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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2008年11月01日
大分のナビスコカップ優勝に思わずもらい泣き。。 「地方が元気じゃなくちゃ!」という社長さんの言葉にそうだ!そうだ!と、 思いました。 新潟も大分も、ひとりの熱情あふれる社長さんの就任から、大きな変貌が起こったのだとか。。。 矢萩社長!!頑張れ! 「私はサポーターです!」と胸を張って公言できる初めての社長さんですよね。 たぶん、中に入ってみたら、ああでもなくて。。。こうでもなくて。。。 悪戦苦闘中のなのだろうと想像しています<大汗 思い切ったこと、やってください。 自分のカラーを出して行ってください。 期待してます。。。 頑張れ!! で、明日は天皇杯。 蹴馬鹿さんが天皇杯の思い出を書いています。 これが・・秀逸。 雪国を切り捨てようとする犬飼氏に ぜひとも読んでいただきたい!!というか、読め!!www
2008年11月01日
明日は天皇杯。 いままで初戦は、「10月の連休に室蘭で」というのが、定番だったけれど、 今年はJ1なので、11月のこの時期が初戦。 今までは下のカテゴリーチームとの対戦が初戦だったけれど、 今回は、J1同士ということで、相手はマリノス。 初戦は下のチームとやってヘロヘロ・・(負けまたはなんとか勝ち) というのがお約束みたいになっていたのだが。 今のコンサにとって、J1チームは全部上のチームということだし、 失うものは何もないわけで、 今までの相手チームが、必死でウチを倒そうと挑んできたように、 明日のコンサは、勝利のために、ガムシャラに戦って欲しいと願っている。 柴田くんが先発復帰だとか。。。 期待しているよ! 迷いなど吹っ切って、ガンガンやってほしい。 で、 ミツ。 悔しいと思ったら、必死で練習して、トレーニングして!! 出てきてくれないと困るよ、本当に。
2008年10月31日
高校時代のクラスメイト2人に会って来た。 東京からやってきた彼女とは、20年ぶり。 札幌にいる彼女とは10年ぶりだけれど、 親しく話したのは高校卒業以来のことだ。 あの頃と同じようでいて、 あの頃より良い笑顔に出会えた。 懐かしい思い出話に花が咲いて。 あの頃、自分だけがそう感じているのだと思っていたことが、 実は3人とも同じように感じていたのだということが、 いまさらわかって、なんだかおかしかった。 思い出話から話は広がり。 ひとりがここまで過ごして来た苦しい日々のことを自然に口からこぼし、 それを聞くふたりも、それをわが身に照らしながら自然に受け止めた。 話はこれからのことに進み。 年老いていく親たちのことや、それを看取る覚悟。 それぞれに抱えることは重いけれど、 それでも、まだまだ自分がやりたいこと、出来ることを話し合った。 生きてきた道はそれぞれに違うけれど、 それぞれが懸命に生きてきた日々は、その人を形作ってきたのだと、 改めて思った。 魅力的な同級生たちだった。 そして、これから 生きていく道。 それぞれが、それぞれの道を、 ただ懸命に生きていくことで、何かがきっとつかめるのだろうと、 そう、思った。 素敵な同級生で、いつまでもありたいと思った。 また、会いましょう! それまで、元気に、前向きに暮らして行きましょう! ありがとう! 楽しい時間でした。。。
2008年10月31日
No.5ぴんちゃんにリンゴジュースをもらった。 『ハーベスト』のリンゴジュースだ。 飲んだら、懐かしい味がした。 「ああ、仲野さんちのリンゴジュースだ。」と思った。
今はもう、高校生になった姪が幼稚園に行くか行かないかの頃だから、 12~3年前だろう。 「長沼のリンゴ園が自分のところのリンゴを使って美味しいジュースを作っている」というので、 秋のある日、父と母と私が姪を連れて長沼まで出かけたのだ。 (妹のところは共働きだから、祖父母+伯母(私)が、姪の昼間の養育を担っていた) リンゴ園の場所も確かではなく、 あちこち迷って、人に訪ねまくって、やっとたどり着いたのが 仲野さんちのリンゴ園だった。 納屋のようなところで、おじさんがジュースを売ってくれた。 「リンゴのなっているところ、見たことないだろ?」と、姪に言ったオジサンは、 わざわざリンゴ園まで案内してくれたのだ。 テクテク歩いて、たどり着いたリンゴ園は、真っ赤なリンゴがたわわになった木がたくさんあって、 絵本に出てくるような光景だった。 そこでしばらく遊んで。 それから、 姪と手をつないで ♪歩こう 歩こう ♪とトトロの歌を歌いながら戻ったことを、 なぜかよく覚えている。 その後、何回か仲野さんちのリンゴ園を訪ねて、 そのうちにオジサンが 「息子がレストランを始めたから、寄って食べて行って」と言って。 それが『ハーベスト』だった。 そんな昔のことを思い出しながら、 懐かしい味のリンゴジュースを飲んだ。
2008年10月31日
コンサ隊No.22にぃにぃ、昨日1歳の誕生日を迎えました。 大きく体調を崩すことなく来られて、嬉しく思います(^^) 昨日はケーキを用意してささやかに家族で祝い、 明日からの連休は旭川のNo.5ぴんの実家で 一升餅を背負ったり、踏んだりします。 北海道は背負うのが多いらしいですが、相方・わた隊員の実家のある長崎では 踏ませるのだそうで、そのときに履かせる小さなワラジを 送ってくれました。 どちらのショットも写さねば。 もちろん、No.1代表・くーさんが作ってくれた キッズドーレ着ぐるみも着せるつもりです!!
2008年10月30日
『峠の茶屋』でほほやんさんが等々力でのことを書いています。 「みんなで一緒にやろうよ!」と呼びかけています。 その通りだな。。と思いました。 けれど、USさんの意思は固いようです。 残念ながら・・・ 今回のことを避けて通れないのなら、 私は「自分の応援についての考え方」を見つめなおし、確認する機会と捉えようと思いました。 そうして、導き出した答えに責任を持って、行動しようと思いました。 私は、いつもの席で、自分の出来うる限りの最大の力で応援したいと思っています。 11月8日の相手チームである浦和さんも、 今、応援拒否状態にあるようです。 (新潟戦では拍手とコールのみだったようです) こちらのブログを読ませていただきましたが、 こちらの情報によると(あくまでこちらの情報によるとです) 札幌戦でも応援拒否はあるかもしれないそうで。 それはリーダーの決定いかんのようで。 ただただビックリしました。 今のコンサは・・・ 応援を自粛する、応援を続けるの相反する意思があって、 実に混沌としています。 でも、この混沌具合が、実はとてもコンサドーレらしいことなのかもしれないと思ったりもします。 こんなふうな混沌の中から、またコンサドーレとしての新しい歴史が作られていくのかなと思ったりもしています。 当日がどんな状況になるのか、想像もつきませんが、 ただ、 初めてコンサドーレの試合に来たという人に、 応援するって楽しい♪と思って帰っていただけたら良いなあと、 それがどんなに難しいことかをわかっていながら、 それでもそう思っています。 自分の行動に責任を持って、当日は気持ちを込めて応援しようと思っています。
2008年10月30日
秋春制移行に関して、 サッカー協会の内部委員会の正式な議題にのぼったことから、 一気に加速か・・などと書かれている。 今日の道内版のスポ新、道新はどこも、 「コンサドーレが秋春制移行に関する対策チームを発足させる」という話を書いている。 道のサッカー協会と協力して行うそうで、 「データをきちんと整理して、理論武装して臨んでいきたい」と矢萩社長。 今後のビジョンも示さなくてはならないし、 監督人事も考えなくてはならないし、 来年度の予算のことだってあるし、 そんな精神的にも時間的にも人的にも余裕のない時期に、 さらに<余計な>でも<やらなくては存亡の危機におちいる>ような問題を与えられた社長。 本当に、お疲れ様です。 道新に 「浦和などは肯定的で、 札幌の矢萩社長は『雪国の地域エゴではない』と主張する」とある。 「雪国の地域エゴ」と言われているということなのだ。 やれることを、やりたくないからやらないと言ったのなら、それはエゴだろうが、 やれないことをやれないと言うのはエゴなんかじゃない。 やれないことを、やりたいからやれ!という方が、エゴそのものだと思う。
2008年10月29日
地下鉄の中で、前に座った男の子が2人。 見るとはなしに見ていると、 2人とも胸には銀のペンダント。 指にはリングが2個。 似合う、似合わないは別にして(微毒)、 アクセサリーを当たり前につけていた。 男の子の世界も変わったのねえ。。。(^_^;) 私には子供がいないから、日々の出来事で時代の移り変わりを実感したりすることは少ないから、 時々、こういうことに感慨深い思いをしたりする。 そういえば、コンサの選手たちだって、 私服のときは、何気にペンダントやリングを身につけていたりするものなぁ。 かつては試合中にアクセサリー禁止なんてことはなかった。 ヒデが20歳くらいの頃、 小指にいつもリングをしてプレイしていたり、 ○○の試合中にペンダントを落として、試合後探したけれど見つらなかったと彼のHPに書いていたりたことを思い出す。 そのうち、試合中は金属は危険だということになったらしく、リングやピアスをしている選手は上から絆創膏みたいなものを貼らなくてはならなくなった。 格好悪いなあと思っていたら、前面禁止になったのだ。 それだけ、選手たちのアクセサリー装着が当たり前になったということなのだろう。
昔、男の人のリングは、結婚指輪くらいで、 それだって、一般的になったのはここ30年くらいのことだろう。 大学時代、知っている男の子がリングをし始めて、 女の子たちの間で「あれはどういう意味?」と話題になったことがある。 結局、オシャレのリングだったのだが、 そのころ、リングをつけるというのは、それこそ、極めつけの格好付けだった。 (彼は格好よかったから、まあ、似合っていたけれど) 彼とたまたまそのリングの話をすることがあって、 「親父の結婚指輪なんだけど、つけてないから、内緒でもらってきてつけている」みたいなことを彼が言った。 私は自分の父親がリングを持っている(たとえ結婚指輪だとしても)なんて想像もつかなかったから、 「親父の指輪だ」ということにすごくビックリして、 洒落者のお父上はやはり洒落者なのだなあ。。と感心したりしたものだ。 最近は、ピアスの男の子にも驚かなくなったし、茶髪も普通に感じられるようになった。 さすがに鼻ピアスにはいまだに慣れないが。 自分に男の子がいたら、 そこそこにおしゃれさんでいて欲しいとも思う。 その「そこそこ」具合が難しいのだろうけれど。
2008年10月29日
PCを開いたのは何日ぶりだろう。。。(^_^;) 腰を落着けて書けるぞ!と思う日には、 決まって<秋春制>に関する問題が出てくるというのは、何の因果か? しかし、この問題に関してはしぶとくやり続けるしかないと思っている。 まずは、選手会の動き。 28日に代表者会議が行われ、<秋春制>に関しても話し合われた。こちら 事前のアンケートによると、「条件付きも含めて賛成7、反対3という感触」だったそうだが、 この話し合いでは、降雪地のクラブの選手を中心に、サポーターやクラブ経営への悪影響を指摘する意見も出たそうで、 移行で想定される利点や悪影響を明確にした上で議論を進める方針となったようだ。 確か、コンサの選手会の今季の会長は曽田選手だったはず。 生粋道産子の彼が降雪地クラブの現状をきちんと話してくれたのだろうか。 今回は代表者会議である。 降雪地クラブの選手の声を選手会の選手たち全体に知らしめて、 その上で意見の集約をして欲しいと願う。 そして、Jリーグの動き。 秋春制移行問題がJリーグ将来構想委員会の正式議題になったようだ。 こちら 「きちんと議論して、Jリーグとしての結論を出す」ということなのだろうと理解したのだが。 鬼武チェアマンは、慎重論者だと思うが、 とにかく犬飼氏がごり押ししている状態なので、 ただ「出来ません。無理です」と言ってもダメ。 なら、それなりの調査・研究をして、「無理です!」という結論を示そうということなのなら、良いのだけれど。 とにかく、議題に上がったのなら、地方の現状を、降雪地の実態を、 きちんと調べあげて欲しい。 そして、移行するために何が必要か、そのための財源はどうするのか、 具体的方法を示し、それが可能なことなのかどうかを明確にして欲しい。 最後に・・川淵氏のこと。 今朝のニッカンに 「一転、秋春制支持」とある。 「秋春制の方が順応しやすい。W杯予選にも対応しやすい」と述べたとか。 「積雪のある地方のことを考えないといけない。 画期的な解決策が見つかればいい。 各クラブがお金を出し合って練習場確保のために費用負担するとか」 と、移行へのデメリット解決策に踏み込んだそうだ。 移行で不利益になるクラブのために他のクラブがお金を出す? 降雪地域のクラブが2~3ヶ月の期間練習場を確保できるだけの金額とはいったいいくらだろう。 そして、赤字経営で悩む各クラブが、移行のためにそんなことをするのだろうか? そして、練習場が確保されたとして、それが地元ではない場所だとして(その可能性の方が大きい)、地元密着の思想はどうなってしまうのだろう? 川淵氏は軽々にこういうことを言わない方がよろしいと思うが。 とにかく、この問題から目を離さずに、行かなくてはならない。
2008年10月28日
週に1、2度、寝たきりの父と過ごす1日。
命の綱である栄養点滴を、欠かすことはできないが、その作業を何度かすることの他は、静かに時間が流れる1日だ。
たいていは、本を読んで過ごす。
かつて自分のものであった部屋は、今は、姪が使っているが、 自分の本が壁一面に並んだままなので、 そこから、何冊か取り出して読んでいる。
そこで、覚えのない時代小説を見つけた。
父が買い求めたものらしい。
私が実家にいた頃は、父はまだ現役で働いていたから、 父の読書する姿はあまり記憶にないが。
定年後のゆったりとした時間に、 父はずいぶんと本を読んでいたらしい。
実家を訪ねると、 ソファーの上に、読み掛けの本が置いてあったりしたものだ。
父の買った時代小説を何冊か読み終えたころ、 私の本棚とは別のところに、 ずらっと並んだ本を見つけた。
「鬼平犯科帳」。 それは22冊もあった。
父はこれをどんなふうに買い集めたのだろう。 1冊読んではまた1冊とだったのか。 何冊かまとめて買ったのか。
今はもう言葉を発することをしない父に、話を聞く術はない。
「鬼平犯科帳」を読み出したら、 思いがけない面白さに、 ぐいぐいとひきつけられて、 時間を見つけては、次、次と読み、今日は9冊目に入った。
父が過ごした穏やかな日々を思いながら、 父の愛読書を読み続けている。
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