カレンダー

プロフィール

室蘭市生まれ。 初観戦は1996年の大分戦@入江、ただし後半から(前半はTV観戦-過去の日記から判明)。当時は入江から徒歩10分くらいの所に住んでいた。 初フル観戦は1996年の大塚戦@入江。 現在はカテゴリー3でまったりと観戦。 原則的には平日は札幌、週末は室蘭で生息中。 ちなみに厚別公園陸上競技場は札幌宅から徒歩約15分、入江公園陸上競技場は旧実家から徒歩約10分のところにあります。 2009年6月札幌宅の引越しをしましたが、5回目の場所も厚別公園までの所要時間はほとんど変わっていません。 でしたが、2023年6月末に定年退職、22年ぶりに二重生活を終了して札幌宅の住所はなくなりました。 もっとも相変わらず月に何度も札幌に行きますので、ブログタイトルは変更していません。 現在コンサに関わる部分としては、サポーターズ持株会会員、ファンクラブ会員、ついでに札幌ドームカード会員。 シーズンパスは2002年以後毎年所持しています。 最近はtwitterもやっております。ネームはakirabouz。最低毎朝つぶやいていて、あとはその時々でゆるゆると。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

年度末は節目の日でもあり

2025年03月31日

昨日は「霙のち晴れ」であった。 当初28日に行く予定であった床屋は、葬儀参列で臨時休業。29日は物理的に行けないから、昨日午前中早くに済ませて。終わって一旦帰宅時には結構な荒天で。 リーフラスフットボールパークでは、この週末はU12クラスのサッカーフェスが進行中だったのだが、結構寒かったであろう。駐車場に関しては、北側はほぼ満車状態ではあったと。 昼食後出直して、サツドラとアークスグループのホームストアで買い物後、市民会館でのコンサート参戦。ピアノトリオでの演奏会であったが、主催のピアニストは高校の後輩だったのか。師事者の中には知っている名前が並ぶ。ヴァイオリンは現在広響の客演コンサートマスターにして元札響のコンサートマスター、チェロは山響の首席奏者といった具合。 おしゃべりの多い演奏会ではあったのだが、どうも聞くに前後泊ありのようで、珍しく余裕がある日程と見たが。因みにヴァイオリン奏者曰く、自分は晴れ男で、と演奏開始前はよくなかった天候も終演時には確かに晴れていたと。

とここまでが昨日あったことの前振りではある。

今日は節目の日である。そりゃ年度末だからそうなのだ、でもあるのだが今年の年度末である3月31日は、2000年の有珠山噴火から25年目の節目だ、ということである。 因みにこの年のJ2は11チームでの4回戦制、コンサは第1・2節がアウエイで第3節が休み。第4節がホーム初戦というのは、実は今年と比較すればそれ以来ということでもある。 当時はドームもないし、3月では厚別も利用不可であるからにして入江での開催ではあったのだが、ホーム初戦が平日の昼間というのも異例ではあった。 実はホーム初戦が3月30日で、火山性地震はあったものの強行したのだった。 最もその後は室蘭での開催は無理と判断され、4月9日の第6節浦和戦と12日の当時のナビスコ杯G大阪戦については延期、ナビスコ杯は5月に厚別で開催、第6節の代替は、7月に全体の試合数が同じになる予定だった翌週末に設けられた開催のなかったところに入江で設定されて、試合は120分延長でのドロー、当時の浦和には先発で小野、交代出場で河合の名がある。ついでに書けばこの年浦和との対戦ではこの試合以外は全勝という、今では信じがたい記録でもあり、承知の通りJ1昇格を果たすのだった。

とまあ、老害サポが昔を懐かしむのが目的ではない。

2000年の噴火の前が1977年8月7日で、のび太の誕生日ということと併せて記憶している夏休み中のことであった。 その前が1944年、更にその前が1910年、ということで、ほぼ20-30年周期で噴火が発生している。 昨今節目だけではなくニュース素材になっているが、25年目ということは次の噴火がいつ起きてもおかしくない状況にはあるということを強調したいのである。

先般根室本線の「富良野―新得」間が廃止されたけれども、これとて石勝線が災害にあって不通になったらどうするのだろうというのもある。 北海道新幹線の札幌延伸時にはいわゆる「山線」の廃止も検討課題のようだけれども、2000年時の代替輸送したことを思えば、安易に廃止するのもどうなのかね、ということではある。

まあそんな杞憂ばかり、と言われそうでも言っておきたい勢いで長々書いてみましたとさ。


post by akira37

05:27

コメント(0)

この記事に対するコメント一覧

コメントする