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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2011年10月13日
昨日は岩教大の試合を見ていました。 前半の良い感じの攻撃には、思わず、 「惜しい!」「いけ!」などと声をあげつつ、 応援していました。 私たちは「がんきょうだい」と呼び慣れていますが、 正式名称は 「北海道教育大学岩見沢校」。 (その昔は、岩見沢分校でしたけど・・・) なので、解説の山野さんが 「北海道教育大」は・・・と言っていて、 そのたびに、 「教育大」なんだよね・・・ この選手たちは「教育者」になるんだねぇ・・・ と思いました。 後半途中から、どの選手も足がつってとてもつらそうでしたが、 それでも、真正面からひたむきに戦っていて、見ていてすがすがしかったです。 「きっと将来、『先生はね・・・J1のセレッソというチームと試合したことがあるんだぞ』なんて、子供たちに話すんだろうね・・・」と、 No.24いっちゃんと話していたのですが、 試合後のインタビューで4年生の大西洋平君が 「人生最初で最後の天皇杯だと思うし、この経験を小さい子に伝えていきたい」というようなことを話していて、 彼はやはり、先生になるのかな・・と思いました。 北海道(札幌)の教員採用試験はもうすでに終わっていて、 結果は、10月29日の発表だそうです。 新しい道も、たくましい心で切り拓いていってほしいと思います。
まりん
Re:「先生はJ1のチームと試合したことがあるんだぞ」
2011/10/13 21:32
教育大は再編により、岩見沢校の学校教員養成課程と生涯教育課程は平成20年度に終了となったんですよ~。
No.1 代表:くー
Re:「先生はJ1のチームと試合したことがあるんだぞ」
2011/10/13 21:43
>まりんさん そうなんですね。。ビックリです。 ただ、今の課程でも、保健体育の中学・高校の教員免許はとれるみたいですから、先生の道はあるようです。(学校案内を見てみました。。。) ありがとうございました。
キャサリン
Re:「先生はJ1のチームと試合したことがあるんだぞ」
2011/10/14 09:44
おはようございます♪小学校教員の資格が取れなくなったのは残念ですよね。サッカー少年が小学校の先生になって、子供たちと一緒にサッカーしている姿って素敵だな~と思いますo(^-^)o
No.1 代表:くー
Re:「先生はJ1のチームと試合したことがあるんだぞ」
2011/10/14 10:17
>キャサリンさん そうなんですよ・・小学校教員になれなくなったのは残念ですね・・・ 昔は大部分のサッカー少年団は教員が監督・コーチでしたけれど、今は、違うんでしょうかね?そのあたりよくわからないのですが、サッカー少年の少年サッカーの指導者への道は拓けていてほしいと思っています。
M・Y
Re:「先生はJ1のチームと試合したことがあるんだぞ」
2011/10/15 12:36
物事にはたいてい、「表と裏」があるのでしょうが、岩見沢校の場合は「ゼロ免」課程になったからこそ、サッカー部が強くなったというのは、事実が証明しているわけで、従来のままだったたら、多分、今回のようなこともなかったと思われるので、わたしとしては、評価は微妙ですね。 くーさんはよくご存じだと思いますが、岩見沢校はもともとが戦前の青年学校で、全国的にみると、青年学校で戦後に生き残ったところはないとされていますが、岩見沢はGHQの担当者が視察に来た際に、丘の上に校舎がある素敵な環境に感化され、存続を許したというエピソードが残っているようですね。 そんな岩見沢校が芸術・体育系に特化したのは、小泉政権下における国立大学の独立行政法人化で、単科大の経営効率化が迫れられる中、札幌校との統合論が浮上したおり、究極の妥協策としてでてきたと、認識していますが、今季の同校のサッカーの結果をみると、サッカー部としては、統合論での「妥協」は圧倒的な勝利と言えそうですね。 卒業生組織である「青嶺会」(漢字が間違っていたら、ごめんなさい)は統合論当時、小学校体育の教員養成課程がなくなることを問題視し、統合反対を訴えていました。主張の根拠は「北海道では、とくにウインタースポーツ人口の底辺拡大において、小学校教員の果たしてきた役割は大きく…」というものでしたが、これは実に正論だったと思いますが、時代の流れはそうじゃなかったわけですね。 岩見沢の監督の越山さんは、かつてのJリーグ審判で、金子達仁氏の「秋天の陽炎」における、ある意味での主役ですが、わたしの高校の先輩でもあります。いろいろ、思うことはありますが、今後も活躍してほしいものです。コンサユースOBも選手として多数所属していますし…。たぶん、彼らの多くは卒業後は「先生」よりも「プロ選手」になることを夢見て、練習に励んでいるとは思いますが…。
No.1 代表:くー
Re:「先生はJ1のチームと試合したことがあるんだぞ」
2011/10/15 13:01
>M・Yさん 興味深いお話、ありがとうございました。 昨今のサッカー少年団の指導者がどういう方なのか、よくわかっていないのですが、サッカー少年が成長してサッカーの指導者になるという道もあってほしいと、そして岩教大のこの課程がその道を拓くようであってほしいと思います。 ユースの意義というのは、トップチームに選手を送り込むというだけでなく、北海道のサッカーの向上に力を発揮する人材の育成にもあると思うので。
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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