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【HN】kabao 【生まれ】1973年 【姓】♂ 【家族】妻と2人の息子 【その他】 molkky🥖 Mr.children🎸
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2006年11月24日
就任3期目で「トップ3入り・J1昇格」を公約にして挑んだ今シーズン。結果は承知のとおりで、監督自身、公約を果たせず退任という結果になった。なぜ退任という事態になったのか。それは公約が果たせなかったからである。ではなぜ「トップ3入り・J1昇格」が達成できなかったのか。そもそも柳下監督は今シーズンをどのように戦い抜き、そしてJ1昇格を勝ち取ろうという構想だったのか。はたまた120%本気でJ1昇格を考えていたのだろうか。 まず、今シーズン新加入した選手の中で結果として1年間フルに出場したのは、大塚選手と芳賀選手とフッキ選手の3名。その他の選手はスタメンに定着することはできなかったと言える。では、これらの選手と既存の選手をどのように融合させることができたのか。答えは「?」。もしくは「否」。というのも、監督就任3シーズン目にありながら一定程度の選手の固定化が図られていないのである。これは、(公約がありながら)それでもあえて(選手の成長に期待して)固定をしなかったか、あるいは未だ選手の見極めができなかったかということであろう。 ちなみに昨日までの試合(天皇杯2試合を含む)で、FW:8通り、ボランチ:7通り、DF:11通り である。これを多いとみるか少ないとみるかはあると思うが、ずば抜けて多い組み合わせがないということは事実である。長いJ2のリーグ戦。40試合以上を11人ないしは16人で戦いぬけるとは僕も到底思わない。が、勝ち抜いていこうとするならばある程度メンバーの固定化というものは必要なのではないだろうか。チームには、48試合の1/4、12試合以上出場している選手がキーパーを除いて19名いるのだ。しかもここ数試合スタメンに定着している西澤選手を除いて。 さて、これをどうみるか。 柳下監督は敢えて競争心を芽生えさせるためにレギュラーを固定させなかったのではないかと、僕は思う。その中から真に実力でレギュラーを奪い取る選手が出てくることを望んでいたのではないか。それがたとえ勝利に直結する(であろう)選手の固定化に結びつかなかったとしても。そして、我慢に我慢を重ねた最後に監督が選んだ本当のレギュラーを組んだのが千葉戦ではなかったのか。芳賀のボランチ、加賀のサイドハーフという。 そう考えた時、柳下監督は最後まで選手の成長を信じていたのではないかと思えてきた。そして、選手がその期待にこたえられなかったのではないかと・・・。 今回、退任という残念な結果になってしまったが、柳下監督が蒔いた種は必ずやチームに残る全ての者が実らせなければならない。それが唯一柳下監督の苦労に報いることになるのだから。 ※25日0:06 一部加除訂正
2006年11月23日
別にモチベーションが下がっていたわけではないのですが・・・。
そもそも、家を出たのが11時55分。この時点でかなり微妙な状況。
そして、車で走り福住周辺に到着したのが12時30分頃。ところが、友達からの「なんかスゲー数、客、入ってるんだけど・・。」という電話と、いつも停めている駐車場が満車というアナウンス。妻と2人の子供をドーム近くに降ろし、急遽別な駐車場へIN。
そこから駆け足でドームに向かい、ようやく席に着いたのは12時50分。
おかげでシリコンブレスレットはもらえずじまい。
なにやってんだ俺。。。
いや、それでも勝利は何ものにも替え難いです。
千葉戦から続く固定メンバー(西澤は出場停止だったが)でのサッカーは、3年間積み重ねてきたものひとつの答えであり、来期へと繋がる一筋の光明ではないでしょうか。
大塚・芳賀のWボランチの落ち着き。西谷・砂川の攻撃力。征也だってまだフィット感は物足りないが、相川へのピンポイントクロスや終盤FW近くでの積極的なプレーは、来期への大きな期待を抱かせるものでした。
そして何よりもGK佐藤。確かに神がかり的なセーブを連発してはいましたが、それ以上にフィールドプレーヤーとの連携、コミュニケーションが素晴らしかったです。自らが素晴らしいセーブをしてもシュートコースに入ったDFを褒め、ボールをキャッチしては味方選手を呼んで素早いフィードで攻撃の起点となり。
まさに11番目のフィールドプレーヤーであるかのよう。
そう、進也がゴールを決め、優也が守ればコンサドーレは勝つ!
それから今日のゴール裏。
前回ホームの反省と、代表戦で感じ、得たものを早速実行に移していたようですね。
セレモニー時のコール自粛、選手入場前のリーダーの呼びかけに対する周辺サポからの拍手、コールのリードの仕方etc・・・。
変わっていくものと変わらないもの。いろいろとあるけれど、
今日はゴール裏にも拍手を送りたいと思いました。
2006年11月22日
柳下監督退任。 新聞報道の内容などどうでもいい。真実は僕達が知る術などないわけだし、知ったところでどうなるわけでもない。ましてや、事実以外の部分でどうこう言うつもりもない。ただ、来期は新しい監督が来るということだけは事実。 そして、その事実を消化できていない自分がいることもまた事実。自分の中では極端に言えば、柳下監督あっての5段階計画、5段階計画のための柳下監督、だと思っていた。だから一昨年の屈辱も我慢ができたし、今年の伸び悩みにも我慢ができた。我慢の結果として得られたものが先日の天皇杯、千葉戦の勝利ではないかと。千葉戦を見て、ようやく選手をある程度固定して勝負に挑めるのかなと思っていた矢先の出来事だけに残念でならない。 また1からやり直し? 5段階計画は? 次の監督で昇格できなかったら? とにかく、もう迷走だけはごめんだ。 会社にもチームにもよりどころをしっかりと築いて欲しい。 そして真のプロフェッショナルであって欲しい。
2006年11月21日
6年前の11月21日も今日のような雨降りの天気でした。
そして、その雨が昼過ぎに雪へと変わったのです。今日よりも寒い1日でした。
そして、6年前の11月21日も今日と同じ火曜日でした。
その日僕は、妻と2歳の長男を連れ病院へ。妻と別れて僕は長男と2人待合室で待機。
長男は最初のうちは訳もわからず絵本を読んだり、おもちゃで遊んだり、病院の階段を登ったり降りたりしていましたが、そのうちすべてのものに飽きてしまうと、母親がいないことに気づいた様子。
一度母親がいないことに気づくと、もう駄目で、延々と母親を探し続けるのです。僕は何とかごまかそうと、高い高いをしたり、おんぶをしたりと、汗だくになりながら必死になって思い出さないようにしました。
そうこうしているうちに、看護師に呼ばれて部屋に入ると、そこには疲れ果てた顔の妻と今、このように生を受けたばかりの次男がいたのです。
しかし、ほんの数秒の対面ですぐに外へ出されたため、長男のご機嫌取りに疲れ果てていたこともあり、また、「立会い出産」のはずが「出産直後のご対面」になってしまったため誕生の感動もそこそことなってしまいました。
そう、今日は次男の誕生日。
ついこの間うまれたばかりなのに、もう来年は1年生。ホントにあっという間です。
そして最近思うのですが、まだ息子達を赤ちゃん扱いしている自分や妻を見ていると、自分の親が自分をいつまでも子ども扱いする気持ちというのがなんとなく判るような気がしてきました。親にとって子供は幾つになっても子供なんだなと。
昔に比べると難しい世の中のようですが、子を思う親の気持ちはいつの時代も一緒。
健やかに育って欲しいものです。
昨日のいただいたコメントについて。 >オレが昔夕焼けだった頃、弟は小焼けだった。 >お袋は霜焼けで、親父は胸焼けだった。 >わっかるかな~わっかんねえだろうなあ~ 松鶴家千とせですね♪
2006年11月20日
朝焼けが向かいのアパートを鮮やかに映し出していた今朝のこと。 長男「父さん、夕焼けみたいだね。」 僕 「おぉ。綺麗だな。夕焼けは夕方。朝は朝焼けって言うんだぞ。」 長男「ふーん、朝焼けっていうんだ。夕焼けみたいに綺麗だね。」 次男「夕焼けぇ~。夕焼けぇ~。」 長男「夕焼けじゃないぞ。朝焼けだぞ!」 次男「♪夕焼け小焼けで、またあした、またあした~」 長男「朝焼け!!!」 次男「ねぇねぇ父さん。小焼け ってなに?」 小焼け!?小焼けってなによ・・・わからん。 小焼け;「夕焼け」と語調をそろえていう語(Yahoo辞書より) そりゃないぜ。
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