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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2008年09月23日
今季、ニッカンはコンサの記事が大きく取り上げることが多く、 しかも「応援目線」を感じる記事が多かった。
ニッカンといえば、 N記者の腹立たしい記事の印象が強かったので、 ???と思い、 記事の署名を確かめると、Iという記者氏だった。
記者氏が変わると、 こんなに印象も変わるものなのだなぁと、 改めて思っていた。
何日か前、 あれ?と思う記事が載った。
すっかり降格が決定したかのような、 「応援目線」の感じられない記事。
署名を見たら、 N記者だった。
戻って来たのか?
そして今日。
ニッカンの見出しは
「札幌DFも断裂」
('Д`)
この書き様はなんなんだ!
内容的には、箕輪の怪我とDFに怪我の多い苦しさだから、普通だと思うが、
この見出しにはあきれる。
ちなみに今日の記事に署名はない。
ニッカンのスタンスは、 どこにあるのだろう。
そんなことを思う昨今である。
2008年09月23日
嘆きの中で試合の日を向かえました。
が、嘆くのはもう止め!
やるしかない!
試合に出られることを喜びに感じて、 精一杯走り回ってほしい! 現地参戦のみなさま、 どうぞよろしくお願いします。
今回喰らったのは………
「湯布院プリンどらやき」これは前回対戦のときにも喰らいました。
「ゆずもろみ」 新しく発見! 朝食に、きゅうりに付けて喰らいました。 美味しい!
さあ、 あと、4時間後には試合が始まります。
勝利を我らに!!
2008年09月22日
みのさんの怪我の診断が下った。
「右足腓腹筋腱断裂」
全治3〜4ヶ月。
昨日、現場で崩れ落ちる瞬間を目撃したから、 軽い怪我とはどうしても思えず、 覚悟はしていたつもりだった。
それでも軽い怪我でありますようにと、 藁にもすがるような気持ちで、 診断結果が出るのを待っていたのだが。
覚悟していたとは言いながら、 この診断の残酷さに、涙が出る。
本当に、今年、私たちに、神様は、 味方してくれないのだと思った。
みのさん、 コンサに来て、ろくなことがなかったと、 思わないでください。
私たちはあなたの気迫とか、涙とか、 色々なことを忘れないし、できることならば、 怪我の癒えたあなたと、また一緒に戦いたいと思っています。
試合は待ってくれません。みのさんなしで私たちは戦っていかなくてはなりません。
私たちはそれでも前に進まなくてはなりません。
怖れるものなど、 もうなにもありません。
全ての力を合わせて、 ただがむしゃらに!
2008年09月22日
土曜日の千葉戦に間に合うように、 ゲーフラを作ったことは既出ですが。 金曜日には出し惜しみしたのでwww 今日はお披露目を。。。気持ちを伝えるメッセージゲーフラにしようと思い、 どんな文字が良いか。。と悩みました。 結局、今の私の気持ちそのものだということと、読みやすいということで、 この 「前へ」という文字になりました。 選手バスを迎えに行ったとき、 No.7事務局長とふたり、このゲーフラを掲げました。 これが初お披露目。 選手たちがピッチ練習に出てきたときも 「厚別の歌」を歌いながらこのゲーフラを掲げました。 選手入場のときは、USさんの演出があったので、自粛しました。 勝利という結果は得られなかったけれど、 選手たちは「前へ」と最後まで戦ってくれたので、 ゲーフラを作って良かったと自己満足しています。 参戦できる試合には、またこのゲーフラを掲げたいと思っています。 (磐田遠征にも持参予定です)
2008年09月21日
昨日の試合で、カズゥが投入されるとき、 交代は平岡だった。
ひとり少ない状況で、 しかも追加点をとられたあとだったから、 前目に使って、 後ろは3枚にするのか、と、 思ったりもしたが。
マーカスが右に回って、カズゥは左SBに入った。
そして思いきりの良い攻撃参加をみせて、 ワクワクさせてくれた。
どう見ても攻撃的選手であるカズゥのDF配置に驚いた人も多かったようだが。
私としては、違和感も戸惑いもなかった。
実はカズゥも戸惑いを感じることなくプレイできたのではないかと思った。
なぜなら、昨年から今年にかけて、 カズゥはサテライトの試合で、DFラインにいることがしばしばだったからだ。
カズゥは守備の勉強中なんだな、 私はそう思って見ていた。
サテライトの試合の最初の頃は、 それでもやはり攻撃参加したくて、したくて、 すぐに上がって行ってしまい、 後ろがスカスカになったりしていた。 (ただでさえ、サテライトの公式戦以外は1人少なくて、後ろは3枚だからなおさらに。)
CBの選手(池ちゃんのことが多かった)や、 GKに、 「カズゥ!下がれ!」とか、 「カズゥ、後ろつけ!」とか、 よく叫ばれていた。
それでも、今年は、 上がって行くタイミングが良くなったようで、 あまり下がれ!下がれ!と言われなくなっていたし、前半はDFラインにいても、 後半はボランチに使われたりするようになって来たのだった。
学ぶということに、 無駄はないなぁと、 昨日のカズゥを見て思った。
今日、江別の北電グランドで、 必死に駆け回っているヤスくんやしゅんくんを見ながら、 その背中に、心の中から声援を送った。
2008年09月21日
ロングボールにぎーさん飛び出すも、ボールに触れず、そのまま決められ失点。(゜ロ゜;
結局1-1で終了。
後半途中、 みのさんが、負傷。 担架で運び出されました。接触プレイではなかっただけに、心配でたまりません。
ただただ大きな怪我でないことを祈るのみです。
2008年09月21日
正直なところ、昨日の試合の観客はいつもより少ないのだろうと試合前は思っていた。 チームはずっと勝っていなくて、 逆マジック点灯なんて記事が新聞に出ていまい、 「コンサドーレの今年の戦いはもう終わり」なんて雰囲気が、 巷にはぼんやり漂ってきていて。 私を含めて、諦めない気持ちのサポーターはたくさんいて、 最後まで戦い続けるんだ!と強い気持ちを持って試合に向かうサポーターたちも多い。 そういうことも良くわかっていたが。 今回、あちこちのブログを拝見していると、 仕事で・・用事で・・・体調不良で・・・ 気持ちはあるのに、どうしても参戦が出来ないというサポさんがなぜか多いようだったのだ。 我がコンサ隊を振り返っても。 種々の理由から、参戦不可な隊員が続出して、 私とNo.7事務局長の2人だけの参戦になってしまったし。 2人だけの参戦、これはここ数年来なかったことだ。 ところが、 昨日、実際に厚別にいた人は9000人を越えていた。 (ジェフサポさんたちもたくさんいたけれど) 「苦しい状況にある我らがコンサドーレに、 なんとかして力を与えてやりたい」 そう思って厚別にやって来た人々がこれだけいるんだ。。 そう思えることは、とても頼もしいことだった。 選手たちも同じように「頼もしく」思っていてくれるのだと思う。 ヨンデ選手は自身のブログにこう書いている。 「前回の試合で痛めたふくらはぎの具合が良くなく、試合メンバーに入らなかったのですが、観客席から感じた厚別競技場の雰囲気に感動しました」 池内選手もこう書いている。 「この状況で試合に応援に来てくれている事の方がとてつもなくプラスになりました。」 結果が手に入らずに、 苦しいし、悔しいし、厳しいし。 でも、とにかく、選手たちに気持ちを伝え、力を与えるために、 たくさんの人を現場に集めたいと、 あらためて思った。
2008年09月20日
あんなに選手たちは頑張っていたのに。
絶対に勝つんだと最後の最後まで思っていたのに。
勝利は、私たちのものにはならなかった。
あと少し。 あとちょっと。
なのに………
去年は、 大伍の秘密兵器ゴールとか、 謙伍のロスタイムヘッドとか、 暑い京都での逆転とか、 勝利の女神が確かに私たちに微笑んでくれたと、 そう思う瞬間が幾度かあったのに。
今年は、 なにか邪悪な力が私たちの勝利を取り上げてしまうようにすら、思える。
だが。
たとえ邪悪な力にだって負けない強い気持ちを、
私たちは持ち続けて行くのだ!
今日がダメなら、次。
もっと強く、もっと激しい想いをぶつけていくのだ。
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