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ブログタイトルは「真栄パパの思い出語り」から2014年2月に「習慣コンサ」に改め、さらに2022年1月1日から「毎日コンサ」に改称しました。「毎日が日曜日」なので、毎日、コンサドーレのことを考え、書いていきます。 気持ちだけは熱いですが、体がついていかない老年(2018年、還暦に突入)のぬるサポです。 北空知の秩父別町生まれ。札幌市清田区真栄に自宅があります。
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2008年04月28日
北海道フットボールクラブ(HFC)は経営再建策として減増資計画を進めています。その中心的な役割を果たすのが「コンサドーレ札幌サポーターズ持株会」です。 歴史をひもとくと、1996年の球団創立とともに市民、道民による持株会として発足。1口5万円、1人19口まで出資可能で、1年目は約1億3000万円集まったようです。設立後の数年は大幅な赤字経営が続いていたため、持株会も毎年、追加募集していたようです。私はこの頃はまだサポーターでなかったので、出資していませんでした。徐々に集まる額が少なくなっていたようですが、大きく増資したのはJ1昇格を決めた2000年暮れ。この時は昇格の原動力となったFWエメルソンの移籍金に約2億円が必要とされ、J1残留のために出資を募ったのでした。私は初めてなけなしのへそくりから5万円を出しました。結局、エメルソンの残留は実現しませんでしたが、持株会の目標2億5000万円を超える出資が集まり、持株会がHFCの筆頭株主となり、文字通り市民球団となりました。これにより、児玉芳明持株会副理事長が持株会から初めて2001年にHFC取締役に就任し、その後、社長に就きました。今回の減資前の段階で、持株会は約5億5000万円で全株式の21・55%を占め、2位の石屋製菓の4億円を大きく上回っています。ただ、これは減資により5分の1になりますから、持株会は減資後、1億1000万円ほどの株主になってしまいます。 持株会の会員になると、どんな特典があるのでしょうか。一般の株主ですと、株主総会に出席して議決権を行使できますが、持株会の場合は代表理事に一任されるため、出席権も議決権もありません。会員証とホームゲーム無料招待券をもらえるほか、イベントへの優待などだけです。私が出資していた1口5万円は減資により1万円となりますが、もともと債務超過の会社ですから法的整理すればただの紙くずに過ぎなかったわけで、その意味では1万円分でも残っただけでもマシというものです。それよりも、これまでの試合により受け取った数々の感動こそが一番の配当だったと思っています。 さて、持株会は現在、1口1万円で出資を募っています。1人95口まで可能です。私も再び少ないながら、へそくりから出しました。金額はカミさんの手前、内緒です。この増資が成功しないと、債務超過が解消せず、J1昇格の要件を欠くことになります。4月25日現在で6194口だそうで、目標まであと3806口です。ただし、出資は自己責任で決めてください。もしかすると、再び減資の憂き目に遭うかもしれませんし、最悪の場合は紙くずになりかねません。ただ、これにより経営再建を進め、少しでもチームを強化したい、という一心で私は出資に応じました。今後も感動を配当してくれれば、と願ってやみません。出資の締め切りは5月9日(金)です。大型連休をはさむので、残された時間は多くありません。趣旨に賛同できる方の出資を心から呼びかけます。そして、フロントはサポーターが身を切る思いで出す浄財を経営健全化とチーム強化のために大切に使ってほしいと思います。
2008年04月20日
4月6日のエントリーで2008Jカードを紹介し、レギュラーカードに登場したコンサドーレの選手11人を披露しました。実はレギュラーカードにはもう1枚、昇格カードがありました。写真の下にある通り、昨年12月1日の最終節、水戸戦後に歓喜の記念写真の様子をカード化したものです。何度見てもいいシーンですね。 写真左上は1997-98Jカードで、厳密には96-97年のチーム成績カードですが、写真は97年にフェルナンデス監督の下、JFLで優勝し、Jリーグ昇格を決めた時の写真でした。写真右上は2001Jカードで岡田監督の下、J2で優勝し、J1昇格を決めた時のものです。どの写真も喜びにあふれていていいですね。 ただ、これからはわがコンサドーレはJ1に定着し、2度とJ2に落ちないため、こうした昇格カードとは無縁となります(願望も込めて)。ぜひとも、いつの日か、J1で優勝を果たし、優勝カードに登場したいものです。
2008年04月13日
磐田戦はいい試合でした。ジュビロには公式戦初勝利。思えば、長い道のりでした。 昨日はオフィシャルパートナー・JR北海道様のサックスマッチでもありました。マッチデイプログラムのプレゼントにJR北海道様提供の品々があるのを見て、写真の応援フラッグを思い出しました。これは昨年9月2日に函館千代台で行われた愛媛戦の際に、JR北海道様主催の応援ツアーを3年連続で利用しました。残念ながら試合は引き分けでしたが、帰りのバス内であった抽選会で見事、この応援フラッグが当たりました。こんな幸運なことはわれながら珍しいことです。当時はJ2優勝に向けて首位を走っていたときで、このフラッグはJR駅にも掲げてありましたね。早速、家に帰ると、2階の廊下に飾りました。そのおかげもあってか、最終節で勝利を収め、わがコンサドーレは見事にJ2優勝を果たしました。縁起のいいフラッグです。JR北海道様もプレゼントに提供したぐらいですから、今年も使い回しているようですね。 そのフラッグはJ1に上がった今もそのまま掲げてあります。今年の現実的な目標はJ1残留ですが、いつの日か、J1優勝を目指したいものです。その日まで掲げ続けたいと思っています。
2008年04月06日
3月に「2008Jリーグオフィシャルトレーディングカード」が発売されました。昨年までJ2でしたので、登場選手は5人だけでしたが、今年はJ1とあってちょうど1チーム分の11人が登場しました。高木、芳賀、曽田、西嶋、砂川、中山、ダビ、西沢、西谷、藤田、大塚で、昨年のレギュラークラスをほぼ網羅していています。登場しそこねた選手は来年の登場目指して頑張ってほしいと思います。もっとも、時期はまだ分かりませんが、登録選手全員が登場するチームエディションが今年も発売されると思いますので、楽しみにしています。 なお、このトレーディングカードはカード8枚入り1パックが420円で売られています。全カードをそろえる人は箱で買ったり(それも何箱も)するようです。私は1枚単位でネット販売しているところから購入しています。写真にある11枚はいわゆるレギュラーカードで、ほかに希少カードのインサートカード(キラカード)があります。選手の自筆によるサインカードは極めて高額で取引されていますが、高いので私は手が出ません。レギュラーカードでしたら、1枚30-100円程度で販売されていることが多いです。ヤフオクにもよく出品されています。
2008年03月29日
昨年11月9日のエントリーで、昨年から発売された「歴代ユニフォームストラップ」20種類をすべてそろえたことを報告しました。そのエントリー内でも「ニトリ様でコルクボードでも買ってきて壁に飾りたい」と公約しながら、生来の怠け者ですので、オフの間もJ1昇格に浮かれっぱなしで、遅々として進んでおりませんでした。先日(もう結構前です)、転勤前にカミさんに尻をたたかれ、新居用の家具類とともにコルクボードを購入。転勤前の忙しいはずの時に、ようやくお宝のユニフォームストラップを飾り付けました。札幌の自宅に置いてきました。 なお、「歴代ユニフォームストラップ」は先日のホーム開幕戦では今年もグッズ売り場で販売が継続されていました。1個税込み500円です。
2008年03月22日
3月15日のホーム開幕戦で、久々に「コンサドーレクッキー」を買いました。「白い恋人」の石屋製菓様が1997年に発売したクッキーです。歴史をさかのぼると、同年のさっぽろ雪まつりの際に行われたコンサドーレ札幌オリジナル菓子コンテストでの優秀作品が商品化されたものだそうです。ドーレくんが描かれた赤い小箱には甘酸っぱいレモン味の「サッカーボール」、青色の小箱にはちょっぴり苦みのきいたココア味の「マカダミアクッキー」の2種類で、それぞれ3枚ずつ入っています。クッキーのパッケージも赤黒ですね。小箱にはオリジナルシールが1枚入ってます(何種類あるのかは残念ながら知りません)。 過去に何度も買っていましたが、実は昨年の石屋製菓の例の問題以来、このクッキーも買えなくなっていました。開幕戦の際にも会場にあるのか、ちょっと不安でしたが、グッズ売り場の片隅にちゃんとありました。メガホン型とサポーターズキャップ型の箱詰めもありますが、今回は職場へのお土産に小箱が6箱入ったギフトタイプ(1575円)を買いました。初めて食べた同僚にも好評で「えっ、これも石屋製菓なの」と驚いた様子で、あっという間になくなりました。写真のサッカーボールが食べかけなのは、写真を撮る前になくなり、最後の1枚をようやく撮ったからです。 このクッキーをお土産にすると、コンサドーレ札幌への応援になるとともに、スポンサーの石屋製菓様へも貢献でき、贈答先にコンサドーレを宣伝できる-という一石何鳥かの効果があります。皆さんも機会があれば、ぜひ購入してみてください。
2008年03月16日
昨日のホーム開幕戦は残念でした。天下の横浜F・マリノスを相手に一度はリードしながら、最後は力尽きてしまいました。次節以降にこの経験がつながることを期待します。 開幕からこの2試合で、アルセウの穴を埋めるべく急きょ入団したクライトンはかなりやれることが分かりました。前線でためをつくり、攻撃の起点になってくれそうです。PKを外したのは残念でした。記録によれば、2004年途中に名古屋に入団し、05年末まで44試合出場、7得点を挙げています。実はアルセウは名前こそ聞いたことがあったものの、ほとんど知らない選手でした。クライトンは当時、結構目立っていたので、覚えていました。日本のサッカーにもすぐなじんでくれそうですし、昨日も想像以上にさぼらずに走っていました。救世主的な存在、切り札として活躍してくれるものと願ってやみません。 写真のカードは05年のJカードチームエディションとカルビー(右下)です。ほかにチームエディションのインサートカードがあるようです。
2008年03月09日
つい先日、「もうJ1になったのだから、いらないんじゃない」と、カミさんに指摘されて、廊下に張ってあった応援ボード=写真=をはがしました。思えば、このボードは2003年3月15日、札幌ドームで行われたJ2開幕戦の鳥栖戦で石屋製菓様から入場者に配られたものです。前年、2年目のJ1で最下位に沈み、1年で復帰する決意でJ2の開幕戦を迎えたのでした。この時は珍しく家族4人全員で参戦、懸命に声援を送りましたが、横浜FCに1-3で敗れ、出はなををくじかれました。「WE SHALL RETURN」はこの年のクラブスローガンでしたが、1年での復帰はならず、長く暗いJ2暮らしが続きました。それでも、5年かかって今季からJ1に復帰。つらく、厳しい戦いが始まりましたが、この5年間を思えば、どんなに勝てなくても、どんなに負けても、もっと応援していかなければならない、と思っています。 白い恋人サンクスマッチは、ボード裏に軌跡が書かれてあります。1997年からスタートし、当初はポンチョやひざかけを配っていたようです。私がもらったのは確かこのボードからで、最近は文字が浮き上がる扇風機(?)なんかもありました。石屋製菓様の太っ腹社長のおかげで、毎年、アイデアを凝らしたグッズが登場します。今年も15日のホーム開幕戦で赤黒の傘を配るそうです。頭に装着する変わった傘のようですが、赤黒心をくすぐるグッズと思われます。石屋製菓様は昨年、おそらく創業以来の危機に見舞われましたが、奇跡的に復活をとげ、幸いにもコンサドーレの熱烈支援を継続してくれています。開幕戦にはぜひとも駆けつけて、鹿島に敗れて自信が揺らいだであろう選手たちを力の限り後押しし、石屋製菓様にも感謝の気持ちを表したいと思っています。
2008年03月02日
父「村田って、覚えているか?」、上の娘「村にムラムラの村田だよね」。先日、HFCから「強化部スカウト担当に就任!」の発表があった日、父娘でそんな会話を交わしました。「村にムラムラ」は当時のダンマクにあったフレーズでしたっけ、最近は勉強が忙しいとかでつれない娘もよく覚えておりました。 村田は読売クラブ-V川崎(現東京V)を経て、出場機会を求めて1995年にコンサドーレの前身の東芝に入団。コンサドーレになった96年から2000年限りで退団するまで、主に左サイドバックで活躍しました。確か東芝時代を知る選手としては、最後まで残った選手ではなかったでしょうか。私は生観戦では見たことがなく、テレビ観戦だけですが、決して技巧的なタイプではないものの時折見せるオーバーラップでわくわくさせ、闘志あふれるプレーでサポを魅了する選手だったように記憶しています。明るい性格で何よりサポのことを思ってくれる選手でもあり、サポから愛されました。「白い恋人」のCMでも演歌歌手風の和服姿で登場し、アイドルのコータに対抗して、笑いも取れる選手でした。正式な退団発表の前だったと思いますが、2000年12月3日に室蘭で行われた天皇杯2回戦で試合後、スタンドを回って握手に歩き、サポから胴上げされる映像をテレビで見て泣けてきました。退団時に胴上げされた選手はほかにはいないのではないでしょうか。 さて、コンサでのリーグ戦出場記録はJFL54試合4得点、Jリーグ18試合1得点、J2で37試合無得点。退団後は出場機会を求めて仙台、大宮を歩き、04年限りで現役を引退しました。その後、イタリアのキエーボ・ベローナの育成部コーチを務め、指導者の道を歩んでいましたが、本人は確か「いつか札幌に戻って来る」と語っていたので、こういう形でコンサに戻ってくるとは本当に驚き、うれしく思いました。元戦士たちがスタッフとして帰ってくるのは、チームとしての成熟を図る意味でも大歓迎です。イタリアでの経験や人脈をスタッフとして生かしてほしいものです。それにしても、HFCオフィシャルホームページの中の人もよほどうれしかったのでしょうか、感嘆符「!」付きのニュースを初めて見た気がします。 写真のカードは98年のJカードです。仙台移籍後にカードが多数出ています。
2008年02月24日
前回のバー「オフサイド」とともに、2002年のNHK-BSのJリーグ中継「BSサポサポ」で紹介されていたのが、たこ焼きの移動販売「ほっと12」でした。いつもホームゲームの試合会場近くで営業し、アツアツのたこ焼きを提供してくれています。2001年の開業とともに、コンサドーレのサポートシップスポンサーに。店主の「たじ」さんはドーレくんのエプロン姿で、移動販売車にはコンサドーレのポスターやティッシュ、フラッグなどが飾ってあります。さらにたこ焼きの売り上げの一部は毎年、支援金としてHFCに寄付してくれています。これはホームゲーム開催時にたこ焼き1パック350円のうち40円を支援金に寄付するというもので、車に備えた貯金箱への寄付も含めて贈ってくれており、昨年12月には過去最高額の19万4770 円も寄贈していただきました。 私が初めて利用させていただいたのはBSサポサポで紹介された少し後。ホームページを拝見すると、出店場所と日程が載っていて、確か豊平区の今はなくなった書店前で買ったのが最初です。テレビで見た通りお店で、早速アツアツのたこ焼きを買って、おいしくいただきました。その後は試合の時もたまに寄らせてもらい、年に何回かは利用させていただいてます。ご本人は熱烈に応援していらっしゃる方なのに、あえて観戦せずに営業を通じてチームを支援していただいていることに頭が下がります。室蘭の試合の時にもわざわざ遠征して出店しているのにも驚きました。現在はコンササポにぴったりの「赤黒たこ焼き」というメニューもあります。写真は昨年12月1日の最終戦で札幌ドーム近くで営業していた様子です。行列していたので、残念ながら買うのを断念した軟弱者です。 オフィシャルブログは「たじ争論」。タイトルはT○Sの某ニュース番組のコーナー「多事争論」をもじったものと思われますが、コンサドーレにまつわる問題提起はいつも考えさせられる内容で、参考にさせていただいています。皆さんも試合の時はぜひたこ焼きを食べて、熱く応援しましょう!
2008年02月17日
確かコンサドーレがJ1にいた2002年だと思いますが、NHK-BSのJリーグ中継で、ハーフタイムに各チームの熱烈サポーターを紹介する「BSサポサポ」というコーナーがありました。その札幌編で紹介されたのが、バー「オフサイド」です。短髪でちょっとこわもてのマスターが登場し、お客と熱く語っていたように覚えています。まあ、アルコール好きのコンササポなら、知らない人はいないのではないかと思うほど、有名なお店です。ご本人も熱烈サポらしく、よく試合会場でお見かけします。 私自身は下戸の方なものですから、足を運ぶ機会がなかったのですが、上の娘が成人になる前から「ぜひ行ってみたい」というものですから、娘が20歳になった2005年秋、成人祝いとして2人で初めて行ってきました。はっきり言って予想以上に狭かったです。10人も入れるかどうか。でも、コンサドーレに対する愛情がいっぱい詰まっていました! ウィスキー中心のメニューで、父娘でチビチビ飲んでいると、マスターがいろいろとサービスしてくれ、とりわけ元コータのファンだった娘はコータの秘蔵映像を見せてもらい感激していました。過去のコンサの試合を中心にビデオがたくさんありました。こういうお店ですので、お客も熱烈サポが常連なのでしょう。HFCの社員の人がいたり、たまたま隣り合わせた女性は某選手の写真などを見せてくれたりと、父娘で濃密な時間を過ごすことができました。最近は娘が専門学校の実習やら試験やらでさっぱり観戦につき合ってくれなくなったのですが、娘とのいい思い出として刻まれています。 私は現在、単身赴任の身ですので、めったにススキノに向かうことさえ少なく、残念ながらオフサイドにもその後、お邪魔していません。それでもホームページを拝見していると、毎年、クラブのスローガンに合わせて進化しています。昨年は「お客様相手にハードワークするBar」の熟成を目指したようです。過去には「アクション・バー」の時もありました。今年はどんなバーを目指すのでしょうか。 所在地は中央区南6条西3丁目、第2桂和ビル3F、営業時間は午後7時-午前2時、日曜・祝日定休。オフィシャルブログは「オフサイド通信」です。
2008年02月08日
さっぽろ雪まつりは私が生まれるより8年早い1950年から始まり、今年で59回を数えます。札幌から遠くに生まれ育った私には縁がなく、子供のころに見た記憶はまったくありません。会社に勤めてから、通りすがりに見るようになったものの、真剣に見たことはずっとありませんでした。札幌に家を建てた翌年の2001年だったでしょうか。下の娘にせがまれて真駒内会場(陸上自衛隊真駒内駐屯地内)に行き、滑り台やらミニSLやら半日以上、家族サービスしたことがあります。また数年前、たまたま暇があったので、開幕前日に大通会場を一通り見て歩いたことがあります。雪像はほぼ完成しており、人混みも避けられるので、前日見学は結構お勧めです。 毎年、大通会場にコンサドーレのオフィシャルグッズショップ、要するに売店が出店しています。バーゲン処分品などもあり、札幌に家を建ててからは毎年のようにのぞいております。今年も4丁目に出ているそうです。 J1に昇格した今年は5丁目の道新雪の広場に「がんばれ!コンサドーレ札幌」という大きな雪像があります。写真は先日、珍しく札幌での飲み会に参加したときに撮ってきました。うれしいですね、やっぱり昇格するものです。ここで「コンサドーレ札幌応援ステージ」(9、10日午後3時30分-4時)と「コンサドーレ札幌ファンNo.1クイズ大会」(9日午後4時30分-5時、10、11日午後5時-5時30分)というイベントがあります。ドーレくんとコンサドールズも応援ステージには出演してくれるようです。私は9日は仕事なので、できれば10日には見に行きたいと思っています。それと、福井県の児童と平岸高校生が1丁目会場でドーレくんの雪像を作ってくれたそうですし、市民雪像にもあるらしいです。これも時間があれば探してみたいと思っています。そうだ、すすきの会場には氷のコンサドーレ神社もあったはずですね。 まつりも11日まで。皆さんも雪まつりにコンサドーレを見つけに行きませんか?
2008年02月02日
恵庭市出身の市村篤司は2003年にコンサドーレに入団したMFです。北海高校時代は主にボランチとして活躍しました。02年10月に厚別競技場で行われた全国高校選手権大会道予選は北海対室蘭大谷の顔合わせ。休日で晴天だったので急きょ自転車で厚別へ向かい、観戦しました。その時は市村という名前さえ知らなかったのですが、中盤で攻守の要として活躍していた選手が市村で、確かクロスバーをたたく惜しいシュートも放ちましたが、残念ながら室蘭大谷に敗れてしまいました。そういえば、この試合には北海の先輩である山瀬が観戦に来ていましたね。その1、2週間後にコンサドーレ入団が発表され、「ああ、あの選手か」と驚いたものです。 J2に落ちた03年、ジョアン・カルロス監督の下、第14節の水戸戦で途中交代でデビューしたのを皮切りに、5試合に出場(無得点)、主に攻撃的なMFで起用されました。一番記憶に残るのがアクションサッカーを掲げる柳下監督が就任した翌04年3月の開幕戦、札幌ドームでの甲府戦です。2-1とリードした後に途中出場。終盤にGK藤ヶ谷が家本主審により退場とされ、数的不利となったなかで、市村がゴール前へドリブルで仕掛けたところ、ボールを奪われ、それがつながれてロスタイム同点弾の起点となってしまったのです。試合後に本人は怒られたそうですが、果敢に攻め上がる姿をすがすがしく思いました。その後、この悔しさを4月の第6節、横浜FC戦で初得点を決めて、はらしています。記憶が定かではありませんが、確か開幕戦と同じようにサイドから中央へ切れ込んでミドルシュートをたたき込んだように覚えています。結局、この年は先発、交代合わせて34試合に出場、左右両サイドなどで活躍しましたが、シーズン後に戦力外となってしまい、驚きました。 翌05年は九州リーグのロッソ熊本(現ロアッソ熊本)、06年と昨年は昇格したJFLで戦いました。今季からJ2に昇格し、Jリーガーとして復活します。移籍後のプレーはまったく見ていないのですが、ぜひスカパーで勇姿を見てみようと思っています。
2008年01月27日
コンサドーレ札幌は22日からグアムでキャンプ中です。今季の新戦力は地味ながら、お金のないチームとしてはDFを中心にまずまずの補強ができたのではないでしょうか。移籍組のうち、トレーディングカードがあるのは写真の5人。2007年Jカードチームエディションを中心に並べてみました。ディビッドソン純マーカスや坪内秀介は種類が多いようで、まだ全種類はそろってはいません。これから時間をかけてそろえていきたいと思います。 今年はJ1ということで、わがコンサドーレ札幌もJカードやJリーグチップスはもちろん、全選手が最低1枚はカードになるチームエディションも発売されるはずです。果たしてコンプリート(全種類そろえる)できるのか、カードコレクターとしては今から楽しみです。
2008年01月20日
2007年に見事にJ1昇格&J2優勝を果たしたコンサドーレ札幌と、パ・リーグ2連覇の北海道日本ハムファイターズの「優勝記念展」が昨年12月22日から、札幌ドーム1階北1ゲート横のコミュニケーションスペースで開かれています。たまたまその初日に、前日から発売された「優勝記念CHANPIONグッズ」第1弾を買いにドーム内のGOODS☆JAMを訪れたところ、ちょうど始まっていて、見てきました。コンサのコーナーは、写真の手前が12月1日に掲げられた優勝記念バナー(幕)。奥にはあの日に芳賀キャプテンが高々と掲げた「優勝プレート」と水戸戦の試合使用球。壁には水戸戦の試合経過など。写真の反対側の壁にはこの日の出場選手紹介やサイン入りのフェアプレーフラッグもあります。テレビ2台では水戸戦の歓喜の様子とゴールのハイライトシーンなどを流しているようです。日本ハムの方は真剣には見ていないので、よく分かりません。 本日、キックオフ2008に入場する前にもう一度、見てみたところ、試合球の隣に「J2優勝シャーレ」が加わっていました。キックオフ2008開催中は会場内に移されていましたが、今後、再び展示されるのではないでしょうか。「J2優勝」はJ1に定着するチームとしては今回が最後だと思いますので、まだ見ていない方は必見です。記念展は1月27日(日)まで開かれています。午前10時から午後6時まで。入場無料です。あの感激をもう一度、思い返してみてはいかがでしょうか。これらの品々と写真を撮ると記念になると思いますよ。
2008年01月12日
1月8日、MF岡田佑樹のJFLのFC栃木への移籍が発表されました。昨季限りで戦力外となっていました。いよいよ岡田がチームを去るのとかと思うと、ちょっぴり寂しくなりました。 岡田は2003年、J2に落ちたコンサドーレに入団しました。前年、静岡県の名門・藤枝東高を卒業したものの、大学受験に失敗。一応、中央防犯藤枝サッカークラブに所属しながら、大学目指して浪人中だったようで、03年から就任した城福敬強化部長が高校時代から着目していたそうです。ポジションは主に4バックなら右サイドバック、3バックなら右ウイングバック。持ち味はスピードを生かしたドリブルで、攻撃参加する姿はまさに突貫小僧。岡田が攻め上がると、ワクワクしました。ただし、細身の軽量級なので、屈強な相手DFにかかると、吹っ飛ばされたりもしましたね。デビューした03年の7月2日、札幌ドームでの大宮戦では初ゴールを決め、とにかくうれしくて仕方がないと、いつまでも喜んでいたのを思い出します。04年からは背番号2。得点はこの後、05年に2点挙げただけですが、ほかにドリブルでペナルティーエリアまで切れ込んでファウルを誘い、PKを得たことがありました。難点は守備面で、J2出場記録は03年に16試合、04年26試合、05年38試合とほぼ主力を務めましたが、06年から2シーズンはついに1試合も出場できませんでした。それでも昨年は天皇杯3回戦に右サイドバックで出場、見せ場はあまりありませんでしたが、久々に元気な姿を見ることができました。 私にとっては砂川とともに生涯初めてサインをもらった選手でした。ちょっとテレながら小旗に書いてくれたことをつい昨日のことのように覚えています。写真の06年のJカードにサインしてもらった時も、この年は出場できずに黙々と練習した後に声をかけると、あの笑顔でサインしてくれました。女性陣に人気が高い選手でしたが、いつもまじめにファンサービスをしていたのも人気の一因でしょう。 移籍先の栃木FCはあの柱谷幸一監督の下、積極的に元Jリーガーを補強して、J2昇格を本気で狙っています。まだ24歳と若いのですから、チームの昇格に貢献して、再びJ2のピッチに戻ってくることを祈っています。
2008年01月04日
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。J1昇格&J2優勝という歓喜に浸りながら、年末年始を過ごすことができました。これもひとえに選手と監督のおかげで、心より感謝しております。 さて、本日がブログ始め。正月三が日で喜びに浮かれているのも終わり、本日からJ1戦闘モードに切り替えていきます。厳しいJ1で闘う選手たちを力いっぱい応援していきましょう! 幸い昨年のチームを支えた選手たちの契約更新はほぼ無事に終了したようです。スポーツ紙の報道によれば、誰1人、年俸が2000万円に達する選手はいないようで、再びこの貧乏なチームで闘ってくれる選手たちに感謝します。補強の方は、ブルーノの抜けた守備陣の穴を、出場機会を求めるJ1選手で手堅く埋め、外国人選手もダビをはじめ、早々と3人とも決まりました。まだ獲得予定の選手がいるのかどうか分かりませんが、やや攻撃面が手薄なように思えます。さらなる補強を期待しています。 さて、チームの骨格が固まってきたようですので、私が勝手に期待するチームの目標はずばり15位です。要するに「J1残留」です。最悪の場合、16位で入れ替え戦で残留できるのでも構わないのですが、心臓に悪いので、せめて最終節までに残留を決めてほしい、という希望も込めた順位です。おそらく、今年のチーム人件費は18チーム中、ぶっちぎりの最下位でしょう。三浦監督が言うように、J1に定着するには資本力も必要です。一緒に上がった東京Vや京都はお金があるので、派手な補強を進めているようです。わがコンサドーレはお金がないので、若手の成長に期待しながら地道に行くしかありません。第1節の開幕戦から残留争いは始まります。選手、監督をサポの後押しで応援し、一歩一歩、前に進み、まずは今年の残留を勝ち取り、J1定着への礎にしていきたいものです。
2007年12月31日
昨日に続き、残りの上位半分を紹介します。 <5位>・スタジアム内を見学 8月11日、C大阪戦に先立ち、「スタジアム見学付SS指定席」を購入した特典として、試合前のドーム内を見学しました。ユニホームやシューズがそろえられた選手到着前のロッカールームや貴賓席をはじめ、あこがれのサッカーピッチに触り、会場入りする選手、監督を拍手で歓迎。選手バスに乗って至福のひとときをすごしました。3-0でC大阪に完勝したことも相まって、いい思い出になりました。 <4位>・「しま福」完食 厚別競技場グルメの新名物として5月6日にオープンしたのが「しま福」。10月13日まで全部で9回店開きしました。行列が嫌いな私がせっせと並び、クラムチャウダー丼やカレー丼各種、マーボー丼などミニ丼をすべて完食しました。本当においしかったですねえ。手伝いの寮生たちやご主人の村野さんらの姿も拝見できました。寮母さんは大変でしょうが、来年も店開きを期待しています。 <3位>・初アウェイ参戦 11月11日の鳥栖戦で生涯初アウェイを体験しました。JALセールス様のツアーで快適な旅でした。鳥栖に勝って、京都が引き分け以下なら昇格が決まる試合でしたが、残念ながら結果は…。帰りの福岡発羽田行きは通路をはさんで三浦監督や選手たちと隣り合わせになる幸運でしたので、機上で昇格が決まれば良かったのですが。鳥栖スタジアムはサッカー専用の素晴らしいスタジアムでした。当分は行く予定がありませんが、鳥栖がJ1に上がってきたら、また訪れたいものです。 <2位>・道内ホーム全試合参戦 今季の道内ホームゲーム23試合をすべて生観戦しました。生涯初めてです。東京・西が丘の福岡戦はさすがに行けませんでした。13勝8分け2敗。室蘭での湘南戦と札幌ドームでの仙台戦でしか負けなかったのですから、素晴らしい成績です。特に厚別は不敗神話が完全復活。できうるなら、来季もホームで勝利できるよう、サポの力で後押ししたいものです。 <1位>・J1昇格&J2優勝 これは言うまでもないでしょう。12月1日の第52節、水戸戦。先制を許しながら、2-1で逆転勝ちし、悲願の6季ぶりのJ1昇格と、同時にJ2優勝も決めました。5年間のつらい日々を思い返しては、自然と涙がこぼれました。長丁場の48試合を戦い抜き、勝ち点を積み重ねてきた選手たちと監督に心から感謝します。 <番外>・コンサドーレサポーター「炎の宴」初参加 歓喜の水戸戦の後、サッポロビール様と阪急交通社様合同企画の「炎の宴」に初めて参加しました。前から参加したかったのですが、ジンギスカン食べ放題はともかく、ビール飲み放題は酒に弱い私にとってはハードルが高かったのです。11月に迎えた結婚23周年のお祝いとカミさんの誕生日祝いを兼ねて私が費用を負担し、思い切って申し込みました。その時点ではまだ昇格が決まっておらず、万が一、水戸戦でもしもの結果だったらどうしようかとちょっと不安でしたが、最高の結末に会場も大盛り上がり。私にしては珍しくジョッキ3杯を飲み干したのでした。この勢いで、1月19日から1泊のコンサドーレサポーター『GO!GO!12』決起集会まで申し込んじゃいました。 さて、こうした激動の1年でしたが、残すところは2時間余り。 来年もコンサドーレ札幌にとって良い年でありますように!
2007年12月30日
至福で終わった2007年を私的な10大ニュースで振り返ります。 <10位>・天皇杯道内初参戦 10月7日、厚別で行われたTDK SCとの天皇杯3回戦に参戦しました。昨年のユアスタでの天皇杯準々決勝が天皇杯初観戦でしたが、道内開催試合は今回が初めてでした。結果はアレでしたが、最大の目標のJ1昇格を果たしたので、良しとしましょう。 <9位>・「白い恋人」ショック 衝撃でした。最大のスポンサーの石屋製菓様の不祥事。チームが首位を走るなか、これでは来年、J1に上がってもHFCの経営は大丈夫なのか、と心配になりました。11月に販売を再開した「白い恋人」は連日、売り切れとなる人気で、ホッとしています。 <8位>・トークショー ビョーキが悪化し、ミーハー丸出しであちこちのトークショーに出没しました。まずは1月6日のシーズンシート販売会で謙伍と征也。10月28日は前日の愛媛戦の興奮冷めやらず、KAPPA様の砂川と芳賀、丸井今井様の三浦監督をはしごしました。12月22日には再びKAPPA様の謙伍と征也と大伍。来年1月12日にシーズンシート販売会でトークショーがあるようです。 <7位>・「モリさんのおもしろサッカー塾」 9月15日、仙台戦の前に札幌ドームで北海道新聞社様の「モリさんのおもしろサッカー塾」に参加しました。道新ぶんぶんクラブに応募してSS指定席付きで当たり、カミさんと2人で出席して、森下仁之育成部長の話を興味深く聞きました。その後の仙台戦はアレでしたけど。 <6位>・ニトリ様 「神様、仏様、ニトリ様」「ニトリ様 ああニトリ様 ニトリ様」。経営的には債務超過の会社に、胸スポンサー料2億円に、強化費1億円を寄付。なんとかJ1で戦える戦力となりそうです。太っ腹の社長に感謝感激雨あられです。正式発表前に早速、ソファと食卓テーブルを購入してきました。今後、末永く支援をお願いします。選手たちもニトリ様の支援に応えて、ぜひとも「お値段以上」の活躍を見せてほしいですね。 ここまで書いて疲れましたので、5位以上は明日にします。
2007年12月23日
今月20日、チームスポンサーでもある北海道新聞社様から「コンサドーレ札幌 J1復帰への軌跡」が刊行されました。写真右のA4判、144ページ、税込み1200円です。道新販売所のほか、道内の書店、コンビニなどで扱っているようです。20日に単身赴任先の最寄りの書店に行ったところ、なぜか入荷しておらず、コンビニにもなく、翌日、別な書店で2冊買ってきました。1冊は熟読用、もう1冊は家宝とするための保存用です。カラー写真をふんだんに使った内容で、各選手の活躍と全試合を詳細に振り返り、J2に落ちた2002年からの苦闘の歴史も紹介しています。年賀状作りなどに追われて、まだ3分の1ほどしか読み終わっていませんが、「この試合は○○のゴールで勝ったんだった」などと歓喜の記憶がよみがえります。 さて、わがコンサドーレは今回が3度目の昇格。過去2回も記念本が出版されています。まずJFLでぶっちぎりの優勝を果たし、Jリーグ昇格を決めた1997年には写真左の「コンサドーレ札幌1997 JFL優勝記念写真集 コンサドーレの瞬間。」がイエローページから出版されました。A4判、128ページ、税込み2800円。限定5000部の発行だったそうです。私は当時はまだサポではなかったので、数年後にブックオフで買いました。今でも雑誌のサッカーコーナーあたりで見かけることがありますね。文字通り写真集で、文章といえば、道新運動部と道新スポーツの記者がわずかに寄稿しているだけで、徹頭徹尾、芸術的な写真のオンパレードです。表紙のバルデスが印象的です。この年に在籍した選手で今もJリーグで活躍しているのは吉原(大宮)と鳥居塚(草津)ぐらいでしょうか。 前回の昇格時の2000年には写真中央の「道新TODAY別冊 コンサドーレ札幌祝J1昇格」が北海道新聞社から発行されました。B5判、194ページ、税込み750円。今は廃刊となった月刊誌の別冊号として出されただけあって、つくりは雑誌的で、写真グラフのほか、監督や選手、サポ、フロントなどさまざまな記事で埋まっています。10月21日の第39節、湘南戦で昇格を決めた段階で編集されており、残り5節の結果は不明のまま10月30日に緊急出版されています。エメルソンや野々村ら、懐かしい顔がたくさんあります。岡ちゃんはまた日本代表監督になりましたね。 さて、昇格記念号は今回でもう打ち止めにしたいですね。次はJ1優勝記念本の刊行を期待します。そうなれば、全国の出版社からたくさん発行されるに違いありません。
2007年12月17日
12月2日、J2徳島に所属する大森健作が引退を発表しました。健作といえば、前回のJ1昇格を知るサポにとって忘れられない選手でしょう。2000年、2年目のJ2に挑む岡田武史監督に誘われ、京都から移籍。背番号6で、主に3バックの左ストッパーとして活躍しました。堅実な守備が売り物でしたが、時折見せるオーバーラップは彼の代名詞で、確かアパレル業者と組んでそんなブランドのTシャツを売り出したりしましたね。コンサでは珍しく華のある選手で、おしゃれなうえ、しゃべりも面白く、テレビに出演するといえば、健作が多かったように思います。いち早く茶髪にしていて、服装も格好良かったです。ファンサービスも熱心にこなし、サポの人気が高かったですね。コンサでの出場記録はJ2の00年が38試合、J1の01年が29試合、同じく02年29試合、J2に落ちた03年は故障もあり14試合にとどまり、翌04年は13試合に出た後、途中でJ1のC大阪に移籍しました。03年からコンサ史上初の複数年契約(2年)を結んだのも、ニュースになりました。04年限りでコンサから戦力外となり、05年からはJ2に昇格した徳島に所属しましたが、同年は24試合、翌06年18試合と故障もあって出場試合数が減り、今季は出場していなかったようです。 J1、J2を通じて生涯唯一のゴールが2000年7月29日の厚別。J1昇格争いのライバル、宿敵・浦和に先制を許すも、田渕龍二のミドルで1-1の同点。後半41分、健作は相手パスをカットして、相手DFもかわして自らゴール左に持ち込み、左足で見事にゴール。私はテレビ観戦でしたが、絶叫したことをよく覚えています。おそらく前回の昇格を語るときに、今回の愛媛戦の西のゴールと同じように、サポの間で長く語り継がれるゴールだったと思います。 徳島のホームページによると、「サッカーには携わっていきたい」と語っていますが、今後の進路は未定のようです。コンサでもサポから愛された健作よ、お疲れ様でした。今後の人生に幸多かれと祈っています。 写真のカードは上段がJカード、下段左2枚がカルビー、中央がイレブンスターズ、右2枚がパーフェクトイレブンです。
2007年12月09日
2007年シーズンがJ1昇格&J2優勝という最高の形で終わりました。この週末も録画した番組を見たり、編集したりで、いまだに感激に浸っています。今季の生観戦記録を振り返りました。 生観戦は道内ホームゲーム23試合を初めて全試合観戦を果たしました(西が丘の道外ホームゲームは行けませんでした)。勝敗は13勝8分2敗。黒星が本当に少ない1年でした。厚別では不敗神話がよみがえりました。このほかに、生観戦はJ2初アウェイの49節鳥栖戦(●0-1)、天皇杯3回戦TDK SC(●1-1PK9-10)があります。正直、9月に41節湘南戦まで3連敗した時は「もう、どこにも勝てないんじゃないか」と不安を覚えました。さらに43、44節に東京V、C大阪に連敗、昇格に黄信号が灯りました。そこから、チームは立ち直り、大団円のゴールを迎えました。テレビ観戦したアウェイ戦を含め、記憶に残る試合とゴールを独断と偏見で紹介すると-。 1、ベストゲーム 33節C大阪戦(8月11日、札幌ドーム)○3-0 首位を独走する札幌は先制、中押し、とどめと得点を重ね、守っては完封する完璧な試合運びでC大阪を圧倒。さすが首位のチームと思わせる内容でした。 2、面白かった試合 10節東京V戦(4月22日、札幌ドーム)○4-3 ありえない形で3点をリードするも、得点力に勝る東京Vが追い上げ、同点に。ハラハラドキドキの連続で、最後はダビが決めて勝利。ドーム内の応援も自然と盛り上がり、ラモスをぎゃふんと言わせ、幸福に浸ることができました。まあ、勝ったから言えるんですけどね。 3、手に汗を握り、感動した試合 46節福岡戦(10月20日、アウェイ)○1-0 故障の藤田に交代して出場した岡本が見事な先制弾。前半35分で石井がイエロー2枚で退場させられ、以降は福岡に一方的に攻め立てられるも、10人が一丸となってしのぎきる。スピカ観戦だったが、興奮して絶叫。手を組んで、とにかくボールをはね返せと念じ続けた。リティをぎゃふんと言わせましたね。 4、涙がこぼれた試合 52節水戸戦(12月1日、札幌ドーム)○2-1 前半11分に水戸に先制され、苦しい展開。前半43分にダビのゴールで追いつくまでは、東京Vも京都も勝っており、3位で入れ替え戦行きだった。同点で膠着状態が続く間はハラハラドキドキしていたが、後半38分にダビが決めると、つらかった日々を思い起こし、自然と目から汗が出ました。 5、ベストゴール 18節福岡戦(5月27日、アウェイ)○2-1の2点目 後半ロスタイム、砂川を起点にカウエを経て再び砂川が左サイドを持ち上がりアーリークロス、走り込んだ石井がダイレクトで逆転弾をたたき込み、リティをぎゃふんと言わせた。 6、目の前なのに、どうして入ったのか分からなかったゴール 29節東京V戦(7月21日、厚別)△2-2の2点目 終盤に先制するも、フッキの2発で逆転された。敗色濃厚となったロスタイムに、コーナーキックを砂川がニアにけったのまでは分かったが、なぜかその後、ゴールの中にボールが転がっていた。どうやら石井が決めたらしいのだが、私はゴール裏の右端に座っており、すぐ目の前であったことが分からなかった。家に帰って録画を見直して、ようやく理解したが、よくもまあ、入ったなあ。ラモスをぎゃふんと言わせた。 7、最も興奮したゴール 48節愛媛戦(10月28日、アウェイ)○1-0の決勝ゴール 緊急帰国した秘密兵器、西が後半ロスタイム、角度のないゴール右から打ち、クロスバーに当たり、さらに左側ポストに当たって入った奇跡のゴール。入った瞬間、自宅のテレビの前で近所にも聞こえるような大声で絶叫しました。本人はセンタリングが相手DFの足に当たったと言っているようですが、もしもこのゴールがなければその後の昇格への道はどうなっていたでしょうか。勝ちに直結した価値あるゴール。生涯忘れられない、サポに語り継がれるゴールだと思います。
2007年12月02日
歓喜のJ1昇格&J2優勝から一夜明け、サポになって本当に良かったと、いまだに浮かれています。あまり酒を飲まない私にして祝杯を挙げすぎ、珍しく二日酔いになってしまいました。だから行くのをやめようかとも思ったのですが、結局、丸井今井までJ2優勝セールを見に行ってきました。まず南館のシースペースは新製品などを除き20%オフでした。テレビ局などが取材に来ており、店員もコンサドーレのサンバイザー姿。今日もビョーキの皆さん(私もか)がたくさん詰めかけ、大にぎわいでした。大通館地下2階のスイーツコーナーでは大収穫でした。洋菓子店を中心にコンサドーレにちなんだスイーツが多数並んでいました。案内所のきれいなお姉さんに、どの店で扱っているか、教えてもらい、7軒ほど回りました。結局、赤黒度や値段から写真の3品を購入。写真上が一久大福堂の「コンサ万十」、下右がラクルージュの「ガトー・コンサドーレ」、下左がテアトロ・ノルドの名前を忘れましたが、赤黒のエクレアです。いずれも家族でおいしく味わいました。こんなサポ心をくすぐるお菓子を作ってくれた職人の皆さんに感謝したいと思います。これらのスイーツが今後もあるのかは不明ですが、丸井今井のセール自体は全店で6日まで行われます。 このほかの主な商業施設ではピヴォがポイント5倍のセールを9日まで実施中で、新札幌のサンピアザ&デュオで6日まで応援感謝セール、サッポロファクトリー内のKAPPAも9日まで応援感謝セールをやっているようです。北海道日本ハムファイターズのセールに比べれば、圧倒的に少ないのですが、その中でやってくれているお店には感謝したいと思います。願わくば、いつの日か、J1で優勝した暁に、ほかの商業施設がこぞって「うちもセールをやりたい」と言って来る日があらんことを!
2007年11月26日
毎年、コンサドーレ札幌はホーム最終戦終了後に「サンクスウォーク」を実施しています。所属する全選手と監督ら全スタッフ、HFC役員、さらにはコンサドールズやドーレくんらも加わって、1年間の応援に感謝して競技場内をゆっくりと1周します。これに先立ち、だいたいHFCの社長と監督、選手代表らがあいさつしていますね。あまり凝った演出は少ないのですが、2003年には照明を落とし、光るものを振ったこともありました。昨年は写真の通りジェッター3も参加してくれました。 私の観戦記録を振り返ったところ、2001年から毎年、ホーム最終戦は参戦していました。いずれも札幌ドームで、02年の最終戦ではともにJ2降格する広島と「J2第0節」として対戦し、曽田のハットトリックなどで5-4でVゴール勝ちした試合もありました。01年以降のホーム最終戦の通算成績は3勝3敗とまったくの五分でした。勝利の後のサンクスウォークは大いに盛り上がりますが、やはり負けた後では微妙な雰囲気が漂ったことを覚えています。 この時期、Jリーガーたちは一つの岐路に立たされます。選手会とJリーグの取り決めで、11月末日までに翌年も契約を継続するか、継続せずに満了する(いわゆる戦力外)が通告されることになっています。すでに今季も一部のチームが戦力外選手を発表しているようですが、コンサドーレは1昨年まで選手会からの要望とかで発表がなく、12月初めの段階では誤報も含め、情報が錯綜したりしました。果たして今年はチームを去る選手がどんな顔触れになるのでしょうか。どの選手であっても、応援したチームの選手ですから寂しさを禁じ得ません。 さて、今年のホーム最終戦は12月1日、札幌ドームに水戸を迎えます。勝つか、引き分ければ、悲願のJ1昇格を果たせます。昇格決定の歓喜とともに今年の最終戦を締めくくり、選手たちは胸を張って場内を歩いてほしいと願っています。チームを去る選手が判明しているかどうかは分かりませんが、そこでお別れもしたいと思います。
2007年11月19日
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いまだに昨日の京都戦の感動に浸っております。勝てなかったのはもちろん残念ですが、応援に値するチームだとあらためて誇りに思いました。たとえ最終節までもつれようとも(他力でもなんでも早く決まってほしいですが)、昇格を信じてサポもともに戦いましょう。 さて、11月11日の鳥栖戦で生まれて初めてのアウェイ戦を体験してきました(昨年の天皇杯準々決勝の甲府戦はアウェイ扱いでしたが、中立地の仙台ユアスタでしたので除きます)。チームスポンサーのJALセールス様のツアーで、快適な旅でした。なんと帰りの福岡から東京までの便は通路をはさんで三浦監督や選手らと隣合わせでした。勝ち点を土産にできず残念でしたが、その話はほかのブログの皆さんが紹介していましたので、全面的に割愛します。初めて見る他チームの試合前の演出は新鮮でした。仮面ライダーカブト(すみません、おじさんには区別がつきません)だかが来て、マスコットのウイントス君とPK勝負をしたりしてましたが、一番驚かされたのが「スタジアム金婚式」です。鳥栖市で今年、結婚50年を迎えた夫婦10組ほどをピッチ上で祝うもので、鳥栖市長らのほか、赤い帽子の岸野監督も祝辞を述べていました。周囲からは「いいなあ、私も将来、やってほしい」「まず嫁さん、もわらないと」「50年も離婚せずにいられるかなあ」などと、うらやむ声が相次ぎ、名前が紹介されると、コンサドーレのサポ側からも盛大な拍手が送られていました。 人口7万人足らずの鳥栖市だから、この人数でできるのでしょうが、札幌ではちょっと無理ですね。でも、例えばファンクラブ会員や後援会員に限って、やってみると、面白いなあと思いました。熱烈席にもご年配の方々が目立つコンサドーレですから、毎年、結構な人数の方々の金婚式を祝えるのではないでしょうか。そういえば、わが家も11月25日が結婚23周年。山あり谷あり、よくぞここまで持ったものです。引き続き、あと27年も夫婦関係が持つかどうかは不明ですが、札幌ドームのピッチ上で金婚式を挙げる姿をちょっと想像してしまいました。HFCさん、サポの金婚式をどうか前向きに検討してみてください。
2007年11月09日
明日、人生初のJ2アウェイ参戦に出発するのを控え、気持ちが高ぶっています。そこで、今回は家族に内緒にしていたので、紹介するのを躊躇していた「歴代ユニフォームストラップ」をアップすることにしました。まあ、最近は家族もろくにブログを見ていないようなので、大丈夫でしょう。 さて、「歴代ユニフォームストラップ」は今季のJ2道内開幕戦の3月10日から発売されました。文字通り、1996年から2006年までの歴代のユニフォームをラバー製のストラップにしたものです。1個税込み500円、高いです。その数はこれまでのホームとアウェイ全種類と、さらにJ1優勝などメモリアルの6種類を加え、全部で20種類もありました。ということは、全部そろえるには最低でも1万円かかってしまう計算です。中が見えない袋に入っているとあっては、そろえるのに一体いくらかかるのでしょうか。昨年の「10周年記念歴代ユニフォームピンズセット」が好評だったのに気をよくしたHFCが調子に乗って売り出したのでしょうが、マニア心をくすぐられたコレクターとしては苦悩の日々が始まりました。乏しい小遣いからやり繰りして試合の度に購入を繰り返しました。最初のうちはダブりも少なく、順調に集まったのですが、残り3種となってからが大変でした。頼みのヤフオクにも出品されることが少なく、見つけたものも高騰して落札できず。ようやく10月13日の草津戦で全種類をコンプリートすることができました。かかった金額はカミさんが怖くてとても書けません(いや、記録していないので、よく分からないのですが)。これは大の大人のコレクターの高尚な趣味であり、親のすねをかじっているような、よい子の皆さんは決してまねをしてはいけません。集まったストラップはオフに入ってから、ニトリ様でコルクボードでも買ってきて壁に飾りたいと考えています。 さて、HFCにお願いがあります。コレクター心をくすぐるのはまあ良いのですが、もう少し単価の安いものにしていただきたいと思うのです。J1に上がった来季はぜひトレーディングカードを、と期待しています。
2007年11月03日
1週間ほど前、ホームズ彗星という名の彗星が2日ほどの間に17等星から3等星に約40万倍も明るくなったというニュースがありました。星のことはまったくの素人でよく分からないのですが、そういえば、昔、惑星がコンサドーレと名付けられたという話を思い出しました。早速、ネットで調べてみました。 ありました、ありました。2001年1月9日、国際天文学連合 (IAU) 小天体命名委員会が太陽系の火星と木星の間を回る多数の小惑星の一つ7777番の学術名を「Consadole」(日本名コンサドーレ)と認定し、同連合小惑星センターが発表したそうです。発見した道内の天文愛好家2人に札幌天文倶楽部が働きかけ、「コンサドーレ星」が誕生したそうです。経緯などはこのホームページで詳しく紹介されていました。本当にうれしい話ですね。 小惑星に命名されたのはちょうど前回のJ1昇格の年でした。われらがコンサドーレは残り3試合を勝ち抜き、悲願のJ1復帰を果たします。来季はぜひともホームズ彗星のように大増光し、J1の舞台で光り輝いてほしいといまから願っています。
2007年10月28日
「熱烈サポーターゾーン」はホーム側ゴール裏のB自由席に設けられた、立っての応援など熱烈サポに解放されたエリアです。J1に昇格した2001年5月の厚別開幕戦から導入され、その年にオープンした札幌ドームでも同様に設けられています。おおざっぱに言えば、厚別競技場、札幌ドームともにゴール裏の中央前方のゾーンで、前方両側の1ブロックと後方が通常の座り席となっています。ゾーンが設定される前までは、立って応援したり、旗を振ったりする熱烈サポと座って見る人が混在していたため、「前の人が立って見えない」などの苦情があり、こうした問題を解決するためにこのゾーンを設けることになったと記憶しています。席の数は厚別で3000席程度だったと思います。ここに詰めかける人は本当に熱いサポばかりで、他チームと違って年配の人や女性が多いのが特徴ではないでしょうか。私自身は体力の限界もあり、熱烈な応援ができず、右側前方の座り席でまったり応援していますが。 今回、あらためてこのゾーンのことを取り上げたのは、先日、どなたのブログかは忘れましたが、「一見さんお断りのような雰囲気がある」との指摘があったからです。確かに集まるサポの顔触れが固定化し、そんな空気を醸し出しているとすれば、反省しなければならないと思います。ただ、決して初めての人でも排除しているわけではなく、誰でも先着順で入ることができます。以前は開場前の長い行列もこのゾーンのいい席を取ろうという人であふれていましたが、現在はゾーンの端の方はがらがらです。ドームでしたら、埋まらないことの方が多くなりました。寂しいことです。初めての人でも気軽に参加してみてはいかがでしょうか。怖い人はいないと思いますよ。私は優しい、親切な方に多数会うことができました。ぜひ足を運んでみてください。HFCも、シーズン開幕時にサポの協力で、応援歌やコールを広める「初心者のための応援教室」のようなものを開いてほしいと要望します。 話は飛びますが、2005年のチャンピオンズリーグ決勝で、前半、ACミランに0-3と大差をつけられたリバプールのサポーターがハーフタイムに「You'll Never Walk Alone」の大合唱を響かせ、後半、奮起した選手らが立て続けの得点で3-3の引き分けに持ち込み、PK戦の末、栄冠を射止めました。「イスタンブールの奇跡」と言われる試合で、海外サッカーをほとんど見ない私もサポの歌声に感動を覚えました。 わがコンサドーレでも10月24日に札幌ドームでの徳島戦で、終了10分ほど前から、応援歌の手拍子がゴール裏からSA席やSB席などに広がり、会場全体が選手を後押ししたような気がしました。確か4月22日の東京V戦でも同じように、会場全体が一つになりましたね。かつての熱気が戻ってきたと、うれしく思い、中年おじさんはウルウルしてしまいました。残り3試合、ホームは11月18日の京都との決戦と12月1日の水戸との最終戦があります。熱烈サポーターゾーンのみならず、詰めかけたサポが心を一つにして、J1昇格へチームを後押ししようではありませんか。
2007年10月19日
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「しま福」は2007年シーズン、J2リーグ戦で不敗を誇った(天皇杯を除く)厚別公園競技場に限って営業した売店です。若手選手が暮らす「しまふく寮」の寮メシを一部再現するコンセプトで、2006年の「しまふくごはん」弁当(みちのく食品)に続いて、サポの熱烈な支持を受けました。とりわけ中年おじさんなどにはあこがれのりょうぼさんのご尊顔に拝することができるとあって、いつも長い行列ができました。5月6日の仙台戦に開店し、10月13日の草津戦で終了するまで、全部で9回の店開きでした。メインのメニューはミニ丼で500円。初回のクラムチャウダー丼から各種カレー丼、マーボー丼、中華丼などバラエティーに富んでいました。ほかにサイドメニューとしていそべ焼きや焼きトウキビ、ホットドッグ、厚揚げ焼きなどがありました。 私は行列が嫌いなのですが、開場時間前に並び、入場すると早足で「しま福」に直行し、行列に加わりました。早いときは10分余りでゲット、長い時は1時間以上待ったでしょうか。幸い、メインのミニ丼についてはすべて食べることができました。サイドメニューは厚揚げ焼きとさつま揚げを食べ損ねたのが残念ですが、ほかはだいたい食べたと思います。そのなかから、ベストを挙げると、カレーが好きな方なので7月28日の鳥栖戦での「実家のカレー」が家庭的な味がして1番おいしかったように思います。あと、9月26日の山形戦はナイト試合で寒かったので、アツアツのもつ煮込みが本当においしく、体の奥から温まりました。写真は上が最終回の10月13日の様子、下は5月6日のクラムチャウダー丼といそべ焼きです。 寮にいる若手選手らが手伝う姿も見られることがあり、サポ心をくすぐる店でしたね。利益はしまふく寮で役立てられるそうなので、サポとしてはおいしいものが食べられて、選手のために役立つという一石二鳥以上のありがたい存在でした。りょうぼさんらスタッフには大変な負担で、お疲れだったと思います。来年以降のことは発表されていませんが、できることなら、ぜひとも続けていただきたいと切に希望いたします。
2007年10月14日
スピカは札幌テレビ放送(STV)が運営するイベントホールで、正式名称は札幌メディアパーク・スピカと言うそうです。札幌市立病院跡の札幌市中央区北1西8に2000年4月にオープンしました。ここでコンサドーレのアウェイ戦のパブリック・ビューイング(観戦会)をときおり開いており、その際に「スピカスタジアム」と称しています。実際にいつからアウェイ戦の観戦会を始めたのか、知らないのですが、私が初めて参加したのは昨年9月9日のヴィッセル神戸戦でした。入りも今ひとつで、1-1の引き分けでしたが、得点シーンでは隣の見ず知らずの人とハイタッチして喜んだことを覚えています。そして2回目は今年3月3日の京都サンガFC戦。たくさんのサポが詰めかけていましたが、盛り上がることなく、0-2の完敗でした(この時は、まさか第4クールで首位にいるなどとは夢にも思いませんでした。これから厳しい昇格争いが続くでしょうが、その幸せをかみしめながら、最後の最後まで熱く応援しましょう)。 そのスピカですが、STVが来年3月末での閉館を発表しています。従ってスピカスタジアムも10月20日のアビスパ福岡戦と11月11日のサガン鳥栖戦が最後になるかもしれません(もしかすると、来年3月のJ1アウェイ開幕戦を開いてくれるかもしれませんが)。私は鳥栖戦にリーグ戦初のアウェイ遠征を決めましたので、福岡戦に参戦して大いに盛り上がりたいと考えています。現地も、スピカも、自宅でも、あるいは職場、学校でも、たとえどこにいようとも、サポーターが心を一つにして、J1昇格へ後押ししようではありませんか!
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ブログタイトルは「真栄パパの思い出語り」から2014年2月に「習慣コンサ」に改め、さらに2022年1月1日から「毎日コンサ」に改称しました。「毎日が日曜日」なので、毎日、コンサドーレのことを考え、書いていきます。 気持ちだけは熱いですが、体がついていかない老年(2018年、還暦に突入)のぬるサポです。 北空知の秩父別町生まれ。札幌市清田区真栄に自宅があります。
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