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プロフィール
室蘭市生まれ。 初観戦は1996年の大分戦@入江、ただし後半から(前半はTV観戦-過去の日記から判明)。当時は入江から徒歩10分くらいの所に住んでいた。 初フル観戦は1996年の大塚戦@入江。 現在はカテゴリー3でまったりと観戦。 原則的には平日は札幌、週末は室蘭で生息中。 ちなみに厚別公園陸上競技場は札幌宅から徒歩約15分、入江公園陸上競技場は旧実家から徒歩約10分のところにあります。 2009年6月札幌宅の引越しをしましたが、5回目の場所も厚別公園までの所要時間はほとんど変わっていません。 でしたが、2023年6月末に定年退職、22年ぶりに二重生活を終了して札幌宅の住所はなくなりました。 もっとも相変わらず月に何度も札幌に行きますので、ブログタイトルは変更していません。 現在コンサに関わる部分としては、サポーターズ持株会会員、ファンクラブ会員、ついでに札幌ドームカード会員。 シーズンパスは2002年以後毎年所持しています。 最近はtwitterもやっております。ネームはakirabouz。最低毎朝つぶやいていて、あとはその時々でゆるゆると。
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2006年12月31日
今年の年末が土日であることもあって、意外とその気なって来ません。 それ以上に特に今月は個人的にも人生史上初の異常状態で怒涛の展開にもなっていましたから、未だに心の整理すらついていないと言うのが本音ではあります。 例年12月は唯一の例外(2001年-愛子様の誕生と2002年W杯の組み合わせ抽選があった日)を除いて道外に出て行くことなどありませんでした。 それが天皇杯4回戦勝利によって5回戦参戦を決め、更にその勝利によって準々決勝参戦まで決めて行ってしまいました。 12月に旅することすら珍しいのに、それが2回も、しかも弾丸で(苦笑)。 純粋に観光抜きで基本プランは観戦と祝勝会(!)のみという、おおよそ一般人には理解不能の展開でした。 しかしそこで得たものは、恐らくここまでの人生の中でも濃密で忘れることができない、宝物になったという部分で最高の日々だったのでしょうねえ。 特にフクアリからユアスタ、エコパと皆さんの動きが手に取るように判り気持ちを共有できたのは、本当に財産になりました。 お恥ずかしい話、純粋に心から喜ぶことなどここ数年ありませんでしたのでねえ。 おかげで多くの人がそうであるように、いわゆる年末恒例行事については、やれなかったり遅れたりする事態に陥っていますが、しかし冷静に思えば、何も無理にきれいに終わらせなければいけないと言うものでもないのでしょう、と無理に言い訳しています。 現在の室蘭は曇り。外は夜半に降った雪が薄っすらと積もっている状態で、極めて穏やかな冬の様相です。 皆様におかれましても、またコンサにとっても、来年が更なる飛躍の年となれるよう祈念しまして、本年最後の投稿とします。 良いお年をお迎えください。
2006年12月30日
昨夜食べ過ぎて腹具合が悪い、ということではありません。 昨日の試合は、当初会社PC上で速報画面を出しっぱなしにして確認する方法を予定していました。実際そうしたのですが、どういうわけか午前中の挨拶回りを終えて戻ると、事務所内に急遽TVが設置されることになってしまい、結果前半途中からはチャンネルがNHK総合に合わさったままになって、その音声をバックに(画面は座席から見えない)じっとしているような形になっていました。 結果は出ていることですし、例のオフサイド問題で正直心の整理がつかないままに退社、更には室蘭に戻るということで、あれこれ思っている部分が、表題に繋がっている、ということではあります。 オフサイドのことについてどうこう言ったところで結論がひっくり返るものではないのですが、ただ言っておきたいのは 「全力で戦っている選手たちに対して、余りにも失礼ではないのか」ということではあります。 審判の出来で不利益を被ったことは、これに限らず過去にも多々ありました。 しかし全国的にも注目が集まる重要な試合で誤審をやらかしてしまう。 これがなかったらコンサが決勝に行けたかどうか判らない、ということを言いたいのではありません。 ゲームを審判が壊してどうするんだ。副審2人の苗字がアンタッチャブルの2人組と同じだからお笑いでよい、ではありますまい(苦笑)。 困ったものです。 元日の決勝に向けても、真正面に向かい合えません(まあ相手が浦和という面ではG大阪に肩入れしたいのだけれども、スッキリしない)。 今はとにかくは皆さんゆっくり休みましょう(闘ったのは選手だけでなくサポも同じですので)。 個々に言いたいことは勿論ありますが、問題点を論うのは今は適切ではないでしょうねえ。
昨日は超早起きからそのまま突っ走りましたので、室蘭帰りのバスの中では満席ゆえの補助席という最悪の状態ながらも1時間以上爆睡していました。 今朝は今朝で疲れが出て自力では起きれませんでした(それでも習慣上4時半前には起きているのですが)。 いつまでも異常な生活ではあります。
2006年12月29日
昨日は10時半ころに寝ました。よく寝たなあ、と思って起きて時計を見たら11時になったばかり。おかしい。寝直して再び目が覚めたのが3時前。 もう面倒くさいのでそのまま起きて現在に至っています(苦笑)。明らかに無意識のうちにハイテンション状態なのでしょう。
昨夜は取り立てて面白い番組もなく(NHKローカルで1年の振り返り番組があったが、コンサのコの字も出てこないのは時節柄問題だろう)、景気付けに何か曲でもとCDを探す。 アトランタオリンピックの際に過去のオリンピックでも使われたテーマ曲なども入ったオムニバスアルバムがあって、全体に威勢がいいからかけて気分を高揚させる。そう丁度10年前のことだから、コンサ的にもピッタリ。
昨日の道新スポーツは1面をB・Bの更改とかいう失笑ものでしたが、今日はコンサが。試合当日に1面を飾るなどはいつ以来なのだろうか(あったっけ?)。
私は予想屋ではないから、どういう風に試合展開があるかなどとは考えはしない。 自力だけを見れば、そりゃガンバの方が上に決まっている。 しかし正直なところ、勝敗の行方はどれだけ「勝ちたい」という気持ちを持てるかにかかってくるのだろう。 それは選手・スタッフだけではなく、現地サポ、居残りサポ含め多くの思いが強ければ強いほど大事なのであって、そのことが元日に繋がることになるのではないのだろうかと。 午後はひたすら静岡に向けて念を送ります。
2006年12月28日
学校はすでに冬休みに入り、官公庁は今日が仕事納めですか。 民間企業勤務の私は明日まで仕事ですから、エコパには行けません(このあとあり、29日は役所が休みだから日中でも試合やっても問題ないという発想が、いかにもお役所らしい)。 まあTV番組のほうも、つまらない長時間のものに混じって今年を振り返るような手のものが増えてきているけれども、勿論今年は到底その気にならない。 少なくとも明日の夕方でも振り返る気分にならないことを望んでいます。 全体的に年末恒例行事が遅れ気味でも、ちっとも気になりませんって。
ヴァンくんとドーレくんとのやりとりを見ていてふと思った。 天皇杯はJ主催じゃないから、マスコットは出てこないの普通だけれども、確か決勝戦は別ではなかったかと。 ということは、決勝進出するということは、ドーレくんを国立のピッチに立たせることでもあるのだなあ、と。 やはり国立のピッチに立つドーレくんも見てみたいぞ。 明日はやっぱり落ち着けなさそうだよなあ。
2006年12月27日
昨夜はkitaraで年末恒例の「札響の第9」を聴きに行っておりました。 ここ数年は当方にとっても恒例行事となっているのですが、今年はいつもと違った気分で聴いておりました。 ちなみに「第9」とはクラシックファンにはおなじみですが、いちよう解説しますと、ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付」のことをいいます。 副題にあるようにこの曲の第4楽章には声楽が用いられているのですが、そこに使われているのが表題にあるシラー作による「歓喜に寄す」という詩なのではあります。 正直言いますと、演奏の途中で時折わけもなくウルウルしていたりする部分がありました。 現状のコンサを考えてみた場合に、なんと相応しい展開なのかと。 最後が「歓喜」というのは、今のコンサのためにあるのではなかろうかと。 12月は毎日のように全国のどこかで「第9」を演奏しております。 身勝手な解釈ですが、札幌のみならず全国のサッカーファンが日々コンサ側の応援にていてくるような錯覚にも陥っているのですが(苦笑)。
余談:昨日の演奏でバリトンのソリストを努めたのが、「ロバート・ハニーサッカー」という人でした。 ん?サッカー? アルファベット表記ではもちろん違うのですが、日本語表記ではこうなります。 実はこの人2004年の「札響の第9」のソリストでもありました。 そう前回の天皇杯下克上の時と同じです。 嘘のような本当のことでして、今年のコンサの天皇杯下克上はやはり予定されていたことなのです。
2006年12月26日
昨年の今頃のブログを見返しますと、当然ながら移籍の話とか中心で実にマッタリしておりましたなあ。 今年は少なくとも年明けまで天皇杯だけでも食っていけそうなそんな気分が続いております。 今年は幸いにも4・5回戦がTV中継が入り、初戦の3回戦は入江で見ていましたから、恐らく決勝まですべての試合を見ることが出来る運命途上にあります。 で、勿論振り返るのには早すぎるのですが、ある種の傾向もあるから、今更ながらちょいとまとめてみる次第。 1.リベンジ 言うまでもなく新潟・甲府との戦いは過去の苦い思い出を帳消しにするべくの仕込みであったのでしょうなあ。 2.セレモニークラッシャー 千葉戦のときはナビスコ杯直後の浮かれ気分に水を差し(試合後の相手ゴール裏で選手がサポから説教を受けている-ように見える-映像は印象的です)、 新潟戦のときはこの試合で帰国するファビーニョに大きな顔をさせず、 甲府戦のときは堀井の引退セレモニーをだめにしたというよりはむしろコンサ側主体のセレモニーに変貌させていましたなあ。 3.ジンクス打破 初戦に苦労する悪い癖は今回も改善されませんでしたが、新潟戦でのPK戦「史上初勝利」は感慨深いです。 と書いてきていて実は大事なことを忘れていました。 ここまでの4試合すべてに共通する重大事項。 それは、「バー・ポスト選手の大活躍」です。 記憶に違いがなければ、毎試合最低でも1回は助けてもらっています。 これがなければどこかで負けていたはずです。
2006年12月25日
承知の通り、天皇杯準々決勝の前に堀井岳也の引退セレモニーが行われたのだけども、冷静に考えるとこれはかなり異例としか言いようがない。 ・天皇杯という場 ・場所がホームスタジアムではない ・だいたい勝ち上がらなければすることも不可 ・しかも相手が過去に在籍していたチームである幸運(新潟だったらやっていないだろう) ・失礼を言えば、特に日本代表だったわけでもなく、甲府に長く所属してもいなかった(最初の2年と最後の1年のみ、残りは山形が約1年半・コンサが4年半でコンサが一番長い) ・だからか花束は両チームからの贈呈になった また場所が仙台だったということは ・元所属していた山形(仙台の隣ですよ)にも義理が立つ ・何でも彼のご両親は現在福島にいるとかで、これならば行くにも近くて助かる といったような偶然も重なったとは言えるのでしょうな。 結局両チームが予想外の結果を残せたからこそ出来た技みたいなところはあるのでしょう。 ところで彼に関しての記憶言えば、一番はやはり2001年J1第2ステージで当時4連敗中から脱したホーム清水戦でのVゴールでしょうが、この際いろいろ思い出して見るといろいろと出てきそうです。 まだコンサに来る前山形にいたときの2000年函館での試合は、彼のゴールもあって調子に乗っていた鼻を折られるような出来事でしたなあ。 今年は16試合1得点に終わったとのことでしたが、その唯一の得点が甲府のJ1としての初ゴールというのも、記憶に残す出来ことでしょう。 と、あれこれ無駄な記憶の引き出しを探ったとき、天皇杯と結びつけて見ると、やはり記憶に残る部分があります。 2004年の天皇杯初戦はホンダロック相手に延長に持ち込まれるという醜態をさらしたわけでしたが、PK戦突入かと思われたときにVゴール(当時は延長はVゴール方式だった)したのが彼で、その時少しも笑いもしない表情が印象に残っています。 しかしそれがあったからこそ、当時の下克上のスタートがあったわけで、それを思えば、彼の引退セレモニーが天皇杯の札幌戦であったというのも、何かの縁のような気がしてなりません。
2006年12月24日
「はまなす」に乗って帰ってきてみれば札幌は大雪の状態。 ざっと見た目には少なくとも30人以上の同じような行程をされた方々がいたようですが、皆様無事帰宅されましたでしょうか。 戻りまして早速昨日の良いところのみ録画再生させてにんまりしたところではあります。 正直試合内容としては、相変わらずファンタジーがありますので、すばらしいと諸手を上げれるようなものではありません(まあ優也が相変わらずやらかしてくれるので、本来ファンタジスタである曽田がかなり効いていましたなあ)。 ただはっきりしているのが選手もサポもモチベーションに関しては遥かにコンサが上回っていたこと。それは単純にサポの人数がどう見ても3倍近くの差があった以上のものとも言えましょう。 お互いに日本人のみで戦うことになったときに、コンサはフッキ不在を敗戦理由にしてたまるものかの意識が強かったのがプラスに働いたのに比べて、甲府は外国人がいないときのゲームプランが明らかにアイデア不足に陥った感じがしました。 にしても、ここに来て審判に泣かされるとは思いませんでした。 イエローはコンサ側にのみ6枚。これは明らかに主審の技量に問題があるとしか言えません。基準があいまいなこともあって、見ている側にはイライラさせられるものでした。 これで次に大塚が出場停止なのは正直痛いですなあ。 本来4分の3の確率で準決勝が国立になるはずでした。 しかしそれがならなかったということは、準決勝も勝って決勝を国立でやれという運命なのかもしれません(正直準決勝が国立であったとしたらそこで燃え尽きてしまいそうな気分は多分にありましたのでねえ)。 幸いここまでコンサはJ1相手とはいえ、比較的過去の実績から見て組みしやすいチームとやってこれた運があります。 次からが本当の技量を測る試合になるかとは思いますが、ガンバは承知の通り決して苦手にはしていません。 過去6回のリーグ戦では極端な結果が出ています。 ホームではすべて1-0で勝利、アウエイでは1分2敗と勝ちがない。 天皇杯に限れば1度あった対戦は万博で完全アウエイで負けただけですから、準決勝の地は中立ですし、J1とJ2の差が10対1くらいだとすれば、現状は3対1くらいの差に縮まっていると言えるでしょう。 この辺は相手が未勝利の横浜FMでなくて助かったと言えるでしょう。 さすがに29日は行けません。 今年のアウエイ観戦は終了しましたが、何度も書いてきましたが本州観戦は無敗で乗り切りました。 9日・23日と無理して行った甲斐もありましたので、良い年を迎えられるものと、勝手に決め付けています。![]()
おまけ:試合後の早い祝勝会の後に行った仙台名物
2006年12月23日
昨夜は乗客の半分以上の最終目的地が仙台であろうという「はまなす」の指定席におりました。 もちろん私の前(親子連れなのは教育上GOOD!)も後も斜め前も関係者でした。 そしてその多くは目印のように「ハウスメイト様特製マフラー」を身に着けているか持っていらっしゃる。非常に判りやすい光景でした。 久しぶりのJR座席での夜行でしたが、思いのほか眠れたようです。 札幌発車後は北広島付近まで起きていましたが、後は苫小牧・東室蘭で多少目が覚めた程度で、函館着10分前まではぐっすりでした。従ってこの時点で昨日の睡眠時間を上回りましたが、函館発車後も結構よく眠れていたあたりは図太いのでしょうか。 さて今更どうこうでもありませんが、後3時間後に始まる戦いは皆さんの力を最大結集する場です。 現地に来られる方も、TVの前で念を送られる方も、精一杯の力を向けましょう。
2006年12月22日
昨日の謎解きでもないのですが、背景に今週末の室蘭往復をすでに済ませたことがあります。 すなわち昨日出社時点ですでに室蘭行きの大きな荷物を抱えていまして、朝はそれを隠すのに一苦労しておりました(苦笑)。 退社後は6時過ぎのJRで戻りまして、今朝は明後日にも乗る予定の列車に乗って札幌に向かい今に至っています。 にしても、今朝は行程上3時半には起きていないと厳しいなと思い目覚ましをかけてはいましたが、無問題で、最初1時半に目が覚め(ちなみに就寝は11時頃)さすがに早すぎると寝なおして次が2時半頃でしたから、もうもうどうかしておりますって。 かくして朝からハイテンションのまま進行中です。 そうそう昨日の行動の中で一番忘れてはならないのが、昨年のハウスメイト様のサンクスマッチで貰ったマフラー、それをしっかりと荷物に入れる。 あれからちょうど1年と1ヶ月、相手の甲府とはそれ以来の対戦、皆さんの想いと同様に忘れてはいけないアイテムです。 試合の前には堀井の引退セレモニーも行われるとか。 天皇杯では極めて珍しいけれども、セレモニークラッシャーのコンサとしては縁起物ですね。
昨夜室蘭に戻った直後から時ならぬ大雨に見舞われました。 暖かいからと言えばそれまでですが、12月も後半になってからは極めて珍しい。 個人的には今年は雨は縁起物ですので、明日の吉兆の前触れと勝手に解釈しております。
2006年12月21日
と言ってもまだ札幌にいますし、今日も明日も仕事をしますが、個人的なルールの中で、今朝からすでにいつもと違う動き方をしています。 詳しくは明日のエントリーで。 フッキの帰国が発表され、相手も何か外国人がいないみたいな状況で、明後日の試合はただでなくても地味な対戦なのに、メンバーまでがすべて日本人のみ、みたいな状況になりそうなだとか。 いやいやそんなことは関係ない。 我々にとっては週末はお祭りなのですから、思いっきり盛り上げていくだけです。 世間的にはクリスマスなどあるようですが、こちらにはまるで縁のない行事ですから、勝手に別の事由でやらせてもらいますって。
ところで、書いた以上昨夜の出来事の感想なども。 と言っても特別なものがありません。 勝利した側(名前を敢えて書かないところに個人的な心情を読み取ってくださいな)が強かったよりも、相手が思いのほか本調子でなかったように見えた、というのが素人目の感想ではあります。 まあそれにしても、世界バレー同様にこちらの方もスポーツと言うよりは、所詮興行だろうとしても、やっぱりバラエティ番組の延長でしかありませんな。 ええ音を消していて正解でした。
2006年12月20日
昨日紅白歌合戦の曲目が発表された。 昨年から雑として感じていることなのだが、正直よく判らない感想しかない。 普段から車で営業に出ているから、ラジオから聴かれる今流行の曲くらいは情報として入ってくるのだけれども、それとも違う。歌手の名前すら知らない人が増えている中では、当然に曲名はそれ以上に判らない。まあNHKの貢献度なんだで出てくる分は判り易いが。 馴染みの歌手は昔の名前だけで出ているし、歌うのも今年流行ったというよりは昔流行りましただし、狙いが判らない。これなら「思い出のメロディー」で充分だろう。 こんなんではとても関心の持ちようもないではないか。 何というのか、やればやるほど悪循環に陥っているような気がしてならないのだが。 時々ネタに出しているように、平日の朝5時台はSTVが写っていて、スポーツや芸能ネタはそこから得ていることがあるのだが、正直昨今は伝えたい側の関心事と、こちらの興味とでは明らかに乖離が見られる。 今朝もあるお笑いタレントの結婚話が出ていたけども、その相手は自分にとってはまるで名前すら知らない状況で、果たしてこれが情報として価値があるかすらも不明であって。 今日の皆さんの関心事は夜にあるあれですか。 前回の試合のときはコンサート中で、いちよう結果とその経過を見て、まあそれなりの感想(どうなんだ?)を得ていたけれども、果たして。 正直スポーツ各誌が1面で取り上げるほどの価値は、恐らく結果からしてもなさそうだけれども、今夜はまあ特に予定がないので、例によって「音を消して」眺めて見ましょうか。 騒ぐほどの価値はないとは思うのですが、どうなるのでしょう。
2006年12月19日
1.夕方に放送された大塚へのインタビュー。その中で一番引っかかったのが「コンサはサポと触れ合う機会が少ない」という発言。 確かにいろいろ言われてはいましたが、肉声で聞くとやはりそうだったのかと。 この辺は正直若いチームには難しいのだろう。甘やかすとすぐだれた方向に行きそうだし。 まあ来年からは監督も替わるし、この辺りは大きく変化が出てくるのでしょうねえ。 2.コンサには縁のない「Jアウォーズ」ですが、ベストイレブンの中のGK川口が初というのが意外で。 ポジション的に目立つということは、それだけ劣勢になっていることが多い証拠だし、目立たないからいいというのも変だし、難しい選考なのだろうなあと。 まあ全体を見てもさほど違和感はないのでしょうが、本来ならここは天皇杯のベスト8に残っているチームから選ばれているのでしょうなあ。 川崎や千葉の選手の名を見ると、今度のユアスタに出るチームが以下に意外であるかの象徴にはなっているのでしょう。
夜中の道内向けスポーツ番組2つは、コンサ関係ではやはり監督人事が主であって。これは意外ではない。 しかしねえ、ニュージーランドに行く暇があったら、Jビレッジに行くという選択が出来ていない辺りが、まだまだなんでしょうなあ。
2006年12月18日
昨日はと言いますと、札幌に戻った後サッポロファクトリーに顔を出したりもしておりました。 最もトークショーなるものは聞いているほうが恥ずかしくなるのが常ですので、最初だけ眺めて場を去るのですが。 ドーレくん登場の際に、「まずこの人に登場してもらいましょう」とあったけれども、やっぱり「人」でよかったのだろうか、と変に考えてしまいましたが。 あの狭いステージの上ではさすがに踊りにくそうでした。というか、椅子をよける配慮はなかったのかねえ? 戻った後はこの時期さして面白い番組などもなくなりますから、横浜国際からの映像を横目で眺めています。勿論音は消したままで。 まあ余計なゲストだとかが多いですから、その分は無視していますし。 2試合ともまあそこそこに楽しんでいたのでしょうか。 これを見てコンサと比較するのは、止めた方がいいですなあ。 さて今週はいろいろと気合を入れてそれぞれに対処していかなければ。 かと言って力が入りすぎていても疲れそうなので、そこはそれなりにっと。
2006年12月17日
ユアスタ参戦を決めたものの、時期が時期だけにバタつき加減は例年の比ではありません。 私の場合、諸般の事情で週末は必ず室蘭帰りがあり(しかもそこは本宅だから風呂と睡眠は必須)、どのように組み込むかが悩みにもなります。 今回の場合は有給消化無しで処理しますので、費用面を多少犠牲にしてもウルトラC的に(ちょっと古い表現か)行動する予定になります。実際にどうなるかはその当日にアップしましょう。 まあ年内の通常の室蘭戻りが今週末になったことには違いありませんので、やらないといけないことは多々あるのですが、思いのほかはかどっていません。 札幌から移動させる書籍を中心とした雑多なものは、手付かずに山積になっている状態で、お世辞にも新年を迎えるには相応しくない状況です。 まあ無理にしなくても時間の流れが変わるものではありませんから、何が何でもでもありませんが。 仕事の方は年内分は今週が山でしょう。 浮かれる前にしっかりと処置して仙台に向かえるようにしなければ・・・。
2006年12月16日
昨日会社での忘年会がありまして、終了直後ちょうど店を出たところに携帯メールが。 別段「来い」と書いているわけではなかったのですが、勢いそのままにその店に向かったわけです。 で相方はラーメンを食してからとの追伸でしたので、こちらは一人で先乗りする次第。 まあこの手の店に一人で行くようなことはないのですが、そこはそういう系統の店ですから(どういう系統よ・・・)臆することなく向かう。 話には聞いていたのだが、実は行くのは初めてだったりして。 こちらはカウンターでまずはちびちびやっていたのですが、後ろのボックスでは先客2名がかなり出来上がっている模様。 で話題は仙台行きの話になっている。 勿論見ず知らずの人達なのだが、そこは関心ごとは共通していますから、勝手に話に参加していたのではありました。 にしても、昨日はシーズンなのか結構な来客があった模様。 普段はもっと少ないのだとか。 正直単価は張る方なので、そうそう何度も足を運べるところではないのだけれども、必然的に同類の人達が集まりますから、一人でも寂しくなりません。 と、川合氏に代わってPR、にもなっていないか。 場所はすすきの交番横、第3グリーンビルの5階ではあります。
2006年12月15日
23日のユアスタは行くことにしました。 正直かなりの逡巡があったのですが、以下はその理由。 1.この時期に旅行などしていることは過去にはなかった。 2.室蘭との往復日をどのように設定するかにかなり悩んだ。 3.時期的に有給消化を組み込むことは難しい。 結果、室蘭往復の方も弾丸ツアースタイルにして実施を決定。 有給消化はしません。 これまた前代未聞のことではあります。 仙台行きに付いては、先のチャーター弾丸ツアーを含めて何通りかの手法がありますが、私は最も体力が必要と思われる「はまなす往復」に挑戦します。 さすがにこの年齢で2日連続車中泊はきついかとは思いますが、正直なりふりかまっていられませんって。 以前書いたように今年のアウエイ観戦は従来と逆の目が出ています。 今まで無敗だった九州で初敗戦を喫した一方で、本州での観戦は今まで未勝利であったものが初勝利以後は負けはありません(厳密に言えばフクアリでの新潟戦はホーム扱いだけれども、今年の本州での観戦成績は通算で4勝2分です-サテライトも含む)。 従って私が行くと言うことは、勝つということです(天皇杯に引き分けはありませんので)。 あんまり気張らない方がいいか・・・。
2006年12月14日
なかなか風邪が治りきれていない中、今朝は2度寝がひどい状態だったのですが、久々にしっかりとした夢を見ていました。 と言っても、一貫性がないというのか、意味不明というのか・・・。 恐らく実家の2階で目が覚めたのでしょうか。 窓から下を見ますとたくさんの洗濯物が干してある。 そのうち半分くらいが赤黒関係のものであって・・・。 で窓からはなぜかコンサフラッグが掲げられている(ここポイント)。 ふとTVを見ると、コンサの選手がウオーミングアップ中のような感じの場面が出てきてもいて。 そのうち外では意味不明のパレードが始まっていたりする。 季節感はまったくつかめないのですが、これは何かしらの予兆でしょうか。 要素がめちゃくちゃに詰まっている感じでもありますが。 ちなみに今日は全国的に有名なのところでは「討ち入り」の日でありますが、 趣味的には今から31年前、通常営業としては最後のSLが室蘭-岩見沢間を走った日でもあります。 最後まで意味不明で失礼しました。
2006年12月13日
昨夜はkitaraで「ほくでんファミリーコンサート」を聴きに行っていました。 このコンサート地方開催ですと整理券の配布になるのですが、札幌開催は事前申し込みの抽選制で、今まで何度か応募し続けて外れていました。 で今回札幌では初めての参加になった次第。 内容的にはクラシック初心者にはうってつけとも言えるような形で、よく考えられたプログラムではありました。 当日の指揮と話は青島広志氏でしたが、まあマシンガントークが自虐的に炸裂していて、まあ飽きさせてくれませんでしたねえ。 でタイトルの由来ですが、ロビーでの出来事に由来します。 出演者のCDや本が売られることは、別に珍しくもないですし、サイン会をすることもままあります。 今回は特段場内で案内がなかったのですが、開演前・休憩中にも指揮者本人が出向いて、販売に汗を流している、ということがありまして。 勿論、サインをするかどうかなどは言っていませんが、実際にやっている。 有得ませんなあ、こんなことは。 大抵は販売は業者任せ、サイン会は終演後だけですからねえ。 よく言えばサービス精神旺盛、悪く言えば商売のしすぎ、ということなのでしょうが、通常のクラシックコンサートではないことがあるのは、好ましいことだとは思うのです。 難しいのは、こういうのが毎度だと引いてしまいそうなのですが、こういう形のコンサートでは許されるのではないのかと。 まあ、勢いで本1冊購入して、頼みもしないのにサインまで貰いましたが。
今日の話題は、勿論サッカーとはなんら関係のないことではあります。 あえて結びつけるとすれば、 去る9日における千葉での出来事、 それから23日に起こるであろう仙台での出来事、 勿論試合そのものもそうかもしれませんが、サポのやっていることは部外者から見れはそれこそ前代未聞の状態のはずです。
2006年12月12日
昨日夕方、及び深夜の2つの番組は久しぶりにわくわくさせてくれるだろうと、各局をチェックしまくっていました。 夕方ですと普段は日和見的なHBCやUHBが取り上げてくれるのは嬉しいところですが、また別の違和感は出てくる。 なぜファイターズの更改保留ニュースよりも後になるのか。 別に野球の話題を先にしなければならない、という決まりでもあるのですか? 人がどれだけ稼ごうと、さして関係ないし、それが「保留」という外野か見れば極めて卑しくしか見えないものを延々と見せ付けられるのは正直気分の良いものではありません。 まあいいんですけど。
相変わらず暇さあれば、録画再生で良い場面を繰り返してみているのですがねえ、物好きもここまできていますか。 さすがに夜の飲酒は控えましたが。 そうそう試合中の多くの映像はBSのものでしたが、STVだけは独自でカメラを出していたようで、1点目の監督のジャンプポーズを捕らえた図は出色ですな。
2006年12月11日
余韻が残っているものですから、昨夜もまた飲んでしまいました。 クラシックと限定発売中の琥珀エビスを各1本で、疲れ果ててるからやる気0のまま。いけませんなあ。 次の試合まで2週間開くというのはどうなんでしょうかね。 まあ個人的には余り関心がない「トヨタカップ」の影響なのでしょうが、何か間が抜けている感じは否めません。 何を話題にするか言えば、監督の去就になるのでしょうが、正直タイミング的には難しい。 端的に言えば3年前と逆の状態ですからねえ。 さすがに勝ち残っている状態の中では発表しにくいでしょうし。 かと言って23日過ぎまで何もしないわけにいかないでしょうし、やきもきする日々が続きます。 まあそれよりも一部で出ている柳下氏の去就ですが、他のJ2のチームに行くのだけは勘弁してほしいところですが。 最も理想的なのは1年間は充電期間に当てて欲しいことで。ずっとチームから離れたことがなかったのですから。 とはいえ生活がありますから、こちらがどうとか言えるものではないのですが。
2006年12月10日
優也の優也による優也のための試合、でいいんでしょうが(苦笑)。 ちょっと目立ちすぎなあ、と。少なくとも彼には運があるのでそのまま持ち続けていただきましょう。 過去、コンサはPK戦で勝ったためしがありません。 旧JFL時代を含めて、リーグ戦でPK戦があった96-98のシーズンには7回のPK戦がありましたが、いずれも負けています。それも1回を除いてすべてアウエイの試合で、唯一のホームが98年の室蘭での平塚戦でその時は観戦していますが、生で見るのはそれ以来ということにもなりました。 リーグ戦ではさして気になりませんが、トーナメント戦では負けたら終わりですから、相当の緊張感がありましたね。 で凄いと思ったのが、コンサは一人も外さなかったということではあります。 恐らく外すとすればFWだろうと、途中でサイドが変わって新潟の7人目の時に優也はコースが読めていましたから、止める可能性を感じていました(ある意味フッキが負傷交替したのは、PK戦にもつれ込んだ部分では不幸中の幸いだったかもしれない)。 そこに2点目を献上した因縁の矢野が出てくるあたりは、まったく物語としては出来すぎています。 止めた瞬間の見てる側の感情は半端ではありませんでした。 普段の観戦では割と冷静すぎる方なのですが、あんなに喜びを爆発させたのは恐らく初めてでしょう。 しかしPK戦は心臓に悪いので、これでおしまいにして欲しいですなあ。 とはいえ、本当なら2-1か3-1で楽に勝てたはずです。 まあそれがあのことで返ってチームにまとまりが出たのは、不思議な好作用でしたねえ。 にしても今回の天皇杯は、戦う相手にいろいろと因縁が出てくる。 今回は勿論ビックスワンの屈辱を晴らせたのだけれども、そういえばウリセスも所属していたなあ、というのはよく目にしていた部分ではあります。 準々決勝の相手の甲府は、記憶に新しい昨年11月23日の「ロスタイム3失点」の汚名を晴らす場ではありますが、優也にとっては前所属チームという因縁があります(本人のコメントに「古巣」と言う表現があったけれども、正確には現状レンタルされているのだから、おかしいとは思うけど、まっいいか)。 どうでもいいことですが、新潟の監督は過去2年山形にいた時代にまったく歯が立ちませんでした。1勝7敗という見事なまでのものでしたが、唯一の勝利が昨年函館での大塚を出場停止で欠いた「雨の中での試合」というのは、これはこれで因縁でしょうかねえ。 以下余田話。 昨日のJAL1000便は、事実上のコンササポジャック便というかチャーター便という状態でしたが、驚いたのはJAL側の対応。 前日は選手一行を壮行会までしたとか。 で昨日は搭乗受付の女性がレプリカユニを着ているし、ボーディングブリッジには選手の写真が飾られている。 ここまでやっていいのか?以上にHFCよりもJALの方が必死じゃないのか?23日の仙台便は満席状態らしいけども、恐らく臨時かチャーターを出すのではないのか?・・・HFCさん練習場の確保よろしく、真面目に頼みますよ。 昨日は日帰りの強行スケジュールでしたが、わずかな時間でも、と1時間ほど新宿での祝勝会に付き合って、ばたばたと戻ってきました。 で2215発のエアポートも、極めて赤黒率が高かったのですが、聞こえてくる話が23日の仙台行きをどうするかの相談。 まったくうちらサポは凄いですよ。 11時過ぎ厚別宅帰宅後は、途中のコンビニで買ったクラシックで一人2次会。録画してあったBSやらNHKニュースやら見てニタニタしていたのではありました。
2006年12月09日
勢いで日帰り参戦を決めた朝です。 相変わらず体調不良で弱ったものですが、目覚ましなしでも早起きしています。 11時過ぎに寝て、1時40分ころの起床。さすがに早すぎると寝なおししますと、通常では2時間ぐらいが5分程度の感覚で経ってしまうのですが、今日は約1時間後には目覚めてしまいました。 別に子供のときの遠足ではあるまいし、何で3時前から起きているの。 さていろいろ聞かれるネガティブな情報は、当然に無視ではあります。 まあ彼らにしてみれば、面白おかしく書くことが仕事なのでしょうから、そこにレベルを合わせる必要はありません。 くどいようですが、彼らのことで一喜一憂するのは体によくないだけです。 とはいえ、天皇杯の時期というのはモチベーションをどう持つのか、難しい時期ではあります。 どういう気分で臨むのがよろしいのか。 一昨年の5回戦の相手は大分でした。 大分といえば2002年の天皇杯初戦で0-5という大敗(しかも前座試合扱いで開始が11時という前代未聞の事態でしたなあ)があって、その屈辱を晴らすことができたものでした。 今日の相手は新潟。 大敗といえば、当時の監督に「ギャンブルサッカー」と揶揄された2003年の1-5のビックスワンでの試合が思い出されます。 少なくとも今日はその屈辱を晴らさなければなりません。 サポ的には、元旦に国立での思いというのは、2年前以上にあるかと思いますが、個人的には少なくともベスト4までにはなってほしいものです。 それは2年前以上の成績だから、という部分もありますが、物理的にいえば4位以内には賞金が出ますので、金のないコンサには不可欠な要素です。 現在札幌は晴れ。 現地は拠りによって今日だけが雨のようですが、 雨といえば厚別での徳島戦、ですのでもうポジティブシンキングのみですぞ。
あは早起きすぎて、ハイな感じですなあ・・・。
2006年12月08日
今時のスポーツの話題の中心はなんでしょうねえ。 ドーハのアジア大会はそれなりにビックだけれども、以前書いたようにピンと来ないものがある。 まあTVでも紙面でも賑わっているのが「契約更改交渉」。 誰がいくら貰おうが、こちらには関係のない話だけれども、別世界の話の割には皆さん関心が高いのだろうか。 サッカー選手の場合は野球に比べれば5分の1から10分の1くらいの世界で、正直年間の給与と比べてみても極端に数字に開きが出ないから、身近な感覚で済まされるのではあるのですがね。 野球の方はどうなのだろう。 「保留」なんて文字が出てくると、本当の評価はどうよ、と突っ込みたくもなるのですが。 いえ、まあ、正直ネタに苦労している部分があるのですが。 たまたま小さな部分でとある選手が、年間0勝で1億円だとか、というのを見つけたものですから。 まあ小心者では、こんな形でしか愚痴れませんって。
2006年12月07日
昨日他のHP徘徊中にコンサとは少なからず縁があるFC琉球のHPにこんなこと を発見しました。こちらも3年目なのですね。 さらにそのサポのとあるブログには非難轟々の書き込みがあったりする。 ある意味心情的にはコンサの状況に通じるものがある。 ちなみにこちらにも社長のブログがあって、当人からの苦しい心うちが垣間見られたりします。 これを持って児玉社長に対してあてつけがましい事を言いたいのではありません。 ただ個人的に感じているのは、やはり何らかの形で説明する必要があるのではないかということで。 最終戦後の座り込みに対する説明内容についても、具体的に知りたいところです。 勿論タイミングは必要でしょうから、今すぐとは言いません。 よろしくお願いします。
2006年12月06日
勿論個人的には、小笠原がひげを剃ろうが(正直初めて見たときには間抜けにしか見えなかった)、新入団発表があろうが、大して関心がない。 大きなイベントとしてはドーハのアジア大会があるのだけれども、試合そのものは寝ている間にやっているのが大半で、結果ばかり見ている感じで、正直盛り上がってるのかどうか。 で今夜はサッカーでは日本は北朝鮮との一戦を迎えるのだけれども、関心はやはりそれほどでもない。 やっぱり一番は「J1・J2の入れ替え戦」でしょうなあ。 承知の通り、今回の対戦は双方の監督が相手のチームの監督経験者でもあるという因縁が渦巻いています。 こちらの関心は、来年対戦するならどっちがいいのか、という日和見的な部分に尽きるのですが、食のことを考えると福岡がJ2になったほうが面白いかなあ、というあくまでも適当な理由です(過去の対戦成績を考えると神戸のほうが組し易いイメージがあるが)。
あいにく体調不良が続いているため、今一つ乗り切れていませんな。 何せ寝る頃になると咳き込んで、1時間くらい寝付けない。 そのくせ朝は日の出が遅くなっても相変わらず3-4時台に目が覚めていますから、きついのなんのって。 うまくいきませんなあ。
2006年12月05日
今年もまたこの日がやってきました。 大げさに言えば、日本にとって8月15日が大事な日である以上に、コンサにとっては忘れてはいけない日が。 あれから8年、「もう」なのか、「まだ」なのか。 あの日のことは折に触れて書いてもいますので、改めるまでもないのですが、そこの至るまで、またその後への影響を考えて見ますと、やはりいろいろ出てくるのではあります。 コンサはJ史上恐らく今後も出ないであろう、唯一の記録を持っているチームではあります。 それはJ1「参入戦」によってJ2に降格した「唯一」のチームであること。 当時JリーグはJ2リーグを設けるに当たって、J1(当時はJ)から2チームを降格させる予定でした。そのルールは当年の下位2チームではなくて、前年の順位もポイントに含めて上で下位4チームが争う形を取ったわけです。 本来であれば年間順位が18チーム中14位であるコンサは関係ないで済まされたわけですが、このポイント制でひっかかってしまいました。 そこにフリューゲルスの消滅騒動が発生し、結局降格チームは1つのみ、参入戦の対戦相手にまで影響を及ぼしたのではあります。 その後の経過は書くまでもありませんが、まあいろいろと煽りを食っているわけです。 現在J1は18チームに戻っていますから、98年のあれはなんだったのか?と、また小言を言いたくもありますが。 横浜FCの誕生がフリューゲルスの消滅に端を発していますが、これとて異例の展開でありました。 J2発足に伴って、JFLも新しい形になりましたが、本来であれば加入資格のない横浜FCは特例で参加したわけです。 現在であればJFLへの道のりは新規チームにとって多少の優遇措置を得ても、長い年月がかかることには違いありません。 まあかような関係で特例に始まった結果が、今年に至っていることを考えると、これはこれでまた素直になれないものではあるのです。 でまあ昨日正式に横浜FCのJ1昇格が認められたのですが、正直どうなのでしょう。集客に関しては果たして疑問符が残るのですがね。 そりゃJ1になれば自然増は期待できますが、シーズン終盤でもさして観衆が増えていなかったのはどないなものでしょう。 またロッソが正式にJ2参加見送りになりましたので、来年も変則日程です。 まあ今年と同じようなパターンでしょうから、試合日の予想だけは早くから読めそうですが。 風邪からの回復が順調でないのか、小言ばかりですなあ。
2006年12月04日
地下鉄に乗って通勤していますが、いつもの場所にあるはずのスケジュールポスターがなくなりますと、シーズンオフに入った実感が出てきます。 勿論コンサ的にはまだ終わっていませんが。 入れ替え戦や天皇杯も残っていますが、リーグ戦の終了を待って選手のみならず監督の去就もあちこちで出てくるようになりました。 でタイトルのことですが、これは確か岡田武史氏がコンサの監督を退任するときに聞いた記憶があることに基づいています。監督というのは3年が一区切りの段階のようなのです。 彼はその後横浜FMで4年目の途中で辞めたわけですが、恐らく中途半端な状態で4年目を迎えてしまったことが、ここに至った気がしてなりません。 浦和のブッフバルト氏のインタビューをどこかの新聞で見たのですが、彼も3年目で退任。まあ優勝で辞めるというのは限りなく理想ですがねえ。 彼の場合は家庭の事情がある、という部分抜きにしても3年目が節目であるようなことを言っていましたねえ。 柳下氏にしても3年目というのをやはり節目にしていた部分があります。 まあサンクスウオーク前の挨拶は、いろいろな面で示唆的ではありますがねえ。 さて次期監督候補として名が挙がっている三浦氏にしても、これまた3年目にして退任しました。 まあどうなるかは判りませんが、監督人事というのはチームが順調でも3年が限度の一つであることを理解していた方がいいのかもしれません。
2006年12月03日
試合のあった翌日にはこうして観戦記を書いてきましたが、私の場合は誰がどうとか、技術的なことについては疎いですから、おおよそ観想が主体ではあるのですが・・・ まあ昨日の場合は、負けるべくして負けた、悪い時のコンサのが大変よく出ていたとは言えます。 監督の最後の挨拶に時にでた「良いチームにはなったが、強いチームにはなっていない」そのままでしたなあ。 モチベーション的に言えば、相手は松本監督最後の試合であったけれども、 こちらは厳密には柳下監督最後の試合ではないわけで。 ただまあ、試合後にアウエイ側で一体となって「万歳」をやっている姿を見たときには、正直悔しかったけれども。 確かに鳥栖の成長は著しいと思うけれども、不必要に倒れてしまうさま、 それをまた審判が見抜けないあたりは、 例え審判がしっかりしていても、昨日のコンサの出来では勝つのは難しかったにせよ、見事にイライラさせてくれたものです。 審判の成長が課題と言う点では、コンサ同様に象徴的でもあったとは言えましょうか。 さてリーグ戦は終わりましたが、観戦は続きます。 9日は自身初の天皇杯5回戦の観戦でもあります。 正直どこまで行けるかは未知数ですが、しっかり見届けたいと考えています。
昨日はJ1・J2とも最終日で、各地で色々なドラマがありました。 入れ替え戦関係では、希望の柏ではなく、神戸になってしまいましたが、相手が福岡というあたりは、98年の今時期のことを思い出させてくれます(って、両方とも相手にして敗れたのだが・・・)。 一番どうでもいいのがJ1の優勝チームでしょうかね。 一緒に夕食をとっていたサッカーには疎い母親がニュース映像を見て、「外国人ばっかりじゃない」と言っていたのが印象的でした。
2006年12月02日
正直「戦力外通告」という表現は好きでないものですから、公式発表どおりの表現でタイトルとします。 今年の場合、いつもとは違う感想を持っております。 例年公式発表がなく、今回初めてあったわけですが、このこと自体は事前にあるらしき情報があったので、まあ驚きには当たりません。ただ発表のタイミングがつかめず、多くの人のように公式HPを何度も見に行ったのではありました。 でいざ出てみると、少ない。 過去は「なぜこの人が契約満了なの?」ということが多かったのですが、 今年は正直「なぜこの人が契約満了にならないの?」という感想を持っている人が多いに違いない。 過去最低の人数とか。 大変良いことだと考えております。 人の入れ替わり少ないということは、現状のやり方を続けていけるわけで、 その辺はたとえ監督が変わろうとも、現場はピッチ上なのですから何とでもなりましょうということで。 まあ最もコンサにレンタルされている選手の去就はこれからですし、他からのオファー次第では出ていく人がいるかもしれないわけですから、安閑とはできないのですが。 ともあれ本日の最終戦に向けて、複雑な心境にならないで済むことは精神的には助かります。
昨日の練習後のコメントに川崎選手のものがあった。 まあね、昨日練習した中では唯一(他の2人はレンタル中)だからなのだろうが。 心中複雑なものだろうけれども、今後も現役を希望しているようなのでエールを送りたい。
2006年12月01日
最近はめっきり寒い日が続いております。 札幌においては今シーズン初の真冬日が予想されている今日ですが、皆様におかれましてはお変わりございませんでしょうか。 かくいう私は、最近遠出が多かったせいでしょうか、多少弱っておりまして本格的に風邪を引いてしまったようではあります。 さてこの時期といえば、やはりあのことなのでしょう。 俗に「戦力外通告」と言われていますけれども、発表上は「契約満了」という形ではあります。 今年は正式にはっきりと出てきている名前だけでも、いつも以上に多くかつ大物が多い気もします。 他チームのことは所詮は他人事ですが、そこに多くのコンサOBの名を見ますとまた寂しくもあります。 大物の理由は高齢・高年俸がネックということが大半でしょう。 私も永く会社勤めをしていますが、こういうのを見ると「おまえは貰っているだけの仕事をしているのか」と言われているようでもあり、身につまされます。 どうもこの時期の現象を面白おかしく捉える向きもあるのでしょうが、当人にとっては人生上で大変な話でもあり、単純に揶揄するべきではないでしょうねえ。 まあいずれ名前が出て、いろいろと憶測を呼ぶのでしょうが今は平常心でいたいものです。
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室蘭市生まれ。 初観戦は1996年の大分戦@入江、ただし後半から(前半はTV観戦-過去の日記から判明)。当時は入江から徒歩10分くらいの所に住んでいた。 初フル観戦は1996年の大塚戦@入江。 現在はカテゴリー3でまったりと観戦。 原則的には平日は札幌、週末は室蘭で生息中。 ちなみに厚別公園陸上競技場は札幌宅から徒歩約15分、入江公園陸上競技場は旧実家から徒歩約10分のところにあります。 2009年6月札幌宅の引越しをしましたが、5回目の場所も厚別公園までの所要時間はほとんど変わっていません。 でしたが、2023年6月末に定年退職、22年ぶりに二重生活を終了して札幌宅の住所はなくなりました。 もっとも相変わらず月に何度も札幌に行きますので、ブログタイトルは変更していません。 現在コンサに関わる部分としては、サポーターズ持株会会員、ファンクラブ会員、ついでに札幌ドームカード会員。 シーズンパスは2002年以後毎年所持しています。 最近はtwitterもやっております。ネームはakirabouz。最低毎朝つぶやいていて、あとはその時々でゆるゆると。
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