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コンサドーレと心中する覚悟で宮の沢永住を決めちゃったrocket1号&rocket2号のお気楽夫婦。
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2008年12月18日
世の中に永遠なんてない。
どんなことだっていつかは終わりが来る。
村野さん夫婦がずーっとしまふく寮にいることはないと思っていた。
いつかは去っていく日が来るだろうとわかっていた。
GMの去就についての噂が出たとき、
「GMが辞めたら寮母さんだって辞めるよね」と話していたが、
本当は二人とも辞めてほしくなかった。
永遠なんてないとわかっているけど、
ずーっとずーっと宮の沢にいてほしいと思っていた。
二人、いや、ときどきブログに登場するお子さんも含めた村野ファミリーが
わたしたちに残したものはとても大きい。
ひとつの時代が終わったといったら大袈裟だろうか。
でも、わたしにはそれくらい大きな出来事に思えてならない。
そして、さよならも言えずにお別れなんてあまりにもさびしい。
新しくやってくるえびーに過剰な期待を押し付けたくない。
えびーはえびーのカラーでやってくれればいいよね。
村野さんたちのやり方を知ってるだろうけど、
無理にその通りにやることはないと思う。
選手以外に応援しなきゃならない人が増えたのは
サポーターとしては忙しいが、まあ、しょうがない。
頑張れえびー。
昨夜、rocket1号に
「ここ数日のブログは辞めた選手ネタが続いているけど、次は誰?」
と訊かれ、
「もうネタはないよ」と答えたところ、
「クライトンは?ネタならあるよ」
などと話していたのである。
よかった、ネタにしなくて。
来年もいてくれるんだから、また新しいネタが増えるよ、きっと。
ありがとうクライトン。
また一緒に頑張ろう。
辛いこともいいこともあるけど、
すでに来季に向けてのスタートは切られていることを今日感じた。
「進也とキッチーは同期だった」へのお返事です。
2008年12月17日
やっと最終戦に関わる全ての録画を見終わり、苦行から解放された。
最後に見たのはスカパーの中継を録画したものである。
一連の鹿の優勝セレモニーやインタビューもしっかり入っていた。
さすがに、それは早送りしたが、すべてが終わって空いた時間に、
なんと去年の「素顔のJリーガー札幌編」が入っていた。
「純平」での元気くんたちのトークやらヤスの熊本紹介などをやった番組である。
去年は浮かれポンチで見ていた番組であるが、今は辛くて見られやしない。
それはそれで苦行であった。←見なかったけど。
トライアウトに参加した選手の一覧を見ていたら、
関(岡山)や千葉(C大阪)などの名前もあった。
去年、J2でうちを苦しめた選手の名前もたくさんあり、
改めてプロの大変さを感じる。
そして、元札幌所属として名前があった進也とキッチー。
彼らは同期入団である。
奇しくも同じ年に戦力外を通告され、一緒にトライアウトを受けることになったのだ。
2人が入団した年は、札幌ロケッツが宮の沢に来た年である(今とは違う場所だけど)。
それまでもスタジアムには行っていたが、
選手の顔をちゃんと覚えるほど熱心ではなく、
ビジュとアウミールの区別もつかず(失礼な話だが)、
誰がDFで誰がFWかもよくわかっていなかった。
ましてやベンチ入りしていない選手など名前も知らなかったのである。
進也とキッチーは顔と名前をちゃんと覚えた初めての新人だ。
まだ寮もなく、徒歩で通勤する2人をよく見かけた。
練習のあと、チョコレートファクトリーの時計塔の下で休んでいることもあったっけ。
試合には出ていなかったが、サッカーを楽しんでいる様子が伝わってきたものだ。
「頑張れよ!」と声をかけると
2人とも「はいっ!」と真面目に答えてくれたのを覚えている。
最後に赤黒のユニホーム姿を見ることはできなかったが、
またどこかでサッカーをしている姿を見られればいいなと思う。
そして、札幌、宮の沢のことを覚えていてほしいなと思う。
「画伯、もうひとつの顔」へのお返事です。
2008年12月16日
昨日今日と大阪でトライアウトが行われている。 スポーツ紙には昨日の画伯の写真も載っていた。 頑張れ頑張れみんな。 うちの強化部、うっかり 「お、いい選手いるな」とオファー出してもいいぞ。 画伯が自転車通勤だったのは有名だが、 のんびり系マシーンに乗っている選手が多いなか、 画伯のマシーンはちゃんとしたスポーツ系でバリバリかっこよく乗っていた。 ↑ どういう表現だ、これ。 とても運転中に声をかけられるようなものではない ということが言いたかったのであるが。 若手に負けないような体力作りとか、 ガソリン節約してオムツ代にとか、 例によって本人は自転車通勤の真意を煙に巻いていたっけな~。 そういえば、オフの日、とある公園で偶然、 自転車に乗った画伯を見かけたことがある。 その日のマシーンはいつものと違っていた。 後ろにヘルメットをかぶった愛息を乗せていて、 いつもとは違うスローペースでわたしたちの前を通り過ぎたのだった。 それはそれで声をかけられなかったのだが。 サンクスウォークではその子も一緒だったが、 当時よりかなり大きくなっていた。 子どもの成長ってやつは…。 画伯パパも負けないで成長するのだーっ! 「ダヴィの小道」へのお返事です。
2008年12月15日
最終戦が終わったから、もう練習なんてないと思っていたし、
外国人なんてさっさと帰国すると思っていた。
そしたら、練習はあったし全員ちゃんと参加していた(ようだ)。
もうどこへでも行ったらいいさ、
と半ばふて腐れて見ていたダヴィは、最後にちゃんとお別れの挨拶をしていた。
テレビでそれを見ていたら、この2年間のいろいろなことを思い出したのだった。
選手としてのダヴィのことはここで書くまでもなく、
みんなの心の中に残っていると思う。
わたしが思い出すのは、あちこちで偶然見かけた姿である。
郵便局で、銀行のATMで、スーパーのレジで。
ときには
「え?ダヴィ、こんなとこ知ってんの?」
というところで見かけるほど、すっかり宮の沢人だったダヴィ。
雪解け道を必死に自転車をこいでいたこともあった。
寒さを知らないブラジル人だ。
わたしが日常的に使う道路と合流する細い道路がダヴィの通勤路だった。
自転車でぴゅーっと出て来る姿や
リュックを揺らしながら遠ざかる後ろ姿をよく見かけた。
負けた試合のあとのちょっと怒ったような背中を見たこともある。
誰か車で送ってあげればいいのにな~と思ったけど、
もしかしたら、
そこを歩いて帰るのがダヴィのクールダウンだったのかもしれない。
もういないとわかっているけど、
この小道からひょっこりダヴィが出てきそうな気がするよ。
建設中のマンションを見上げているダヴィを見かけたことがある。
後ろから
「ダヴィ、買っちゃえ」
とささやいていたら、札幌に残ってくれてたかな。
「これは罰ゲームか」へのお返事です。
2008年12月14日
入れ替え戦が終わり、今年のリーグ戦が終了した。 なぜか昨日の2戦目は後半から落ち着いて見ていられなくなり、 「テレビのない部屋に行くから、あとで結果だけ教えて」 という気持ちにまでなったのであった。 結局は見てたけど。 っていうか、テレビのない部屋はとても寒いので テレビのある部屋にいるしかなかったわけだが。 昨日の主審ジャスティス氏に対して、 「よく走ってます」とさらりと言ってのけた実況アナ。 解説の原ちんはジャッジに対して何度か 「う~ん、今のはどうだろうね」と発言していた。 どうなんだろう。 最終戦後のいろいろな番組を録画したが、見る時間がなくたまり放題である。 少しずつ見ているが、 どれもこれも優勝チームの選手が出演したり今季の軌跡を紹介してたりして、 もういいっつーのという内容ばかりである。 なら見なきゃいいだけなのだが、 これは罰ゲームか苦行かと言いながら見ている札幌ロケッツ。 いつまで引きずる気か降格&最下位の屈辱を。 引きずっているんじゃないよ、肝に銘じているんだ。 もう二度とこんな思いをしなくていいようにさ。こいつ誰? 子ども向けイベント会場の入り口にいたのだが 誰にも構ってもらえず、 通りすがりの我々に愛想を振りまいていた。 一応手を振ってあげたが、 誰? 「池内が残したもの」へのお返事です。
2008年12月12日
全体練習が終わったあと嬉々としてシュート練習をする池内を見て、 ま~ずは守備練習ちゃんとやれって何度思ったことか。 試合中、流れの中でガーッと上がってくる池内を見て、 おいっ、そこまで上がったらシュートで終われよ、 そこでボール取られたらちゃんと戻れるのか間に合うのか走れるのか、おいっ! と何度生きた心地がしなかったことか。 ↑ カバーに入る選手の苦労がしのばれる。 しかし、それはそれでわくわくさせてもらったプレーではある。 それが彼のスタイルだったのだと思うし、 得点を決めて喜ぶ彼の顔はきっといつまでも忘れない。 守備のシーンは忘れても。 そして池内はやっぱりいいヤツだった。 最後の最後まで、ちゃんとサポーターの気持ちをわかってる。 ほぼ全員が顔をそろえる最後の機会、 スポンサーパーティーで、みんなの写真を撮ってブログにアップしてくれた。 いろいろな事情を抱える選手たちの思いはそれぞれに複雑なはずなのに、 みんなちゃんと笑顔を向けてくれてるのは、 池内の人徳(怖さ?)ではないか。 よかったよ、今年のメンバーの笑顔を最後に見られて。 写真の下のコメントも泣かせるじゃないか。 く~~~~っ。 ニコパチの写真をあまり見たことがない芳賀ちゃんもご機嫌なのは アルコールのせいか?いや、池内のお陰だよね。 ありがとう、池内。 とみ~とのツーショットが実現していない旨を書いたら、 そんなわたしをただうらやましがらせるためだけに とみ~とのツーショット写真を送りつけてきたヤツがいる。 怖い者知らずのそのチャレンジャーは幼稚園児。 個人情報なので写真を載せられないのが残念だが、 しゃがんでくれようとしたはずのとみ~の優しさを拒否し(多分)、 とみ~の前に立ちはだかって撮影。 ↑ いや、立ちはだかってはいないんだけど、とりあえず前に立っている。 顔がとみ~の足の付け根くらいにあるのが笑える。 とみ~の半分しかない! 笑顔で幼稚園児の肩に手を乗せているとみ~であるが、 よく見ると指を目いっぱい伸ばしているのだった。 190cmの心優しいとみ~、トライアウト頑張れ! 「ユアスタでの試合を見ながら岳也を思う」へのお返事です。
2008年12月11日
どうよ入れ替え戦。←誰に問うているのか。 どうしても、 うちだったら仙台に勝ててたかな~と思いながら見てしまう自分。 今季もスカパーでユアスタでの試合はなんとなく見ていたはずだが、 ちゃんと腰を据えて見たのは昨日が初めてだったから、 改めてユアスタ独特の雰囲気を感じたのであった。 実況も解説も言ってたけど、 「監督の指示はピッチ上の選手に全く届きません」である。 赤黒のユニホームがいないユアスタの試合を見ながら、 ユアスタで戦った天皇杯を思い出していた。 対戦相手は甲府だった。 天皇杯ってものは、縁もゆかりもないスタジアムでやることがある。 全国あまねくサッカーを普及させるためとかなんとかいうことなんだろうが。 快進撃を続けていた我がチームが勝利をおさめたわけだが、 試合後、甲府に所属していた岳也の引退セレモニーがあったのだった。 我々も感慨深いものがあったその日のことを、 岳也も最近思い出していたようである。 意外に涙もろい、かわいい岳ちゃん。←年のせいか? 札幌に所属していた年の最終戦、曽田との絡みは笑うな~。 曽田、いいヤツ。コート・デュ・ローヌ。 いろいろと魅力的なお誘いが多い時期。 飲み過ぎには要注意である。 ふんっ、ほっといて。 「なぜ、曽田はいないのか」への お返事です。
2008年12月10日
もし、 もしもであるが、 入れ替え戦に臨んでいたとしたら、仙台と戦うことになっていたわけである。 実現していたらいろいろと感慨深いものがあっただろうと思うが、 今となってはまったく感慨深くないことである。 しかし、今夜の入れ替え戦はいろいろな意味で興味深く、 絶対に見逃すことができない一戦だ。 ああ、今ごろユアスタは熱気に満ち満ちていることだろう。 rocket1号、今夜は早く帰ってきなさい。 19時以降わたしは家事放棄するよ。 19時過ぎに帰ってきたら、21時まで何も当たらないよ。 ファンクラブのパーフェクト賞であるアルバムであるが、 去年はのんびりしていて、 というか昇格に浮かれまくっていて申し込みが遅れ、 受け取りが年明け遅くになってしまったので、 それが今季に入っても 浮かれ気分を引っ張った原因になったのではないかという反省にもとづき、 今年はいちはやく申し込むことにした。 あの豆粒のような見本写真から 選手の魅力的な表情を見つけ出すのは至難の技なので、 できるだけ全身が入っていて動きのある写真を選ぶことにしている。 毎年思うが、あの候補写真の選択基準は何なんだろうか。 今年最多の4枚という選手は征也、元気くん、平岡の3名である。 出場時間に比例しているとは思えないし。 そして、怪我で離脱したとはいっても、 曽田の写真が1枚もないことが大いに不満である。 あれだけJ1の舞台を心待ちにしていた彼の姿を、 今年のアルバムに残せないなんて、ひどいじゃないか。 出来上がったアルバムに自分で撮った写真を貼り付けるしかないのか。 ↑ 試合中の写真なんて撮ってないから無理だけど。コンテ・ド・ボーモン・ブリュット・ロゼ。 勝利のためにストックしてあった スパークリングワインであるが、 今季4勝につき、 ワインセラー(という名の収納庫)に ゴロゴロ残っているわけである。 だから一生懸命飲むのだ。 来季に残しておけって? 来季は来季でまた買うから。 「嫌われる審判」へのお返事です。
2008年12月09日
年に1~2度はわたしに付き合って観戦する姪。 これからクリスマス、お正月などのイベントを控え、 伯父伯母の機嫌をとっておこうという下心見え見えの最終戦参戦であった。 サッカーにはたいして興味がないようだが、謙伍のことは好きらしい。 試合前、スタジアムを見渡して 「イシイケンゴの横断幕はあんなにいっぱいあるのに、 どうしては試合に出られないの?」 と不思議がっていた。 そうだね~、不思議だね~。 人気あるのにね~。 「Number」をめくっていたら、目次に「嫌われる審判」というタイトルがあった。 もしかして?と思ったら、やっぱりそうだった。 我らがイエモッツについて書いたものである。←いつから「我らが」に? 例の一件後、復帰した彼の笛は明らかに以前とは変わったと思っていたが、 これを読めば、その謎が解ける。 そうだったのかイエモッツ!である。 ちょっと見直した。 っていうか、かなり見直した。 このまま真っ直ぐに成長してほしいと願うばかりである。 彼以外にも、自分を見直す機会を作ってほしい主審はたくさんいるわけだが。 オフシーズン企画のレフリー座談会が楽しみである。ヴィーニュ・ド・レーブ・シャルドネ。 有機ワインシリーズの白。 ちょっと物足りない感じがする。 有機って体にいいイメージだけど、 体にいいのが物足りない感じって、 どういう味覚してるんだ?自分。 「芳賀ちゃんの言うことをきかなかったからさ」への お返事です。
2008年12月08日
昨年の最終戦、 優勝&昇格に浮かれまくる我々に 芳賀ちゃんはピシッとJ1の大変さを伝えていたのだ。 もう戦いは始まっている、と。 それだのに、年末年始から開幕まで浮かれっぱなしだったわたし。 土曜日、優勝を決めて沸き立つ鹿さんチームを眺めながら、 そんなことを思い出していたのだった。 一連のセレモニーは、かなり冷静に見ていた。 冷静というより、何の感情もわいてこなかった感じ。 だけど、セレモニーが終わって、 むこうのゴール裏から札幌コールが起こった途端、どーっと泣けた。 なぜだ? 鹿さんたちへの思いでもなく、 残留できなかった悔しさでもなく、 何もできなかった自分への腹立たしさでもなく、 悲しくて寂しい感じ。 こんな感情、サッカー観戦にはないだろう普通。 あ、そうか、 もうJ1終わっちゃうんだな~っていう寂しさなのか。 試合前、選手たちは 「目の前で胴上げは見たくない」と言っていた。 優勝セレモニーが始まったらうちの選手たちはいなくなってたから、 実際、見ていたんだろうか。 わたしらはずっと見せられてたわけだけど。 サンクスウオークでチームを去る選手を見たら泣けるだろうと思っていたが、 意外とさばさばしたもんだった。 試合が終わってすぐ選手たちが挨拶に来たら、 もしかしたら感極まったかもしれないと思う。 ユニホームから黒いジャージに着替えた選手たちは、 すっかり戦いの顔を脱ぎ捨てていたように見えた。 それはそれでいいんだけどさ。 わたしは、みんなにちゃんと感謝の気持ちを伝えられただろうか。 ちょっと心配だ。いただいた江別のお菓子。 とてもおいしい。 「喋るカズゥと喋らない征也」へのお返事です。
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