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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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2012年02月05日
昨日の続きみたいなものですが、今、福島で一番影響の出ているのは、成人病の増加じゃないかと思います。 長い避難生活で、持病の症状が悪化したり、あるいは検診で、今までなんの異常も示さなかった思っても見なかった病気を知らされたり。 そう言う話をこの頃になって耳にするようになりました。 ずっと前に書きましたが、例えば、避難所で出だされる塩の利いたお握りとかお味噌汁、仮設住宅でカップ麺やできあいの食料を続けてとっていれば、高血圧や糖尿病の人には良くないはず。 脂肪分の多い揚げ物や、野菜不足、運動不足で、不健康になってしまう人も少なからずいるはずです。 若者なら、健康を取り戻す事もできるでしょうが、避難しているうちに、足腰が動きにくくなって、もう元の家には戻れそうになくなったという方が、まだまだ”お年寄りというには若い”ほどの方にもおられるとか。 そう言う話を聞くと、放射線の影響を避けるために避難するのは、原発がこれ以上は悪化しないと分かった時点で、やめたほうがよかったのでは?とも思います。 結局、放射線による悪影響は、そういう二次的なものがほとんどのように思います。 少なくとも、幼い子供と親御さん以外は、故郷に戻った方が良かったのでは? 昨日の野鳥のように原発のすぐ近くは無理でしょうが、今からでも、川内村のようにはやく故郷に戻った方が、健康のためにはいいような気がします。 今まだ、東電による賠償は始まったばかりですけど、お金で表せない被害、はっきりとその影響だとは言えない身体的・精神的な健康被害、家族の愛や形の崩壊、交友関係のダメージなど、賠償請求できない被害はそれこそ人それぞれにたくさんあって、これからもそれらは続くと思います。 実はそういうことのほうがずっと辛かったりします。 ほんとうに、東電は、とんでもないことをしてくれたものです。 それだけは確かです。
2012年02月04日
福島の原発近くで行った野鳥の調査で、異常が見つかったというニュースがあってました。 こういうニュースを見て、いちいち「またあ?」と反応してしまうのももういい加減、疲れてきましたが、でも、福島で暮らしている以上、反応せざるを得ません。 ニュースで言ってたように、野鳥でみつかった異常は、人間の放射線への影響について学べる機会ではあるかもしれませんが、少なくとも福島県人のDNAに影響してくるかと言えば、冷静に考えれば、そんなこと考えられないです。 野鳥のように、避難命令の出ている原発の近くで、事故以来ずっと暮らしている一般人はいませんから! いるのは、防護服を着て被曝量をチェックしながら作業しておられる、原発収束に向けて働いておられる方々で、その方々は、さらにこれから健康調査をうけていかないといけませんが。 甲状腺の調査もそうですけど、マスコミは異常に”異常”を探し過ぎるきらいがあるようにかんじます。 用心に用心を重ねるのは結構ですが、中途半端に伝えることは、特に今、福島にこのままとどまろうか、それとも県外へ行こうかと考えている、あるいは逆に、いつ頃福島に戻ろうかと考えている、お子さん連れの家族やバラバラになった家族の方々に、混乱をもたらすだけです。 マスコミが、ほんのちょっとの思いやりと、やってきた情報を伝える前に、冷静にもう少しつっこんで分析することができればなと、思います。 事実をもうすこし掘り下げないと、役にたたないばかりか、害になりかねません。 去年行われたシンポジウム後の記者会見で、マスコミからいろんな”もう分かってるよ”的な質問が出て、マスコミってこんなものかとがっかりしたことがありましたが、こういう情報こそ、野鳥は異常が見られた、じゃあ、福島の人間ではどうなるのか?しっかりつっこんだ質問をして取材しないと!
2012年01月29日
ブログを書いているのは、自分の乏しい記憶力を補うためのものでもあるんですが、実は、その書いたこと自体を忘れたらどうするの?という肝心な所もまた、すっかり忘れておりました。 そうなんです。 結局、何か書き留めても、書いたことを思い出す記憶力がいるのですよねえ。 で今、別のことを検索していて偶然、4年前に書いた原発についての過去記事を見つけました。 書いたことさえすっかり忘れてましたが、へえ、こんなこと書いてたんだ・・・。 やっぱりメモとしては役立ってないんですけど。
2012年01月28日
一緒にフランス語を勉強して、彼女の方はそれからフランスに渡って。 もう5年めなんだそうです。 時が経つのははやい。 とともに、年だけは彼女と同じく1つずつとってきたのに、おのが姿に目をやると、出るのはため息ばかりなり・・・。 この前会ったときは、「せっかく勉強したけど、全然話せません」なんて謙虚に言ってたのに(仕事では英語だそうなので)、今回は「難しいことは分かりません」に変わってました。 もちろん、今回も謙虚にではあります。 多分、本人はその微妙なニュアンスの変化に気づいてないと思うんですが、だからこそ、聞いてるこちらはすごいと思います。 その彼女からの、フランスみやげのチョコレートです。 中に雲母のかけらのような薄くて細かなキャンディがたくさん入っているらしくて(確認してみようと思いつつ、いつも口に含む方が先になってしまって、あとで「あら!」)、口に含むと、きらきらとはじける音が聞こえてきます。 そのきらきら音は、チョコレートが口にあるあいだも、その後も、しばらく止まリません。 食べている本人の都合などお構いなしに、フランスから来たチョコレートは好き勝手に口の中でおしゃべりします。 (やっぱりフランス語でしょうかね?)
2012年01月20日
コダックが破産申請なんですねえ。 あのコダックが、ってびっくりですけど、考えたら、もうこのデジカメの時代に、フィルムなんて使わないんですよね。 コダックには、船の上から写真を撮っていた時期に、ずっとお世話になっていました。 そのころ、コダクロームが一番出回っていたと言うのもありますが、色の出具合が、フジよりもコダックの方が明るくてきれいだったんですよねえ。 だから、毎回、断然、コダクロームでした。 ASA400で、望遠を使って、シャッタースピードを速くして撮ると、海にすむいろんな生き物が生き生きと映し出されて来ました。 毎回、撮るたびに、写真ができあがってくるのも楽しみで。 できあがると、次に船に乗ったときにそれを見ながら、皆でまたわいわい言い合って。 コダクロームについての思い出は、楽しい思い出ばかりです。 今も、そのときの写真がたくさん、残っています。 ニュースを聞いて思わず、ポールサイモンの「コダクローム」の歌なんかも思い出して、ちょっとしんみり。 (カメラはニコンじゃなかったですけどね。)
2012年01月17日
「震災とともに歩んできたチーム。(東日本大震災の被災地も)必ず復興できると信じて前を向いて歩んでほしい」 ヴィッセル神戸の和田監督の言葉ですが、震災を経験されたチームの言葉はそれだけ重みを感じます。 17年前、震災をうけた阪神地域が、今もまだ問題も残しながらも、しっかり復興の道を歩んできたのは、先輩として頼もしく、大きな目標となります。 和田監督(ってあまり存じ上げませんが。すみませ~ん!)、ありがとうございます! 東北に住む一員として。 そうだ、福島ユナイテッドも、これから17年たったころは、Jリーグにいて、「あのころはまだJFLを目指していましたが・・」なんてコメントしてるといいな。 あ、Jリーグにあがるのは、17年も待たなくていいんだよ! 念のため。
2012年01月16日
北海道は大雪だそうで! 大雪には慣れているはずの岩見沢で、JRや公共の交通機関が止まっているなんて、はんぱない量なんですねえ。 私は生まれも育ちも九州だったので、ある日、うっすら積もった雪のためにJR(当時は国鉄)が止まったのを、山陰から出張できていた代理店の方が、「これくらいで止まってたら、やっていけません」と言ってたのを思い出します。 とうとう、今ちゃんのガンバへの移籍が発表になりましたね。 噂はもうずっと前からでてましたが、ここまで発表が延びたのは、やはり情にあつい今ちゃんだから、考えに考えたすえってことでしょうか。 もうFC東京も長かったですもんね。 そろそろ新天地でがんばるのが、より上を目指すためにはいいのかも。 そう言う時期ってありますよね。 それを逃さないのは大事だし。 そして、昨日から皆さんのブログで拝見している、キックオフイベント。 うちもいよいよ新メンバーが揃って、活動開始! しかしまあ、いきなり大雪で歓迎とは、北海道らしい。 まだ加入があるのかもですが、今季は、かなり日本人で揃いましたよね。 さあまた、新メンバーの顔覚えなきゃ~。
2012年01月14日
ジオゴ選手はきっと、お金さえあれば、残ってもらうところだったのでしょうけどねえ。 彼のコメントを読むと、なんか切ないですね。 そういえば、彼はいいパフォーマンスなのに、どうしてどこのチームでも短期で終わってるのかなと、コンサで活躍し始めた頃、経歴をみて不思議に思ったんですけど、結局、コンサも1シーズンで離れることになってしまいました。 ほかのチームでも、故障がおおかったりしたんでしょうか。 うちでは、チームのやり方にはすぐにフィットしてくれましたけど、あれはやはり、いろんなチームを渡り歩いた彼だからできたのかも。 外国人がシーズン途中で入ってすぐにフィットしたのなんて、あまりなかったですもんね。 結果、コンサは調子を出し始めて、J1に。 いいおじさん風(ずっと年下なのに御免なさい!ジオゴ選手)だったのも、渡り歩いた苦労人のなせるわざだったのでしょうか。 どことなくアウミール選手を思い出させて、札幌が好きになってくれて、そのうち札幌でブラジル料理店を開くなんてことになったりして・・なんて勝手な想像をしたこともありました。
2012年01月13日
近頃また、地震が増えてきたような気がしますが、コンサの15周年は祝っても、こればっかりは1周年に向けての準備なんてことは御免被ります。 やめてね、地底の大ナマズさま。 内閣改造の発表があってましたが、ほんとうに、野党も与党もなく、一致協力して復旧に力を注いで欲しいと、もうずっと願っているのですが。 こんな非常事態なんだからもちろん、やってくれるだろうと、当初は思っていたのですが。 自分たちのやってきたことを省みないで相手に文句ばっか言ってないで、そうしてくれることを望みますが、所詮福島は東京から新幹線で2時間離れた所としか、政治家の先生方は考えてくれてないようで、どうも緊急性を感じないんですよね。 毎月、11日になると「震災から何ヶ月」というニュースのフレーズがおきまりになってきたのがむなしく響きます。 我々国民にしたってそう。 いざ自分に負担が降りかかりそうになると、政治が悪いとか東電に責任をとらせようとか、誰かを責めることで、逃げてる気がします。 自分が選んだとか選んでないとか、そう言う問題でなく、日本に住んでいる限り、日本にあるものは、それをかえることができなかったと言うことを含めて自分たちの責任です。 ある程度の負担はしようがないことだと、思うんです。 少なくとも、毎日お米を食べて、寒くないくらいに洋服を着て、そこそこ健康で過ごせているなら、少々の負担は、そうできないで苦しんでいる人たちのために受け入れるべきです。
2012年01月08日
実は・・と改まるほどでもないことなんですが・・札幌にいる頃に、甲状腺に腫瘤がみつかって、毎年札幌に来ているのは、その当時からお世話になっている病院で定期的な検査をしてもらうためでもあります。 (もっとも近年は、もう一つの大きな目的~言わずとしれた~のほうがメインになりつつあったりしますが!) お優しい皆さんは、あら気の毒にとか思ってくださる? いえいえ、んな必要はありません。 ということを本日はお話したくて。 甲状腺の腫瘤というのは、害も含めて、なにも自覚症状がありません。 だから私も、いつからあるのか分かりません。 もしかしたら子供の頃からあったのかも。(家系もあるし) 見つかったのも、おそらく、ほとんどの方の場合と同じく、別の検査でたまたまです。 もしその検査をしてなかったら、一生知らないままだったと言うことも十分考えられます。 細胞診をして悪性か良性かをみてもらうときに、先生が言った言葉。 「信じてもらえないかもしれませんが、もし悪性(つまり癌)だったとしても、甲状腺の場合、たいしたことないんです。」 あ、そうなのね、と思いました。 おかげで当時、パニクったり気を落とした事もありませんでした。 結果、良性だったわけですが、いまだ、病気だとさえ思ったことがありません。 ただ毎年、急に大きくなってないか、増えてないか、検査するだけ。 そしてここからは福島の話。 今はほとんど放射線関係の番組は見ないですけど、昨日、たまたまつけたテレビで、福島から避難(札幌に?)されてる母子の取材があってました。 お子さんに甲状線腫がみつかったということで、お母さんが、事故の頃外で遊ばせたのがいけなかったのかと、悔やんでらっしゃるところでした。 番組では、お医者さんは「いぼのようなもの、心配しないで」と言ってらっしゃいましたが、お母さんにしてみれば、いぼでもお子さんにあるというのはつらいことです。 でもそれをコメントする番組側の人間が、一緒に悩んでいるのを見て、同情はこのお母さんをいっそう心配にはさせるけど、一時の安心も与えないよなと思いました。 多分テレビをみていた福島県人にも、暗澹たる思いを抱かせたのではと思います。 コメントによって、このお医者さんのせっかくの診断が台無しにされたことにもなります。 極端に聞こえるかもしれませんが、それくらい、今の福島や県外に避難されてる方々の放射線に対する不安は大きく敏感で、そのためいとも簡単に、危ないという方向には向かってしまうんです。 この番組のように、福島の外で作ると、地に足がついていない事が多いです。 それは、仕方のないことでもあります。 (福島の地に足をつけて同じことをやってるどこかのローカル紙は論外!) ただ、もし自分がそこにすんでいたらどうするか?こういえばどんな風に感じるか?と置き換えて考えるくらいは、倫理観として持っていて欲しいところ。 芸能人のゴシップじゃないんですから、関心さえ集めればいいという姿勢はこの際、すっぱりやめてもらって。 福島には、ここに住んで懸命に放射線の実態について安心してもらおうと活動している方々(研究者、お医者さん、ローカル局など)もおられるのに、ようよう明かりが見えたと思っても、危ないという一言で、その活動はほとんど無になってしまいます。 階段を昇っては落ち、昇っては落ち。 そういうことをしていると、だんだんと、安心してもらおうとがんばる気持ちって、薙いでしまわないか、心配です。 でもそれでは福島が、虚につぶされてしまう、それは許されない。 でもまた、昇ると容赦なく押し寄せる大きな波。 そういう矢面(”危ない”という方々と違って、まさに矢面)で活動をされている方々に感謝すると共に、不必要で不親切な外圧には負けまいと、私は思います。 負けますまいや!福島県人。 ほかの病気と同じように、どこにすんでいたって、一定の割合で、甲状線腫のある人はいます。 実際、甲状腺の検査なんて普通はしないので、福島県の子供を対象とした検査で異常が見つかると、それが正常な割合で起こったものでも、特別なもののように取り沙汰される可能性は大いに考えられます。 科学的な理解を抜きにして、情に訴えることが先走っている報道は、福島で生きている人間には害になりかねません。 全国で見ても、やっぱり福島はと、風評被害をさらに強めていくことになってしまいます。 ほんとうは、数値と知識さえあれば、ほかは必要ないんですよね。 福島に必要なのは、悲劇のヒロインを作る応援じゃなくて、自立するための支援です。
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