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ブログタイトルは「真栄パパの思い出語り」から2014年2月に「習慣コンサ」に改め、さらに2022年1月1日から「毎日コンサ」に改称しました。「毎日が日曜日」なので、毎日、コンサドーレのことを考え、書いていきます。 気持ちだけは熱いですが、体がついていかない老年(2018年、還暦に突入)のぬるサポです。 北空知の秩父別町生まれ。札幌市清田区真栄に自宅があります。
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2007年12月17日
12月2日、J2徳島に所属する大森健作が引退を発表しました。健作といえば、前回のJ1昇格を知るサポにとって忘れられない選手でしょう。2000年、2年目のJ2に挑む岡田武史監督に誘われ、京都から移籍。背番号6で、主に3バックの左ストッパーとして活躍しました。堅実な守備が売り物でしたが、時折見せるオーバーラップは彼の代名詞で、確かアパレル業者と組んでそんなブランドのTシャツを売り出したりしましたね。コンサでは珍しく華のある選手で、おしゃれなうえ、しゃべりも面白く、テレビに出演するといえば、健作が多かったように思います。いち早く茶髪にしていて、服装も格好良かったです。ファンサービスも熱心にこなし、サポの人気が高かったですね。コンサでの出場記録はJ2の00年が38試合、J1の01年が29試合、同じく02年29試合、J2に落ちた03年は故障もあり14試合にとどまり、翌04年は13試合に出た後、途中でJ1のC大阪に移籍しました。03年からコンサ史上初の複数年契約(2年)を結んだのも、ニュースになりました。04年限りでコンサから戦力外となり、05年からはJ2に昇格した徳島に所属しましたが、同年は24試合、翌06年18試合と故障もあって出場試合数が減り、今季は出場していなかったようです。 J1、J2を通じて生涯唯一のゴールが2000年7月29日の厚別。J1昇格争いのライバル、宿敵・浦和に先制を許すも、田渕龍二のミドルで1-1の同点。後半41分、健作は相手パスをカットして、相手DFもかわして自らゴール左に持ち込み、左足で見事にゴール。私はテレビ観戦でしたが、絶叫したことをよく覚えています。おそらく前回の昇格を語るときに、今回の愛媛戦の西のゴールと同じように、サポの間で長く語り継がれるゴールだったと思います。 徳島のホームページによると、「サッカーには携わっていきたい」と語っていますが、今後の進路は未定のようです。コンサでもサポから愛された健作よ、お疲れ様でした。今後の人生に幸多かれと祈っています。 写真のカードは上段がJカード、下段左2枚がカルビー、中央がイレブンスターズ、右2枚がパーフェクトイレブンです。
のっち
Re:大森健作
2007/12/18 01:19
あのシュートは伝説ですよね。 健作は大好きな選手でした。 ぜひ今後も頑張って欲しいです。
rocket2号
Re:大森健作
2007/12/18 11:21
「札幌のサポーターはあたたかいけど、優し過ぎる。 不甲斐ない試合のときはブーイングしてほしい」 と健作が言ってから選手に対するブーイングを認められるようになりました。 自分にも厳しい人だったと思います。
かんち
Re:大森健作
2007/12/22 22:42
健作も引退ですか。寂しいですね。 Tシャツの第1弾、黒のMore Overlap持っています。 今でも、時々着ています。 あのゴール、アウェイゴール裏で見ました。 お疲れ様でした。
真栄パパ
Re:大森健作
2007/12/24 19:49
>のっちさん 語り継がれるシュートですよね。 これからはあのキャラクターを生かして活躍してほしいです。 >rocket2号さん そうか、健作でしたか。ピッチの外では華やかでしたが、ピッチの中ではまじめに取り組む選手でした。 >かんちさん おおっ、Tシャツ持ってますか。 あのゴールを目の前に見たのは、すごいですね。
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