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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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2011年10月20日
もともと、コンサはほかのJ2のチームよりずば抜けて強い訳ではない、というのは、これまで選手のみなさんも監督も言い続けてきたこと。 だから、上る階段は1つ1つ、また一つ、次の試合にがんばるのみ、というのが、いつも試合後の感想でした。 とは言っても、この時期、やっぱり、順位表を見れば上位にいるし、雑念を押しのけようとしても、周りから”昇格”と言う言葉が耳に入ってくる環境にいるのはどうしようもない。 (考えるとすごい!少なくとも今季はじめの頃はこんなこと言えるようになるとは思ってなかったし。) 昨日の試合が終わって、これから関西で試合が続くコンサは、札幌に帰らずにミニ合宿ですが、次の試合に向けてそういう雑念を振り払って準備できるなら、かえってアウェー続きも良いかもしれません。 これからは特に、全力をだすこと、かつメンタルでも負けないことが必要になると思います。 特に今年は、1試合勝ったり負けたりすることですぐに順位が変わってしまうほど押しくらまんじゅうです。 さらに厳しい試合になることは確実。 それゆえ、最終的には、心身総合したチーム力は、かなり正確に評価されるんじゃないでしょうか。 コンサがどれくらいの力を持っているのか分かる良い機会、楽しみでもあります。 人ごとのように聞こえますけど、内側からばかり見ていると見えないことってありそうな気もするんです。 昨日アフターゲームショーを久々に見て、司会のののさんが、元コンサの吉原宏太選手(すっかりベテランだ!)に、「どこが昇格すると(良いと)思う?」と聞いて「札幌と・・」とこたえてました。 「もたもたしてたら叩いてやる」と喝もいただきました。 吉原選手の所属する水戸は、残念ながらもうかなり昇格の可能性は低いと思いますが、そういう選手やチームの思いも、今のコンサは背負っているんですよね。 コンサは、しっかりせねば! コータに叩かれちゃうぞ!
2011年10月19日
京都戦、大敗でした。 前の試合の反省点だった、試合の入りはよかったんですけど。 解説であんまりほめられるときって、どうもよくないんですねえ。 (負けたのは解説のせいじゃないですけどね!) そのあと、相手のペースになってからとは、足の回転が1.2倍くらい違ってましたよね。 よかった時は、素早く寄せてチャンスを逃さず。 厚い攻撃、全員守備、同じ方向に選手のみんなが向いている、意志が通じ合ってる。 思うように練習してきたころが出来て、見ている方も面白い。 でも、そのあと、京都がうちのリズムになれてからは、ボールがとれなくなって、とたんに、チャンスまで逃し、防げるピンチまで迎えてしまうようになってしまったような。 やはり、調子がよくなって順位が上がってきたのがつい最近だったこともあって、悪くなると悪循環に陥りやすいのでしょうか。 それまで出来ていたことが出来なくなってくる、というより、出来ないように自分たちでもっていてるような感じでした。 見ていると、それ出来てた(防げてた)じゃない!と歯がゆく思うシーンが出てきます。 最後の最後にはがんばりを見せても、途中は集中力も切れてしまってたような。 今期初めの悪かったときの頃のコンサが見え隠れした感じでした。 ほんとうはその負の循環をどこか早い時点で止められれば、いいんですよね。 上位でいるためには、それが出来ないといけないんだと思います。 それを今までやってくれてた河合選手が不在だったのが、やはり大きかったのでしょうか。 監督の励行するポジティブシンキングは大切。 ここまで成長してこれた自信を失う必要はどこにもありません。 今日だって、自分たちのサッカーを落ち着いて続けていられたら、勝てたかもしれないのは、そういうことですよね。 ただ、ポジティブシンキングはどんな現状も肯定するという意味ではないので、いつでも反省は必須!
2011年10月16日
まずは、TVで見る限りそうとは思えないPKで、試合入りの集中力をきらしてしまったことが敗因であることは間違いないのですが、それにしても、今日のコンサ、悪くはなかったけど、良くもなかったです。 包丁の研ぎ具合で言うと、堅いものは切れても、熟したトマトを崩さずすぱっと切るには、あと2~3回、砥石を当てないといけないくらい。 今ひとつ、シャープなものやアイディアが足りません。 普通にはプレーできていても、前半得点早々から堅い守りにはいった鳥栖を崩すには、何かやらかさないと行けなかったのに、それができなかったのは、やはりコンサが本来のプレーをしきれてなかった、と言うことですよね。 しかし、前半は、冷静さに欠いていた(欠かされたとも言えますが)様子が見てとれましたが、後半は、始まりからなんとか落ちつこうとしているのが分かって、さすがに以前とは違うなと思いました。 期待がもてましたが、まだ、相手を焦らせるチャンスが来たときにそれにのることまでは難しかったですねえ。 一方、落ちつこうとしても、なかなか審判も試合を落ちつかせてくれない。 審判も、はじめにPKなんて出したので、その帳尻あわせをしようとしてかえって混乱させてしまった感じで、先制点をとって、この状況を利点にとらえる鳥栖と、点を取らないと行けなくて、さらに集中できないコンサ。 こんな大一番では、特に、勘弁して欲しいことではあります。 しかし、再びですが、やはりコンサもあまり良くなかったです。 夏休み明けの学生のように、どうも本調子じゃないっていった感じでした。 1週間開いたのがかえって調子を狂わせちゃったんでしょうかね。 いや、これからの連戦の始まりとして、これでぴりっとできたと思えば、いいかも。 勝っていくには、どんな条件下でも、自分たちのプレーができるようにならないといけないですもんね。 そうでないと、J1に行ったときに苦しくなりますし!
2011年10月15日
今朝、旦那を仕事場へ送った帰り道、ローカルラジオをつけました。 そこでこんな話。 「世田谷の放射線のニュースで、『原因は福島ではなかった』といったメディアがあったそうですが、福島でなかったって何なのでしょうね?『東京電力福島第一原子力発電所ではなかった』と言わないと行けません。福島は加害者じゃないんですから。被害者なんですよ。」 (若干言いかたは違ってたかもしれませんが、趣旨は同じです。) 全く仰る通り! いまや福島は、嬉しくもなんともなく、世界に名だたる町になりましたが、この辺は、絶対に正確に伝えてもらわないといけません。 メディアにはその責任があります。 事故を起こしたのは東京電力、福島で使う電気ですらありません。 大和田さん、GJ!! さらに彼は、「地元のメディアと中央のメディアの大きな温度差を感じますね」と付け加えていました。 先だってのシンポでも、その温度差は大いに感じました。 記者会見での、週刊誌まがいの勘違いも甚だしい一人の参加者への意地悪い質問や、「東京は大丈夫でしょうか?」なんていう失礼な質問、シンポを聞くかちょっと勉強していればこたえられるような程度の質問。 シンポジウムを福島で開いたと言う意味も理解せず、放射線の被害に心身共に苦しめられている福島県民の立場もまったく考慮しない態度からも、結局、この期に及んでも”マスコミらしい”態度しかとれないんだとがっかりしました。 マスコミって、与えられた機会を利用し理解しようとはせず、自分から求めた情報だけを求め、それに対してわかりやすい答えが得られないと相手を非難する、そういう体質なんだと改めて知りました。 だからいつまで経っても進歩できない。 (きっと今頃もまだ、あの記者の方々は、同じ質問を繰り返しているんだろうなあ。) 普通、世間では、そう言うことは成り立ちません。 相手の言うことを聞いて、自分の言いたいことも理解してもらうというのが、世間一般のやり方で、そうでなければ、誰も言うことを聞いてくれなくなります。 そんな態度がマスコミに許されているのは、マスコミを監視するものがないためじゃないかなと思い至りました。 自主規制とか、視聴者が求めているとか。視聴者の判断にまかせるとか、そういう甘いことではもはや監視しきれないところに到ってる感じがしたんですよねえ。
2011年10月12日
福島ユナイテッドの天皇杯も、終わってしまいました。 ツイッターによると、ジュビロから「がんばろう福島」の横断幕をもらったそう。 勝利は、くれなかったけどー。
2011年10月11日
年間被曝量1ミリシーベルト以上の地域を除染の必要な地域とする案がでたことで、福島県を越えていろんな周辺地域が除染に関わってくるようです。 本当に政府のお金で適切に除染してもらえるなら、”放射線は合理的にできうる限り低く”の法則からすれば、歓迎すべきことです。 でも、前々から気になっているのは、高圧洗浄は別として、除いた場合はその土をどこに置くのか? 膨大な量になるはずです。 コンクリートで固めたって、チェルノブイリの施設のように、ほんの何十年もすれば、少しずつはヒビから漏れてくるはず。 ビニールシートならなおさら。 少なくとも数百年先まで隔離できるような技術の適用が考えられていることを願ってます。 唯でさえ日本は狭いのに、誰も住まない、誰にも影響を及ぼさない土地なんて、あるのでしょうか? 他県の方の、「発生元にもどして一括して置いてほしい」なんて意見も読みましたが、発生元って、福島県ってことでしょうか? 福島県だったらいいのでしょうか? 原発のあるところだって、今は遠く離れていても、故郷だと思っているかたがたがいるんです。 それに、今でも事故の収拾のために働いている方々がいるんです。 なんだか、自分の所さえよければっていう考え方が、悲しくなりました。 この頃、考えています。 「放射線は、合理的に達成できうる限り低く」 ということは、今の福島や周辺の状態を考えると、ちょっと神経質になりすぎていないかと。 「合理的に」の範囲を超えてヒステリックになってる感じがするんです。 放射線については、いろんな話を聞いたり読んだりして勉強しましたが(というよりせざるを得ない状態でしたし)、その上で、私は、そんなに今の状態が危ないとは、思えません。 ただ、この、必要以上のパニック状態がなかなかおさまらないのには当惑してます。 この現象をおこした責任のいったんは、確実にマスコミですが、それについてはまたいつか。
2011年10月11日
どうもネコだって、訳も分からず時々部屋が揺れる(多分、地面が揺れてるとは思ってない)のにストレスを感じているようだし、ここはいっちょ、気分転換と、この頃、作り物のネズミが糸の先についてるおもちゃで猫と遊んでやることにしてます。 うちの一番チビのクロは、昔からネコのくせにジャンプ力があまりなかったんですが、その成果があってか、この頃少し、高くジャンプするようになって、ありゃ高すぎたかな?と思った空に舞うネズミも見事キャッチできるようになりました。 そうやってキャッチしたネズミは、そのまま絨毯の上に倒れ込み、体ごと大事に覆って押さえ込むんですよね。 その姿を見て、お、これは!と思ったんです。 これは、GKがボールがこぼれないように押さえ込む姿と似ている~! そういえば、前足を丸めて頭を近づけネズミを抱える姿も、ネズミが飛んでいく方向にしなやかにジャンプする姿もGKです。 よくDF陣は”わんわん”ってたとえられますけど、GKは”にゃんにゃん”なんですねえ。
2011年10月09日
コンサの天皇杯は残念ながら終わっちゃいましたが、福島ユナイテッドは、今年も福島県代表の座を獲得し、1回戦、八戸大学を厚別で(そうなんです~)下し、12日に、ジュビロ磐田と2回戦があります。 ユナイテッドといえば、J1セレッソに勝ったことで、一昨年の天皇杯では一躍注目を浴びましたが、覚えておられる御仁もおられるかと。 ちなみに、コンサに負けず、ユナイテッドも、今年は、地震や放射線の影響でホームグラウンドが使えなかったにもかかわらず、東北社会人一部リーグは、明日の1試合のこして1位確定! もう一つの全国社会人サッカー選手権大会も順調に勝ち進んでいます。 (リーグ戦で1位になるか、選手権大会で1位か2位になることで、全国地域サッカーリーグ決勝大会出場→JFLへとすすめるので~複雑!~すでにユナイテッドは決勝大会出場権を獲得しました!) 今年も、がんばってくれるといいです。 いや今年は特に、福島には朗報が必要です! (kazzsanさんは、応援いかれてるんだろうなー)
2011年10月09日
昨日は、一日旦那の仕事で仙台だったので、放送のない天皇杯の結果は、夜にうちに帰るころに知りました。 負けたけど、若者たちが随分頑張ったということ、ベストメンバーの水戸相手に試合内容もよかったそうで、ほっとしました。 今、うまく波に乗れそうなコンサですから、後に残るような負け方はあまりしたくないですもんね。 でも、見たかったなあ! まだ顔も見分けることができないU-18の活躍。 仙台からの帰り道、国道4号線からちょっとはずれて海の方へ行ってみました。 もう真っ暗だったので、所々ついている街頭の明かりの他は、シルエットくらいしかみえないんですが、それでも、津波で荒らされた風景がわかりました。 もともと田圃や畑らしい土地は、沼地のよう。 場所によってはほとんどの家で人の気配がせずに真っ暗で、海岸線に映えた松の木らしい木々は、津波で洗われてすぼんで見えました。 一階部分が鉄骨だけの建物、突然田圃の中に漁船、寄り添うようにひしゃげた車・・・。 こんな所まで津波が来るなんて、もしここに住んであの地震に遭ったとしても、私は避難なんてまさか、と考えもしなかっただろうなあ。 これ以上ないほど、なんとも寂しい町の風景でした。 来たことを後悔しそうでしたが、でも、やっぱり東北に住むものとしては、この風景を目に焼き付けて置かねばならないと思いました。 (といっても、昼間のようにはみえてないんですけど、それでもいたたまれない思いでした。) 案の定、昨夜は地震の夢。
2011年10月03日
だったと想像しています、きっと。 3月の地震で、福島市でおそらく一番被害が大きかった土砂崩れの上に建っていた、下から見ると、今にも落ちてきそうだったおうちが、今、取り壊されています。 淡い色の可愛いおうちでした。 きっと建てるときには、間取りなんかもみんなで考えて、できあがる具合を毎週見に行ったかもね、家族は、若い夫婦と子供が何人かくらいで、お庭にはお花を植えたり、子供の自転車や遊び道具がおいてあったり、日曜にはパンを焼いたりしてたかも・・・なんて勝手に想像していました。 でも、地震で、家の一部を含んだ土地が崩れてしまったため、家は、ずっと傾いたままでした。 下から見ると、以来開きっぱなしの窓からは、レースのカーテンがいつも寂しげに揺れてました。 まるで夢だけ取り残されたように。 地震の時はどうやって避難したのかしら? あれだけ斜めになったら、きっとうちの中のものはすべて転げたに違いない、しかもつい今し方まではお隣があった所は崖っぷちになってしまって。 怖かっただろうなあ。 見ず知らずの方々ですが、つい考えてしまいます。 地震は一瞬にして、あの家族の(そしてもちろん多くの人の)生活や夢を、壊してしまいました。 あれ以来、崖崩れは割とすぐに工事でなおりましたが、そのおうちはもう半年以上も斜めになったままでした。 毎日その下を通ってたので、初めのうちは怖いなあと思うだけでしたが、今となっては、なんだか慣れ親しんだものがなくなるような切なさを感じています。
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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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