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コンサドーレと心中する覚悟で宮の沢永住を決めちゃったrocket1号&rocket2号のお気楽夫婦。
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2009年12月10日
ハムの優勝パレードが終わった翌日、 もう選手たちは全道各地に散らばってイベントに参加していた。 こういうのって大事だよな~と思っていたら、 うちの選手たちも週末は忙しいようだ。 そうそう、こういうのすごく大事。 忙しいけど頑張れ頑張れ。 今季最後の練習日だった今日の宮の沢はびっくりするくらいよい天気だった。 周辺は風が強くて寒いのに、 ピッチのまわりは日差しがあたたかくて気持ちよかった。 そして、選手たちは馬鹿みたいに元気だった。 ダニルソンなんか半袖短パンだし。 今日は最初から最後までチーム行動。 高原、荒谷、優也の3チームに分かれてアップからボール回しまで 全部自分たちで考えて(?)やっていた。 よそんちに負けまいとみんな大声を張り上げていて、 特に高原の張り切りっぷりときたらすごかった。 総当り戦のゲームも大いに盛り上がり、 のぶりんが「ロスタイム1分!」と言ったにも関わらず、 5~6分は白熱のプレーが続いたりしていた。 ここでもまた高原のコーチングがいちいちおもしろくて ギャラリーは大盛り上がり。 「2-0はわかんないよ、2-0は!」とか 「純貴!おまえなんもしてないぞ!」とか。 ハファエルは相手選手のハンドを子どもみたいに駄々をこねて猛アピール。 優也が攻撃に参加したり、なぜか曽田がゴール前に張ってたり、 今日はファンサービスのゲームかも、とちょっと思った。 優勝した高原チームには金一封と副賞まであり、 喜びのダンスをしたあとは、のぶりんが 「ほれ、写真撮ってもらい」 と言ったので、ギャラリーに向かって整列までするサービスっぷり。 珍しくすなまではしゃいでいた。 最下位チームを代表して(?)吉弘が罰ゲーム。 やり直しさせられたあとの一発芸もあんまりおもしろくなかったけど、 のぶりんのツボにははまったらしい。 のぶりんがギャラリーに向かって挨拶してお開き。 と思ったら、その次は選手会主催のスタッフ表彰というのがあった。 選手会長の曽田から挨拶があり、プレンゼンターは謙伍。 声が小さくてよく聞こえなかったけど、 選手を支えたマネージャーさんやトレーナーの方々に金一封が授与されていた。 こういうのちょっと素敵。 これからも続けてほしいな。 今年最後の練習の日、宮の沢の空が青くてよかった。 涙がなくてよかった。 みんな今年もありがとう。
2009年12月09日
石川が来季も札幌でプレーすることを どこよりも早く自分のことばで伝えた番組の録画を見た。 だって深夜だから生で見られないんだも。 収録した番組の録画なうえに、翌日の報道で知ったあとで見たわけだから、 せっかく「どこよりも早く」だった好意が台無し。 でも、いいんだ、石川の気持ちはよくわかったから。 ありがとね。 そして、J1で優勝したチームの選手数人が出演しているサッカー番組の録画も見た。 選手の関係者から届いたお祝いのメッセージ、 というかカメラが現場に出向いて撮影してきたわけであるが、 レプリカを着た両親やじいさんばあさん、 果ては近所のおじちゃんおばちゃんまで喜びの声を伝えまくり。 息子に向かって 「○ちゃ~ん、感動したよ」と父親が手を振れば、 自ら書いた手紙を読みながら感極まる母親。 挙句の果てには電話がつなげられ、公共の電波で母親に 「愛してます」と言わされる始末である。 みんなうれしいんだな~。 J1で優勝したら、こんなことまでやっちゃうんだな。 J2で優勝したときはわたしらもおだりまくりだったけど、 レベルが違うって感じだ。 J1で優勝するとはこういうことか。←そういうことか? ※おだる…北海道弁で「調子に乗る」「はしゃぐ」の意。 将来こんなことにならないように、 どんなにテレビ局にお金を積まれても 昔の恥ずかしい写真を提供したりテレビ出演に応じたりしないよう、 わたしは実家の両親にきつく言い渡しておくつもりである。 というか、喜びのあまりなんでもやってしまいそうなrocket1号が なにより心配なわけであるが。 あ、でも、 チームが優勝したからって、わたしに出演依頼なんてこないから、 そもそもそんな心配は不要なのであった。
2009年12月08日
なんだ、昨日のJリーグアウォーズ、カズゥも行ってたのか。 ちゃんとタキシードまで着てさ。 中継にはチラッとも映らなかったけど。 当然のことながら、すべての進行はJ1主体である(一部除き)。 終了後、野々村が 「J2のMVPもステージ上でやるべきですよ」と言っていたが、 J1にならなきゃステージに乗せてあげませんという姿勢で明確に線引きし差別化することで、 J2のチームは「来年こそあっち側に行ってやる」という思いを強くすればいいんだと思う。 少なくとも、わたしは昨日そう思った。 ちっ、J1ばっかしで盛り上がりやがって、と。 ベストイレブンとか優秀監督賞なんかは大方の予想通りだったが、 予想していなかったもののひとつにフェアプレー賞があった。 受賞したのは磐田。 ヤンツーさんが壇上に上り、受賞の喜びを語っていた。 うちにいるときは、出りゃカードをもらうフッキがいたから、 フェアプレーとは無縁だったもね~。 そりゃあ、受賞はうれしかろう。 緊張の中にも笑顔がのぞくヤンツーさんに お茶の間は拍手喝さいであった。 ちなみにJ2のフェアプレー賞は仙台。 で、今まで知らなかったが、これ賞金がもらえるのだ。 J1は500万円、J2は250万円である。 これ欲しいぞ。 カード多けりゃ罰金、なければご褒美。 なんとわかりやすいではないか。 来年は目指せ250万円! 違った、目指せフェアプレー! そして、あんなに期待していたJ2の年間ベストゴールはカズゥじゃなかった。 よりによって、うちの試合でのゴール(つまりうちの失点)が選ばれており、 ドリブルに翻弄されてバタバタとDF陣が転び、 最後はGKもかわされるシーンがいやというほど繰り返し放映されたのだった。 4-1で勝った試合なのにさ。← 「3-1」を修正。通りすがりの方、ありがとうございます。 来年は楽しいアウォーズを見たいぞ。
2009年12月07日
今朝、ラジオで知ったが、 今日はトム・ウェイツの60歳の誕生日だという。 還暦っ! ということは、「ダウンバイロー」のころは37歳? むー…。 そして、彼の歌が今、 「不毛地帯」のエンディングに流れていると聞いて二度びっくりであった。 見てないからわからないが、マッチしてるのか? 豊子とトム・ウェイツ、どうつながっているのか。 ↑ そういう問題じゃないと思うけど。 シーズンが終了し、いわゆるストーブリーグが始まった今、 わたしはなんだか例年になくテンションが下がっている。 理由はよくわからない。 誰が去って誰が来るのか。 チームにとってサポーターは部外者ではないはずなのに、 こればかりは部外者である。 あのFWが欲しい、こんなSBが欲しい、決定力のある選手が欲しい。 言ってもせんないことを延々と語り合う不毛な論議をこの時期は毎年繰り返しているわけだが、 それは来季に向けた希望でもあり、 そしてまた試合がない時期にもチームに関わっていたい気持ちの表れでもある。 だけど、今年は最終戦と同時に冬眠したいような気分だった。 目が覚めたら開幕戦になってて、 「へ~、今年はこういう顔ぶれなんだ」 という感じでもいいんじゃないかと思った。 でも、そんなこと無理だから、 結局は朝な夕なrocket1号と額をつき合わせて不毛な論議を繰り返しているのだった。 そして、それは多分開幕戦まで続くのである。 サポーターにオフなし。
2009年12月06日
週に一度、 熱い男・健作が早朝からぶっ飛ばすローカル番組のコーナーがある。 宮の沢まで出向いて選手を紹介するVTRが流れるのだが、 健作はトーク修行中なので(と言い切らせてもらう)、 「そこ、もっと突っ込んでくれぃ!」とか 「アンケートじゃないんだから」とか突っ込みどころ満載である。 喋りがうまい選手が相手だと、それなりに会話も弾むのだが、 たいていはQ&Aみたいな感じでちょっと物足りない。 先週放送分は、CLの試合とモロかぶりしてしまったため、 実家に録画を頼んでおいたのだが、 昨日、やっとそれを見ることができた。 登場したのは元気くんと西嶋だった。 カメラを前にしてもあまり緊張してないように見えるのは、 付き合いの長い気心の知れた相手と一緒だからなんだろうなと思った。 もうすぐパパになるという西嶋に対し、元気くんは 自分の長男が赤ちゃんのころからいつも接していたから 立派な子育てができると思うと言っていた。 そうやってずっとずっと近くにいた二人は、もうすぐ離れ離れになる。 健作がいなくてもトークが続きそうな勢いだったし、 このままずっと二人の喋りを聞いていたい見ていたいと思った。 寂しくなっちゃうな。 数日後には契約満了の発表があった。 収録したとき、二人はもうそのことを知っていたのかな。
2009年12月05日
よっしゃーーーーーーーーーっ!! 今シーズン、 セットプレーでDFがバシッ!と決めてくれるシーンを どれだけ見たかったことか。 ロスタイムの得点で狂喜乱舞することをどれだけ願ったことか。 ありがとう石川。 ありがとう西嶋。 最終戦ということで、 なんだか楽しげなイベントが盛りだくさんらしい味スタであるが、 テレビに映った観客席はいつも通りスカスカだった。 しかし、そんな一角に「40」の人文字が。 人文字…? じゃなくて、椅子に何かかぶせて文字にしているのだった。 なるほど。 人がいなけりゃ椅子を使え。 勉強になったす。 だてに40年やってないな。
2009年12月04日
この間の試合、 わたしは現地でMCから紹介があるまで先発メンバーを知らなかった。 ピッチ練習が始まったら、うちの選手たちは顔を見ればわかるけど、 あっち側に関してはまったく情報を持っていなかったのである。 別にキングが来ようがアツが来ようがどうでもよくて、 というか、ホーム最終戦というだけで気持ちが高揚していたので、 どこと対戦するかも、直前まであんまり気にしていなかったくらいなのであった。 しかし、あっち側のピッチ練習を見ていたら、 一際目立つ人がいて、それはやはりキングなのであった。 動きとか姿形とかいうんじゃなくて、 なんかこうひとりだけちょっと違うんだよね。 オーラという表現はあんまり好きじゃないんだけど、 それ以外のボキャブラリーが浮かばない。 しかも、ピッチ練習が終わってからは、 他の選手がみ~んないなくなってからひとりだけ悠々と引き上げる。 メインスタンドのみなさん(当然、赤黒い人々が大多数)に両手で大きく手を振り、 必死に写メするみなさん(当然、赤黒い人々が大多数)に向かって 笑顔を振りまきつつ消えて行ったのだった。 ザッツエンターテーナーって感じだ。 しかし、まあ、実際試合の途中で投入されたときは、 こっちサイドの盛り上がりに夢中でまったく気づかなかったわけだが。 そして、後日、これ見て仰天。 こんな格好で札幌に来る人はキングしかいないだろうな。 うちに敬意を表しての赤いコートだろうか。 そして、これはイタリア製だろうか。 むー、気になる。← 知ってどうする。
2009年12月03日
初めての携帯メールで意味不明の返信をしてきた母であるが、 最近はちゃんとした日本語の文章を送ってくるようになった。 時間がかかるので返事を要する件は電話の方が早いが。 今朝、その母から 「ゴンが札幌に来るってラジオで言ってたけどどうなの?」 とメールが来た。 どうなのって訊かれても、わたしゃ別に関係者じゃないし、 あなたと同じ程度の情報しか持ち合わせちゃいませんから。 スカパーをつけたら、熊本のホーム最終戦を放送していた。 もう後半のアディショナルタイムに入っていたのだが、 その4分ももう終わるというときにゴールを決めた選手がいた。 実況は声を裏返して絶叫、ゴール裏は大騒ぎ。 なんと、その選手は今季で引退するのだという(名前忘れた)。 曽田のラストファンタジーに涙したわたしだが、 流れのなかで最後のゴールを決めたこのシーンにもちょっと感動した。 ↑ の割には名前忘れて申し訳ない。 そして、試合終了の笛が鳴ったとき、カメラが映したのは こちらも現役最後のホームゲームを無失点という有終の美で飾った熊本のGK。 そう、小林だ。 泣いていた。 とても男らしい泣き方だった。 ちょっともらい泣きした。
2009年12月02日
ホーム最終戦で号泣した人、こちらをご覧いただきたい。 まだ涙が残っていることにびっくりするはずだから。 行けなかった人も、どうぞ。 スカパーでは映らなかった試合前のドームの雰囲気がとてもよくわかるので。 早々に来季の構想からはずれていたハファエルだが、 ここにきてやっとチームにフィットし活躍し始めた。 う~~っ、残すとしたらいくらくらい要るんだろう、 こりゃあ、最後の手段「ハファエル募金」しかないだろうか。 と腕組みするわたしに、rocket1号が 「ファンドでも募集すればいいのにね」と言う。 「ファンドって?」 「知らないの?」 知ってるよファンドくらい。 でも、サッカーとファンドって、どうやって結びつくのさ。 サポーターがチームに出資し、そのお金は育成や運営に充てる。 運用後、それで得た利益から分配金を出すというわけだ。 ほ~、募金よりいいしくみぢゃないの。 でも、そんなこと誰もやってないってことは やってはいけない規則がJリーグにあるのではないか。 と思っていたら、なんと緑んちに投資するファンドができたという。 なんだ、やってもいいんじゃないか。 しかも当然のことながら、日本初である。 レンホーに 「1番じゃなきゃダメなんですか?」と言われようと、 あいつらに先を越されたのは悔しい。 悔しいから最終戦では絶対勝ってやる。
2009年12月01日
先発が少なく得点数も少なかったとはいえ、 出場機会は決して少なくなかった元気くん。 ホーム最終戦にもきっちり途中出場していた。 そんな彼への戦力外通告は意外なようでもあり、納得できるようでもあり。 前線からの献身的な守備だけでは生き残れないという現実。 だって彼は得点を求められるFWだから。 毎試合毎試合、胃が痛む思いで勝ち点を積み上げた2007年。 あの年の戦い方に関してはいまだに賛否両論(え?否のみ?)あるが、 あ゛~、追いつかれる~~~っ!というとき、わたしは何度 「元気っ!走れぇ、追っかけろ!引っかき回せーっ!頼むから走ってくれ!」 と叫んだことだろう。 そして、元気くんはその期待に応えてくれた。 彼が入団したときは、その厳つい顔に文字通り面食らったものである。 街ですれ違ったら目を合わせたくないタイプだと思った。 でも、その素顔が徐々に明らかになり、 ブログを始めると人気はうなぎのぼり。←それは言い過ぎ。 その外見からは想像がつかなかったが、 実は繊細で照れ屋、人一倍まわりに気を使う選手だった。 喋りはあまりうまくなくて、 テレビやラジオではもどかしさも感じだけど、 若手が「元気さん」「元気さん」と呼ぶ姿には 慕われている感が表れていた。 ホーム最終戦でのサンクスウオークでは ちょろちょろとピッチを走り回る子どもたちを気にかけている風で、 選手の列からははずれがちだった。 そして、胴上げされる直前、 素早くスパイクを脱いで輪の中に入って行った。 元気くんは最後まで気配りの人だった。 そのヘアスタイルと背格好から、 練習中、わたしは元気くんと曽田を見間違えることがよくあり、 並んだ後ろ姿は双子のようだった。 奇しくもホーム最終戦で途中出場した2人。 最後に曽田のCBを見たいと思っていたが、 元気くんとの最初で最後のツインタワー(厳密には違うけど)は この先ずっとわたしの記憶に残ると思う。 いつもいつも、すっとこどっこい呼ばわりしてごめん。 でも、そんな元気くんを、 実はとても頼りにしていたんだと今になってわかった。 ありがとう。 愛すべきすっとこどっこい。 よそのチームに行って、その称号を返上したら許さないよ。 最終戦では元気ゴール元気決めろ中山。
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