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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2008年05月07日
先日、ミツのブログに対する注文を書いた。 プライベート写真も良いけれど、 試合について、サッカーについて、自分のパフォーマンスについて、思っていることを書いてくれるともっと良いのに、と。 昨日のミツのブログには、気持ちが書かれていて、 ぐっと心に響いた。 「最近失点が多いのは自分のせいだと実感しています。」 「次は頑張るとか口で言うのはやめた! グランドの上でみんなに勝利という、ちゃんとした形で証明したい!!」 うん。 気持ちは伝わったよ! ミツがグランドの上で見せてくれるものを楽しみにいているからね。
2008年05月02日
こちらの写真を見てビックリ。 坪内の髪型が変わっていた。 短めと、いうか、坊主っぽい。 もしかして?もしかして? 4点目の失点に絡んだことで、髪切ったのか? 試合の翌日のニッカンに 「1点差なら何とか追いつけたのに、あれでチームに迷惑をかけた。 次は絶対にやらない」 という坪内の言葉があった。 熱い坪内らしいコメントだなと思った。 だから、この髪型は、そういう決意の表明なのかと思ったりしたのだ。 昔、ノノさんが、退場になったあと坊主にして (ノノさんが「試合の帰りに床屋に行った」とこの間話していた) それから、チームの中で、「責任を取る=坊主になる」みたいな時期があったことを思い出した。。 ソダンが離脱したから、 DFの駒が足りなくなって来た。 坪内はすでに3枚の黄紙をもらっている。 気持ちは熱く!でもプレイは冷静に!! 明日も戦っておくれ。
2008年04月30日
2-1から同点に追いつかれた闘莉王のゴール。 「GKが出てこないから、速くなくていいから高いボールを入れろと梅崎に言った」らしい。 競れるボールなら、競り勝てるとの判断だったらしい。 その通りにミツが競り負けたわけだが。 再生で見ると、 ミツは最後までついていっていて、闘莉王を放してはいないのだ。 最後は体を預けて、自由に打たせまいとしている。 でも、入れられたゴール。 道新には「『闘莉王は強かった』と肩を落とす吉弘」などと書かれている。 ミツは今、何を思っているのだろう。 月刊コンサドーレの「50の質問」の中で、 自分のウェブサイトのことを言っていたミツ。 こういうときに、 今の気持ちを書いてくれると良いのになぁと思う。 被り物好きなミツのプライベート写真も良いけれど、それだけじゃなく。 気持ちを見せてくれると、もっと魅力的なサイトになると思う。 なぜだかわからないが、 今年はミツが気になって仕方ないのだ。
2008年04月28日
昼食がすんで、携帯サイトを見たら、 「新練習生エジソン参加」のニュースが載っていた。 1990生まれ、ふーん、28才か、 練習生とはいえ即戦力だよね、と思ったが、 すぐに勘違いだと気付いた。 18才?! 18才なんだぁ。 イタカレを思い出した。 どんな選手なんだろう?と思っていたら、 夕方には「特ダネコンサ」が写真をアップしていた。 GJ! あどけない表情のエジソン。 遠い国から見知らぬ札幌にやって来た18才。 きっと「しまふく寮」で暮らすんだろう。 温かくて、楽しくて、美味しい「しまふく寮」だから、なんの心配もないはず。 コンサの救世主になって くれるように、 心から祈っている。
2008年04月24日
道新の夕刊。 「コンサドーレ倶楽部」欄は坪内の話。 熱い男坪内はガットゥーゾ好きなんだ! 闘犬というあだ名のガットゥーゾ。 坪内は「闘犬」とは呼ばれたくないらしいが、 「でも、あだ名はあればうれしい」そうだ。 坪内にぴったりの熱いあだ名を、 誰かつけてやって!www
2006年04月01日
「ウチの子フラッグ‘06版」に1番最初にサインしてくれるのは誰か? 鳥栖での開幕戦勝利のあと,選手バスの側で出て来る選手達を待ちながら, 私達はそんなことを話していました。 そそくさとバスに乗り込む選手達。 今日は無理か…と思ったとき, さっと近づいて来てサインをしてくれたのは,ソダンでした。 「今年もソダンだったね」 そうです! 昨年の甲府での開幕戦のあと,1番先にサインしてくれたのもソダンだったのです。 あのときは,先発をイケさんに奪われてベンチ要員だったソダンは, 「小さく書こう。。。」と呟いてから遠慮がちにサインしてくれました。 隊員たちに言わせると, 「代表がソダンを呼ぶ」のだそうです。 そうなんだろうか?!(爆) ウィルのPKで鹿嶋に勝った日(2001,5,12)。 試合後,ファクトリーで行われた選手のトークショーで, 居並ぶ若い選手たちの中のおにぎり頭で色黒のルーキー選手が司会の方から「南高の出身なんですよね」と紹介されたのに,ビックリ。 プロスポーツ選手が後輩にいたということに驚き, それが自分が応援しているチームの選手だったことにさらに驚き,その日から私の「気になる後輩となったソダン」。 その後,試合にでることもあったけれど,それはそれは不器用なFWでして, なぜか「すみませんねぇ」と隊員たちに謝る日々。 なのに,素晴らしいFWのお歴々と並ぶ「ハットトリック」を達成して私を狂喜させてくれたりもしました。 そして,気付けば,DFになっていて,「ひえ~~」とか「キャ~」とかの悲鳴を受ける日々。 「早くボール離しなさい!!」と思わず叫んで周囲の失笑をかった日もありました。 敬老の日関係のイベントで 「フラッグシニア」のおばあさまと入場して来た時の試合の ソダンはとても頼り甲斐があったので, 「試合前にいつもおばあさまを呼んで来て, 『いいかい!お前は出来る子なんだからね。落ち着いてやるんだよ』と 言い聞かせてもらったらどうだろう」と考えたこともあります(爆) 私と事務局長は, goodな日のソダンを「白ソダン」, badな日のソダンを「黒ソダン」と呼んでいました。 それでも,いつか,いなくては淋しいと思わせてくれるDFに成長したソダン。 「ソダン!ソダン!!」と熱烈な声援を受けるソダン。 今では,ソダンからのロングパスがキレイに通ると, 思わずガッツポーズで顔を見合わせる私と事務局長がいます。 「ソダンが真ん中にいるんだったら,ドイツに行く!」とかつて宣言した私。 その夢はかなわないようなので,ドイツには行きません! が,南アフリカだって,行きますよ! ソダンが真ん中にいるなら。。。 私ってソダンマニアなんでしょうか?だとしたら,事務局長もだよ!(爆)
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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