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ブログタイトルは「真栄パパの思い出語り」から2014年2月に「習慣コンサ」に改め、さらに2022年1月1日から「毎日コンサ」に改称しました。「毎日が日曜日」なので、毎日、コンサドーレのことを考え、書いていきます。 気持ちだけは熱いですが、体がついていかない老年(2018年、還暦に突入)のぬるサポです。 北空知の秩父別町生まれ。札幌市清田区真栄に自宅があります。
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2026年03月31日
当ブログはコンサドーレ以外のことは極力排除していますが、私にとって青春の思い出と重なるJR留萌本線が本日限りで廃止となり、間もなく最終列車が運行するので、少しノスタルジックな気持ちで振り返ります。
私の実家は北秩父別乗降場に近い農家でした。当時は無人の乗降場を名乗っていましたが、ホームが短く、列車の前と後ろの乗降口は同時に乗り降りできず、2両編成なら先頭列車の後ろの乗降口と2両目は前の乗降口で乗り降りしていました。知らずに違う乗降口で降りられない人がいたりました。そんな乗降場が、旧国鉄の分割民営化に伴いJRに変わるとともに、「北秩父別駅」となったそうで、「あれが駅?」と驚きました。私が利用したのは遙か昔、主に深川西高校に通った3年間です。社会人になって車を持ち始めてからはほとんど利用したことがありません。高校生時代の一番の思い出は、いつも発車時刻を目指してぎりぎりの時間に家を出たのですが、少しもたもたして遅れたことがありました。もう時効なので書きますが、乗降場に向かって走りながら手を振ると、運転士さんが発車せずに待っていてくれました。そんなことが2回あったことをよく覚えています。今なら運転士さんも許されないこととして怒られるでしょうね。その頃は2~3両編成だったはずで、高校生が多数乗っていたほか、ガンガン部隊と言われた行商のおばさんなどもよく見かけました。青春時代にお世話になった留萌線に感謝したいと思います。
赤字ローカル線がまた一つ姿を消します。もともとJR北海道には黒字路線がないに等しいのです。民営化はともかく、なぜ経営が成り立たないことが明白だったJR北海道を独立させてしまったのか。そんなことを思ってしまう留萌線廃止でした。
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