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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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2012年03月12日
僕たちはまだ一緒だね でも、ほかの人たちは、そうできなかった いつか、彼らにもその秘訣がわかるだろう でも秘訣と言うほどの事じゃない 難しいことでもない それはただ、君と僕と、守り続けた約束だったから 君と僕と、魔法の思い出だったから いろんなことあったり言われたりしたけど、決してわかってもらえなかった どうして僕たちがここまで来れたか 僕たちにはそうできるとわかっていたけど それは君と僕だったから 君と僕だったから・・・ モンキーズのデイビー・ジョーンズが亡くなったのを、昨日まで知らなかったファンです。 彼らの音楽は、この1年、毎日聞いていたのに。 不思議なご縁です。 去年の1月頃(その前の年だったかも)、地震や原発事故が起きる前だったのは確か、それまでご無沙汰だったモンキーズの事が気になって、アマゾンで調べて、CDや「Monkee Business」という本を購入、3月11日以降、旦那の仕事場にしばらくお邪魔していた時に、読んでいました。 時間だけはあったので、そのあと、メンバーのミッキー・ドレンツが書いた「I'm a Bliever」も。 はじめは、60年代に出た音楽だけでしたが(当時はもちろんレコードでしたが)、再発売されることになったモンキーズのTV番組のDVDも購入、それからの彼らが知りたくなって、その後でたCDも。 彼らには再び魅了されることになりました。 DVDを見たり、CDを聞いている時は、ビートルズはお兄ちゃんお姉ちゃん世代のもの、私たちはモンキーズと、熱中していた時代に戻っていました。 はじめに書いている曲は、モンキーズのメンバー4人で30周年を記念して1999年に作成した、「Justus」というCDの中の「You and I」です。 訳詞のできはご勘弁願うとして、何かと批判の多かったモンキーズの歴史を象徴するような、デイビーとミッキーが書いたメンバーとファンのための曲(だと思う)です。(ユーチューブ) 「You」と「I」と両方が一緒だったから、ここまでやってきたのに・・・。 だめじゃん、こんなにはやくあの世へいっちゃうなんて。
2012年03月10日
ドキドキでした、けどおもしろかった! 奈良選手とノース選手は、かなり安心でしたねえ! サイドの高木選手と岩沼選手は前季と同じポジションで活躍が期待できるとしても、新コンビのCBは、実際に見るまではちょっと心配だったんですが、奈良選手、これから伸びるとすると、今日のプレーヤー解説の曽田さんより早熟な分、間違いなく、もっとうまくなりそうですね。 ベテランのノース選手と一緒というのも勉強になっていいでしょうね、きっと。 攻撃も噂の前田選手の意表をつくプレーや、チャンスは少なかったですけど、ウッチーや近ちゃん、岡本選手、後半は山本選手も入ってきて、いい形ができてました。 残念なシーンばかりでしたけど、ワクワクしました。 シュート数もCKやFKの数も、相手のジュビロ磐田のほうがずっと多かったですけど、相手にとって怖い攻撃という意味では、うちのほうが良かったなんじゃないでしょうか。(ひいき目かなあ?) もちろん、縦横無尽のキャプテンが、今日のJ1初仕事にも、しっかり手綱を引いてチームを引っ張ってくれてたのが効いたのは、いうまでもありません。 たくさんの選手が試合最後には足がつっていたようですけど、やはり、それほど、J1チーム相手だと、うちはぎりぎりまでがんばらないといけなかったってことなのでしょう。 しかし、開幕、満員のドーム、格上のチーム相手に前半は0対0でもったとなると、前のコンサだったら、後半に耐え切れずに失点、そして悪くすると、それで前がかりになってさらに・・・という試合展開になってたと思います。 そうならずに、J1でも相手の時間帯に耐えることができたのは、ちょっとした希望にみえました。 J2の時にはそれができるようになっていましたし、それで昇格もできたわけですけど、そういうメンタルで、最後の最後まで決まらなかったJ1昇格を、自分たちで勝ち取ったというのが、いい形の自信となって選手の皆さんの中にそのまま残っているのでしょうね。 これからの試合、すべてのチームが格上、どれも、一筋縄ではいかないでしょうが、メンタルが強くなったというのは、コンサの大きな財産だと思います。 サッカーキングで中山選手が話していましたけど、J1で生き残るには、試合を引き分けにできるか、負けてしまうかというのは大きな違いだと思います。 もちろん勝てればもっといいけど、勝ち点1を勝ち取ったのは、開幕戦の大きな収穫です!
2012年03月06日
もう1年経ったか、と思うと、時が経ったのがはやく感じるんですが、あの頃、新しく福島にやってきた方が、もう随分と昔からいるような気がするのは、やはり1年が長かったということなのかもしれません。 ありすぎるほど色々あったし、まだ現在形のものもあるし。 正直、この1年は、精神的にとても辛かったです。 当初は地震や原発事故そのものだけでしたが、やがて、それによって誰もの気持ちにささったとげが、いろんなところでささって別のとげを生んでいくのが目に見えてきて。 はじめは外国から驚嘆・賞賛されたようないわゆる”日本的”な、秩序と節度のある行動が表だっていましたけど、長い間のストレスにはやはり耐えきれずに、その下にあったエゴが姿を表してきたみたいに思えます、福島でも、県外でも。 人によるのはもちろんですけど、福島から距離が離れるほど、パニックの度合いが大きいように感じるのは、とても不思議です。 去年参加したシンポジウムで、韓国の研究者の方が、韓国でも放射線による影響が出るのではないかと、パニックになっていると話しておられましたが、それを日本人が聞くと、ちょっと苦笑いしてしまうのが、福島と県外の関係に似ているのかもしれません。 EUの、福島を含む11都県からの食品の輸入を規制する措置なんかもそんな感じでしょうか。 今でもとても共感して目を向けてくださっている方もおられるのはわかっていても、井上ひさしさんが書いた「吉里吉里人」という小説のように、福島も独立して、自分たちで作ったものを食べ、自分たちで生活していければ一番平穏に暮らせるかも、と思うほど、ああしろこうしろという圧力はかけるが、実際にこちらが救いを求めて手を出すと知らん顔の外野には、いつも傷つきます。 すべてを政治のせいにするのも、ようするに、人のせいにしていれば自分は逃れられるという心理なのかなと、ひねた考えも浮かびます。 そしてそうか、福島は必要ないのか、と。 具体的に思っていることは沢山あっても、ブログに書こうとしてもなかなか手が動きません。 日常の小さなとげから、ニュースなどで見るような大きなとげまで、ひたすら耐えるのみと、頭の中で何も思わない、考えられないように、音楽をかけまくっていた頃もありました。 普段結構ボケっとしている私にしては、珍しく神経質になってるかも、と自分でも思いますが、どうしようもない。 それにしちゃ、書いてたじゃん?と思われるかも。 でも、書くのも結構辛かったんです。 いままでと同じ感じで書きたいなと思って書くと、ほんとは違うのにと、ほかのブロガーさんとのギャップに落ち込むこともありました。 身を削る思い、というとオーバーかな。 それでも書かないと、という思いはありました。 これからも書いていきますが。 いま、福島に住んで、どう考えているかを伝えるのは、私を含めて福島の人間がやるべきことだと考えています。 同じ福島に住んでいたって、さまざまな思いや考えがあるはず。 ちょうど、学年末、新学期の頃だからか、いまの福島は、避難してくる人、避難する人、ちょっと見ると矛盾した2つの動きが同時に起こっています。 そして、福島県人と他の地域の皆さんとの間の意識だけでなく、避難している人と、残っている人の間にも、気持ちのズレが出てきているのは、嬉しくない事実です。 「逃げる」と言う言葉で避難する方のことを表現されることがあります。 はじめて聞いた時にはびっくりしました。 その言葉を使う人の気持ちには、もう避難先の福島県人は仲間じゃなくなってるのかも? まるでクスリの副作用のように、予想のつかないとげが、時間が経つに連れ、出てきているように思います。 綺麗ごとは程遠い、福島にいれば「絆」なんて言葉は、別の世界から満足してみている人たちの言葉だとしか思えません。 悲しくて、その言葉は使えません。 今日もボラ仲間と話していまいた。 彼女は、当初は放射線のことで落ち込んでいましたが、いまは、元の明るい性格にもどっていて、「もう何もこわくないね。根っこさえちゃんとしていれば、他のことはどうだってよくなってきた。」と話していました。 原発事故の風景を見てももう、涙もでないけど、津波で被災された海沿いを見るのは、どうにも忍びない、そんなことも話していました。 事故当初の病院の玄関は、マスクを付け防護服をきたお医者さんや職員が、ガイガーカウンターで患者さんの被曝程度を測定をしているという異様な光景でしたが、いまの病院は、震災前と変わらない老若男女の患者さんがみえている、どこの病院にもある普通の風景です。 もちろん、お腹の大きな”もうすぐお母さん”も、生まれたてで湯気が出てそうな可愛らしい赤ちゃんも、今も変わりなく来られてます。 福島は、生きてます。
2012年02月25日
オフィシャル(のここ)に、Jリーグサッカーキングでコンサの特集が載るという記事を見た時、正直、「サッカーキングなんて雑誌があったっけ?」と思ってしまいました。 すみません! ほんの一部を除くと、ほんとにコンサ一色でした! おみそれしました~キングさん。 (だって、「キング」なんて、むか~しを思いださせるんですもの、って言い訳になる?) 皆さん、もう手に取られました? どうせ、コンビニに行っても買えないんだろうなと思っていたので、うちはアマゾン(もちろん、コンサ経由!)で予約購入して、今日手元に届きました。 コンサの現役選手インタビューやや石さんについての記事、選手による選手評などとともに、「OB選手たちの現在」では相川さんのインタビューが載っていて、思わず、相川くんだ~!元気だったか!と、懐かしさがこみあげてきます。 あと、まだちらと見ただけですけど、ウリセスさんの、歴代の外国人選手の話なんかも、楽しめそうです。 (あと、コンサの特集号だからなのか?播ちゃんのインタビューもあります) 580円ならお買い得ですよねえ。
2012年02月19日
まずはマサさん、北九州戦前情報、ありがとうございました。 負けましたか。 前半、去年いい試合ではそうだった近ちゃんしょっぱな(近ちゃんにしてはちょっと遅かたけど)のシュートが決まって、おっ幸先いいな!と喜んだのもつかの間で、北九州にFKを決められてしまいましたもんね。 速報で何ども目にする「前田が・・」の文字からすると、新しくコンサに入った前田選手がかなり活躍した様子。 彼を中心に、積極的に攻撃を仕掛けている印象を受けました。 しかし、その割に点が入らなかったのは気になりますが・・・。 ウッチーが前半で交代になったことや、キリノ選手の名前が、すぐに見えなくなったのも。 でも、実際の試合を見たわけではないので、何事も確信はできないし、交代人数も今日は3枠に限られてなかったようなので、どういう意向の試合かもわかりません。 いい方にも悪い方にも早合点は禁物ですね。 それにしても、試合は北九州であったんですか(熊本とばっかり)。 行けばよかったなあ。 久しぶりに里帰り、なんていい口実もついただろうし。 コンサの選手の具合、みたかったなあ。
2012年02月18日
旦那の夕飯が要らないときは、いつも残り物か、間に合わせで作るかで、家でぽつぽつと食べるんですが、今日は、思い切って外食でした。 何も、外食くらいで思い切らなくても、と思われるでしょうが、もったいないとか一人分なんてどうにかなるという主婦根性もあるんですけど、何より、一人でレストランに入って食べるくらいなら、家でテレビでも見ながら、横でネコがカツオブシをつきあってくれてる方が、どんなにかいいという思いがあるので、今日は外で食べてみるかと思っていても、ついつい尻込みしてしまうんです。 でも、なんか人恋しい今日この頃、秋でもないのに。 あそこなら温かく迎えてくれそう、と思って、顔見知りの(といっても今迄2回しか行ったことないんですけど!)シェフのいる小さなお店に行ってきました。 行って正解。 まだ早くて誰もいないレストランで、好みを聞きながら目の前で用意してくれるお料理はどれももちろんおいしく、シェフとも意気投合して話も弾んで、心も体もすっかり温まって戻ってきました。 たまには一人の外食もいいもんですねえ。 思い切っていってよかったです。 今日の福島はおそらく真冬日で、歩いて20分ほどの道のりは、行きは顔が痛くなるほど冷たく感じたのに、帰りは、♪すーる・しえるど・ぱり♪なんて上機嫌で口ずさみながら、軽快なもんでした。 人間って、やっぱり気持ちで生きている部分、ありますね。
2012年02月06日
昨日は、旦那が珍しく早く仕事を終えたので、U23のシリア戦をみました。 このまま同点で終わるかと思っていましたが、残念でしたねえ。 シリアは、キックがうまい! 敵ながら、「わ、いいボール!」と思わず感心することが結構ありました。 対する日本はちょっと元気なかったでしょうかね。 メリハリがないというか、がんばってるんでしょうけど。 昨日の試合だけを見れば、やっぱり勝ったシリアの方がうまかったように見えました。 もちろん、あのピッチ状態では、日本がいつも通りの試合をすることができなかったというのもあるのでしょうが。 でも、終わったあと、GKが自責の念で泣きそうになりながらインタビューに答えているのをみたら、もう何にも言えないですね。 いいレッスンだったということで、気持ちを切り替えられればいいんですよね。 若いんだから、それができるさ~! 「反省は太くみじかく(by荒谷GK)」ですよね。
2012年02月05日
昨日の続きみたいなものですが、今、福島で一番影響の出ているのは、成人病の増加じゃないかと思います。 長い避難生活で、持病の症状が悪化したり、あるいは検診で、今までなんの異常も示さなかった思っても見なかった病気を知らされたり。 そう言う話をこの頃になって耳にするようになりました。 ずっと前に書きましたが、例えば、避難所で出だされる塩の利いたお握りとかお味噌汁、仮設住宅でカップ麺やできあいの食料を続けてとっていれば、高血圧や糖尿病の人には良くないはず。 脂肪分の多い揚げ物や、野菜不足、運動不足で、不健康になってしまう人も少なからずいるはずです。 若者なら、健康を取り戻す事もできるでしょうが、避難しているうちに、足腰が動きにくくなって、もう元の家には戻れそうになくなったという方が、まだまだ”お年寄りというには若い”ほどの方にもおられるとか。 そう言う話を聞くと、放射線の影響を避けるために避難するのは、原発がこれ以上は悪化しないと分かった時点で、やめたほうがよかったのでは?とも思います。 結局、放射線による悪影響は、そういう二次的なものがほとんどのように思います。 少なくとも、幼い子供と親御さん以外は、故郷に戻った方が良かったのでは? 昨日の野鳥のように原発のすぐ近くは無理でしょうが、今からでも、川内村のようにはやく故郷に戻った方が、健康のためにはいいような気がします。 今まだ、東電による賠償は始まったばかりですけど、お金で表せない被害、はっきりとその影響だとは言えない身体的・精神的な健康被害、家族の愛や形の崩壊、交友関係のダメージなど、賠償請求できない被害はそれこそ人それぞれにたくさんあって、これからもそれらは続くと思います。 実はそういうことのほうがずっと辛かったりします。 ほんとうに、東電は、とんでもないことをしてくれたものです。 それだけは確かです。
2012年02月04日
福島の原発近くで行った野鳥の調査で、異常が見つかったというニュースがあってました。 こういうニュースを見て、いちいち「またあ?」と反応してしまうのももういい加減、疲れてきましたが、でも、福島で暮らしている以上、反応せざるを得ません。 ニュースで言ってたように、野鳥でみつかった異常は、人間の放射線への影響について学べる機会ではあるかもしれませんが、少なくとも福島県人のDNAに影響してくるかと言えば、冷静に考えれば、そんなこと考えられないです。 野鳥のように、避難命令の出ている原発の近くで、事故以来ずっと暮らしている一般人はいませんから! いるのは、防護服を着て被曝量をチェックしながら作業しておられる、原発収束に向けて働いておられる方々で、その方々は、さらにこれから健康調査をうけていかないといけませんが。 甲状腺の調査もそうですけど、マスコミは異常に”異常”を探し過ぎるきらいがあるようにかんじます。 用心に用心を重ねるのは結構ですが、中途半端に伝えることは、特に今、福島にこのままとどまろうか、それとも県外へ行こうかと考えている、あるいは逆に、いつ頃福島に戻ろうかと考えている、お子さん連れの家族やバラバラになった家族の方々に、混乱をもたらすだけです。 マスコミが、ほんのちょっとの思いやりと、やってきた情報を伝える前に、冷静にもう少しつっこんで分析することができればなと、思います。 事実をもうすこし掘り下げないと、役にたたないばかりか、害になりかねません。 去年行われたシンポジウム後の記者会見で、マスコミからいろんな”もう分かってるよ”的な質問が出て、マスコミってこんなものかとがっかりしたことがありましたが、こういう情報こそ、野鳥は異常が見られた、じゃあ、福島の人間ではどうなるのか?しっかりつっこんだ質問をして取材しないと!
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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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