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室蘭市生まれ。 初観戦は1996年の大分戦@入江、ただし後半から(前半はTV観戦-過去の日記から判明)。当時は入江から徒歩10分くらいの所に住んでいた。 初フル観戦は1996年の大塚戦@入江。 現在はカテゴリー3でまったりと観戦。 原則的には平日は札幌、週末は室蘭で生息中。 ちなみに厚別公園陸上競技場は札幌宅から徒歩約15分、入江公園陸上競技場は旧実家から徒歩約10分のところにあります。 2009年6月札幌宅の引越しをしましたが、5回目の場所も厚別公園までの所要時間はほとんど変わっていません。 でしたが、2023年6月末に定年退職、22年ぶりに二重生活を終了して札幌宅の住所はなくなりました。 もっとも相変わらず月に何度も札幌に行きますので、ブログタイトルは変更していません。 現在コンサに関わる部分としては、サポーターズ持株会会員、ファンクラブ会員、ついでに札幌ドームカード会員。 シーズンパスは2002年以後毎年所持しています。 最近はtwitterもやっております。ネームはakirabouz。最低毎朝つぶやいていて、あとはその時々でゆるゆると。

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私にとっての「9.11」

2007年09月12日

昨夜はkitaraに出向いてトスカニーニ交響楽団を聴いていました。
超有名な指揮者名を冠したこの楽団は、意外にも創立されてからまだ1年半も経っていない。
しかし、チケットは通常の2~3倍もするので、多少躊躇したのだが、指揮がロリン・マゼール、ピアノソロにユンディ・リと来れば、一粒で2度おいしい状況だから、無理した次第。
まあそれなりに楽しめたのは、やはり普通は有り得ない楽団員からのソリストに対するアンコール要求があったからだろうか。


そして丁度6年前の同じ日にも私はkitaraに出向いていた。


2001年9月11日火曜日、その夜はkitaraでの札幌交響楽団の定期演奏会があった。演奏内容としては、10月に英国遠征へツアーを控えて壮行を兼ねたのものであった。

あえて曜日を書いたのは、今年のカレンダーの配列が2001年と同じであることを強調したいからではある。

演奏会から帰宅すると時間的には9時半を回っていることになる。NHKを見ると、どうも様相がおかしい。続けてもう1台でHTBを見ていると、こちらもおかしい。
双方とも2台目突入はリアルタイムで見ることになるのだが、こうなると事故ではなく事件であることは説明されるまでもないことなのではあって。

このことは自身の記憶というよりは、音楽関連で印象に残っていることの方が多い。
当時来日公演が予定されていたミネソタ管弦楽団の演奏会は、この影響で来日中止となり、自身初めてのチケットの払い戻しを受けることになる。
札幌交響楽団の方は、尾高氏の指揮であったのだが、確か翌年のどの演奏会であったかは不明だが、その日の夜のことに触れられた。
こちらも英国ツアーの中止も検討されたとのことだったのだが、無事に挙行されたのは周知のことではある。


さて自分としては正直これ以上に話の膨らましようがない。


勿論事件そのものは大きいものであり、昨夜も追悼の模様が中継されていたけれども、身近にないと実感は正直薄い。
とはいえ、当時の大統領は現在と同じであることを思えば、現状のあり方は特別に不思議ではないとも言えるだろうか。


現地時間ではその9.11にあった日本代表2試合は、印象深いことになったとも言えるのか。
女子W杯はあの時間帯でFKを決めて同点に追いつくのだから恐れ入るよりない。
スイス戦のほうは、リアルタイムで後半のみ見ていたのだが、正直予想外。
PKで2得点はどうかと思うが、後半だけで5本のシュートシーンが見られたのは、国際試合にあるまじき珍しさか。
たまにはいいかも。


post by akira37

07:34

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