2015年10月15日
時折、昨日のように若手主体で格上と対戦した際に、すごくいい試合をして しまって、なんであれば勝ってしまったりすることがコンサにはある。 そうすると、「惜しかった」とか「よくやった」とか「やれば出来る子じゃ ん」とかの褒めちぎりの賛辞が多数出て、サポーターの記憶に良い出来事と して胸に刻まれる。 同様に、若手主体じゃなくても、フルメンバーで格上に臨んだ場合でも、す ごくいい試合をしてしまって、これも勝ってしまったりすることが稀にある。 これについても、サポーターは狂喜し賛辞を並びたて、また良い出来事とし て胸に深く刻まれる。 以上のような年に1〜2回あるかないかのパフォーマンスをしたコンサの力を いつでも引き出せる力かのように評価して過信してしまう私達。 力はあるんだから次はなんとかなるとか、今回は力を出せなかっただけとか、 本来の力の存在を信じて疑わない私達。なので、選手たちが不甲斐なさを露呈 した試合でも拍手のやたら優しい私達。 こんな私達を見て勘違いする選手たち。俺たちはもっとやれる、今回は上手く 力を出せなかっただけ。 こういうことをずーっと見てきてません? 力はちゃんと発揮して初めて力と言えるのであって、時折しか見せられない力 は、その人の本来の力ではもうない。 自分の力をほぼいつでも出せる人は超一流、時折出せるなら一流、少ししか出 せないなら二流、埋もれてる方が多いなら三流と理解すべき。 持っている力や才能は普通はそう大差なく、その力や才能を高いレベルで出せる 者だけが、勝負の世界に生き残っていくんだと考えます。 少しだったり埋もれてることの方が多いコンサのいろいろなメンバーに、我々は マックスだった良い出来事の記憶を呼び起こして査定してしまうことの負のスパ イラルがある限り、このクラブに真の明るい未来は見えて来ないと想像する。