そうだ!そうだ!と同感・共感していたりします。 恋愛はエンタテイメントではないですから、 やはり、コンサの試合に行くことはエンタテイメントではないということになりそうです。 (すごい、3段論法だわ。。。大汗) ということで、私は「まったくそう思わない」に○印をつけて、解答用紙をポストに入れることにしますwww そして、最後の設問が 「自分の中で、コンサドーレのサポーターであることはとても大切なことである」 とあるのは、この設問者がコンササポのことをよ~~くわかっているような気がして、単純に嬉しかったりしました(#^.^#)
2008年10月14日
昨日は「体育の日」。 ということで、 NHK-BS2の『お宝TV』はスポーツの特集でした。
野球中継の発達にかかわる貴重な話などのあとに、 1人の元日本TVのプロデューサーが登場しました。 水田さんとおっしゃるその方は、 サッカー高校選手権のTV放送を始めたプロデューサーでした。
彼はサッカーの選手だったそうですが、 その当時のサッカーは、実にマイナーなスポーツだったようです。
日本TVに就職し、 スポーツ中継を担当するようになった彼は、 なんとかサッカーに日を当てたいと考えます。
そこで、高校選手権の試合を地元TV局が放送し、 全国大会の模様を日本TVが放送するという、 地域に密着した草の根的方法を考え、実行したのだそうです。
主題歌(あの『振り向くな、君は美しい』)を作り、ポスターを作り。
応援席にいるのはベンチ入りできなかった選手だけという状況を変えるべく、 各高校を回って、全校応援を頼むなど、手間暇惜しまない努力を重ねます。
解説には、地元の指導者をたて、 肩身の狭い思いをしていたサッカーの指導者にも日の当たる場を提供します。
そうして、 ついには、 高校サッカー選手権の決勝戦で、 国立が満員になる日が来るのです。
その後のプロ発足、W杯出場、日本でのW杯開催。 すべて夢でしかなかったことの実現だったと、語っていられました。
この話の間中、 水田さんの、 サッカーに対する愛情の深さと、情熱の偉大さに、 ただただ頭が下がる思いで一杯でした。 涙がこぼれてなりませんでした。
こういう方たちの、 絶え間ぬ努力によって、 今の私たちの「Footbolllife」があるのだということを、しみじみ感じました。 大切に育て上げて行かなくてはなりませんね。
………おまけ……………… この話を一番聞かせたいのは、 あの「犬飼氏」だと、ダンナさんが言いました。
本当だよ〜!!
彼にサッカーに対する愛情はあるのでしょうか?
彼にとってサッカーは「事業」でしかないのではないか?そんな疑問を持っているこの頃です。
2008年10月13日
今日、サテライトの試合に行くとき、 コレクションハウスのところの交差点で信号を待っていたら、 交差点の向こうに自転車に乗ったダヴィがいました。
あ!ダヴィだ!
この間、ダヴィに会ったのは、移籍確実だとみんなが思っていたとき。
カタールにいると思っていたダヴィにばったり会って、 あまりに突然だったので、なにも声をかけられずに終わったことを、 あとでずっと後悔したのでした。
だから、今日は絶対に言葉をかけようと思い、 信号が変わって動き出そうとするダヴィのもとへ駆け寄りました。
「ダヴィ!次は点をとってね!」
ニッコリするダヴィ。
私の勢いは、 まるで「大阪のオバチャン」みたいだったようです<大汗
でも、いつもみたいに「はい」とは言わなかったなぁ…と思っていたら、 ダヴィは故障中だったみたいで、 練習に参加できていないとか。
そうだったのねぇ。
早く怪我を治して、 たくさん点をとってね。
ダヴィだんまくを再び張るからね。
2008年10月13日
10月とは思えないような強い日差しに、 ジリジリ焼かれたスペシャルシートでしたwww 秋の日差しは、角度が低いから、 顔を真っ正面から照らします。 帽子を被っていたものの、顔は無防備。 久しぶりに「覆面マダム」の登場となりました。 「覆面マダム」について、前に書いたことがあったかなぁ? 近いうちに詳しく書きますね。 我が家に戻って、真っ先にしたのは、 「ホワイトパック」(爆) まさか、この時期に日焼けの心配をしなくちゃならないとは… (((・・;)
2008年10月12日
買って来たじゃがいもをメインに、 とっておきのベーコンを使って、 「ジャーマンポテト」。
「今金だんしゃくいも」はホクホクで甘いと、お店の看板に書いてあった通り!袋に詰め放題で\600は安いぞぉ。
おたるワイン「初しぼり」を合わせて飲んだ。 フルーティ! みずみずしい美味しさ。 飲みやすい。
こちらは、3日間限定価格で\550!ビックリ!
サラミやフランクフルトも切り合わせて、
今夜はすっかりドイツ風のお夕飯に(笑)
あ! でも、飛騨高山で買って来た「ピリ辛ちびっこキュウリ漬け」も食べたんだった。
やっぱり、日本人だなぁ(爆)
2008年10月12日
昨日、定山渓から朝里にかけて、紅葉見物に行ったことは書きましたが。 定山渓の宿に泊まる予定だったので、朝里へいったん抜けたものの、 再び定山渓へと引き返して来ました。 行きと帰りでは、また見える風景も違うので、往復の道中の、どちらも、十分に紅葉を楽しむことができて、楽しいドライブでした。 ただ、雨が降ったり止んだりの繰り返しで、風景もキレイに見えたり、雨にかすんだりでその点は少々残念でした。 でも、そのお天気のおかげで思いがけない体験をすることになりました。 復路、つまり定山渓へと戻る道で、 大きなきれいな虹と出会ったのですが・・・ あまりにくっきりした虹だったので、視線は、紅葉よりも、虹に釘付け状態になった私たち。 ところが、車が進んでいくにつれて、 え?もしかして。。。 と、ドキドキして来ました。 だって、どう見ても私たちの車は虹の始まりの部分に向かって走っていたからです。 え~~!本当に、虹の始まりのところを見られるの~~~?! 車はどんどん虹に近づいて行きます。 もう、すぐそこに虹が見えます。 手を伸ばせばつかめるような気すらします。 そこ!その林の!その辺!!! 通り抜けた?! 気づくともう、虹は見えません。 振り向いても何も見えません。 人生で一番虹を近くに見た数分間に、 私もダンナさんも大興奮してしまいました。 あとから、写真も撮っていなかったことを思い出しました。(>_<) 虹は光の反射だから、つかめるわけがないのだと、理屈ではわかっていても、 あんなに近くに見えると、つかめるかもと思ってしまいました。 素敵な体験でした♪
2008年10月12日
小春日和に誘われ、 朝里〜赤井川〜仁木とドライブしてきました。
途中、 「おたるワイン」に寄りました。
昨夜、宿で飲んだ「おたるワイン」が思いの外美味しく、 すっかりファンになったので、我が家に買って帰ろうと思ったからです。
なくさんの人でごった返していました。
昨夜のワインと同じもののフルボトルと、 今年初しぼりのワイン、 ふどうジュースの3本を手に入れて、満足!
赤井川では、「紅茶ソフトクリーム」を食べました。甘味控えめで、紅茶の香りがして、美味。 食べてから、写真を撮り忘れたことに気付きました。(((^^;)
仁木では、リンゴ、なし、ジャガイモ、カボチャなどを買って来ました。
秋の味覚がたくさん!
うれしいなぁ(^^)v
2008年10月11日
ダンナさんの慰労に温泉に来ています。 たまぁに、こういう慰労がないと、頑張れないらしいです(笑)
昔は、温泉が好きじゃなくて、旅行に出ても、わざわざ温泉地を避けて泊まっていたことを思うと、 同じ人とは思えません(((^^;)
まあ、それだけ年をとったということなのでしょうねぇ。
ゆっくり温泉につかって、美味しいお料理をいただいて、 またお仕事に励んでいただくことにします。
ダンナさんの慰労にことよせて、 実は一番まったりしているのは、私だったりして…。σ(^_^;)?
2008年10月11日
定山渓から朝里に抜ける道は、 知る人ぞ知る紅葉の名所です。
ここ数年、紅葉の時期がどんどん遅くなって、 10月の連休に見頃を迎えることはなくなっていました。
今日もあまり期待せずにドライブに来たのですが、 なんと、真っ盛り!でした。
特に、朝里側の山々は見事!
写真は定山渓ダムあたりで、 日差しのかげんであまりきれいに写っていません (((・・;)
あと数日で色が黒ずむと思われます。
みなさま、見物はこの連休中に!!
2008年10月10日
犬飼会長の<秋春制に関するコラム>がサッカー協会のHPに掲載されたようなので、 行って読んで来ましたが。 サッカー雑誌2誌に掲載されたインタビューと基本的になんら変わらないものでした。 それゆえ、反論もこことここに書いてあることで十分と言えそうです。
しかしながら、やはり言っておかなくてはならないのは、 「雪国の冬」についてでしょう。 なぜなら、何度読み返しても、犬飼氏には、 雪国の冬がわかっていないからです。 わかろうとしていないような気すらします。 一番の問題は「雪国のクラブチームにとっての冬場の練習場の確保」「降雪期は屋内施設や屋根付きグラウンドが必要」と書いておきながら、 解決策は 「インフラの整備については、自治体の理解や協力が不可欠」 「冷房設備を完備するよりは、暖房対策の方がはるかに低コストでできるので、採算が合うという見通しを明確に示せれば、改修に動き出す自治体もあるかもしれない」 とすべて自治体任せです。 暖房がぜひとも必要な地域では、冷房は必要ありませんから、コストの比較は無意味ですし、 財政が逼迫し、必要なものにすらお金がまわせない自治体が、1競技のためにお金を使いますか? 「あるかもしれない」で、ことを進められますか? 「試合は、降雪期となる2月のホーム戦をアウェイにもっていくなどの対策が可能」 降雪期?違います。「積雪期」です。 雪は降って溶けると思っていますね? 積もるんです。溶けずにうずたかく積もるんです。 平成16年、札幌の累積降雪量は617cmでした。 同じ年、札幌では積雪が1mを越えた日が40日間ありました。 昨年度の札幌の雪対策費は144億5800万円です。 そのうち、雪を運搬する費用だけで42億9000万円を使っています。(溶けないから、道路の雪を郊外の雪捨場にトラックで運び入れるのです。) 12月の中旬から3月の上旬まで、札幌は雪の中なのです。 およそ3ヶ月の間、ホームで試合はできません。 その間、ずっとアウェイゲームをするのですか? 数年前に、ミランサポーターのイタリア人の大学生と知り合ったことがありました。 彼が雪に埋もれて放置された自転車の写真をミラノの友達にメールしたら、「嘘だろう!どんなトリックを使ったんだ!」としばらく信じてもらえなかったという話をしていました。 こんな雪の積もる街にサッカーチームがあるなんて信じられなかったとも言っていました。 ミラノは北緯45度の都市ですが、降雪量は東京程度のようです。 世界の都市との比較はこちらが詳しく書いてます 犬飼氏が「ヨーロッパでは」と言うのは、気象条件の差を無視した話でしかありません。 さらに、今回、目新しいことと言えば、 選手協会の藤田会長たちが表敬訪問に来たときに 「秋春制に賛成だと言っていた」というあたりでしょうか。 いわく、 「 先日、Jリーグ選手協会の会長を務める藤田俊哉選手(名古屋グランパス)、副会長の秋葉忠宏選手(ザスパ草津)、石川直宏選手(FC東京)、監事の高木義成選手(東京ヴェルディ)の4選手が、僕が会長に就任したということで訪ねてきてくれたんですが、彼らも秋~春制を歓迎していました。 その理由は今挙げたように、ゲームの質の維持や落雷の危険回避に加え、家庭を持つ選手の多くが、子どもとの余暇や家族旅行ができないから、夏休みの間はオフにしてもらうのがありがたい、と言うんですね。代表に招集される選手は特に、一年中休暇が取れない状況にあるんです。」 選手会のHPを見てきたが、そこには秋春制賛成のかけらもありません。 正式な議論がなされているのかもわかりません。 雪国のチームの選手は、春秋制の今だって、長いキャンプ生活を余儀なくされ、1ヶ月以上も家庭を離れています。 もし、練習場の確保もされないままに秋春制に移行すれば、雪国チームの選手たちは、3ヶ月以上も家庭を離れなくてはならなくなります。 自分たちが夏休みを子供と過ごすために、他の選手たちの家庭生活が破綻されても良いのだと選手たちは思うものでしょうか? さらに言えば、 選手会では、選手の立場として、観客をどうやって増やすかといった取り組みに熱心なようですが、 「子供との余暇を過ごすために、夏は休みたい。」サッカー選手がそう思うように、世の中の人がそう思っているのなら、 (世の中の人が)子供との余暇をサッカー観戦で過ごせる夏休みは、サッカー界にとって観客動員の意味からも重要な期間なのではないのでしょうか? そういうたくさんの情報をもとに、選手会もきちんとした話し合いして、意見をまとめるべきだと思うし、 そうではなく、たまたま選手会の役員たちが会長との雑談の中で話したことを、 「選手もそう言っている=選手会の総意」といった形でこのように文章にかくことは、違うと思うのです。 今朝のニッカンに 「犬飼会長はJリーグ将来構想委員会の検討課題に命じた10年からの秋春制への移行について、年内に結論を出す意向を示した」とあります。 Jリーグ側は反対の意向が強いとも聞きましたが、 ともかく、「無理が通る」ような結論が出ないように、 私たちはこれからも目を話さずにいなくてはならないようです。 ~~~おまけ~~ 『蹴馬鹿』さんの視点を変えた「Iリーグ発想」。 いいかも。。これ・・・ こちらからどうぞ。。
2008年10月10日
月曜日以来、満足にPCも開けない状態でおりました。 今日は、時間がとれそうです。 じっくり腰をすえなくては書けないことを、今日こそは書こうと思っています。 まずは、11月8日の浦和戦のこと。
4日、飛騨高山の宿で、夜、携帯のコンサドーレサイトを開いて、びっくりしました。 その日、試合チケットが発売だということは知っていたのですが、 まさか、すぐにビジター席が売り切れるとは。。。 「恐るべし、浦和サポ!」の感を強くしたわけですが。 札幌へ戻って、当日のドームの席割を見て、再び驚愕しました。 アウェイゴール裏はすべて、浦和サポ用ですか?! ☆いつもは、B自由のチケで、アウェイ側でゆっくり試合を楽しんでいらっしゃるコンササポさん!!☆ 否応なく席の移動が必要です!! ホーム側には・・・・と思われるなら、他の席種を改めて考えなくてはならないようです。 そして、改めてこの席割を眺めると・・・ なんだかホームゴール裏よりビジター席の方が広く見える。。。。(>_<) 数えてみたら、まったく同数の席数のようです(色の関係でビジター側が広く見えるみたい)。 コンサのホームゴール裏は、すべてが熱サポ席ではなく、 両端と上の方の方は座って応援されています。 立っているサポーターはどれくらいでしょう。 7割くらい?(根拠ない数字ですみません) で、浦和サポさんは、どうなんでしょう? ビジター席の人、全部が立って歌って叫ぶのじゃないでしょうか? もしかしたら、ビジター席に入らない、SAやSBの人も、歌います? (立って応援はしちゃいけないことになってますよね?) うーーー。 どうします? 浦和サポの声と勢いに、ジャックされる札幌ドーム。。。 いやだ!想像もしたくない!! 札幌サポーターの意地と誇りをかけて、 札幌ドームを守りたい! ホームを守りたい!! なんか、フツフツと湧き上がる怒りというか、熱というか、 そういうものが私の中にあるのです。 浦和戦は、もう、選手がどうの、試合内容がどうの、というものじゃなくて、 サポーターとしての戦いなんじゃないでしょうか? 噂では1万人の浦和サポがやって来るとか言われています。 じゃあ、私たちはどうするか? あちらが1万人なら、こちらは3万人の札幌応援団を作りましょう! とにかく、人を集めましょう。 きかっけが浦和を見たいという人でも、なんでもOKです。 とにかくドームに来てもらって。 浦和サポに好きにさせたくない。 応援で太刀打ちできないままなんて、悔しい。 そういう道産子魂に、郷土愛に、 訴えて、火をつけて。 あちらが1万人なら、こちらは3万人で。 質で勝てないのなら、量で勝つしかない!(自爆) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 人件費 28億4100万円(20年1月期)の浦和と 人件費 5億3700万円(19年12月期)の札幌が 戦います。 この差を埋めるのは、私たちの声しかない!! ホームジャックなんてされてたまるか! 札幌の意地と誇りで、札幌ドームを満たそう!!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ こんな広告を出したい気分です。
2008年10月09日
2日間のオフを終えて、練習が再開された今日は。
昨日の小春日和とはうって変わって、 冷たい雨だ。 激しい雨だ。
ドームサブグラには、 見学の人はいたのだろうか?
フィジカル中心であろう今日の練習。
降りしきる雨に濡れながら、 選手たちは何を考え走っていたのだろう。
横殴りの雨に打たれながら、 何を思って肉体を追い込んでいたのだろう。
願わくは…
「なにくそ!」と、 「負けてたまるか!」と。
顔を上げて、 胸を張って、 「このままじゃ終われない!」と。
強く、熱いものがそちこちから、 噴き出しているような、 そんな今日の練習であったことを…。
2008年10月09日
道新のおりこみ情報紙「札歩路」の一面の下の部分が目に飛び込んで来た。
「道新はConsadoleを強力サポート!」
よく見ると、 月刊コンサドーレのCMなのだが、
それでも、今、この時期に「強力サポート」の文字は、 とても嬉しく感じた。
もしかしたら、心が弱っているのかな?
そんなことはないぞ〜!www
コンサドーレに対する世間の風当たりの厳しさに、 ちょいと怒ってはいるけど。
2008年10月08日
今年の春には、磐田遠征を決めて、なら、観光は「飛騨高山」と、我がフクロウの杜旅行では計画していた。
夏の頃、 ミス飛騨高山が観光PRに来札したので、 パンフをもらいに行った。
一緒に渡されたタオルを、帰宅してよく見たら、帯に、 「これを観光案内所に持って行けば、観光施設の無料入館券を差し上げます」と書いてあった。
こんなことなら、3人で行くのだから、3人分もらっておくんだった!と思ったが、後の祭りwww
しかし、 高山の観光案内所のおじさんは太っ腹で、 ちゃんと3人分くれたのだったwww
これがいただいた「飛騨高山通行手形」と「観光施設入館無料券」
結局1枚しか使わなかったのだが、 残りが17枚もある。
また行きたい! せっかくなら、使用期限内に!と思う。
飛騨高山観光客誘致推進協議会の作戦は、大当たりかも!?
2008年10月08日
No.13 ドーレくんとお別れしてきました。
年齢や性別、経歴などを無視した形で、 故人は、私たちにとっては、ただただ「仲間」だったということを、葬儀という公の場で、 改めて、深く感じました。
斎壇には、花と葉で模したドーレ像が飾られていました。
故人がコンサの熱烈なサポであることを知っている花屋さんが、作って飾ったのだとお聞きしました。
花屋さんは、故人が「ドーレくん」というHNだったことなど知らなかったはずですが。
私たちコンサ隊隊員にとっては、 No.13ドーレくんとのお別れそのものであることが胸に迫り、 涙がこぼれました。
No.13ドーレくんのコンサを愛する心は、 これからも私たちコンサ隊とともにあります。
残った者たちは、 前を見て進むだけです。
2008年10月07日
5日の磐田戦 本当は行く予定だったんだけど とある自分の試合と重なっちゃって断念 コンサも惨敗だったけど、こっちも惨敗でした、、、(T_T) 何ていうか本当にコンサの状況ととてもよく似ていて 選手の気持ちが痛いほど分かったけれども こんな散々な結果に そんなに、というか全くへこたれてなく、全然落ち込みもせず このくらいで落ち込んでたら、コンササポなんてやってられない!! ・・・と思った私ってどんだけ、コンサに精神力鍛えられたんだ?(笑) 私の場合はしばら~~く試合はないけれども コンサはあるわけで またピッチに立たなければいけないわけで 負け続けるとそのイメージしか持てなくなるけれども 勝った時もあるんだからそのイメージを無理やりでも持とう!! 選手もサポもみんな歓喜してる、このイメージで
2008年10月07日
「去年はあんなに一枚岩で戦えたのに、 なんで今年はバラバラなんだろう」
そう思っているサポは多いのだろう。
私は去年聞いた王監督の言葉を思い出している。
「『一体感』は勝つからこそ生まれるんですよ。負けて『一体感』は生まれないものです」
去年は、コンサが勝っているときに聞いて、 なるほど…と思った言葉なのだが、 今年の方が身にしみる言葉だ。
絶大なカリスマ性を持っ王監督にして、 こうなのだと思うと、 コンサの現状は…
そうおっしゃった王監督も今年は成績不振で、 難しさを改めて実感されたことだろう。
チームスポーツの難しさを思う。 それは、楽しさと表裏なのだろうけれど。
2008年10月07日
10月からノースウェイブの朝の番組が変わった。
新MCはタックさん。
聞きなれた声を毎朝、ダンナさんを送った帰りの車の中で聞いている。
今朝は、その番組中に、これまた聞きなれた曲がかかった。 「joy to the world」
ドールズが試合1時間前ダンスのときに使っていた曲!
一昨年かな?
今年はアウェイドールズ参加を遠慮しているコンサ隊だが(コンサ隊としては、ガラガラスタンドの「賑やかし」のための参加だったので、アウェイ側B自由にもそれなりに人が入るようになった段階で撤退した)、 この曲のときは欠かさず参加していたなぁと、 懐かしく思い出した。
今年は、ドールズの勝利のラインダンスも1回だけなんだなぁと、思ったら、 すごく残念で悔しい感情が湧いてきた。
ホームゲームもあと3試合。
勝とうよ! 勝って、ニコニコしながら、 ドールズのラインダンスに、 ほい!それ!と声を合わせようよ!www
曲が終わっても、 タックさんの声を聞きながら、 そんなことを考えていた。
2008年10月06日
続けて その2です。
<10月5日>~~切れなかったもの~ 朝は5:30起床(私はもっと前から起きていたが) 早起きは「朝市」を見に行くためだ。 足の状態はシップが効いたようで、前日よりはるかに良い。良かった。 ホテルを出ると空気が冷たい。 昨日の札幌の朝より冷たいね・・・ 高山陣屋の前に着く。 近隣の農家のおばさんたちが集まって、手作りの農産物や漬物、小物などを売っている。 素朴な雰囲気。 ちょうどリンゴが収穫時期のようで、リンゴが並んでいる。 つきたてのお餅も出ていて、柔らかいからこのまま食べられると言う。 栗入りや十穀入り、豆入りなど、色々組み合わせたものがあり、 買うことにする。今日のおやつか?お昼か?www その後、朱塗りの橋を渡り、川沿いをゆっくり歩いて、もうひとつの朝市に出た。 こちらは川沿いに並んだ朝市で、こちらの方が活気がある。 見て歩くと、どれもこれも美味しそうに見える。 漬物を再び購入。荷物にして送れると思うとつい手が出るwww 途中の、リンゴの皮をむいて、切った形で袋に入れて売っているおばあちゃんを見つける。 おやつに購入。 ホテルへ戻る。 今日はもう、地図を持たずに歩いていることにみな驚く。 すっかり街の輪郭はつかんでしまったのだ。 もっと時間をかけて歩きたいね。。 良い街だよね。。。 機会があればまた来よう!! (岐阜での試合のときなら、もっと高山で時間があるはずだと話し合ったのは秘密だ・自爆) ホテルで朝食をとる。 部屋に戻り、チェックアウト。送る荷物をフロントに預ける。 軽くなったリュックを背負っていざ!ヤマスタへ。 高山駅から名古屋までの車中はトロトロと眠って過ごした。 名古屋で新幹線に乗り換え、浜松へ。 浜松から在来線で磐田へ。 さすがに階段などは足が痛む。 磐田の駅前からシャトルバスに乗って、ヤマスタへ。 バスを降りて、ぞろぞろをサックスブルーの人たちについて歩く。 駐車場の中からスタジアム方向へ歩くが、 スタジアムが近づいてくると、どうも雰囲気がAWAYの入場口に道が続いていないようだ。 前にいた赤黒人が係りの人に聞いて、引き返して来る。 やはりダメか。。 駐車場入り口まで戻る赤黒い人々。 駐車場の係りのおじさんが声をかけてくれれば良いのにね。。などとブチブチ言ってみるwww そこから広い道を歩いて、坂を下って、曲がって。。。やっとAWAY入場口だ。 バス停からはけっこうな距離で、 しかも、今は下った坂を帰りは上るのか? 足に不安のある私はちょっと絶望的な気分になる。 羽田経由で日帰り参戦のNo.4みちさんと合流。 みちさん情報では、 タクシー乗り場は坂の入り口付近にあり、早い時間だと乗れるだろうとのことだったので、 早めにスタジアムを出て、タクシーに乗ることに決定する。 ゴール裏はすごい混雑だ。 端の方に座席を確保し、昼食の買出しに行く。 掻き揚げ丼があるとの情報でそれを探すのだが、見つからず。 諦めない私たちは案内の女の子に尋ねるが、その子もわからず、 聞きに行ってくれる。 やっと聞いて来てくれた場所へ行くが、すでに売り切れ。 食料難民になっても大丈夫さ!お餅持っているもん!!と強気なコンサ隊。 結局、近場の売店で、それなりのものを買い込む。 No.4みちさんは座り席なのでそちらに移動。 席に戻ってそれを食べる。 お持ちもチラッと食べる。 さて、GKが登場。 近い!ゆうやんもぎーさんもこんなに近いのか・・ ゴール裏の感じは白恋のサテの試合より近いかもしれない。 選手たちも登場。一礼して練習開始。 ダヴィは1人残ってもう一度礼をして行った。 ダヴィコール。 試合は・・・ 今朝の道新に「清水戦もそうだが、サッカーの本場・静岡の、独特のアウェーの雰囲気に飲まれた感がある」と福田講平記者が書いていたが、 実は私も飲まれていたのかもしれないと、今になってそう思う。 なんだか、ふわふわした感じだったと言えばいいだろうか。。 座席が端の方だったためもあるのだろうか。しかも横に長い造りで。 中心部の声が聞こえないし、歌もずれるし。 どっしりした感じがないままに試合が進んで行き。 周囲でも「どうしたの。落着きなさい」の声があがり。 しっかり声は出し続けたものの、選手たちの慌てぶりが手に取るようにわかるだけに、こちらも苦しくて。 ハーフタイムに席を替えようということになる。 気分を変えよう!的発想。 ゴール裏の右側にいた私たちだったが、 今度は左端に移動。 そこは本当に端なのだが、前目の席で。 もっと選手たちの姿が迫って来る。 ヒロくんの苦しそうな表情が見える。 征也くんの足のテーピングが痛々しい。 ヒロくんの膝もすごいテーピングで、どれだけ無理しているのだろうと思う。 最後まで声を出す!歌を歌う!! でも、苦しいのだ。。 選手たちのしんどさや切なさが伝わる気がして、点を取られても、点を取られても、 怒りの感情は沸かなかった。 そして、ゲームエンド。 タクシー乗り場に向かう。 タクシーで磐田の駅へ。 色々な思いがそれぞれの胸の中に去来するも、言葉にならず。 静かに駅まで車に揺られる。 駅でNo.4みちさんと合流でき、 浜松へ向かう。 「今年の遠征は虐殺の遠征になったね」 「うん。仕方ないね。また頑張るさね」 浜松駅で、東京方面へ向かうNo.9支部長&No.4みちさんを置いて、 No.8ひろみさんと私は岡山へ向かうひかりに飛び乗る。 混雑していて立ったまま、名古屋へ。 暑くて汗だくなことに気づく。 セントレアに予定より1時間早く着いた。 駆け足でお風呂だと思っていたが、ゆっくりお風呂に入れる。 とにかく、今日のことはすっきり洗い流して、 元気になって、札幌に戻ろう! まだ試合は続く。意地を見せたい!! あがいてあがいて、最後まで戦ってやるぞ~~!! 気持ちの切れない私たちがいた。 夕食は「きしめん」。 高山のお餅まで入れて食べた。 さすがに人気が少なくなったセントレア。 搭乗口へ向かうと、選手たちを発見した。 ひっそりと息をひそめている感じ。 そうだよな。苦しいよな。。と思う。 飛行機に乗り込むと、周囲はサポさん&選手たちばかりだ。 サポさんのお隣に選手という状況もありだ。 静かに本を読んだり、新聞を読んだりしている選手たち。 マーカスは小さなDVDプレイヤーで映画を見ていた。 その中で、フライトの最初から最後までご陽気だったブラジリアン3人組。 ひとみさん的分類によると「マフィア」のクライトン。 3人は、どこから見ても「マフィアの親分と若頭と鉄砲玉」だったwww 何がどうしてあんなに楽しそうなのか、まったくわからないのだが、 3人がとても仲良しなのはわかった。 それは良いことなのだろう。 だが・・・ 他の選手たちとの温度差が垣間見られたような気もして、 ちょっと複雑だった。 無事千歳空港に帰り着き、 JRに乗っていると、 No.2隊長からメールが届いた。 No.13ドーレくんの訃報だった。 ふたりで一瞬言葉を失くした。。。 そして、思い出話をした。 たくさん話して、 最後に「元気でいつまでも試合に通えるようでいようね!」と言い合った。 札幌に着いた・・・・
よろしければご覧ください。
2008年10月06日
人生色々なことがあるなあ。。と思っている今ですが。 ともかく、恒例の遠征記。 これは記録としての意味合いがあるので、書き残しておかねば。。。 まずは、4日のこと。 例によって長くなるので畳みます。
遠征1日目<10月4日>~切れたもの~ 7:25、新千歳空港でNo.8ひろみさんと待ち合わせ。 今回のジュビロ遠征は本来なら大人数でのツアーになるはずだったのだが、 種々の事情から結局、札幌から私No.1 代表:くーとNo.8ひろみさんの2人だけが行くことになった。 No.9支部長とは名古屋で合流予定。 飛行機は無事にセントレア空港に到着。 実は、今回のツアー、まずは「セントレア空港に行ったことがないから、そこを利用するツアーを組んで欲しい」というリクエストから計画されたものなのである。 到着したのが9:50頃で、比較的早かったためか、 セントレアは静かだ・・というのが第一印象だった。 名古屋までの名鉄の特別快速の乗車まで時間にゆとりがあったので、 チラチラと見学する。 4階に「展望風呂」があることは事前調査済みだったが。 (と言うより、「セントレアを利用するなら、お風呂に入れるようなツアーを組んでね」と最初からリクエストに入っていたwww) お風呂の施設の中にお食事ところもあることがわかり、 帰りは早目にスタジアムを出て、ここでゆっくりしようと確認しあった。 さて、名古屋駅まで名鉄で30分弱。 名古屋駅の待ち合わせ場所として有名らしい金の時計前でNo.9支部長を待つ。 「『金』と言うところが名古屋らしいよね」とわかったようなわからないような会話をしながら・・・ (実は「銀の時計」も反対側の入り口にあるらしい・・) なかなか出会えず。 電話で確認しあうと、すぐ目の前にいたのには大笑いだった。 続いて、昼食の買出しに駅直結の伊勢丹のデパ地下に行く。 始めはそれぞれがお弁当を買うつもりで物色していたのだが、 「天むすもある!」「ひつまぶしもあるよ!」「まつたけご飯が良いなあ」と目が迷っているうちに、 「色々買って、みんなで分け合って食べれば良いんじゃないの?!」ということになる。 小分けして食べるはコンサ隊の得意技なのだ! ということで、 天むす・ひつまぶし・一口かつ・まつたけご飯・お惣菜諸々を買い込む。 その上、「ね!ういろう買ってデザートにしよう」ということで、秋限定ういろうなるものも買った。 食べ物に対してはいつだって貪欲なコンサ隊であるwww 名古屋駅からJR特急に乗って飛騨高山を目指す。 「静岡の試合に行くのに、何故に飛騨なの?」とNo.9支部長の母上は目が点になったようだが。。 「ほら!道産子の距離感って特別だから・・・」とNo.9支部長は答えたらしいwww この話はツアー中時々出たのだけれど、 つまりは「空港を基本に発想する」ことから来ているのだろう。 <名古屋空港から行く観光地>という視点で考えると、 飛騨高山はなんの不思議もなく考えつく場所なのだ(爆) ということで、飛騨高山まで2時間半ほどの列車の旅。 車内はほぼ満席。 私たちは何はなくともまずは「腹ごしらえ」だ(爆) 買ってきた名古屋名物の数々を広げて、食べ始める。 途中、車掌さんがチケットの確認にやって来たのだが、 「うーーん。そこに置いてあるから勝手に見て!な気分だよね」 まさか、そんなことはしなかったが。 美味しいねえ。。うん、思ったよりいけるね。。 と大満足で、昼食終了のはずだったが。 デザートの「ういろう」を「ちょっと見てみるね」と広げたNo.8ひろみさん。 No.9支部長と私がゴミを片付けて、ふと目を上げて見ると、 指を口にくわえているNo.8ひろみさんの姿が目に入った。 「だって、指についちゃったんだもん」と・・・ 大爆笑。。。笑って笑って・・・涙を流して笑った。。 結局、そのまま、デザートタイムになったのは、自然の流れだった。 気づくと窓からの風景は、市街地を離れ、竹林や茶畑や、渓谷になっていた。 列車はずんずん山の奥に進んで行くのだ。 車掌さんのアナウンスが、時々、窓外の景勝を紹介する。 しかしながら、私たちは目がトロンとして来ており、 ちょっとウトウト。 下呂温泉に到着。 すると、車内の人々がゾロゾロと降りて行く。 結局、8割がたの人たちが降りてしまった。 「高山に行くんじゃないんだね。。」 「下呂温泉に行くのが目的だったんだ。。。」 とビックリした。 列車はもうすぐ高山に着く。 ウトウトしていたNo.8ひろみさんが目を覚まして、ビックリしている。 「どこ行ったの?みんな」 「下呂温泉で降りちゃったんだよ。。みんな」 「へえ・・・・」 高山到着。 すぐにホテルに荷物を置きに行く。 駅に戻って、観光案内所に寄る。 以前、ミス高山が札幌に観光PRに来たときにもらったパンフに、これをもって行くと、「観光施設入場料が無料になる通行手形」をもらえると書いてあったのだ。 「1枚で良いのかい?」と案内所のおじさんが聞くので、 「1枚しかもらえなかったんだけど、3人いるんです・・札幌から来たんだけど」と言ってみる私。 「そうかい!じゃあ、3枚あげるよ」とおじさん。 「来年の3月まで使えるから、またおいで」 え~~!!言ってみるものだ。。 手に入れた通行手形と無料券の綴り。 よく見ると、高山の観光施設のほとんどが網羅されていて、 全部行くと、たぶん、5~6千円分くらいになるものだった。 まずは、「飛騨の里」という、古い民家を集めた野外の民俗村へ行くことにする。 バスターミナルで、バスを待つ。 No.9支部長がチケットを購入しようとしている最中に、バスがやって来た。 慌てて呼びに走った私。 走り出した瞬間にブチっと切れたものがあった。 左大腿筋。。。。 数日前からちょっと違和感があって、無理はしないようにしていたのだが、調子が良くなったので、忘れていたのだ。 それが、一部切れたに違いない。。 痛い・・・・が、 どうしようと思う暇などなく、そのままバスに乗り込む。 足を上げると痛みが走る。。 うーーー。まずい。大丈夫か私? 座席に座って、痛みのある部分を確認する。 痛い部分は本当に1部分だし、座っていれば痛みはない。 「飛騨の里」に着く。 そろそろと歩き出す。 うん。なんとかいける! 平坦なところを歩く分には、なんとかなる。 問題は足を上げたり下ろしたりするときだ。 痛みが走るが・・・ 池を真ん中に周囲の山肌に合掌造りの民家などがぐるっと移築されている飛騨の里。 見て回る。気をつけていればなんとか大丈夫だ。 ただし、民家の家の中の見学など、階段を上がったり降りたりするのは、ちょっと不安があるので、外でふたりを待つことにした。 (実は、十数年前に1度見学したことがあるのだ) まだまだ見て回る所はあるのだが、そろそろ街に戻らねば。。ということで、施設を出る。 さて、タクシーで・・と思うのだが、タクシーの姿は見当たらず。 どうする? とにかく、バス停まで戻ると、ちょうどそこへ駅へ向かうバスがやって来た。 バスに乗って、駅まで戻る。 駅からは古い町並みが保存されている地区へ。 テクテクと歩く。 「大丈夫?」とふたりは心配してくれるが、平坦な道ならほとんど問題はない。 名もない細い道を抜けて行ったのだが、そこですら、なんとなく良い雰囲気が感じられて嬉しくなる。 商店街の一角に漬物屋さんを発見。 お土産を買う時間的余裕は今しかないということで、寄って見る。 お土産の菓子類も置いてあり、あれこれ試食してみるのだが、 美味しそうに感じるものは「漬物」で、 ところが、漬物は持ち歩くには重過ぎるわけで。 「送ってもらうことにしようか?」と話していると、 店主が「他にも送るものがあるなら、明日の朝ホテルまで取りに行って、一緒に送ってあげますよ」と言う。 荷物も一緒に? 頭の中に明日は使わない洗面道具とか着替えたものとかが浮かぶ。 それを出したら、明日のリュックは軽くなるぞ。。。 では、決定!! 私とNo.8ひろみさんさんの荷物を1つにして送ることにした。 それならば、あれもこれも・・・と、 買い物スイッチがはいってしまった私たち。 店主さん、お商売上手!! さて、買い物もすませ、街を歩く。 丸絞りの桃ジュースが名物らしい。 「飲んでみる?」 「夕食前だよ・・」 「1杯を3人でなら・・」 あくまで食べ物に貪欲なコンサ隊www ジュースが出来るまでの間、向かいにある薬局へ行って、シップを買い求めた。 気休め程度でも今夜はこれ以上悪くならないように、今夜はこれを貼って寝ることにする。 美味しい桃ジュースを飲んで、いよいよ保存地区だ。 少しだけ黄昏て来た空の下に立ち並ぶ古い家並み。 なんとも言われぬ佇まいだ。 民芸小物の店や春慶塗りの店、味噌問屋、せんべい屋、などが、 その雰囲気を盛り上げる。 あっちへ寄って、こっちへ寄って・・・ そぞろ歩き。 思わずニコニコしてしまう私たち。 足の痛みも忘れている私。 保存地区を端まで見て歩くと、すっかり暮れて来た。 が、まだお夕飯には早いだろうということで、 ちょっと離れたもう1つの保存地区まで歩く。 こちらに着いたときには、もう薄暗闇になっていて、 軒下の電燈がまた風情をかもし出している。 もっと早い時間だったら古い家の中を見せてもらえたのに、残念だった。 さて、再びテクテクと歩いてホテルに戻る。 途中、夕食にしようということで、居酒屋に寄ることにした。 お座敷に通してもらったのだが、混んでいて、なかなか物が出てこない。 お運びをしているお兄さんが走って回っているのだが、 「すみません!すみません!!」を連発している。 「彼は今日何回『すみません』を言うことになるのだろう」などと話していたら、 彼いわく「他の店からヘルプに入ったんですけど、ヘルプになってませんよね、すみません」 爆笑・・・ 高山は山の中の街なので、トマトとか枝豆とか豆腐とかは地物。 飛騨牛は特産物。 海産物は日本海からのものになるようで、 富山産とか石川産とかだ。 「静岡産の小女子としいたけの掻き揚げ」があったので、喰らっておいた。 さて、大満足して、ホテルへ戻る。 ここは9月9日にオープンしたばかりのホテルで、オープン価格で泊まることができたのだ。 デラックスツインを3ベットにして泊まる。 最上階にはなんと展望温泉がある。 温泉はコンサ隊の遠征には欠かせないアイテムなのだ。 温泉につかり、湯上りにはシップを貼る。 明日のスタジアムでは問題なく動けますように。 出発前に状態が良くないと聞いていたNo.13ドーレくんは、 どうしただろう?と3人で話ながら、眠りについた。。
2008年10月06日
昨夜、帰路の空港からのJRに乗っているとき、 1通のメールが届きました。 訃報でした。 コンサ隊No.13 ドーレくん 7月に病気がみつかり、闘病生活を続けていたのですが、 奮闘かなわず、昨日の夕方、帰らぬ人となりました。 続く・・・
コンサ隊の常勤隊員の中では、最年長で。 隊員たちの父親のような存在(実際にNo.2隊長の父上でもある)で、 頼りになるボス。 優しくて、温かくて、やんちゃな隊員たちを大きく包んでくれる方でした。 闘病中、参戦はできなくとも、常にコンサドーレのことを心配し続けてくれていたそうです。 なのに、闘病中、1度も勝利を知らせることができないままになってしまいました。 無念です。 今年は、3月の開幕戦の鹿島に「フクロウの杜旅行社ツアー」で一緒に遠征し、 あんこう鍋をつつき、梅の偕楽園を散策し、納豆定食を食べ、たくさんのことをおしゃべりしました。 5月の函館遠征にも一緒に行き、 恵山のつつじ山で道に迷って歩き回ったりもしました。 「谷地頭温泉にも入ったし、朝市の海鮮丼、やきとり弁当も食べたし、 今まで函館に試合に来ても体験できなかったことを全部やれて、楽しかった」と、 大雨の中の敗戦ツアーだったにも関わらず言ってもらいました。 今回のジュビロ遠征も、一緒に行くはずでした。 しかし、かないませんでした。 なんとか、勝利のご報告をと思って旅行中を過ごして来ましたが、 それが出来なかったことが本当に心残りです。 残された隊員たちの想いはただ1つです。 No.13ドーレくんの分も、 コンサドーレを愛します。 コンサドーレを応援し続けます。 いつの日か、 <野望>の「J1制覇」をご報告出来るように。 どうぞ、安らかにお眠りください。 私たちはNo.13ドーレくんの笑顔をいつまでも忘れません。
2008年10月05日
千歳に着きました。
機内は、選手、サポが入り交じって座っており、 右を見ても左を見ても、前を見ても選手たち。
クライトン、アンデルソン、ダヴィの3人は、 ずっと、ニコニコとしゃべりまくりでした。
陽気なブラジリアンたちのものすごく楽しそうな様子に、 今日あったことを忘れました(爆)
これから、自宅へ戻ります。
2008年10月05日
空港内にある「風の湯」で汗を流しました。 癒されたぁ…(*^^*)
無念さも一緒に流したので、 また前だけ見て進むことにします。
とにかく、勝ち方を思い出さなくちゃ!
同じ場所でお夕飯も食べることができるようなので、これから、ちょっとだけ飲んで、たくさん食べて、英気を養うことにします。
空港内でこんなにまったりすると、 帰るのを忘れそうです(((^^;)
2008年10月05日
それでも試合は続きます。
意地をみせたい!
次はホーム。 力を振り絞って、 戦わねば!
とりあえず、今日は帰りの飛行機の時間までゆっくりすることを考えています。
2008年10月05日
名古屋へ向かう車中から、喰らうシリーズを!
まずは、 「しょうか葛湯」 掛川の銘菓です。 お湯に溶かして飲みます。 前回磐田に勝利のときも喰らったので、今回も!
今朝、朝食のときにいただきました。
「駿河湾産さくらえび」 こちらは自宅にて金曜日に。 乾燥さくらえびを買いに行ったデパ地下で、 たまたま生のさくらえびを売っているのに遭遇したので。
ささがきごぼうとあわせてかき揚げにして、 温かいウドンにのせていただきました。
おまけとして…
昨夜の高山の居酒屋でも、「静岡産しらすとしいたけのかき揚げ」も、 しっかり喰らっておきました!
2008年10月04日
高山の古い街並みを散策。 雰囲気を満喫しました。
ただいま、居酒屋で夕食中。
海産物は日本海からやってくるようです。
石川産ののどぐろの煮付けは絶品でした。
富山産の越後カレイの唐揚げも美味しくいただきました。
2008年10月04日
飛騨高山を目指しています。
昼食は車中。
ということで、 名古屋駅のデパ地下で、 名物を買い揃えました。
「ひつまぶし」 「みそかつ」 「てんむす」 「まつたけごはん」 「おかず諸々」 デザートに「ういろう」
みんなで少しずついただきました。
うー、大満足!
2008年10月04日
おはようございます。
遠征に出発します。
例によって、我が「フクロウの杜旅行社」は、 試合の他に、観光、温泉、グルメ、てんこ盛りのツアーです(*^^*)
そのようすをこちらにアップしていきますので、 興味と関心、お時間のある方はお付き合いください。
JR車中にコンサポスターを発見。 幸先が良いような気がしますwww
では、行ってきます!
2008年10月03日
今日になって、 天気予報が変わったようです。
傘マークが現れました。
今年のコンサのアウェイは、雨が多いですよねぇ。
うむ。
自他ともに認める「晴れ女」の私が行きますよ!
晴れとはいかなくても、 なんとか雨は避けられますように!!
2008年10月03日
明日は遠征に出発します。 あちらの気温を眺めて、何を着て行ったら良いものか。。と悩むことしばし。 で、ふっと、思いました。 コンサドーレサポになって、私のファッションもすっかり変わったなあ・・・と。 それまでの私は、パンツ姿などありえない完全なるスカート派で。 どちらかというと、フェミニンな感じのファッションをしていました。 それは、高校生の頃からずっと変わらず、ウン十年の間そうだったわけです。 それが、体型的にも自分に合っていると思っていたから。 なのに・・・ 試合に通うようになると、スカートじゃ不便。 やっぱりパンツで行くのが一番!となり。 そうなると、上に着るものもカジュアルなものになって行き、 買い物に行って、目がいくのも、試合に着て行くのに良い服になって行き。 今じゃ、すっかり、パンツ大好き・カジュアル万歳な人になってしまいました。 昔の私を知る人は信じられないようです。。。www ウン十年変わらずに来たファッションの嗜好まで変えるなんて、 Footballってすごいですよね。。。(#^.^#) さて、遠征荷物を作らなくちゃ!! どうしようか・・まだ悩んでますが。。。
2008年10月02日
コンサドーレに関しては、 ポジティ部 部員な私なのでwww、
勝てない試合が続いたって、 めげないし、凹まないし、諦めないし!
でも、昨日から今日にかけては、 すごくブルーだった。 胃が痛くなるし。
原因は…
PCトラブル(--;)
何しろ、機械に疎く、 完全なる非理数系な私。
なのに、我が家では私しか直す人がいない。 σ(^_^;)?
仕方がないから、 あちこちに助けを求めて、なんとか解決していくのだけれど。
取り組むには、決意が必要! で、その前は、決まってブルーな気分に襲われる。
うむ。 こういうことが得意な人がそばにいたら良いのになぁ… と、 PCトラブルのときは、 いつも思う。
(ダンナさんには内緒だけどねwww ここに書いたらバレちゃうな…)
2008年10月02日
ダヴィが帰って来た。。 どうも、あちらさまのもろもろに振り回されたってことのようで。 「良いよ。戻って来たなら、全力で戦っておくれ! 札幌のために、力いっぱいやって、 びしばしゴールを決めておくれ」 と思ったのだけれど・・・ 一番心配だったのは、スタッフや選手たちがどう思っているかだった。 大事なときにいなくなったエースを、どう迎えるかだった。 今朝のニッカンには「札幌が好きなようだし、暖かく迎えたい」との監督の言葉が載っている。 道新には「無断ではなく、あいさつしてからカタールへ行ったダヴィは紳士的。暖かく迎えるだけ」との監督の言葉。 選手たちはどうなのか? マーカスのブログのダヴィ。 そして、マーカスの言葉。 (マーカスって、ブログを見ていると、人間的に良いやつなんだと思う・・) 謙伍くんのブログのダヴィ。 ここには、ダヴィが仲間でいあることを変わりなく受け入れている様子が見える。 選手たちの全員が同じ気持ちかどうかはわからないけれど・・・ 少なくとも、ダヴィは 「今まで通り接し、普通に受け入れてくれた」(ニッカン)と思ったらしい。 そうか・・君たちがOKなら、もう、何の問題もないね。 一緒に、勝利を目指して戦って行こう! それだけ! うーーん。ヤマスタでのダヴィハットトリックを期待しちゃうぞ!!!
2008年10月01日
「諦めない」何を? ここ数週間の間、ずっとそれを考えていた。 「残留を諦めない」それが一番明確な答えなのだろうけれど。 もしも、「残留できない」ことが決まったら、 じゃあ、私は「諦めるのか」?と自分に問うと、 答えはやはり「諦めない」なのだ。 次の試合もまた、今までと同じにゴール裏で声を枯らしながら、 勝利のために歌うし、 戦うことを選手に求めると断言できる。 私が諦めないのは「残留」では、ないのではないか。。 勝利を欲することを諦めない。 戦うことを諦めない。 コンサドーレを諦めない。 そうなのだ。 きっと、そうなのだ。 コンサドーレを愛して、 コンサドーレと共に歩いて、 コンサドーレと共に喜怒哀楽を味わって、 コンサドーレの未来を諦めないのだ。 「日本一諦めの悪い集団」 これは決して<今だけピッタリ>なんてものじゃない。 主力選手の引き抜きや、 巨大な赤字や、 不祥事や、 他からの侵略や、 降格・最下位や、 経営危機や・・・ どんなときだって、 コンサドーレを諦めなかった。 コンサドーレの未来を諦めなかった。 だから、 今までも「日本一諦めの悪い集団」だったし、 これからもきっとずっとそうなんだと思う。 エンドラインに向かって転がっていくボール。 間に合わないかもしれないが、諦めたくない。 なら、全力で走るしかない。 すると、足が届くかもしれないじゃないか。。。 数センチで届かなかったとしても、 「ナイスチャレンジ!!」と誰もが言うだろう。 「諦めない」は「チャレンジ」に繋がっているんだ。 そのナイスチャレンジはいつか、チャレンジではなくなり、 当たり前のプレイになり、 当たり前に追いついて、 当たり前にナイスクロスになるに違いないのだ。 「諦めない」は「スタンダード」にたどり着くんだ。 行こうぜ!諦めずに!! 駆け続けようぜ!!諦めずに!! あらためて思う。 個人の平凡な人生の中ではとうてい味わえないであろう喜怒哀楽の数々を味わわせてくれるFootball。 しかも、その想いが私個人のものではなく、 同じ想いを共有しているたくさんの人たちがいるということを実感する日々。 励ましたり、力づけられたり。 共に憤ったり、共に泣いたり。 なんて素敵なんだ。。Footballのある生活。 ~~~~~~~~~~~~~~~ 「諦めない」について笹姐さんが書いています。 [[ 「信じたいと思うものがそこにあるので」|http://sasakei.seesaa.net/article/107338728.html]] こちらもどうぞ。。
2008年10月01日
ダヴィ、練習に戻ったんだ?! 一昨日、見かけて、オフ明けには練習していたりして。。。と書いたら、 その通りになりました。。ビックリ。。。。 コンサ公式 交渉が不調に終わったってことでしょうか? それとも、正式に決まるまで時間がかかるなら、まだコンサの選手なのだから、練習はきちんとするように!ってことでしょうか。。。 うううむ。よくわからない。。。 迎え入れる選手・監督・スタッフはどんな感じなのかな。。。 どうせいなくなるんだろと白けてます? それとも、お~戻ったか。。と歓迎ムード? もしかしたら、日曜日のジュビロ戦、ダヴィ復活なんてことがあるのでしょうか? 今回の移籍が不成立になったりしたら、ありますね。 このまま、ダヴィがエースの座を守ってリーグ戦を最後までとなるのだし。 成立はまあ確かだろうがまだ時間がかかる場合、 最後の勇姿・最後のご奉公を・・なんて・・そういう感じで出す? それとも、これからいなくなる選手は使わない? 成立か否かまったくもって不明で先が読めないときは、 どうします?? 監督の判断でしょうねえ。。 とにかく、目先の試合に勝ちたいとなれば出す・・・・かな? それとも、気持ちの切れた選手はいらない・・・・かな? この話、出てくるのも唐突だったけれど、 終わるのも、なんだか先が読めませんね。。 三上強化部長の心中、お察しします。 もちろん、監督の心中も・・・(^_^;) で、めんこいダヴィの心中は??? ~~~~~~~~~ 帰って来ましたね!正式に。 なんだかオイルマネー&代理人にかき回された気がしますが。 ダヴィも人生勉強になったでしょうwww 一昨日、宮の沢でダヴィに会ったときに、 なんとなく、帰って来るのかな。。と思ったのですが、 当たってましたね。。。 ダヴィも死に物狂いで頑張ることでしょうし、 私たちも、大好きなダヴィが戻って来た事を素直に喜んで、 共に戦い続けて行きましょう。 ダヴィダンマクがまた登場だわ(^_^)v
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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