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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2010年08月14日
明日の緑戦は、いつもの「味スタ」ではなく、「国立」なのですね。。。 国立での試合。行ったことがあります。1度だけ。 それは、2002年7月20日。 浦和との試合でした。
「7月のレッズ戦。国立だよ!! 初国立!! 行く?」 2002年、リーグ戦の日程が発表になったとき、コンサ隊の中ではこんな話が飛び交いました。 その年の、開幕戦:高知春野のホーム戦に初めて遠征したコンサ隊。 次は「ぜひともアウェイに行きたい。アウェイも味わいたい」と思っていたときの、「初国立」は非常に魅力的でした。 しかも、相手はレッズ。 レッズとの試合に行ってみたいけれど、駒場はちょっと怖いよね・・・と思っていた私たちでしたから、 これは「どうしても行かねば!!」ということになりました。 試合は土曜日、19:00からのナイトゲーム。 前日入りしていたNo.1 代表:くーと現地添乗員のNo.9支部長が、 当日入りのNo.7このり事務局長、No.8ひろみさん、No.11ちあきちゃんと新宿で合流したのは、お昼頃だったでしょうか。 昼食を食べて、その後は 新宿副都心の都庁の見学というベタな観光へ。 (そのときから、コンサ隊の遠征は「観光満載」でした) ところが、あまりの暑さにNo.8ひろみさんがノビテしまい、いったんホテルへ休憩に戻るというハプニングが起こりました。(付き添いはNo.11ちあきちゃん) 残りの3人は、夕食を調達し、早めに国立へと向かいました。 レッズサポに取り囲まれ、びびりつつも、おとなしく控えめに入場口を目指します。 ところが、アウェイ席に近づくと、どんどん見慣れたコンサユニ姿が増えていきます。 スタンドに上がってみると、そこには、一面、コンササポ!! すごい・・・・ お知り合いのレッズサポさんから連絡があり、コンササポ席とレッズサポ席の仕切りのところで、ちょっとお話することができたのですが、(そういえば、そのときは、緩衝帯はありませんでした) 彼がそのとき、「すごいなぁ!!みんな海を渡ってきたんでしょ?」と言った言葉を今でも覚えています。 「関東在住の人もいるから全部が海を渡ってきたわけじゃないけど・・ww」と、確か答えたと思います。 試合開始前には無事に全員がそろい、しっかり応援することができたわけですが、試合はコンサが先制するものの、追いつかれ、Vゴールで負けたのだったと思います (いつもながら試合に対する記憶はあいまい・・・「百鬼夜行」さんに観戦記ありました こちら) 試合開始の19:00でも気温がゆうに30度を越えているという暑い暑い日でした。 それでも、国立のアウェイ側スタンドには、たしか3000人のコンササポが集まったと、翌日の新聞に書かれていたような記憶があります。 「しょうゆもち」さんのところに、その日のスタンドの画像がありあました!こちら 翌日は、横浜で1日観光してから帰りました。 外人墓地、山下公園、おもちゃ博物館、元町・・・ 観光も本当に楽しかった。。。 「負けちゃったけれど、アウェイの応援はなんか燃える!」というこのときの感覚と、 1泊2日でも十分に観光が楽しめるというこのときの経験が、 その後のコンサ隊のアウェイ遠征の数々へとつながっていった初アウェイ遠征でした。 明日はぜひとも勝利して、駆けつけるコンササポのみなさまを喜ばせてほしいものです。
2010年08月13日
お盆休みの恒例行事。
実家の庭でみんなでジンギスカンパーティーです。
姪が小さかった頃は、続けて、花火をしたものですが、 やらなくなって久しいです。
No.1 代表:くー
2010年08月13日
昼過ぎに車で練習場の前を通りました。
もう練習は終わった頃かしら…と思ってクラブハウスの玄関あたりに目をやると、そこにはたくさんの人の山が見えました。
今まで私がみた出待ちの人の中で、間違いなく一番の人の数だったでしょう。
今日は、遠征への出発時刻を気にすることもなく、 選手たちはファンサービスできたはず。
暑い中、待っていらしたたくさんの人たちがみんな、ニコニコ笑顔で練習場をあとにできたのなら、良いなぁと思っています。
No.1 代表:くー〓
2010年08月12日
日曜日に練習試合を見に行ったとき、 コレクションハウスをのぞいてみました。
なんだかガラーンとしているように感じたのですが、品物の入れ替え時期だったのでしょうか?
そんな中で、あらっ?と思ったのは、 タオマフ類の横に置かれていた「ネクタイ」。
黒地に赤い一本線。
確かこれはエルムソーイングさんのネクタイのはず。
コレクションハウスでも買えるんだ! とびっくりしました。
「Cスペース」にはあるかしら? まだ確かめていません。
No.1 代表:くー〓
2010年08月12日
「厚別女子会」楽しみぃ♪ ヽ(^。^)ノ で、女子限定「ATB48」チケットですと? はい!はい!これもありです!! で、その特典。 ☆3席を2人で使う → ちょっとゆったり ☆特別販売のスイーツを1個プレゼント → 並ばなくても良い ☆試合後選手と記念撮影 → 選りすぐりのイケメンでお願いしますww ☆イケメン4のポストカードをサイン入りでプレゼント なかなかいいところに目をつけたような気がしますね。。。 中でも、私の目をひいたのは、こちら ☆イケメン4のポストカードをサイン入りでプレゼント つまりはこういうことですよね!(^^)vむふ。 どんなことがきっかけでも、 コンサに興味を持っていただける人が増えて、 コンサを応援しようと思ってくださる方が増えていくことは、 大事な大事なことだと思うので。 「ATB48チケット」女子に勧めてみます!
2010年08月11日
夏はサンダル愛用の私ですが。
今日のような雨の日は、出かけるときに何を履くべきか悩みます。
外歩きのみのときは、濡れてもいいやとばかりに、サンダルで出かけるのですが。
出先でひとさまのお家に上がらねばならないときは、本当に悩みます。
靴を履こうかとも思いますが、その靴も濡れてしまうと思うと、ちょっと躊躇します。
今日は結局、 足を拭くタオルと室内で履くソックスをバッグに入れ、素足にサンダルででかけました。
たまたま地下鉄を上がったら、雨がほとんど降っていなかったので、それらを使わずにすみましたが。
みなさんはどうしていらっしゃるのかしら?
No.1 代表:くー〓
2010年08月10日
ここ2週間ほど、なんだか毎日どたばた暮らしていたので、 今日は1日家にいて、休養しよう・・と思ったわけです。 でも、でも、30度を越えるとの予報・・・ 暑さに対抗するには「じっとして動かない」のが良いだろうと、 朝早いうちに家事をすませ、冷茶のコップを用意し、冷風機を近くに置いて、ダイニングテーブルのいつもの椅子に座りました。 読みかけの本「晩鐘(宇江佐真理)」の続きを読みます。 だんだん暑くなって来ます。 顔がぽっとしてきているのがわかります。 室内温度が30度を越えていました。 冷たいお茶をお代わり。 1冊読み終えたので、PCを開いて、ブログを更新。 「そうだ!夏祭り企画の入賞のカードを作らなくちゃ・・・」ということで、 ちょこちょこっと作ってみるものの、どんどん思考力がなくなっていくような気がします。 頼まれている「ウェディングボード」のこともやらなくちゃならないのだけれど、こう暑くちゃやる気がおきません。 昼食の時間になったので、バナナとゼリーをヨーグルトであえて食べます。 冷たくて美味しい!! この時点で気温は32度。 うーーーむ。 椅子に座っているのも苦しくなってきました。 顔がぽっとしてきます。 慌てて冷たいコーラを飲みます。 これじゃ無理ということで、床にクッションを置いて、読書することにします。読むのは「花冷え(北原亞以子)」。 やはりこちらの方がいくらかましな気がします。 江戸の情緒に浸っているうち、ちょっとウトウト・・・ 目を覚ますと、室内は一層熱さがこもっているような。 気合を入れて、干してあったお洗濯物の片付けを始めました。 汗がツツーーと流れます。。 ハンドタオルで汗を拭き拭き、たたんで、しまって、アイロンかけ。 ふーーーー。 夕方になったというのに、ちっとも涼しくなりません。 そろそろお夕飯のことも考えなくては・・・ ・ ・ ・ 結論*じっとしていれば、なんとか32度の室内でも過ごせますが、 ちょと動くとそれはもう汗だくの世界でした。 明日は雨。気温は27度だとか・・・ ちょっとはましになるのでしょうか? それとも、もっとムシムシして過ごしにくいのかしら???(>_<) <お願い> にぃにぃ賞を獲得された ぱゃおさん、バナナ薬局さん。 試合時に直接受け取るか、郵送か、受け取り方法をお選びの上、 cnn_consatai_koonet@hotmail.co.jp までメールをお願いします。
2010年08月10日
今朝のニッカンには「小倉会長インタビュー」が大きな紙面で載っています。 web上では、まだ見つからないので、秋春制に関しての部分だけ。 「秋春制は設備がないんだから無理を言っても仕方ない。 ただ、世界的な日程に合わせる点も、移籍の面などの面でも、秋春制の方がいいに決まっている。 具体的に、札幌、山形、新潟、仙台が大変なのは分かっている。 設備を整えるのにどれくらいかかるのか。 その計算から始めないと。 協会には資金がないから、自治体と組んで捻出することも考えないといけない。 お客さんが快適に試合を見ることができ、選手がいいプレーできるように環境を整えるのが先だよ。」 「(Jリーグとの協力態勢も大切ですね) もちろん、だから大東チェアマンとも話をしている。 一緒にやっていかなければならないからね。 総合型地域スポーツクラブ作りを進めている文科省とも手を組んでいきたいし、 Jクラブの社長さんが地域協会の理事になる仕組みなど各協会とクラブが密接になることも必要。 夢は47都道府県すべてにJクラブができること。 3部、4部まであってもいいと思う。」 秋春制はいいとの見解ながら、 「お客さんが快適に試合を見ることができ、選手がいいプレーできるように環境を整えるのが先だよ。」 とのことで、無理やり、なんとしても実施ということではなさそうです。 (というより、一応前任者の意見をつぶさないでおくけれど・・・無理でしょ・・と言う感じに私には受け取れますが・・・??) 「47都道府県にJのクラブ」が夢ならなおさらに・・・ ただ、秋春制実施の場合の設備投資の試算は、すでに何回も行われているはずで、 ここでまたそういう話が新会長からでてくるあたり、結局、一部の関係者間の議論で終わってしまっていて、協会全体のものになっていないのではないかと 思われてなりません。 この試算の繰り返しにかける時間も費用も無駄なので、一度きちんと試算の結果を公表すべきだと思います。 「調整型」といわれる小倉会長。 思い込みや自分の理念だけで突っ走ることはなさそうですね。 <お願い> にぃにぃ賞を獲得された ぱゃおさん、バナナ薬局さん。 試合時に直接受け取るか、郵送か、受け取り方法をお選びの上、 cnn_consatai_koonet@hotmail.co.jp までメールをお願いします。
2010年08月09日
立山・アルペンルートを旅して、 自宅に戻ったら、連日暑くて、 コンサは勝利して、 コンサ隊は夏祭りを楽しんで。 あっと言う間に、8月も9日になってしまいました。 いまさらながら、立山・アルペンルートの旅の話を・・・
<1日目> 14時近くに富山空港に着き、富山駅までバスで移動。 その後、富山地方鉄道の各駅停車に乗り宇奈月温泉まで移動したら、 1日目はもう終わりでした。 温泉街とはいいながら、夕食なしのホテル泊まりだったので、 ホテルのお隣の道路に面した露天形式の飲食店で夕食をとることにしました。 雨模様でちょっとだけ涼しくなって来ていたので、それはそれなりに趣がありました。 ここでは、名物の「鱒のすし」や「白エビ」や越前かになどを食べました。<2日目> 朝イチのトロッコ列車で「黒部渓谷」へ。 ホテルの目の前が駅だったので、便利でした。
トロッコ列車は、よくこんな渓谷を切開いたよなぁ。。と思うようなところをゆっくりゆっくり進みます。 さすがにひんやりしてはいるものに、この日は湿度が高く、ちょっとじっととしています。 80分ほどで、終点の「欅平」に到着。 観光地図などで見た感じではもっとひらけた場所に思っていたのですが、 実は、ほんとうに川沿いの狭いところに駅が作ってあります。
駅から川の方へ行く降りて、「猿飛峡」へと向かう遊歩道を進んでみました。 ところが、10分ほど狭い川沿いの道を行くと、霧が出てきて、行く手が霧に隠れるようになり、 このまま進んでもダメだろうとの判断で駅まで引き返しました。 川沿いのところには「足湯」もありますが、混んでいたので、見ただけです。 駅で帰りの列車を待っていると、どんどん人が列車で運ばれてきます。 帰りのトロッコ列車に乗り込んでの帰り道、すれ違う列車がどれも人でいっぱいです。 あの狭い駅や駅周辺のことを思うと、これだけの人たちがあの場所に運ばれたら、どれだけの混雑ぶりだろうと思ってしまいました。 宇奈月温泉までもどり、昼食を食べ、地方鉄道に乗って、次の目的に「立山」へと向かいます。 列車を途中で乗り換え、2時間半ほどで、立山に着きました。 ここが、「立山・黒部アルペンルート」の出発点です。 ここからは、一般車両は入れないことになっています。 午前中は大変混雑しているらしいこの始発点も、午後の2時を過ぎて、並ばずにチケットが買える程度にまで落ち着いてきていました。 まずは、ケーブルカーで一気に500mほど上ります。 続けて、高原バスに乗り換え、宿泊地である「室堂」へと向かいます。 室堂は海抜2450m。 そこまで、バスは50分ほどの道を登って行きます。 途中には、大きな立山杉があったり、「称妙滝(落差が日本一の滝)」が望めるスポットがあったりします。 ところが、登っていくにつれて、どんどん霧が濃くなっていきました。 滝の見えるスポットではなんとか見ることができたのですが、それからは真っ白な世界が広がるばかりです。 「室堂」に着いたのは15:30くらいでしょうか。 ホテルにチェックインして、部屋で休みます。 夕食はレストランで和食会席が出て、湧水を利用したという大浴場もあり、高地にあるホテルだということを忘れていたのですが。 <3日目> 夜半、目を覚ますと、No.24いっちゃんが「頭が痛い」と言います。 ホテルのHPには「まれに高山病になる方もいます」とあったのですが、 その「まれな方」になってしまったようです。 なんとか眠れそうだというので、様子をみることにしました。 4:20集合の「ご来光ツアー」に申しこんであったので、3:00過ぎから、 再び動き出します。 結局、雲が出て「ご来光ツアー」は中止になったのですが、そこときには、いっちゃんの頭痛は、けっこう強いものになっていたようです。 このままではダメだとの判断で、フロントまで出掛け、様子を伝えると、 「軽い高山病ですね。」とのこと。 頭痛薬をくれ、さらに「酸素ボンベ」をお貸ししますので、酸素吸入をしてくださいとのことです。 酸素ボンベの乗った台車をカタカタとひいて部屋に戻り、酸素吸入をしました。 指示の通り、10分吸って、10分休むというセットを3セットやってみると、いくらかよくなったとのこと。 フロントに電話して再びの指示を仰ぐと、「もう3セットやってください」とのこと。 もう3セットが終わったときには、ほとんど頭痛が消え、顔色もよくなりました。 最悪、山を降りることも考えたのですが、これなら予定通りに黒部ダムへと回れそうです。 調べてみると、このルートで室堂が一番高地になるようで、この先は、降りていくことになるのですから、大丈夫でしょう。 朝食をすませ、念のため、室堂での散策はやめにして、トロリーバスで大観峰へと向かいました。 この日は、どんどんお天気がよくなり、大観峰からの景色は見事でした。 その後は、ロープウェイに乗って、黒部平まで降ります。 このロープウェイは途中に支柱が1本もないロープウェイだそうで、黒部ダムが下に見え、遠くには連なる山々が見え、素晴らしい景観です。
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黒部平から黒部湖までは山の中のトンネルを行くケーブルカーです。 黒部湖に着きました。 ここでは、夏の間だけ就航している観光船にのりました。 湖自体にはこれといって見るものはないのですが、湖を取り囲む山々の景色はやはり、見ごたえがあります。
遊覧船を降りて、ダムの上を黒部ダムのレストハウスへと歩きます。 ダムは放水中! 虹が何本か見えます。 そして、ダムの大きさ、渓谷の深さに迫力に圧倒されます。
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レストハウスで、昼食をとったあと、資料室を見たり、周囲を散策して、ゆっくりと見学しました。 黒部湖からは赤沢岳の真ん中をくりぬいた「関電トンネル」を走るトロリーバスに乗って扇沢へと向かいます。 「黒部の太陽」でおなじみのあの「黒4ダム工事の難所」は、つまりはこの工事用の大トンネルを作る大変さだったのだそうです。 トロリーバスが着いた扇沢は、長野県にあります。 つまり、富山から入って長野に抜けたことになります。 扇沢からは路線バスに乗り、宿泊地である「大町温泉卿」へと向かいました。 大町温泉では小さな古い旅館ながらお料理が自慢というところに泊まりました。 そばの実を使ったお料理や、手打ちのそばなど、そば好きにはたまらないお料理の数々でした。 たくさんありすぎて食べ切れなかったのが残念だったほど。 <4日目> 大町温泉から信濃大町の駅までバスで出て、その後は在来線に乗り松本へ。 松本からは「特急あずさ」で新宿へと出て、新宿で昼食をすませ、 羽田からJALに乗って帰って来ました。 日本一高地にあるホテルに泊まり、めったに経験した人などいないだろう「高山病」にかかったり(看病したり)しましたが終わってみれば、これも思い出のひとつですwww. 素晴らしい山の風景と、人の力の偉大さを感じるダムを見られて、感慨深い旅でした。
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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