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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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2011年03月23日
昨日から、旦那の職場は公に仕事再開。 (それまでは隠れてこそこそ・・ってわけじゃないですが) 私はおじゃま虫で、おいてもらってます。 3食用意して出かけるので、朝はもうばたばた。 でも、そんな日常生活で忙しくできるのって、こんなときは嬉しいもんですね。 で、お昼を食べてふと窓の外を見ると、誰かがサッカーやってます。 青いユニを来てるので部活かな? たった二人、フリーキックの練習をしたり、リフティングしたり。 ゴールマウスになかなか入らないなあ。 次頑張れ! あちゃあ、またはずれた。 (お二人さん御免。ほんとはウソでも決まった!とかけばいいんだけど、なかなか決まらない・・) 二人なので、とんでったボールを拾って来ないと行けないので、効率悪いんです。 蹴っては拾ってきて、また蹴る、まあ走るのも練習のうちさね、なんて、彼らの監督のようなことをつぶやいたりします。 若者や子供たちが、元気なのはいいことです。 見ていてこちらまで嬉しくなります。 大丈夫だ福島、と思えます。 むしろ今は、大人でいられない大人のほうが問題かも。 ガソリンの列は相変わらずですが、どう見ても割り込んだなと思える格好の車があったり、制限のないスーパーで必要以上にモノを買っていく人がいたり。 そういう殺気だった(と言うとオーバーかも)風景では、喧嘩だってあるそうです。 地震、津波、原発とくれば、自分や自分の家族をまず守りたいというのは、動物なら当然の本能でしょうが、人間にはそれ以上の”気持ち”が備わってるはず。 余震はあっても少しずつ地震の後かたづけや復旧作業は始まり、原発も収束に行くと祈ってる、そんな時期なったんですから、もう少し、大人が率先して、我慢できる、我慢しなきゃと思います。 子供たちは見ています。 そして、純粋に、ああ、こういうときはこうすればいいんだと、学んでいるんですよね。 将来の大人たちの世界のためにも、しっかりとした大人として行動が必要なんだと思います。 なかなか難しいですけどね。
2011年03月21日
先ほど、福島市のローカルラジオ局、FMポコであってた、長崎大学医学部で被爆者をみてこられた先生(福島市の放射線健康リスクアドバイザーとなられた)の、放射線についてのお話(3月21日)です。 メモをとりましたけど、自分の字があまりにきれいで読めなかったりで、分かるところのみ、書いておきます。 ご興味のある方はお読み下さい。(3月22日に加筆) <高村先生のおなはし> ●今回講演されたいきさつ 40~50回チェルノブイリにも行き、診断治療、研究を15年間行っておられる。 今回、福島で大変な災害に加えて原発の予想外の事故、放射能溶出、不安感があるだろうと心配していた。ほんとは身近に放射線はあるのだけど、感じてはいない。これは我々が放射線について説明しなければと思い、来た。 ●チェルノブイリのこと 炉心が完全に爆発し、セシウム137やヨウ素131のような放射能が大量に放出され、そのうちヨウ素131の大量放出で子供を中心に甲状腺ガンがでた。 ●同じ放射線が出ている福島では? 県民、さらには国民の健康リスクはない。その根拠は、放射能の量、放射線の量に起因するから。 ある一定の線量は、CTやレントゲン、胃の透視などに使われ、害にはならない、それは、チェルノブイリや原子爆弾の量よりはるかに少ない。 今回のヨウ素の量は、それらよりさらに少なく、チェルノブイリとはまったく性格が異なる。 ●もう一つの不安は、少しずつでもいつまで続く?ということだと思う。炉心全部が壊れたのでなく、今は、原発の一部から漏れたものが風に乗って来る状況だ。が、それが1週間続いているのは気になるだろうとおもうが、データによると、改善してきているよう。さらに大きな爆発があって悪化するとは考えにくいので、この事故による健康リスクは非常に、いや全く考えられないと言っていい。 大切なのは、情報を集め、冷静に判断すること。 <山下先生のおはなし> ●専門家の話はわからん、数字ばかりでわからん、わからんづくめの悪循環を断ち切りたいと思う。 ●原発の訓練では、10kmゾーンで避難と言うことを想定してやってきたが、今回は予期しない事が起き、あっというまに20kmになってしまった。訓練では危ないと分かるとまず屋内退避、それでも危ないとその後避難、となっていた。 今は、20km~30kmが屋内退避。これは危険なのか?マイクロシーベルトなんて分からない数字も出てくる。福島市でも20マイクロシーベルト(お話当時)。 データは正しい。が、それがどう健康に影響を及ぼすのか、説明のし方が足りない。なぜ?誰も経験したことがないから。想定外のできごとで、いろんな専門家が自分の専門から意見を述べ、混乱している。 ●今渦中でどう考えるか? 今「安全」というのは非常に勇気が要る。「危険」とは誰でも言える。 しかし現状打破のため、データを読んで解釈してお伝えするのが私たちの役割。 ゆいいつ、大気にのってくる放射線が問題。 大気中の放射線物質は温度、風、地形で違ってくるので、同心円的にkmでの判断は意味がない。でも、線引きはしないと行けない。20kmを越えるというのは、全く安全ということ。 20km~30kmでの避難はなぜないか?危険でないから。 ●大気の放射線濃度も、食物中の濃度も、減ってくる。どうして?それは、不安定な元素は放射線を出し安定へ向かうから。安定になると放射線は出なくなる。ヨウ素で半減期は8日間、量も少ないので、その放射線が体内にはいる確率は10分の1。 ●少しは体にはいるかもしれない?放射線はエネルギーだから怖い。体に当たると、細胞の遺伝子をこわす。(だからガンの治療にも使われる) 具体的な数字で現すと、1ミリシーベルトの放射線で遺伝子1個に傷が付く、100ミリシーベルトで100個。しかし生きている細胞は、遺伝子の傷を治す。しかし、そのうちの1個を間違って治すかも、それが将来増えてガンになるかもと怖がっている。 ●しかし、今問題になっている10マイクロシーベルトでは、傷が付いたかどうか分からない、つかないんです。なのに、バックグラウンドの1000倍、1万倍とでて、不安になる。即健康リスクを及ぼすと誤解される。分かっていない記者が専門家のコメントをつまみ食いして記事を書く、専門家も反論しなかった。 これは理科オンチを払拭する機会です。特に報道関係。 ●熱がある、体温計で測る、体重計で体重計るというように何を計るにも計測器がいる。放射線は計れるというのは武器なんです。しかし正しく数値を出しても、それを正しく理解しないと馬耳東風、猫に小判、数値の一人歩きはゆゆしき状態。 ●原発では今、250ミリシーベルトの安全基準(以前は100ミリシーベルト)で作業している。ガンになるか?そうでない。 人間は、年間、3.5ミリシーベルト当たっている。心配ない。ガンにはいろんな原因(煙草、環境、食事、遺伝)がある。100ミリシーベルトあてて100人中生涯、1人がガンになるかどうかと言う確率。一方、70歳過ぎれば33人が(いろんな)ガンで死ぬ。 ●放射線は音も臭いもしない、分からないから感情で判断してしまう。核兵器のイメージも先行している。マイクロシーベルトでは影響はない。科学の目を持たねばいけない。理科の知識がないのに数字の一人歩きが心配だ。 ●毎時マイクロシーベルト×24時間で1日分、屋内ではその10分の1になる。体の中にはその10分の1すなわち100分の1しか入ってこない。あびた外部被爆は蓄積する?しない。外部被爆も半減期で減る。いつまでも放射線があったら?圧倒的に量が少ない、雨も、私は今日の雨も平気。 新たな爆発はあってないので、今あるのは、数日前のが落ちてたまっているだけ。盆地や農場など高いはず、でも即危険かというとたとえ口にしても危険ではない。ずっと1年間食べ続けてトータルどれくらい、というのが暫定基準で、1回で当てたと同じと換算してもうけている。放射線は入ったらずっと残っているのではない。半減期もあるし、洗い流される。 ●(このような混乱を収めるには)国や県との信頼関係をつくるのが大事。 中立的に数値を評価する機関がない。利益誘導、恣意が入り、疑いの目がはいる。お墨付きがいるんです。この事故を契機に作り直す必要がある。 ●被爆線量の基準は、赤ちゃん。子供を守るための退避、避難。20歳以上の大人は放射線の感受性がほとんどない。大人は酒飲んで煙草を吸い、はるかに危険性が高い。もし避難するとしたら、妊婦と子供。 放射線はにこにこしている人には来ません。くよくよしているときます。動物実験で分かっています。笑いが恐怖を取り除きます。 ●大変な状況ですが、これからずっと福島を応援し続けます。 先生方は、今後も、各地でお話をされる予定で、今後、中期のサポートもしてくださるという、心強いお言葉でした。
2011年03月21日
ふと気づくと、朝食の用意をしながら歌を口ずさんでました。 あら、とっても気持ちいい。 (この際、うまい下手の詮索はなし!) 大震災のあとしばらくはラジオが主な情報源で、ずっと付けっぱなしていたんですが、はじめは、まだ周りの情報も入ってこない中、ずっとアナウンサーの方が、「一人じゃないですよ、がんばりましょうね」というメッセージを流していました。 旦那が帰れず一人だったその夜は、余震もひっきりなしで、同じ福島の地から発せられるその声にどんなに励まされたことか。 福島の外からネットでおつきあい下さったみなさんもです。 おかげで一人にならずに過ごせました。 そのラジオでも、一晩明ける頃には、音楽が流れ始めました。 なんだか、ほっとしました。 でも自分で歌うのは、久しく(なんかあの日がもうずっと前のような気がします)なかったことに気づいて、そんな余裕が出てきたことを、嬉しく感じています。 そういえば、ちょうど地震が起こったとき、私、CDかけようとしていたんですよねえ。 人間、どんな状況でも、暗いばかりではやっていけませんね。 きっと、そうならないようにできていると思います。 そして、それに気づいて、なんの根拠もないかもしれないけど、少し、楽しくなったりします。 あ、でも、きっと、原発のほうが少しうまく行き始めたからかな。 あそこで一生懸命働いておられる方々は、ヒーローです。 原発そのものは、もう福島県人の前では、原発の”げ”の字も口に出すなと言われるくらいになるでしょうが、今、あそこで頑張ってくださってる方々は、一生忘れない、忘れては行けませんね。 ありがとうございます。
2011年03月20日
余震は、だいぶ落ちついたとはいえまだまだ続いていますが、今は、原発のほうが余程心配になってます。 毎回、ニュースや会見が入るたび、どきっとしてしまいます。 だって、アナウンサーの方もどなたも、口もとさえゆるまないまじめな顔で、話を始めるんですもの。 (枝野さんはちょっと顔に出るかも?) そして、お話に起承転結をちゃんと付けるので、はやく”結”の部分を知りたいものにとっては、緊張して待ちつづけなければなりません。 できたら、始めに「いいおしらせです」とか「結論はこうなんですけど・・」とか「これはこれまでのまとめです」とか言ってから説明をはじめてもらえないかなあと思います。 今までさんざん、ほっとしたかと思ったらぎょっとして、またほっとしたら、がっかりしてという思いを半生分くらい繰り返しさせられてきたので、もうそろそろ、心臓に負担のかからないニュースの読み方してもらえるとありがたいなあと。 こちとら、もうそんなに若くないし。 それかせめて、ポーカーフェイスでなく、いいニュースの時は、もうちょっと明るい顔してくれるとか。
2011年03月19日
朝、カーテンを開けると、道に車の行列。 はじめの頃は何事かとびっくりしましたが、ああ、ガソリンね、今日はあっち方面のスタンドか、と慣れた光景になりつつあります。 タクシーの運転手さんによると、明日はどこのスタンドでガソリンが売られると情報がはいると、前の晩から車をおいておくのだそうです。 なくなる、少ししか買えない、という思いがパニックを起こし、行列を作るんじゃないかなあ。 その行列のために、緊急車両に遅れが出たりすることもあるようで、もう少し、自重した方がいいと思うんですけど。 あるいは、配給の仕方をかえるとか。 うちのアパートの近くでは、地震の前から家の屋根をやりなおしているおうちがあります。 地震の時は、私はそんな余裕なかったですが、アパートのほかの住人によると、大工さん、必死でしがみついていたよ、とのこと。 それはそうですよね。 高層ビルなら命綱もつけているでしょうが、普通のおうちじゃ何もつけてなかったでしょうし、落ちたらただじゃすまない、さぞや怖かったと思います。 でも、無事でよかったです! 最近の挨拶は、「ご無事でしたか?ご家族は?」「おうちのほうは?」 単なる体裁の挨拶でなく、今ほど、本気で互いの無事を確認しあって喜ぶときはなかったような気がします。 で、その大工さん、今日も昨日も、いえ地震の翌日から、ちゃんと仕事をしています。 屋根という場所柄、早急に仕上げないといけないのかもしれませんが、電気のこぎりのうぃーんという音が聞こえると、あ、今日もがんばってるな、とうれしくなります。 普段なら、うるさいなーと文句の一言もいってるかも!? 人間ってやっぱり一人じゃ生きていけないんですよね。
2011年03月18日
とうとう、水が戻ってきました! ウェルカムバ~ック! 昨日ラジオで、「出だした水道水は、お風呂2杯分は飲料につかわないでくださいね。その分は免除もされるので、安心して」と言ってたし、喜んで、まずはシャワーだ!と勢い込んだのですが・・・ 旦那はシャワー浴びました。 次、私の番。 ちょっと欲を出して、髪、染めようかなあ・・・ これが間違いでした。 染めて、しばらく待って、さてシャワー! と、シャーっと出てきたお湯が、すぐにぽたぽた・・・・沈。 止まっちゃいました。 ひえ~寒!!とあわててバスタオルを巻いてヒーターの前に。 (想像して気分を害された方、失礼!) すぐに出てくるかと待てども、水は出てこず。 しょうがないので、くみ置きの水を沸かして頭だけは洗い終わりましたが、体のほうは、あきらめました。 それから旦那の職場に向かったので、確実ではありませんが、多分、家に戻った頃には、水は出ているはず! 今度こそ、シャワーあびるぞ!
2011年03月17日
前の記事は消しました。 この頃は、NHKで情報を仕入れ、ローカルな情報は災害FM(もとはFMポコ)で仕入れていますが、そのFMによると、風評被害で救援物質が届かないとのこと。 なんかすご~~~~く悲しいです。 うちら福島で、どっこい生きてるんだけどね!!っていいたい。
2011年03月16日
テレビでは暗いニュースばかりなので、今回は、一発昨日の失敗話を! 昨日の夕飯は、豚ステーキ丼ときゅうりの酢の物でした。 どんぶりはたっぷり野菜を入れて。 酢の物は、疲れをとるために酢をきかせて。 よっしゃ、できた、とお盆にのせて運ぼうとしてバランスを崩し、 わわわ! ポッシャン ・・・あああ、せっかくのキュウリの酢の物が・・・ 貴重なキュウリ1本まるっと使ったのに・・・ ちょっとお高いおいしいお酢をえいやっと使ったのに・・・ あろうことか、ネコの飲み水の入ったバケツに入れ物ごときれいに落ちてしまいました。 晩ご飯のおかず1品すっかりなくしたのもがっかりですが、こんな水不足の時に、ネコの水まで無駄にしてしまいました。 ネコの飲み水は、トイレ用に使うことにしましたが、トイレに行くたび、バケツの水に浮かんだキュウリが哀れ・・。 今日こそ買い出しに、と考えていたんですが、やっと福井から測定器を借りてきてわかったきた福島市の放射線量は結構高めだし、雪も降ってきたので、取りやめにしました。 あ、晴れてきた。 隣で旦那は寝ています。 いつもは人一倍食欲旺盛なのに、まだ今日はパン2きれだけ。 今になって、ちょっとショックがでてきてるみたい。 やはり動物は、メスのほうが、図太いみたいです。
2011年03月15日
仕事には2通りあるかもしれません。 はじめから完璧さが求められるもの、完璧を目標にしながら作り上げていくもの。 はじめから完璧を求めるものは、かなり難しい気を遣う仕事ですが、たとえば設計の仕事なんかがそうです。 原発も、はじめから完璧でなくてはならないものでした。 そうでないと、ただちに、周辺地域や住民に莫大な被害をもたらします。 実際にそうなったわけですが。 とうとう避難区域は半径30kmまで広がっちゃいました。 福島はだいたい60kmです。安心はできません。 原発のニュースがあるたび、状況は悪くなるようです。 ちょっとほっとできても、すぐにまた悪いニュース・・・まるでよくできたSF映画の展開です。 予想外の大きな地震と津波の併発だったことが理由のようですが、、3基(今は4基ですけど)が時間を変えて問題を起こしたのに、そのどれにも、結局対処ができなかったのは、そもそも原発はちゃんと作られていたのか?甘い想定内で、作ること優先で作ったのではないか?マイナーな事故があるたび、少しずつ疑問ではありましたが、こうなると、危機管理が甘過ぎだと感じます。 昨日、ボラをやっていて、相馬という浜通りの場所から来て入院されてるお年寄りと話をしていました。 「あれだけ署名運動して原発に反対したのに」「自分たちの使える電気でもないのに、先の利便さと引き替えには大きすぎた」 家族の方は皆、相馬で、今は帰ってくるなと言われて入院を伸ばしてもらっているというこの方は、やがて病院に運ばれてくる原発事故被害者の方々の迎え入れで緊張する病院の入り口の方をみながら、とても残念そうでした。 今日は、買い出しにいく予定でした。 でも、30km内は外出を控えるようにというアナウンスを聞いては、もう少し我慢しようとあきらめました。 悪いニュースばかりの中、せめてこうやって書くことが、気晴らしになります。 状況が少しでもよくなることを願ってます。
2011年03月14日
旦那も無事に帰り・・と思ったら、仕事柄、どうしても出ないと行けないことになり、今、バスで職場まで一緒に来ました。 アパートの窓から見る景色は、いつもと変わらないと思っていましたが、やはりバス停までの道のりには、いろんな被害が見えていました。 塀や屋根瓦が壊れたり、近所のお寺は墓石が倒れていました。 歴史のありそうな土蔵は壁がはげ、古いお家では、2階の壁がなくなってました。 中心街のビルでは、ガラスが半分割れたままのところも。 ガソリンスタンドはガソリンがないのでほとんど閉まってますが、開いているところは長蛇の列、おそらくお昼から開店予定だろうドラッグストアにも。 コンビニは開いてはいても、おそらく中にないもないのか、開店休業のようでした。 時々、自衛隊の救援車が通り、いつも以上に消防車や救急車、医療用や自衛隊のヘリが飛んでいます。 ただ、こういうときに東北人の実直さ、辛抱強さが身にしみます。 パン屋さんでは、作りたてのパンと水やジュースを売っていて、それを買う人も、必要な分だけ買っていきます。 この職場には来られるけど、食料や水の不足している同僚がおられるので、引け目を感じながら2人分にしては多めのパンと飲み水を購入しました。 ほんとに助かります。 バスが通っているのもありがたい。 でもバスの運行を知らない人が多いのか、利用者はあまりいません。 もう少し周知すれば、ガソリンスタンドの行列も車での移動も回避できるような気がするんですが。 バスに乗っていて一番ショックだったのは、つい先日おじゃましたお宅のところが、土砂崩れで、もうお家が斜めになっているのが見えたこと。 それで、先日、旦那が職場から帰れなくなったんですけど、そこはちょうど山にはいる道路で、道路の両端ががけなんですが、そのときは道路の低い方が陥没だと思っていたら、高い方が崩れたんでした。 おそらくこのあたりでは、一番ひどいです。 そんなで、職場に来ました。 なんかショックなこともあったけど、勇気づけられることも。 なので、これからボラに行って来ようと思います!
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