カレンダー
プロフィール
OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
最新のエントリー
月別アーカイブ
リンク集
カテゴリー
コメント
検索
2008年06月13日
携帯のコンサのサイトの新着情報に、 「深友 出会い1=『ごあいさつ』 なるものが出てきて、ビックリ! クリックしてみたら、 深友さんこと、U-18深川友貴コーチのごあいさつが!! 読み進めていくと・・・・ なにやら、これから連載が始まるそうな・・・ へえ。。。。 新しいブログが始まるんだ!と思って、さっそく、 オフィシャルブログを開いてみました。 どこにもそんなことは書いてないし・・・あれ? スタッフブログにも、 スペシャルブログにもない・・・ 不思議に思って、もう1度携帯の深友さんの文章を読み直したら・・・ 『携帯コラム』 と言う言葉が出てきました。 そうか・・・ これって携帯コラムだったのか・・・ だから、ブログには載ってないんだ・・・・ と認識。 ほほう・・ 携帯サイトは有料ですから、 そこでしか読めないコラムもありですね。。。 ということで、深友さんのコラムに興味のある方は、 ぜひとも、携帯サイトに入会くださいませ。。
2008年06月13日
昨日、にぃにぃの8ヶ月検診でした。 おかげさまで順調で、「肌きれ~い」「色白ね~」 と保健師さんや栄養士さんに言われ、にぃにぃもニコニコ。 もう少量の調味料ならOKといわれたので、 食べるものの世界も広がるな~(^^) そして、町の図書館から絵本を2冊いただきました。 「Bookstart(ブックスタート)」 1992年にイギリスで始まる。 すべての赤ちゃんの周りで楽しくあたたかいひとときがもたれることを願い、 一人ひとりの赤ちゃんに、絵本を開く楽しい体験と一緒に、絵本を手渡す活動です。 ということで、日本でも2000年から活動が始まっているそうです。けっこうこの町は子育て支援に力をいれているので、 医療費は中学生まで無料!だし、町外で入院したときも 申請したら入院費を援助してくれると聞いてびっくりしたものですが、 いや、ありがたいです本当に。 次の検診はもう1歳かと思うと月日の早さにビックリ(*_*;
2008年06月13日
ブログ開始以前のコンサ隊の活動を語ろうというシリーズwww 今日は<思い出の一品>その2です。 今日の品は 「特製 応援はちまき」2002年秋作製。 J1定着をめざしたものの、成績は上がらず、 ○谷監督の解任、イバンチェ監督の招聘・辞任と、混迷を極めたこの年。 なんと言っても、ショックだったのは、 コンサの期待の☆であった、山瀬選手の大怪我による離脱でした。 2002.8.17の試合中の出来事。 あのシーンは今でも脳裏に焼きついていて、忘れることができません。 悪夢を振り払うために、何かを作ろうと、 考えて作ったのがコレでした。 「La vittoria ci arride」 イタリア語で「勝利は我らに微笑む」と刺繍しました。 実は、この文章が刺繍してある赤い布地の外側、右下の部分に、 「No.10」が白い糸で刺繍してあったのです。 大怪我をして離脱してしまったNo.10山瀬選手の分も頑張ろう!という意味でした。 それが・・・ J2降格が決まったあとのオフに、 山瀬選手の「移籍」が発表になりました。 しかも、その移籍先が「浦和」で。 あのころ、まだ、「掌中の玉を手放す」ことに不慣れだった私。 悲しくて、涙がポロポロ出てしかたなかったあの日。 「はちまき」のNo.10の刺繍を取り去ったのでした。 ほろ苦い思い出の品です。
当時、Jリーグは「スヌーピー」と契約があったようで、 コンサバージョンのスヌーピーが売られていました。 Tシャツもありましたね。 そういえば、スタジアムで初めて着た赤いコンサグッズは、 「スヌーピーTシャツ」でした。
2008年06月12日
そんな記事が載ってました。 1位 クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル) 2位 ティエリ・アンリ(フランス) 3位 ファビオ・カンナバロ(イタリア) フレディー・リュングベリ(スウェーデン) だそうですが・・ うーーーむ。 画像で見比べてみるかな・・www ロナウド:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%83%89 アンリ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AA カンナバロ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%93%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%AD リュングベリ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%99%E3%83%AA うーーーむ。評価に苦しみます。。。(--〆) いい男の基準が、日本とヨーロッパじゃ違うような気もします。。。 クリスティアーノ・ロナウドは、まあ、文句なしでしょうけど。
2008年06月12日
中断期間を利用して、ブログを始める前のコンサ隊の活動などを、 書き残こそうと思います。 今日は、まず、<思い出の一品>その1 <コンサ隊特製カルタ>2004年度に作製したものです。 そのころ、No.2隊長が開いていたHP上で、 お遊び企画として「カルタを作ろう!」という企画が持ち上がりました。 (確か、新年会のよっぱらっての話が起源だった) それに呼応して、隊員たちがそれぞコンサドーレに関するカルタの内容を隊長に送り、 50音を埋める数になりました。 せっかく50音全部埋めたのだから、カルタの形で残したい! 8月の「コンサ隊夏祭り」のときに、みんなでカルタをしたい!! ということになり、 No.21わたちゃんが、あちらこちらから内容にふさわしい画像を取り込んで、 プリントしてくれました。 今から思うと、No.21わたちゃんのこれにかけた時間と能力は、どんだけだったのか。。と改めて感動してしまいます。 結局、最後の10枚ほどを「夏祭り」の日に、みんなで作り、完成させました。 みんなで、やった「カルタ大会」。 めちゃくちゃ盛り上がりましたよ!!www その日はAWAY鳥栖での試合だったのですが、 それをスカパーでみんなで観戦。 ぎりぎり勝利!!この日その年3つ目の勝利!! 「カルタをすると勝利が手に入る」という新たなジンクスを作った私たちは、 その後、厚別でも、ドームでも、試合前の時間は、この「特製カルタ」をやって過ごすようになりましたwww. カルタの中身も少々ご紹介します・・・
個人に関するもの・・・「ノノさんがピッチでにらみをきかせれば ビジュも今野も生き駒になり」
「無口でも技は確かな元代表 殿と呼ばれたキャプテン名塚」
「ドーレ君ダンスの実力Jナンバーワン」 コンサ隊お得意の自虐ネタも・・・
「あ~危ない バックラインでまわしたら 相手選手とパス交換」
「スタジアム 行きはよいよい 帰りはこわい」
「ほしいな~ 勝利の感動時々は」 サポの心情・・
「ついていくよ どこまでも 脳みそ赤黒コンササポ」
「連呼するコンサドーレと大声で ゴール裏から選手の背を押す」
2008年06月11日
中断期間とはいえ、 私は地道に布教活動を展開しております。
最近出没するようになった某所での月曜日の会話。
A「ヨサコイ見に行きました?」
私「ううん。サッカー見に行ってたから。」
A「サッカーですか?」
私「そう、コンサドーレの。」
A「へえー。よく行くんですか?」
私「うん。毎試合行くよ。サポーターなの。」
A「わぁ、そうなんだ。」
B「私、行きました!GWに」
私「え?そうなの?」
B「面白かったぁ!また行きたいねって、友達と話してたんです。」
私「行って!割引券持ってくるから。」
B「え!ほんとですか?」 私「うん。あげるよ。」
B「わぁ、嬉しい!」
むふふふ。 若いお嬢さん、確保!
本日の会話
私の使っていたドリンクカバーを見て、
C「あれ?これって、コンサドーレって書いてありますね。」
私「うん。コンサドーレのサポーターなの、私。」
C「え!そうなんだぁ!試合に行くんですか?」
私「行くよ!毎試合。アウェイも年に3回くらい行くし。」
C「え!いいなぁ。私、サッカーって行ったことないんですけど、行ってみたいと思ってるんです。」
私「楽しいよ!行って!割引券持ってくるから。」
C「え!ほんとですか?」
私「うん。」
むふふふ。 若いお嬢さん、また確保!
すきあらば、 すぐさま、 コンサドーレをアピールする私。
パーソナルスポンサーの割引券はこんなふうに使ってます。
2008年06月11日
道庁の前庭に寄って来ました。
ハマナスの花がきれいだと今朝の道新に記事があったので、 「コンサレッド」の花も見られるだろうかと思ったからです。
去年は気付いたのが遅くて、もうほとんどの花が散ったあとで、残念な思いをしましたから。
木自体はまだ細くて小さくて、 本当に「若木」そのもの。 でも、花をたくさん咲かせていました。
普通のハマナスより、可憐で清楚な花です。
そろそろ花盛りも終盤といった感じでしたので、 興味のある方は、お早めにどうぞ。
2008年06月10日
日曜日の試合で、 やっと噂の「コーヒールンバ」に正式参加できた私。 あれから、なにかにつけて頭の中に、 「コーヒールンバ」が渦巻きます。
原曲じゃなくて、 ラララ ララ オオオ オオ と、 チャントそのままに。
ぐるぐるコーヒールンバ!
で、つい心の中で一緒に歌うことになりますが。
繰り返し歌ううちに、
なぜか、 「画面舞踏会by少年隊」の出だしの部分みたくなるんですよ〜〜〜(((・・;)
どこで違っちゃってるんだろ?σ(^_^;)?(爆)
2008年06月10日
基本的に「現状肯定前向き思考型」な人間なので、 ほとんどのことは受け入れて、それをどうやって生かそうかと、考えるのが常なのですが。。。 今ある、私の中の違和感が、どうにも拭い去れません。 書こうか、書くまいか。。逡巡しつつ。。。
児玉社長のブログに「コンサ百年の森」のことが、アップになりました。 社長のブログの過去記事を見ると、 ・コンサ百年の森 ・中国、ミャンマー支援募金 ・ピンクリボンのご報告 ・ピンクリボン ・埼玉スタジアムにライラック ・盲導犬フーちゃんに会ってきました ・食と農をつなぐ教育フォーラムのご案内 と、 <地域貢献><社会貢献>の記事ばかり出てきます。 「児玉社長は、HFCの中での<地域・社会貢献>部門の担当なんだろうか・・・」 というのが率直な疑問です。 そうなのかしら? だとしても、 「社長」はやはり「HFCのトップ」なわけで。 チームの成績が芳しくない。 観客数が振るわない。 この2大の課題の中で、苦しみもがいているのが現状ならば、 社長として、サポーターに発信すべきことは、他にあるんじゃないかと思えてならないのです。 成績のことは、現場にお任せするにしても、 観客数を増やすための努力の陣頭指揮に当たっているのだと、思ってはいますが、それが見えません。 観客数を増やすことが難しいなら、 「その分、スポンサー獲得で、補ってみせる!」くらいの気持ちでの、 営業活動があってしかるべきだと思うのですが、どうなのでしょう? サポーターたちは、 なけなしのお金で「コンサのために」増資に協力しました。 チームが勝てない今、どうやったら、選手たちに勇気と力を与えられるか、考えています。 開場前の並びの列で、「今日は人が少ないよね」「何人入るだろう」と、不安にかられます。 試合途中の「入場者数発表」に一喜一憂します。 地道にあちこちに声をかけて、試合に行って貰える人を増やそうとしています。 今は、<地域・社会貢献>より、<経営の安定化>が最優先だと思うのですが、間違っているのでしょうか? <地域・社会貢献>の意義がわかっていないからなのでしょうか? なんともいえない違和感にさいなまれているのは、私だけでしょうか?
2008年06月09日
お天気が良い。 青空が広がって、気温がグングン上がっている。 ついこの間まで、雨に降られて、寒くて、暖房をいれていたのになぁ。。 青空を見て、 お日様の光を浴びて、 フレッシュな空気をすって。。。 リフレッシュ!リフレッシュ!! 選手も、サポも。 では、試合の翌日恒例となった、試合の日の話。 長くなるので、たたみます。
・いつもの時間に集まってくる隊員たち。 その中心にいるのは、もちろん、No.22にぃにぃwww 隊員たちの顔は覚えてくれたようで、きゃっきゃと声を出して笑う。 もうそれだけで、隊員たちは、ニマニマとご機嫌になるのだ。 ・開場。座席はいつもの席より少し前目。人が少ないためか? ・ダンマク張りも、いつもより中心部に張れた。 ゴル裏に戻って見てみると、ウチのダンマク3枚がなかったら、とても寂しいことになったと、改めて思った。 ダヴィは有休なので、今回は「ウチの子だんまく」を持参。 ・No.5ぴんちゃんがにぃにぃ連れでSA席で観戦してみるというので、 今回初めて、座席ではなく、大階段の上あたりでみんなで昼食をとることにしたのだ。 ・みんなで車座になって、昼食をとった。 ミニピクニック気分。 長崎から送られてきた名物もいただいて、満足。 にぃにぃも一緒にいられるし、ゆっくりと食事がとれることがわかり、良いね!これ!!と言う話になった。 ・試合1時間前あたりで、ゴル裏に移動する。 前回もそうであったように、今回も赤黒のたすきが置いてある。 ゴル裏もスカスカで、それを補って、さらに、熱い部分を広げようということなんだろうと思う。 ・No.7このり事務局長が井原さんとすれ違ったよと言う。 井原さん?誰を見に来たの?と話題になる。 「もしかして・・・・しば~た君??」ドキドキ。。 柏の選手紹介で、李忠成選手があちらにいることがわかり、 「そうか・・李忠成がめあてか。。」と落胆する。 「でも、しば~た君が李を抑えたら、もしかするかもよ!!」とワクワクwww ・猪木さんのメッセージが場内に流れる。 ちょっと自分のところの宣伝臭もあったけれど、 最後の「イチ・ニー・サン・ダー!!」はゴル裏は盛り上がったwww ・選手登場。 歌が始まる。。 ・オズ☆さんが来てくれる。 函館で会おうと言っていたのに、会えなかったので、仕切りなおしだったのだ。 ゴル裏から離れた場所でお話する。 岩内のお土産をいただく。 そ・そんな・・・恐縮しながらもありがたくいただく。 『スタートライン』の話などして、また!と別れる。 ・座席に戻ると、「ね!ね!なんか不思議な曲やってるんだけど」状態な隊員たちがいた。 「これが、噂の『コーヒールンバ』なんだ!」 ・試合開始前、井原さんはどこにいる?とみんなで双眼鏡でさがす。 記者席の一番上に発見。安心して試合に入れるねと話すwww ・試合開始 たすきを肩に大きな声で歌う。 『コーヒールンバ』は手拍子とサルトが交互で、 当たり前に飛ぶことになるwww でも、長くないから何とか付いていける。 サルトもどきの屈伸だけじゃなく、ついには、本気で飛んだりもしてしまった。 ・決めてくれ!とのけぞること2度。 ・なんだそりゃあ??が1度。 ・イケイケ!!とばかりに歌い続ける。 ・ハーフタイム。本日のドルチェは、コンサ隊がファンな「京都都路里のお菓子」。お茶の香りがしてすごく美味しい。 ・いただきものがたくさんあって、お菓子おすそ分け大会になる。 ・後半開始。 追いつけそうで追いつけない。 ・入った!!と思ったシュートが、あちらにあたりこちらにあたって、 結局入らなかった。大のけぞり。 なんで?と思う。ウチのホームなんだよォ~~!!と嘆く。 ・向こうのゴール前、わさわさとウチの選手たちがいて、 入ったとおもうのだが、すげの、とっちゃうんだよな。。で。 ・結局、敗戦。 ・うーーーむ。どんな風に選手たちを迎えていいやら。。と思う。 ・ゴル裏は大ブーイングだったが、私は無言で選手たちを迎えた。 ・ブーイングを真正面から受け止めて、こちらを向いて立つ坪内選手がいた。 私たちはコンサドーレが好きで、選手たちをウチの子だと大切に思っていて、信じて一緒に戦って行こうと思っている。 目をそらさずに、真正面から向き合って、信頼の絆を太く太くしていかなくちゃね。。と思う。 ・だんまくを片付けて、帰路に着く。 ・「あれって、私たちを否応なしに飛ばすよね」 「あれ?って『コーヒールンバ』だよ」 「え?!あれが『コーヒールンバ』なの?」 「うん」 ・・・・しばし心の中で歌ってみる隊員各自・・・ 「そうかぁ??」 などという『コーヒールンバ』問答もあり。 ・「中断までご苦労さん、また中断後は頑張ろうね会」を札駅付近で行う。 ・「まあ、色々鍛えられて来たから、こんなことでめげないね、私たち」 ・代表戦のことや、サッカーの話や・・・ コンサの試合がもしなかったら、 「土曜日、私働いてもいいかな・・・」などという話が出て。 「昔は土曜日は仕事が休みじゃなかったから、 仕事を終えて即スタジアムに駆けつけたものだったよね」 「猛ダッシュだったよ~~」 「コンサなしなんて考えられないよ」 「うん。『No Consadole, no life』だね」 ・中断期間は1ヶ月。 「また7月にね!!」と言って別れたのだった。
カレンダー
プロフィール
OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
最新のエントリー
月別アーカイブ
リンク集
カテゴリー
コメント
検索