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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2009年10月22日
徳島戦は現場にいて、試合後のゴル裏の怒りやら嘆きやらを間近で見ていたので、 この試合が不甲斐ない戦いになればゴル裏はいったいどうなるか…とそこに不安を持っていました。
開場前に、プリントが配られ、コールリーダーくんからの説明もあって、 いつもとは違う形の応援になるということが通達されました。
選手が戦うこととサポーターが応援することの意味については、 私個人の考えがあるので、全面的に同意とはいかないものの、 「選手たちに伝えたいもの」があり、それを応援の形を変えることで示したいという気持ちはわかりました。
さて、実際には、どういうことになるかと思っていましたが。
良いプレイには名前のコールがあり、 ピンチにはコンサドーレコール、 チャントも歌もここぞという場面で入り、 なんだか、応援することの原点が見えたような気持ちになりながら、 SA席から参加していました。
ゴル裏のみなさんは今日の応援では物足りなかったかしら?
選手たちはどう感じたでしょう?
言う方も辛い、言われる方も辛い、 そんな試合後の場面が再び繰り返されなくて、 とにかくほっとしました。
No.1 代表:くー
2009年10月21日
ドーレくんもドールズもハロウィン仕様! 可愛い。
(ドールズには、画像掲載の許可をいただきました。金子先生、ありがとうございました)
No.1 代表:くー
2009年10月21日
天皇杯の日と比べると、紅葉の鮮やかさが格段に増しています。
地下鉄車中、ダウン姿で浮いてましたが、 厚別で並んでいると、正解だったと思えます。
No.1 代表:くー
2009年10月21日
夜半からの雨も上がったようです。 どうぞこのまま、雨が降りませんように!
さて、【食らう】シリーズ。
栃木は、かんぴょう!
前回の対戦のときに、煮付けて冷凍してあったかんぴょうを使って、 昨夜はちらし寿司をつくりました。 ありあわせの食材を使ったのですが、それなりに美味しく……。
今夜は、防寒対策をしっかりして、厚別へ向かいます。 No.1 代表:くー
2009年10月20日
最終日の話までたどりつきました。 では、こちらから。。。 お付き合いいただきありがとうございました。
10月19日(月) またまた早起き。 8時過ぎにホテルを出ようとすると、おかみさんが「これをお持ちなさい」と島名物の「しょうゆあげせん」の袋を2つもわたしてくれる。 追いかけて来た方が「これも持って行ってください」とみかんを1袋くださる。 お世話をしてくれた仲居さんも良い方で、本当に、気持ちの温かいおもてなしに一同感激だった。 見学に向かったのは「中山・千枚田」。 日本の里100選に選ばれた風景だというのだが。 実はこれ、ガイドブックには載っていなく、行程にも含んでいなかった場所なのだが。 初日に空港で手に入れた「小豆島のクーポン付き案内書」のような小冊子の中にちょっとだけ白黒写真と説明が載っていたのを見たNo.8ひろみさんが興味をひかれ、 「ここ行きたいんだけど」と 言い出した場所なのだ。 良いよ、他の場所をはしょればいいだけのことだもの、行こう! ということで、ホテルの人に行き方を聞いて、たずねていくことにしたのだ。 車は「中山地区」へ。 私たちは♪ここは中山 来たぞ♪と歌うwww 農村歌舞伎が行われる舞台がある。そこから上を見上げると、千枚田。。。 急な斜面に小さな小さな何枚ものたんぼ。 北海道ではありえない風景に思わず声が上がる。 天皇・皇后両陛下もここから千枚田をご覧になったそうで、石碑が立っている。
来て良かったね・・・ 車に戻ろうとしたとき、一台のけいトラが止まり、黒いネクタイのおじさんが下りてきて、 「ここ、案内しちゃるぞ!」と言う。 「お願いいます」ということで、農村歌舞伎の舞台に戻る。 歌舞伎の舞台の説明や、記念撮影などもしてくれて、熱く千枚田のことや歌舞伎のことを語ってくれたそのおじさんは、地元の人で、保存運動を進めている人物だったのだ。 こういう人の存在があってこその「ふるさとの風景」だなと思った。 ちょうど中山地区では葬儀があったようで、黒いスーツに黒いネクタイ姿のそのおじさんが、葬儀に間に合ったかどうか私たちは心配しながら、中山を後にした。 渓谷美で有名な「寒霞渓」へと車を走らせる。 桜の季節や、紅葉の時期には、素晴らしい景色が広がるのだろうと思えるこの渓谷。 まだ、紅葉の時期には多少早いようだ。
ロープウェイで中腹まで降り、また、昇って来る。 ここで、昨日は我慢した「オリーブソフト」を食べることにした。 3種類あるんですが、ということで、3種類を1つずつ。 みんなで分け合って食べようということだ。 見ると、売り場の片隅にプラスチックのスプーンが置いてある。 これ、良い!と思ってみると、1個10円。 買って使ったのだが、柄が長く、しっかりしたスプーンで使い心地がなかなかよろしいのだ。 「これ、マイスプーンね。 コンサ隊の遠征のときは、毎回これを持参すること!」(爆) 各自、バッグに大切にしまうwww オリーブソフトは、基本的な白いものはバニラにオリーブの実が細かく刻んで入っている。 ピンクのものは、「完熟」だそうで、甘い。 なかなかに美味しい。
車は、海岸まで降りて、「二十四の瞳」の映画で使われた「岬の分教所」へと向かう。 途中には醤油工場が立ち並び一帯が独特な香りに満ちている地域もあった。 岬の分教所は、昔本当に学校だったところで、高嶺秀子の映画の時にはそこが実際に使われたのだという。 いかにも、昔の学校の雰囲気だった。
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そこから車ですぐのところに、「映画村」が出来ている。 こちらは、田中裕子の映画のときのオープンセットをそのまま残してある場所だそうで、 渚もあり、学校やお店や、映画館や、古い町並みが作られているのだ。 その中をブラブラ見て歩く。が、暑いほどの陽気だ。
原作者である壺井栄の文学館を見学して、ここを後にした。 思ったより、時間がかからなかったので、途中の道すがら、興味を引かれた「醤油資料館」に立ち寄ることにする。 古い醤油つくりの資料が並べられている資料館では、クーポンで「お醤油1本」をプレゼントしてもらった。 さて、昼食の時間だ。 小豆島の最後の食事は、名物「そうめん」にしようと、資料館の人に聞いたお店に向かい、 ゆで具合など、やはり本場の人は上手だと思いながら食べた。
さて、これで、観光のすべてが終了。 あとは、レンタカーを返して、フェリーに乗るだけなのだが、 土庄港へ向かいながら、 「しょうゆソフト」が食べたかったね。。ということになる。 ふるさと館があることを見つけ、そこに立ち寄る。 残念ながら「しょうゆソフト」はあるしょうゆ屋さんでしか食べられないとのこと。 そのにあった「すももソフト」で我慢することになった。 もちろん、各自「マイスプーン」を出すwww 「くーさん、マイスプーン用の袋作ってね!シーズンオフの間で良いから」 レンタカーを返す前に給油したところ、なんと3リットルしか入らなかった。 なんという燃費の良さなんだ!! 高速船で高松へ向かい、空港行きのリムジンバスに乗った。 高松空港から羽田へ。 羽田でNo.9支部長と別れ、私たちは札幌へと戻った。 「次は、房総半島が良いな。。(千葉か柏か」 春が良いね。。 日程君に頼まなくちゃね」 などと、もう次の遠征を考えている私たちだ。
2009年10月20日
2日目のお話はこちらから
10月18日(日) 「早起きは3文の得」ということで、コンサ隊の旅は朝が早い。 けれど、「朝風呂」にもちゃんと入るwww 朝食をすませ、7:45にはホテルを出発した。 まずは、日本の神話の発祥の地「おのころ島神社」へ。 イザナギとイザナミの命が祭られている神社だ。 混沌をグルグルかき混ぜた剣の先から滴った最初の1しずくが、このおのころ島になったというのだ。 島とはいいながら、今は、陸続きの小山の上に神社はあった。 大きな赤い鳥居のほかは、のどかでひそやかな空間である。車は鳴門海峡へと向かう。 うずの丘大鳴門橋記念館の中にある「淡路人形浄瑠璃館」で人形浄瑠璃の実演を見るためだ。 着いてみると、上演時間まで余裕があったので、「サイエンス館」で鳴門の渦のなりたちのフィルム上映を見ることにした。 続いて、人形浄瑠璃館へ。 まずは、浄瑠璃の人形の使い方の説明がある。
ほほう・・・と感心することしきり。 実際にその人形を抱いての記念撮影も出来る。
いよいよ上演である。 「ととさまの名は・・・」「かかさまの名は。。」 と聞き覚えのあるせりふが出てきて、ほほう。。このせりふはこの芝居の中のせりふだったのか・・と思ったり、 動きは少ないのに、なんとまあ、生きているかのように見えるその不思議さに感心したり。 「伝統芸能があるって良いよね・・」 淡路島を後にして、徳島・鳴門へと戻る。 大鳴門橋を渡り、渦を上から見られるという「渦の道」へ。 ここは、たくさんの車や観光バスでごったがえしている。 観潮船の時間が迫っているので、駐車場から橋のところに作られた「渦の道」へと大急ぎで歩く。 急な階段も、だらだら坂も早歩き。 「渦の道」も、大賑わいで、混雑しているのだが、私たちは人を掻き分け、掻き分け、進み、戻る。 汗をかいて往復したわりに渦はあまり見えず、がっくりなのだ。 観潮船の乗り場の駐車場がいっぱいの可能性が大きいとのことで、海辺まで10分くらいですと言われた道を歩いて降りることになった。 干潮が12:10なので、12:00出発の船に乗りたいと思うのだが、「無理かもね」と言いながらそれでも、必死で歩く。 船の乗り場が見えた! 11:50到着!! 「12:00の船にのりたいんですけど・・」「はい、大丈夫ですよ」 やった~~! ということで、休む暇なく、乗船して、観潮に向かう。 小型の船は大鳴門橋の真下を目指して進む。 満ちていく潮と引いて行く潮がこの鳴門海峡でぶつかり、それが渦を生むのだそうだが。 潮のぶつかり合いは見えるのだが、ぐるぐるとした渦は見えず。 こんなものなのかしらね・・と言いあったころ、なんと、急に渦が発生した。 どんどん、どんどん、渦が生まれていく。 時間をみると、ちょうど12:10. 自然というものは、すごいものだ。 船は何度も渦の周囲を行ったり来たりしながら、渦の発生する様子や、潮目が激しくぶつかり合うさまを見せる。 船内はたくさんの乗客がいるのだが、みんな興奮している。 ちょうど、この18日は「大潮」にあたり、観潮には最適だったようだ。 港にもどり、さて、昼食をと思うのだが、橋の方へ向かう道路は激しく渋滞している。 予定していた「鯛丼」のお店は橋の方向さらに奥にあり、これでは無理だろうということになった。 船の案内所の人に「近場の昼食の場所」を聞いてみたのだが、「鳴門に戻らないと無理」とのことだった。 「よし!昼食は『ハッピーハロウィン』ですませよう!」 「ハッピーハロウィン」とはなんぞや? 「チェックインする際に、『ハッピーハロウィン』と言うとプレゼントがある!」という情報を淡路島での宿泊ホテルのHPで見つけたNo.1 代表:くー。 その言葉通りに『ハッピーハロウィン』と言ってみたところ、 プレゼントが当たったのだが、それは、「お菓子のつかみ取り」! 5人で1つかみずつもらった「お菓子」は、合わせると袋にいっぱいになるほどで、 「ドライブのおやつ!」として大切に持ち込まれていたのだ。 つまり、「ハッピーハロウィン」は「袋にいっぱいのお菓子類」なのだ。 駐車場で、お菓子の袋から色々物色しつつ、むしゃむしゃ食べる私たち。 「駐車場の係員さんに『車内での飲食はおやめください』って言われるよ~~(爆)」などと言いながら、 前夜のお夜食の残りやら、お土産屋さんで買ったたこせんべいやらも一緒に、もぐもぐと。。 「よし!これで3時のおやつまで持つ!」 「3時にはおやつ、あたるよね??」 「おやつはソフトクリームがいいなあ」 ともかく、出発。 高速に乗り高松へと戻る。 車の中でおもむろに何か取り出すNo.1くー。 「今夜のお夕食の献立を読みます」 「1:海の幸の刺身盛り合わせ 2:地魚の煮付け 3:海の寄せ焼き物 4:サザエのつぼ焼き 5;ふぐちり1人鍋 ・ ・ ・ 最後は醤油豆アイス」 うわ~~~!! すごすぎる~~~!! お腹すかせておかないとね・・ じゃあ、おやつは食べなくても良いね・・・ (大爆) 高松に到着。 港の近くのレンタカー店に戻すのだが、店が近づいてもガソリンスタンドが見当たらず。 あったと思うと、工事中だったりして、とうとうお店に着いてしまった。 近くのスタンドを聞くも「はあ??」なお答えしか返らず。 「隣の地下へ進む道にはいると突き当たりにあります」 「その道へはどうやって?」 「ぐるっとまわってください」 ????? なんですと~~?? ぐるぐるとまわって、なんとか見つけて給油したが、あれでいいのか?と思ったぞ! さて、給油してみて、燃費の良さに絶句。。 高松~鳴門~淡路~鳴門~高松と走って、2日間で1400円足らず。 無事にレンタカーを返し、今度は小豆島行きの高速フェリー乗り場へ。 30分で土庄港に到着。 今度は土庄港でレンタカーを借りる。 まずは、「オリーブ園」へ。
売店は17:00までということで、まずはお買い物を。 その後、園内をぐるっと散策。 オリーブは今頃ちょうど収穫の時期で、どの木にもたわわにオリーブの実がなっていた。
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国内でオリーブを栽培しているのはここ小豆島だけとのこと。 小高い丘のオリーブの森越しにみる海は美しい・・・ 空港で手に入れた「クーポン」を使うとオリーブのハンドクリームがもらえるとのことで、 お隣の「道の駅」へと移動することにした。 貪欲だな、私たち。 大きな真っ赤な夕日を見ながら、ホテルに移動。 見かけは古めかしいホテルだったのだが、お部屋はリニューアルされておりきれい。 海のすぐそばのホテルで、へやからは海が見える。 何しろ、昼食が「ハッピーハロウィン」だった私たちは空腹なわけで、すぐに夕食にする。 別室の「お食事処」では、テーブルにあふれるほどの海の幸が並べられ、 さらに、おつくりはまたしても「鯛」と「あわび」「さざえ」 他にも、煮魚やら、てんぷらやら、もりだくさん。 たこの釜飯も美味しく、これ以上は無理!!と悲鳴を上げるほどの豪華な夕食だった。
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温泉に入り、またしても、早々と就寝したのだった。
2009年10月20日
明日はもう試合! ということで、忘れないうちにと、遠征記を書きました。 コンサ隊の旅ですから、試合のことなはほとんどなくて、 観光の話&ネタてんこ盛りです。 よろしければおつきあいください。 では、1日目、17日の分から・・・
「積極的な姿勢が素晴らしい結果をもたらすのだ!」 10月17日(土) 例によって、フクロウの杜旅行社の旅は朝が早い。 7時に空港に集合した今回の遠征のメンバーは、No.7このり事務局長、No.8ひろみ、No.20くーママ、No.1 代表:くーの4人。 No.9 支部長とは羽田乗換えの際に合流である。 まずは、羽田を目指し朝イチの便(もろもろの事情から今回はJALさまの利用とはならず)に乗る。 乗り換え時間はわずかギリギリ30分。 春の遠征で、30分の乗り換え時間で汗だくになって長い距離を歩いたとき、カートで移動している人たちをうらやましく眺めた経験があった。 「あれは事前に申し込んでおくと乗せてくれるんだって」という情報を仕入れたので、今回は初参加のくーママ(後期高齢者だ!)もいることだし、頼んでみよう!ということになった。 千歳を飛び立ってしばらくすると、アテンダントさんがやって来て、「カート、ご希望ですね。一番最後にご案内しますので、ここで座ってお待ちください」という。 一番最後?ひえ~~! でも、それって、私たちが到着しない限りは、飛行機が飛び立たないから大丈夫ってことよね? さて、羽田に到着。 乗客が次々降りていく。取り残される私たち。<汗 最後に「どうぞ」と言われて、降り口まで行くが、またそこで待たされる。 車椅子がお迎えに来て、お年寄りとその付き添いの方が出発。 私たちは? やっとどうぞ言われて、通路を進むと、待っていましたカートが! 荷物を置いて、それに乗り、やっと出発。 なにやら、かすかに音楽も鳴っている風で、ディズニーランドのアトラクションのようだ。。 好奇の目で見られるし、、、恥ずかしいぞ~~。 それにしても、ゆっくり進むので、合流するはずのNo.9支部長がやきもきしているだろうと、気になる。 電話してみようとすると、通路の向こうで手を振る姿が見えた・・ 笑っているし・・・ 私たちが来ないので、係りの人に「飛行機が遅れているんですか?」と聞いたところ、「あ、今、カートでこちらに向かっています」とのお答えだったそうだ。。 No.20くーママの感想「高齢の姉妹で旅するときは、これってありがたいと思うわ」 そんなこんなで、一行は再び空の上に。 高松空港に到着。 今回はレンタカーで移動するため、行程上の都合もあり、高松空港出入りとなったのだ。 レンタカーを借りて、一路、目指すは「ポカスタ」である。 高速に乗り1時間余り。 うららかな日差しで、風もなく、日焼けが気になる。 ポカスタに到着。 臨時の駐車場も含めて、たくさんの駐車場が用意されていることは、事前に調べてあったので、無事にそのひとつに駐車することが出来た。 あたりは、「鳴門 渦まつり」なはずなのだが・・・よくわからない。 まずは、スタジアムに入り、座席を確保し、荷物を置く。 続けて、昼食を探す。 入り口の方に聞くと、「いったん外に出て、メインのところに行ってください」とのこと。 出ようとすると、『再入場券』なるものを渡された。 「半券チェックとかじゃないのね。。」と言いながら、メインのあたりへ行くと、なにやらテントが張られている。 夜店のような、露天のような、ちょっとした遊びのコーナーなどがあって、これがおまつりなのかな・・と思う。 食べ物のお店は思いのほかなくて、時間もないことから、目の前にあった「さぬきうどん」の列に並んだ。 スタンドに戻り、急いで食べる。 腰のあるなかなか美味しいうどんなのだと思うのだが、何しろ気がせいているから、ゆっくり味わう余裕もなし。試合開始。 うーーーむ。 つらいねェ・・・ 試合終了。 選手たちの足どりの重さ・・・ 並んでサポーターからの言葉を聞いている選手たちの顔・・・ それぞれに、言いたいことはいっぱいあるんだろうと思った。 けれど、この結果では、何をいうことも出来ない。 結果が出なければ、厳しい言葉も甘んじて受け止めるしかない。 それがプロであるということだと、 若者たちが学んでいってくれれば。。。とつらい思いで見ていた。 自分たちのために、自分たちの明日のために、 1試合、1試合を大切に戦って行って欲しいと心から思った。 スタジアムを出る。 「渦まつり」はどうなったの? まだやってる? 係りの人に聞くと「もう終わりじゃないですか」とのことながら、 「どのあたりですか?」とたずねると「メインの方です」とのお答え。 私たちが昼食を仕入れたあたりがそうだったんじゃないの?やっぱり。 一応確かめに行くと、店じまいの最中だった。 なにやら人だかりなので、覗いてみると、北沢氏がマイクをもって、徳島のGKにインタビュー中だった。 「あのコンサドーレに3-0ですよ!」と聞こえる。 「あのコンサドーレって、どのコンサドーレ?だよね。。」と苦笑してしまった。 そうか・・私たちの中では、J1だったことなどもう、遠いかなたの話で、この若い未熟なチームのこれからだけが気になっているわけだが、 世間様的には、今年J1から落ちてきたチームなんだ・・・・といまさらながらに思った。 雨がポツリポツリと落ちてきた。 急いで車に戻り、目指すは「淡路島」 「さあ、気分転換して!」と私が言うと、「え?なんのこと?」と答える一同(爆) そうか!そうだよね。。 それがコンサ隊ってもんさ!! 車は鳴門海峡を渡る。 下の方に渦が見え、すごい!すごい!!と大騒ぎだ。 待て待て!!明日は船に乗って渦潮を間近で見るからね。。。 淡路島に入り、ホテルに着く前に、夕食を食べることにする。 色々下調べをした結果、福良の小料理屋さんを見つけ出してあったので、そこへ。 カウンターテーブルの上に、大鉢に入ったお料理が並んでいる。 その中から好きなものを頼むと良いらしいのだが。。 「ここにあるものを全部1皿ずつ」と、いかにも道産子らしい大雑把な注文の仕方をするとwww、 おかみがあわてて「多いですよ!無理です」と言う。 結局、5皿ほどみつくろってもらうことにした。 小あじの南蛮漬けや、イカの煮付けなどなど・・・ 味付けが濃いめなので、「ご飯が欲しいね」とのことでご飯も注文。 飲むより食べる方が好きなメンバーですから、あっという間に空になっていく皿・小鉢。 そのうち、「お造りもみつくろいますか?」とのことで、頼むことにした。 出てきたのは「鯛」に「あわび」に「さわら」。 鯛は本当にまだ生きていて、尾がぴくぴく動いているのだ。 美味しい!!!肉厚に切られた鯛は絶品だ!!! あわびも美味しい!!! う~~~ん。にまにま。。 その後、4皿ほどお料理を追加し、満腹!満腹!!
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さて、お支払いの段になり、 「ね?幾らくらいだと思う??」ということで、プライス当て競争をすることに。 「あれだけのお造りだよ!高いでしょ!!」と言うものあり、 「でも、本場だもの。それほどじゃないと思うな」というものあり。 結局、一番安い値段を言ったNo.9支部長が300円違いの大当たりだったのだ。 安い!旨い!!大満足!! 車に乗って、今夜のホテルに到着。 広々した部屋で、温泉にもつかり、遠征1日目の夜は過ぎて行ったのだった。
2009年10月19日
無事に北海道に帰り着きました。 帰りのJRに乗っています。 2泊3日のコンサ隊の遠征は、 好天に恵まれ、試合以外はすべて計画以上の収穫を得られた旅になりました。
試合を忘れて、しっかり楽しんだコンサ隊でしたwww。
さて、 帰って来たら、 現実に戻るわけで、 なんと、中1日で試合です! (選手より日程が詰まっているとは…)
昇格が消えたとか、ダイゴくんがインフルだとか、 水曜日は傘マークがついているとか、 さまざまありますが、 私たちのコンサドーレを応援する気持ちには、なんの変わりもないわけで、 これからも、しっかり選手たちの後押しをしたいと 思っています。
これからの試合は、来季の大きな飛躍のための助走の試合だと思うわけで、 力をたくわえ、スピードを上げるために、1試合、1試合、大切にしていきたいものです。
No.1 代表:くー
2009年10月19日
楽しかった旅もそろそろ終わりです。
昼食に小豆島名物のそうめんを食べました。
これからフェリーにのり高松へ向かい、高松空港から帰路に着きます。
長らくお付き合いありがとうございました。
No.1 代表:くー
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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